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異譚~カレムの奮闘~

 カレムは目の前で八つ裂きにされている異形の巨人を見て、自分は悪夢の中にいるのだと思った。緑人エルフの中でも特に魔力感応力に優れた彼女は、その人物の体内に流れる体内魔力オドを読み取ることで人物を特定することができる。そんな彼女の感覚は、今押し倒されている肉の巨人に流れているオドは、ガイムのそれと同じだと訴えていた。

 そんなことはありえない、そう自分に言い聞かせながら少し離れた場所に立っているイーデンとヒルダを見るが、二人の口の動きからやはり自分の感覚は正しいのだと確信する。肉の巨人たちの戦闘音と、部屋の中央に生えるようにして聳えている異形の化物の笑い声により彼らの声はかき消されるが、その唇は確実にカレムが知る人物の名前を叫んでいた。


「だ、ダメ!お願い!そいつを止めて!!」


 カレムが隻腕の男と姉であるキリムに向けてそう叫ぶが、状況を飲み込めていない二人が即座に反応するはずもない。辛うじてキリムが反射的にそちらに杖を向けるが、魔術を放つ事は躊躇っていた。

 それならばとカレムは自らのオドを瞬時に練り上げ魔術を行使しようとするが、その前に巨人の首と思しき部位が攻撃に耐えきれずに千切れとんだ。その頭がキリムとカレムの方に転がってくるが、彼女たちの目の前で巨人の頭の断面から何かが転がり落ちてくる。


「う、うそ……」


 それはまさしく、彼女たちが助けに来た調査団の一員であるガイムの頭部だった。所々肉片に汚れて頬がこけたその顔は、絶叫を上げているかのような絶望の表情に彩られており、それを見た二人は思わず吐き気に似た嗚咽を漏らす。


「お、お姉ちゃん、どうしよう……ガイムが……」


「な、何でこんなことに……」


 その場で凍りつく二人だったが、部屋の中央に鎮座する化物があげる咆哮に小さく身を震わせた。それは花と人間を合わせたような異形であり、カレムの脳裏に花の化け物という言葉がよぎる。姉であるキリムはまだガイムの頭部から目を離せないでいるが、カレムは彼女より一瞬早く今の状況を思い出した。咄嗟に花の化物に視線を戻したカレムが見たのは、彼女たちを打ち据えようと目前に迫る四本の触手だ。触手が迫る速度はすさまじく、今から魔術を使おうにも間に合わないだろう。ただ迫る触手を見ることしかできなかったカレムだったが、唐突にその視界が何かによって遮られた。


「こらこら、惚けている暇はないぞ」


 彼女たちを救ったのは、隻腕の男により操られている一体の自動機装オートマタだった。王都でも見たことがないような精巧なそれは、タワーシールドに分類されるであろう大盾により四本の触手すべてを受け止めている。


「ふむ。事情は知らんが、しっかり働いてくれ。あの二人もお前の仲間なのだろう?」


 突き放すような男の物言いが癪に障るが、それが正しいのもまた事実だ。必死にこちらと合流しようと触手と格闘しているイーデンとヒルダを援護すべく、カレムとキリム、さらに道中で合流した従騎士のフリントは共に駆けだす。近接戦闘をこなせるのがフリントだけであれば、迫る触手を捌くのにもう少し手こずっただろう。しかし、今彼女たちの周りには五体のオートマタがいる。

 オートマタたちはまるで訓練された小隊のように見事な陣形を組みながら、カレムたちを肉の猛攻から守っていた。そのおかげで前に進むことはできるが、いくら捌けども化物による攻撃は止まることはなく、イーデンたちとなかなか合流することができない。


「カレムさん!下がって!」


 迫る触手からカレムを守るようにして、フリントが前に進み出た。その触手は無論カレムにも見えており、対処するための魔術を練っていたのだが、急なフリントの動きにタイミングがずれてしまう。


「ぐあっ!?」


「ちょっと、何してんのよ!どんくさいわね!」


 触手の一撃を受けてもんどりうって倒れたフリントに駆け寄りながら、キリムが続いて迫る触手を焼き払う。それにより一旦は触手たちが引くが、触手の主である花の化物が、熱痛に苦しむようにひときわ大きな咆哮を上げた。

 その咆哮が止む暇もなく、部屋の壁や床、さらには天井から湧き出るようにして道中でも見た魔物たちが生れ落ちる。さらに花の化物の身体からも次々と異形な魔物が現れる様は、まさに化物を生む”女王”と呼ぶにふさわしい。

 花の化物から生まれた魔物は、他の個体よりも大きく、さらに肉体も強靭なようだった。種族こそ同じと思われたが、より強力となった魔物を止めるため、隻腕の男もさらに多くのオートマタを展開して守りを固める。


「”弾けよ、水撃”!」


 カレムも得意とする水系統の魔術を駆使して魔物の猛攻に反撃する。中空に現れた人の頭ほどの大きさの五つの水球が破裂すると、その周囲にいた十数体の魔物は一様にその場から弾き飛ばされた。それにより魔物たちの猛攻にわずかな空白が生まれるが、それを踏みつぶすように花の化物から生まれた強力な個体が押し寄せる。


「……出し惜しみをしている場合ではないか。大盤振る舞いだ」


 隻腕の男がそう呟いた途端、五体の異形が虚空から現れる。押し寄せる肉の魔物とはまた違うその異形たちは、隻腕の男の命令を待つこともなく行動を始めた。

 まず先陣を切ったのは、全身が輝く銀の鎧で構成されたオートマタだ。両手に銀製の剣を握ったその銀鎧は、魔物たちを雑草のように刈り取っていく。さらにその剣戟の間を縫うようにして、肉が這う床の更に下、地から突き出る木の根が魔物たちを絡めとる。カレムの目には、木の根に流れるオドが女性の木像のような何かにつながっているのが見えていた。祈るような姿勢となった木像により操られる木の根は、たちまちのうちに花の化物の身体から伸びる触手と同じほどの数となる。

 突然の猛攻に押される形で動きを止めた魔物たちの群れの中に攻め込むのは、二つの鉄色の影だ。小柄な子供と大型の犬を模した二つの鉄人形は、身体から生やした鋼鉄の牙や刃で魔物を切り刻んでいく。


「我が主、私は一体何をすればよいでしょうか」


 現れた最後の一体は、カレムも見たことがある小竜を肩に乗せた痩躯の男性だった。その男は、前に見た時と同じような無表情をたたえたまま、隻腕の男に尋ねる。その悠長な様子を見たカレムは、庇護する相手がまた増えたかと失望しかけるが、隻腕の男はそれに答えずに左手で花の化物を指し示した。


「おい、そこに”ソフィア”がいるではないか。迎えに行ってやらなくていいのか?」


「……ソフィア?」


 こんな時に何を言っているのか、そう叱責を飛ばそうとするカレムだったが、その前に男の様子がおかしくなっていることに気づく。男は、隻腕の男の言葉を聞いた瞬間、その顔にすさまじい表情を浮かべた。怒りの表情にも、歓喜の表情にも、悲哀の表情にも見える凄絶な表情を浮かべた男は、気が狂ったようにその場で絶叫する。


「あ、あ、あ、あああああああ!!ソフィア!ソフィアソフィアソフィア!!見つけた!やっと見つけた!!は、はやく!早く食べよう!食べてあげないと!!」


「ど、どうしたの!?」


 その尋常ではない様子に思わず駆け寄ろうとするカレムだったが、彼女の目の前で小竜の男は奇妙な行動に出る。唐突に絶叫を止めた男は小竜と己をつなぐ鉄の鎖をやすやすと引き裂くと、おもむろに小竜の頭を自分の口に放り込んだのだ。突然の奇行に驚くカレムだったが、碌に抵抗もしない小竜はまるで水を飲むかのような速さで男の体内に飲み込まれていく。十秒ほどで子犬ほどのサイズの小竜を丸呑みにした男は、やはり狂ったような笑い声をあげながら、花の化物に向かって駆け出した。


「ま、待って!危ない……」


 駆けだした男に、隻腕の男が”肉手”と呼ぶ魔物が襲い掛かる。肉手は手から伸びる触手で男を打ち据えようとするが、男はなんとそのか細い両腕でその攻撃を受け止めた。さらに男が触手を掴んだ手を引くと、力負けした肉手の身体が引き寄せられる。


「邪魔をするなあああ!!」


 男の絶叫と共に、その肩口から赤黒い鱗に覆われた二本の巨大な腕が生えた。引き寄せられた肉手は、その腕に受け止められると、瞬時に握りつぶされる。


「ああああああああああ!!」


 腕の発生を皮切りとして、絶叫する男の身体構造が急激に変容していく。腕の他に肩甲骨周辺から一対の皮翼が現れ、さらにその体積を飛躍的に膨張させていく。服に収まらなくなった皮膚は鱗に覆われ、頭部も骨が捻じれる音を立てながらその形を変えていった。


「ギィィィアアアアアアア!!!」


 数瞬後にそこにいたのは、半人半竜ともいうべき異様な生物だった。カレムが一度目にしたことがある飛竜ワイバーンを無理やり人型にしたようなそれは、先ほどからの勢いそのままに花の化物に突進する。

 体積と質量を増したその猛進を止めることができる魔物はおらず、その前に立ちふさがろうとした魔物は一体残らず蹴散らされていく。花の化物もそれを防ぐことが難しいと気づいたのだろう。再び咆哮を上げると、周囲の魔物たちの攻撃がより熾烈なものとなる。


「ぐっ、くそっ……!」


 それにより劣勢に陥るカレムたちだったが、まず魔物の餌食となったのは従騎士のフリントだった。二体の魔物に挟まれる形となったフリントは、他の仲間が助けに入る前に魔物に押し倒されてしまう。


「ひっ……止めろ!助け……」


 押し倒されたフリントの顔に、彼女らが”肉虫”と呼ぶ魔物が覆いかぶさった。フリントが何をされたのかはカレムには見えなかったが、魔物に覆いかぶさられたフリントの四肢が激しく痙攣し、ピクリとも動かなくなる。


「お姉ちゃん!フリント君が!」


「分かってるけど……!こっちももう限界……!」


 キリムの言うように、勢いを増した魔物たちの猛攻により、彼女たちは今にも押しつぶされる寸前といった有様だ。まだ隻腕の男が操るオートマタがいるため戦闘を続けることができているが、その助力がなければとっくに魔物の餌食となっていただろう。

 半人半竜となった男に一瞬だけ視線を向けると、すでに花の化物の元へ到達し、なんとその肉塊のような体に食らいついているのが見えた。花の化物と半人半竜の戦いはどちらが優勢なのか、それを見極めようとしたカレムだったが、それによりできた一瞬の意識の綻びが命取りとなる。

 オートマタの守りをすり抜けた一体の魔物が、視線を逸らしていたカレムに襲い掛かった。すぐにそれを察して杖を構えようとするが、カレムの聡明な頭脳はその前に自分の身体が魔物の爪に切り裂かれることを確信する。


『お姉ちゃん……!』


 来たる激痛を予感して身をすくませるカレムだったが、彼女に襲い掛かろうとしていた魔物の身体に何かが突き刺さった。爆音とともに飛来したその金属杭は、威力のままに魔物を横に吹きとばす。


「カレム!無事か!?」


「イーデン!……あ、危ない!」


 駆け寄ってくるイーデンとヒルダにカレムが視線を向けた瞬間、いくつかのことがほぼ同時に起きた。まず、二人の頭上から触手が雨のように降り注ぎ、それがヒルダの魔術によって防がれる。次にそれまで地に伏せていたフリントの身体が勢いよく起き上った。口から大量の黒い粘液を吐き出しているフリントは、手に持っていた剣を振り上げ、ヒルダの首を狙う。

 頭上に意識が向いており、なによりそれまで死体だと思っていたフリントが起き上ったことで、イーデンの反応は遅々としたものだった。フリントの攻撃を受け止めようと剣を振るうが、ある程度離れたところでそれを見るカレムは、イーデンの防御が間に合わないことに気づく。


 もはや声を上げる時間すらない。だが、瞬きにすら満たないその時間を切り裂くように、一閃の斬撃がフリントの首を刎ね飛ばした。頭と身体が切り離されたことにより、フリントだったものは再びその場に崩れ落ちる。


「な……!?」


 振り向いたイーデンの前に立っていたのは、銀鎧のオートマタだった。それは、両手に握った長剣をだらりと垂らし、イーデンに相対している。

 待機しているようにもいつでも斬りかかれるように脱力しているようにも見えるその姿勢にイーデンも警戒を強めるが、何か行動を起こす前にオートマタの背後から声がかけられた。


「おい、”銀剣”。何をしている。早く戦いに戻れ」


 命令に従ってその場を去ったオートマタの後ろにいたのは、やはり隻腕の男だ。隻腕の男は、その顔に気味の悪い笑みを浮かべながら半人半竜に貪られている花の化物の方へ歩いていく。


「お前たちも惚けている場合ではないぞ。そちらが戦わないなら、あれもこれもこの騎士見習の死体も、全部俺のものだからな。キシシシシ」


「なにを……ま、待て!」


 ようやく仲間との合流を果たしたカレムたちだったが、再会を喜んでいる暇はない。隻腕の男は制止の言葉に反応すらせずに、自動機装オートマタを引き連れていく。今カレムやイーデンたちにできることは、一瞬だけ目をあわせてから、迫る魔物に相対することだけだった。

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