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先日にも見た【流液鉄】の滝が、またしても眼前で轟いている。だが、その大きさと数は前に見たものの比ではなく、大量の【流液鉄】が岩壁の上部から滝つぼに落ちるさまは、まさに流れる鉄の壁、といった様相だ。
さらに滝つぼへ落ちる【流液鉄】を始めとした鉱物の特性と液体の特性を併せ持つ”砿水”と呼ばれる希少な液体は、奥へと進むにしたがってその種類も増えている。目の前の滝壺に流れ落ちている砿水は灰色の【流液鉄】の他に銀色に煌めく美しい【流液銀】と水の透明度を保った赤く輝く宝石水、【紅輝水】の三種類だ。それらが縒り糸のように絡まりながら落ちていく景色は、時間を忘れて眺めてしまうほど幻想的なものだ。
探索も三日目となり、幾度も襲い来る魔物たちを退けた末にたどり着いた現在地は【轟く鉄滝】全体で見てもだいぶ奥地だと思われる。この辺りまで来ると、岩壁の間から見えていた空を隠すように岩の天井が所々でせり出し、谷の底というよりは洞窟の中にいるような気分になる。
今立っているのは、ちょうど洞窟を縦に貫く縦穴の横で、その縦穴の上から三本の滝が流れ落ちているような形だ。縦穴の側面にはそれほどなだらかではないとはいえ、下へと続く傾斜が続いており、慎重に進めば滝つぼまで下りていけそうだ。
斜面の幅はそれほど余裕があるわけではないが、広いところで十メートルほどの道幅はある。自動人形たちを配置できないことはないのだが、滝から飛び散る砿水により地面はかなり滑りやすくなっている。足を滑らせて滝つぼに落ちた挙句、回収が不可能となる、というのは笑えないので、自動人形の中でも身軽な部類に入る【時森の怪軽兵】と【鉄繰りの猛犬】を護衛として配置することにした。
だが、それら二種の自動人形たちは機動力は優れるものの、攻撃の威力は他の自動人形たちに一歩遅れを取ると言わざる負えない。深層に至ったことで出現する魔物の耐久度も増しており、二種の自動人形たちだけでは力不足となる場面も散見されるため、必要に応じて別の自動人形たちを適宜投入していくことにする。
傾斜を下るのには難儀するが、魔物たちはこちらの都合などお構いなしに襲い掛かってくる。これまでの探索で現れた魔物に加えて、各種の宝石で全身が構成された宝石騎士、【輝く戦宝】や時折滝から飛び出してくる、身体の大部分の組成が砿水となっている【渦巻く液魚】など、初見ではなかなか対応が難しい魔物も増えてきた。戦闘回数も多くなっているため、魔物の攻撃により再起不能となる自動人形も現れ始める。
大事なコレクションが破損することには胸が痛むが、先に進むほどに新たな物品が手に入ることも事実なため、足を止めることなく先へ先へと進んでいく。
ようやく滝つぼの横にたどり着いたころには、飛び散る砿水により自動人形たちも我が身もびしょ濡れになってしまった。続く道は辿るため、滝つぼから離れようとしたが、その前に滝つぼで渦巻いている三種の砿水が混ざった液体を回収してみる。
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【鉄銀紅混液】
分類:液体・砿水
詳細:一定以上の衝撃が加えられたことにより構造的に混ざり合った半自然的な砿水。人工的に造るには高い技術力が必要なため、研究対象としても重宝される。
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案の定貴重な物品だったようで、気づかないうちに素通りせずに済んで幸いだった。おかげで新たな物品を生成することも可能となる。
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【轟割の自動岩塞】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
肉繋ぐ岩楯 150%/100%
カンテの石突 150%/100%
岩集めの粘石 120%/100%
地砕きの硝拳具 250%/100%
軟魂石 550%/100%
踏みつける土蓋の石背甲 450%/100%
傾ぐ球岩の緩衝筋 200%/100%
鉄銀紅混液 130%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【聖地佇む炎剣士】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
ガイネベリアの宝火 100%/100%
ガイネベリアの宝炎 100%/100%
恵命鉱 550%/100%
赤朽晶鉱 540%/100%
鉄銀紅混液 130%/100%
廻生巡る水晶球 100%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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生成できるようになった物品はどちらも自動人形たちと同じ、自立行動が可能なものだった。【轟割の自動岩塞】は水晶でできた二つの拳と二つの岩盾、さらに二本の【カンテの石突】を備えた四つ足のカニのような見た目の自動人形だ。動きは遅いものの、その重量と頑強さは他のコレクションの追随を許さないほどである。
一方、【聖地佇む炎剣士】はガイネベリアで手に入れた【ガイネベリアの宝炎】という鎧と炎を発する長剣、【ガイネベリアの宝火】を主な素材とした人型の自動人形だ。【鳴砦の銀剣】と同じくらいの細身の見た目ながら、剣と鎧から火焔を吹き出して戦うさまは、まさに炎剣士の名に相応しいと言えるだろう。
物品の確認も済んだところでそのまま先に進もうと思ったのだが、その場から移動する前に【鉄銀紅混液】を回収した際に空になった滝つぼの底から巨大軟体生物型の魔物が現れる。魔物はこちらを外敵か餌と認識したようで、体に十本以上備わっている触手のうちの数本を伸ばしてきた。
いったん干上がった滝つぼは、滝から流れ落ちている【鉄銀紅混液】により見る見るうちに再び満たされていく。それにより魔物の動きも活発になったようで、もたもたしていれば抵抗もできずに砿水の中に引きずり込まれてしまうだろう。
慌てて滝つぼから離れるが、触手の長さはかなりあるようで、遠ざかるこちらを追いかけて迫ってきた。あわや触手に掴まりかけるが、咄嗟に全書からジルラドと銀剣を出し、触手を切り落とさせる。触手はその場に落ちると、本体と切り離されたにも拘らずひとりでにうねり続けている。
触手を失った怒り故か、魔物は滝つぼから半身を出してこちらに襲い掛かってきた。砿水の影響であろう、煌めく甲殻に覆われた触手をさらに数本振り回してくる。触手の太さは一抱えほどはあるため、いかに自動人形と言えど絡めとられてしまえば只では済まないだろう。
その場に留まらないように移動しながら触手に攻撃を加えるが、触手も激しくうなり続けるためなかなか有効打にならず、さらにこちらの被害も増えてしまう始末だ。
下手に戦闘を長引かせれば思わぬ損害が出かねないため、ここは力づくで魔物を陸に引き釣り出すことにした。全書から八体の【反芻する凝肉】―肉男―を取り出す。触手一本につき一体の肉男を向かわせ、すべての肉男が触手を確保したのを見計らって同時に触手を引かせる。
肉男の馬力はその巨体に見合うかなりの強さだ。それぞれの肉男は地面を抉りながら、ゆっくりと魔物を引き上げる。陸に上がったことによりさらに魔物に抵抗が激しくなるが、【時森の怪軽兵】の矢とエルフ姉の魔術により何とか仕留めることに成功した。全身に矢が刺さり針山のようになった魔物の皮膚は、広い範囲がエルフ姉の魔術により焼けただれている。
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【うねり絞る金蛸の触腕】を収集しました
【うねり絞る金蛸の吸盤】を収集しました
【うねり絞る金蛸の滑り皮】を収集しました
【うねり絞る金蛸の筋肉】を収集しました
【うねり絞る金蛸の腕爪】を収集しました
【うねり絞る金蛸の複脳】を収集しました
【うねり絞る金蛸の複心臓】を収集しました
【うねり絞る金蛸の鉄殻】を収集しました
【頑金十腕端】を収集しました
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【硬鉄絞る金突剣】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
うねり絞る金蛸の触腕 200%/100%
うねり絞る金蛸の滑り皮 310%/100%
うねり絞る金蛸の腕爪 420%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【三叉の金触腕】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
うねり絞る金蛸の触腕 200%/100%
うねり絞る金蛸の筋肉 310%/100%
うねり絞る金蛸の鉄殻 520%/100%
頑金十腕端 200%/100%
うねり絞る金蛸の複脳 300%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【流伝する宝水体】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
うねり絞る金蛸の複脳 300%/100%
鉄銀紅混液 310%/100%
金黒白混液 0%/100%
純白玉樹 0%/100%
漆黒の宝果 0%/100%
物品が不足しているため生成を行えません
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魔物―【うねり絞る金蛸】―との戦闘で発生した損害は決して軽いものではなかったが、その甲斐あって貴重な物品と強力な生成品を手に入れることができた。
中でも気に入ったのは【三叉の金触腕】という奇妙な魔具だ。これは背嚢のように背負う形で装備する魔具なのだが、板のようなものから四本の触手が伸びており、装備するとその触手をある程度意のままに操れるのだ。細かい作業などはできそうにないが、移動の補助にも使えるし戦闘への利用も可能だろう。残念ながらそれほど数が作れるほど素材があるわけではないのでいったんは全書にしまっておくことにするが、有用な戦力が増えたことは大変喜ばしいことだ。
気を取り直して周囲を確認してみると、滝つぼの先はまた平坦な地面が続いているようだった。たった今魔物を引きずり出した滝つぼから流れる【鉄銀紅混液】が太い川を作り奥へと続いているが、それ以外の砿水も幾筋かの小川を形成し、やはり奥へと流れていっているようだ。
乱立する鉱樹木の間を縫うようにして先へと続く、光り煌めく砿水の流れを見ているだけでも足を止めてしまうほどの絶景なのだが、色とりどりの川があるということは即ちそれぞれ違う種類の砿水があるということだ。
鉱樹木の密度が増し、さらに砿水の川のせいで移動はこれまでに輪をかけて苦労しそうだ。魔物の襲撃にも備えなければならないが、ここに来てエルフ姉の愚痴というか抵抗がなかなかにうっとおしくなってきた。
どうやらエルフ姉は魔境の奥に行かずにここから脱出をしたいらしい。だが、岩壁の上まで登るような手段はないし、そもそもこちらの目的は【轟く鉄滝】の探索のため、エルフ姉の要求を呑むわけにはいかない。エルフ姉だけでこの魔境を抜けるのが難しいことは彼女も承知しているようなのでこれまでは大人しくついてきていたのだが、徐々に劣悪になっていく環境と襲撃してくる魔物の強さにいよいよ音を上げ始めたという訳だ。
別にエルフ姉の面倒を見る義理もないので置いていってもいいのだが、先の魔物との戦闘でも分かる通り彼女の魔術の威力は侮れないものだ。手持ちの物品では火による攻撃を行えるものも少ないため、先へ進むうちにエルフ姉の魔術が必要になる機会もあるかもしれない。
そういう訳なので、とりあえずはエルフ姉をなだめながら先へ進むことにする。エルフ姉はしきりに妹に会いたいという話をしているので、【轟く鉄滝】の探索が終わった暁には妹探しを手伝ってやってもいいかもしれない。エルフ姉だけであれば、魔境探索の間に作った貸しを返してもらえるか怪しいが、前に見たエルフ妹ならば律儀にしっかりと払ってくれるだろう。
そうと決まればもたもたしている暇はない。いまだに文句を垂れているエルフ姉を宥めながら、魔境の最奥を目指して進んでいくことにしよう。




