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【脚歩きの水体】が最後の瓦礫を乗り越え、ようやく平らな地面に下りることができた。【轟く鉄滝】の奥地にあった大滝から現れた手を模した魔物、―鼓舞せし翻る砿凱掌―と謎の二匹の竜の戦闘により、瓦礫に埋もれてしまった縦穴の底を眺める。
なんとか樹姫の結界により瓦礫を凌ぐことはできたものの、うずたかく積みあがった瓦礫の底から這い出て、さらに縦穴をよじ登るのには結構な時間がかかってしまった。縦穴の壁が崩れたことにより上まで続く急な傾斜ができたことは不幸中の幸いだったが、平らな地面に着くまでかれこれ半日を要した。所々絶壁となった場所を超える必要もあったため、【脚歩きの水体】がなければ頂上にたどり着くことはできなかったかもしれない。
一人でここまで登ってきたならばもう少し早く上にたどり着けただろうが、今回は一人の道連れが一緒だった。近くにいたため瓦礫の難を逃れることができたエルフ妹は、今は【脚歩きの水体】におっかなびっくりという顔をして座っている。ひとりでに先へと進み続ける巨大な粘塊というのはさぞや興味深いようで、びくつきながらも下りようとはしていなかった。
さて、ようやく地上に這い上がることができたのは良かったのだが、これからどうしたものか。当初の予定通りに最も近い街、”コレスゲト”に向かってもよいのだが、魔境を探索し終えたと思ったら思わぬ襲撃を受けることになってしまった。なかなかにハードな一日だったし、エルフ妹も仲間に置いていかれて傷心気味のようだ。特に必要はなかったこととはいえ、身の危険を顧みずわざわざこちらを助けようとしてくれたのだ。さすがに彼女を置いていくのは寝覚めが悪いので、今日のところは一旦ここで休息をとることにする。
魔境を出たため魔物の襲撃はないだろうが、何かあるかもわからないので今日も【考人の木屋】の中で休息をとることにする。休んでいる間に聞いた話によると、あの半透明な鳥に攫われたエルフ姉はこの国の”王都”へと連れていかれるらしい。なぜこのように無理やり連行される形になったのかはエルフ妹にも分からないらしいが、あまりいい理由ではなさそうだ。
こちらとしても、エルフ姉には魔境探索の間にできた貸しを返してもらわなければならない。別にエルフ妹が姉の代わりに返してくれるのならば文句はないのだが、エルフ妹にそのことを話したところ、向こうから思わぬ依頼をしてきた。
探索の間にエルフ姉の世話をした対価、しめて金貨五枚分をエルフ妹に請求すると、彼女はしばらく考え込んでからあるところまで自分と一緒に来てほしいと申し入れをしてきたのだ。話を聞くと、今は手持ちがないためすぐに金貨五枚を払うことはできないが、これから向かうところには彼女の血縁者が住んでおり、そこに行けば金貨五枚を払うことができるという。
すぐに王都に向かわなくてもよいかと彼女に問うが、どうやら彼女にも何かやりたいことがあるらしい。別に事情を深く聞く必要もないし、とにかく次の目的地が決まったのは喜ばしいことだ。道中のエルフ妹の面倒を見ることにもなるが、それはエルフ姉の貸しに加算して後できっちり返してもらうとしよう。
夜明けを待って、早速目的地へと向かいはじめる。周辺の地理は全く分からないのだが、ガイネベリアで購入していた【グレルドーラ南部探訪の標】という本に載っていた詳細な地図と、エルフ妹の案内により正しい方向に向かえそうだ。歩いていくにはあまりのも距離が遠いため、二体の軍馬人形と【カイゼンの木製馬車】を使って旅を始めることにする。
【カイゼンの木製馬車】は、【揺らぐ時森】で手に入れた木材を主な素材としている何の変哲もない馬車だ。走行自体は問題なくできるし、特に壊れている箇所があるわけでもないのだが、特別な機能があるわけでもないので走行の際の衝撃などは結構なものだ。本当はガイネベリアで別の馬車なども探したかったのだが、残念ながらそんな時間も暇もなかったので、馬車の交換は次回に持ち越しとなってしまった。
だが、これまでに手に入れた素材を使って何かしらの改良は行えるかもしれない。ここ数日は魔境探索に忙しかったというのもあるので、ここらでいったん手に入れた素材や生成候補を確認しておこう。
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【鼓舞せし翻る砿凱掌の赤巨石】
分類:魔物素材・鉱石
詳細:鼓舞せし翻る砿凱掌を構成する赤く輝く岩石。金銭的な価値はもちろんのこと、魔力親和性も高く、赤炎属性魔具の主原料としてと重宝される。
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【鼓舞せし翻る砿凱掌の岩爪】
分類:魔物素材・鉱石
詳細:人の丈ほどもある半透明の一枚岩。鋭さはないものの、その頑強さは他の素材の追随を許さない。
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【鼓舞せし翻る砿凱掌の鋼鉄骨】
分類:魔物素材・鉱石
詳細:巨石の奥に埋め込まれた純白の鋼鉄。この素材を砕くことは困難を極める。
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【鼓舞せし翻る砿凱掌の金髄】
分類:魔物素材・鉱石
詳細:分厚い鋼鉄骨により守られた貴重かつ繊細な素材。鉱石の中では最高峰の魔力親和性と有機物への適合性を誇るが、それに応じた加工難度を持つ。
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【エイリア製耐魔衝ガラス】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
歪む魔晶の硬拳 1020%/100%
鼓舞せし翻る砿凱掌の空巨石 500%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【奇重岩扉】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
鼓舞せし翻る砿凱掌の岩爪 1500%/100%
黄絢玉の若木 870%/100%
白絢玉の若木 360%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【赤水の石義手】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
地砕きの硝拳具 100%/100%
鼓舞せし翻る砿凱掌の赤巨石 1020%/100%
鼓舞せし翻る砿凱掌の青巨石 1200%/100%
鼓舞せし翻る砿凱掌の鋼鉄骨 2360%/100%
鼓舞せし翻る砿凱掌の金髄 500%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【金運呼び込む招き手】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
鼓舞せし翻る砿凱掌の金巨石 1020%/100%
鼓舞せし翻る砿凱掌の金髄 500%/100%
金絢玉樹 1280%/100%
純白の宝果 500%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【鼓舞せし翻る砿凱掌】は数が多く、何よりかなりの巨体だったため、それに由来する素材を大量に手に入れることができた。ちなみに魔境に現れた【鼓舞せし翻る砿凱掌】は個体ごとに色が違ったのだが、その色に従って得られた素材も微妙に異なっていた。色ごとに”赤巨石”や”青巨石”のように名称が微妙に異なっており、また素材が持つ特性も違っているようだ。そうして手に入れた各種の素材によりいくつかの生成候補が現れたわけだが、そのうちの一つ、【赤水の石義手】は待ちに待った義手型の魔具だ。
義手としてはすでに【腐灯の繋腕】という魔具を持っているのだが、これは一度使うと時間経過により腐り落ちてしまうという欠点を持っているし、なにより鼻がもげそうなほどの腐臭を放つという困った代物だった。だが、今回生成が可能になった【赤水の石義手】は全体が鉱石で造られているためかなり頑丈だし、使っているうちに腐って朽ち果てることもない。試しに左腕の切断面につけてみたところ、あまり繊細な操作はできないがものを握るなどの動作は何とかできそうだ。しいて悪いところを挙げるとすれば、材料のほとんどが鉱石のためかなりの重量があることだろうか。下手をすれば動きを阻害されかねない重さのため、必要な時以外は全書に仕舞っておくのがいいかもしれない。
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【赤水の石義手】
分類:魔具・義手
等級:C+
権能:【有無着】【赤拳】【青拳】
詳細:二色の【鼓舞せし翻る砿凱掌】の素材を使用した義手。意のままに操作することは難しいが、戦闘に利用できるほどの頑丈さと威力を持つ。
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物品の説明を読む限り戦力にもなりそうだが、戦闘は全て自動人形たちに任せるつもりなので本番でその力が発揮されることはないだろう。だが、目の前に特殊な能力を持つ物品があれば、その能力を確認したくなるのが人の本能というものだ。
試してみた結果、【赤拳】と【青拳】というのは、義手の周りにそれぞれ火と水を作り出してそれを操ることができる、という権能のようだった。どちらも戦闘時、非戦闘時ともに有用な能力だが、作り出せる火と水はそれほど多くはないので、自分一人で魔物と対峙するのは難しそうだ。
非常に有用な物品を生成することができたのは僥倖だったが、旅を初めて早々に物品の確認が終わってしまった。また長旅が始まるかと思うと憂鬱になりそうだが、幸い今回はエルフ妹という同行者がいる。エルフ妹曰く、目的地までは馬車で移動しても十日以上はかかるらしいので、その道中でこの地域のことなど気になることを片っ端から聞いていくことにする。
聞きたいことを聞き終える前にエルフ妹が根を上げそうな気もするが、旅の間の面倒を見るのはこちらなのだ。それくらい必要経費として我慢してもらうことにしよう。




