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【轟く鉄滝】、奇妙な名前の魔境だとは思っていたが、目の前で流れるこの灰色の滝を目にすれば、その名称にも納得できるというのものだ。それほど落差があるわけでもないが、光沢を放つ灰水が水しぶきを上げながら落下している様は、なかなか見ごたえのあるものである。流れている水自体はすでに手に入れている【流液鉄】なのが残念なところだが、先に進めばまた異なる様相の滝があるかもしれない。
滝から目を逸らすと、ちょうど自動人形たちが近くに寄ってきた魔物たちを仕留めたところだった。どうやらあの荘厳な壁があった区画が魔境、【轟く鉄滝】の入り口だったようで、そこから先に進むと【轟く鉄滝】特有の魔物が出現し始めた。
この魔境に生息する魔物たちは、先の”ガイネベリア”で現れた有機物を連想させる魔物とは異なり、体の一部あるいは全体が無機物で構成されているものがほとんどだった。例えば、体中に鉱石をまとわりつかせて衝撃から身を護る【帯びる砂蛇】や体内に様々な大きさの鉱石をため込み、それを獲物に吐きだしたり取り込んだ餌をすり潰そうとする【貯める水体】、さらには浮遊する岩石としか表現のしようのない【耐える岩集】など、現れる魔物たちは一貫して鉱石に関わりのあるものたちだった。
そうなれば、必然的に手に入る素材も石や金属などの無機物に偏ったものになるのだが、これまでの旅ではあまり鉱石系の素材が手に入っていなかったため、こちらとしては願ったり叶ったりというところである。
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【帯びる砂蛇の砂鱗】を収集しました
【帯びる砂蛇の岩纏皮】を収集しました
【帯びる砂蛇の鉄纏皮】を収集しました
【帯びる砂蛇の黒晶眼】を収集しました
【貯める水体の粘液】を収集しました
【粘液にまみれた水岩】を収集しました
【耐える岩集の槍石】を収集しました
【耐える岩集の盾石】を収集しました
【耐える岩集の核石】を収集しました
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【岩集めの粘石】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
耐える岩集の核石 200%/100%
粘液にまみれた水岩 180%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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手に入った素材によって生成が可能となった【岩集めの粘石】は、地面に置くと周囲のそれほど大きくない岩を自然に引き寄せるという、用途不明の物品だったが、こういったものも大事なコレクションの一つだ。
コレクションも増えて大満足な訳だが、この戦闘で姉エルフの思わぬ弱点が露呈してしまった。というのも、ここに生息する魔物たちは火や熱に対しての耐性に優れているようで、姉エルフの魔術が思ったほどの働きをしないのである。【帯びる砂蛇】のような生物がベースとなっている魔物にはまだ効き目があるのだが、全身が岩でできた【耐える岩集】は火の中を通り抜けてこちらに攻撃をしてきた。まったく効き目がないという訳ではないだろうが、ガイネベリアでの戦いのような劇的な活躍は期待しない方がいいかもしれない。
姉エルフ自身もそれに気づいたようで、心なしか威勢も弱くなったような気がするが、別にこちらが気にする義理もないのでそろそろ先に進むとしよう。
【轟く鉄滝】に入ってからかれこれ数時間は歩いているが、今いる場所はまだ浅層だと思われた。だが、周囲の景観はすでにかなり特異なものとなっている。というのも、今いる場所の壁や地面は、輝く種々の鉱石たちにより完全に覆いつくされているのだ。それにより作り出される光景は圧巻の一言で、金銀財宝に常に囲まれている、と言っても過言ではないだろう。もちろん、【轟く鉄滝】に入ったばかりの時は近くに存在するすべての鉱物を収集していたし、今も目につく鉱物についてはすぐさま収集をしている。だが、そもそもの量が膨大だし、すでに文字通り山ほどの量を収集しているので、今はひとまず先に進むことを優先しているという訳である。
光源となるのはすでにかなり狭く、そして高くなってしまった空から差し込む日差しだけなのだが、周囲が煌めく鉱物に囲まれているため、明かりに困ることはない。出現する魔物を警戒して【脚歩きの水体】を使っていないため、隆起する足場に多少難儀することがあるが、探索のペースは至極順調といえる。
もちろん時折休憩をはさみながら進んでいるのだが、姉エルフは見た目によらず体力には自信があるようで、片腕がない分こちらの方が進む速度が遅い始末だ。それに加えて気になった物品があれば足を止めて収集もしないといけないため、姉エルフは進む速度が遅いと頻繁に小言をぶつけてくる。
彼女としては一刻も早くこの魔境を抜けたいがためだろうが、こちらとしてはそもそもここが目的地だったのだ。姉エルフの都合に合わせるつもりは毛頭ないので、収集物の見逃しがないよう、常に注意を払いながら歩みを進める。
先ほどの滝からまた数時間奥に進んだころ、これまでとは一風異なる区画にたどり着いた。【轟く鉄滝】には滝があることからもわかる通り、幅が広い川が流れている。その川は流れを見る限り魔境の奥から入り口に向けて流れているため、川を見つけてからは川沿いを延々と歩くことにしていた。
今着いたのはちょうど川が蛇行している区画で、今まで歩いてきた道中と比べて地面がなだらかになっている。川と岩壁との間の距離はそれほどなく見晴もいいため、魔物に挟み撃ちにされるということもなさそうだ。ここまでの探索で見た地形の中で最も休憩や野営に適した区画、と言ってもよい好立地なのだが、なんとこの場所には先客がいたらしい。
先客、とは言うが、それは残念ながら生きた人間ではない。辺りに散在しているのは、すでに力尽きて久しいであろう人間の白骨体だった。その数は見えるだけでも二十体以上はありそうだが、近くに掘削に用いていたと思われる鶴嘴やシャベルもいくつか落ちているため、この一団は鉱石の採集に赴いていたのだろう。
弔いになるかは分からないが、落ちている道具や人骨も含めてすべて回収しておく。
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【ガンド鋼の鶴嘴】を収集しました
【ガンド鋼のシャベル】を収集しました
【エンゴの土納袋】を収集しました
【エンゴの土納袋(劣化大)】を収集しました
【エンゴの水筒(劣化大)】を収集しました
【岩欠く人骨】を収集しました
【赤人の岩骨】を収集しました
【ゲングルの多能鶴嘴】を収集しました
【ゲングルの耐塵作業着】を収集しました
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姉エルフ曰く、普通魔境で探索者が命を落とした場合、魔境の初期化に巻き込まれて死体が残ることはないそうだ。そのため、このような形で過去の痕跡があるというのは非常に珍しいことらしい。どういった原理でこのような現象が起きているのかは分からないが、そのおかげで珍しそうな物品が手に入ったのだから幸運という他ない。さらに手に入れた物品により生成候補も現れる。
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【岩指骨人形】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
岩欠く人骨 750%/100%
瘴気 14800%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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生成によって現れたのはパッと見はただのスケルトンだったが、よくよく観察してみると十本の手指が岩石のような素材でできており、さらに先端が鋭く尖っている。試しに色々と命令をしてみるが、どうやらこの特殊な骨人形は掘削の技能が秀でているということが分かった。一度命じればその硬く鋭い指を使って、素手のままで岩壁を掘っていく。
これまでの探索では壁や地面に露出した鉱石だけしか収集できなかったが、この物品を使えば時間はかかるが岩壁の奥に存在している鉱石も見つけることが出来そうだ。
生成した七体の【岩指骨人形】の内の六体を使って、早速岩壁を掘らせてみる。素手とは思えない速さで岩壁が穿たれていくが、さすがにある程度の深さになるのには時間がかかりそうなので、この時間を使って生成候補として現れたもう一つの物品を見てみよう。それはたった今生成したばかりの【岩指骨人形】を材料とするのだが、なかなか珍しくて有用そうなものだ。
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【採掘する茶岩骨】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
岩指骨人形 100%/100%
赤人の岩骨 100%/100%
ゲングルの多能鶴嘴 100%/100%
ゲングルの耐塵作業着 100%/100%
瘴気 1410%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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全書から現れるのは、全身が岩のような質感の骨で構成された異形のスケルトンだ。ただ、全身が一様な素材で構成されているわけではなく、随所の骨は水晶のような半透明の美しい鉱物でできている。特に肩などの上半身の間接部は保護具のように水晶で覆われており、見ようによっては人体骨格を模した作品のように見えないこともない。
そんな【採掘する茶岩骨】の背丈はかなり低く、身長だけを見れば子供ほどの大きさだ。だが、その低さを補うように骨は太く、さらに肩幅なども広いためずんぐりとした体形である。手には素材となった【ゲングルの多能鶴嘴】を握りしめ、骨だけの身体になっても丈が合った【ゲングルの耐塵作業着】を着ているのだが、骨だけの身体であるためどうにもちぐはぐな印象だ。
名前の通り、この物品も採掘を得意とするのだろうと考え指示を出そうとしたが、【採掘する茶岩骨】はそれを待たずに岩壁に歩いていくと、すでに採掘を行っている【岩指骨人形】に混ざって勝手に採掘を始めてしまった。こんなことは他のスケルトンや自動人形たちには見られなかった現象だが、その採掘速度は【岩指骨人形】とは比べ物にならないほどなので、細かい点には目をつぶることにしよう。【採掘する茶岩骨】に先導されることで【岩指骨人形】の採掘速度も上がり、こうしてみている間にも面白いように鉱石が積み上げられていく。
それらを指さしながらこちらを質問攻めにする姉エルフの相手もしないといけないので、今日の探索はここまでとして【採掘する茶岩骨】たちに好きに掘らせてみるというのもいいかもしれない。この音の中で寝るのは少し難儀するかもしれないが、明日の朝になれば疲れを知らない我が収集物たちが、たくさんの鉱石を準備しておいてくれることだろう。




