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十八ページ目

 見上げるほどに巨大な石と鉄で造られた 自動機装オートマタが、冗談のように太い鎖をゆっくりと引き下ろしていく。それにより、鎖とかみ合ったこれまた大きな歯車が回り、重い音を立てながらゆっくりと楼門が開いた。それまでは固く閉じられていた堅牢な門が、自動機装オートマタの馬力により開かれていく様はどこか非現実的な光景であり、思わずその場で門が開く一部始終を見守ってしまう。

 だが、周りにいる街の住民や商人たちにとっては、もはやその光景は見慣れたものなのだろう。彼らは目線を上げることすらせず、次々と後ろからを追い抜かれてしまった。


 ようやく門が完全に開いたころには、門の前に広がっている広場にはほとんど人はいなくなっていた。残っているのは門に集まった旅人に金を落とさせようと画策する街の商人だけだ。その商人たちに奇異の目を向けられながら、門の方へと歩いていく。その日のうちに街に戻る場合は門での記名が必要のようなので、竜飼いに任せてさっさと門の外に出ることにしよう。


 先日はならず者の一団を壊滅させ、懸賞金をもらいに行ったところでなぜか拘束されてしまったのだが、結局はお咎めなしとして無事に懸賞金を受け取ることができた。その際の尋問官の顔が見ものだったのだが、それは語る必要はないだろう。

 とにかく一団のアジトから回収した戦果に加えて懸賞金も手に入ったため、物欲を満たすための資金は潤沢といえる。だが、今日はまず店舗で物を買い求める前に、ガイネベリアの外周部分を探索してみることにした。なにも街の中に欲しい物がないということではない。単に外周に興味深い物品がありそうだったのだ。


 というのも、事の発端は竜飼いが街の中で聞いたとある噂話であった。その噂話によると、およそ一年ほど前から、【ガイネベリアの大招門】と呼ばれる北側の門の近くに、見たこともない鮮やかな花が咲き始めたというのだ(後から聞いたが、二日前に街に入る際に通った門は街の南に設置された裏口のようなものだったらしい)。

 その花は一年の間に爆発的にその数を増やしていき、いまや門の前に花畑を作るほどになっているという。さらに興味がそそられることに、これまで街を訪れたどんな博識家も、その花の種類や生態について何も答えられなかったそうだ。ということは、その花はおそらくここ以外では群生していないと考えるのが筋だろう。そんな珍しい花を手に入れない理由はない、ということで朝から門が開くのを広場で待っていたという訳である。


 花が手に入るまでは街に戻らない、という気概で門をくぐったのは良かったのだが、噂話通り門を出てすぐにその花を目にすることができた。というより、門を一歩でも出れば否応でも花の群生が目に飛び込んでくる。まるで花の波のように押し寄せているそれらは、確かに街の住人が言うように、もう少し時間がたてば門にまで達する数になるだろう。

 その迫力に圧倒されつつ、ちょうど足元に咲いていた花を眺める。色は赤や桃色など、濃淡はあれども暖色なのは同じのようだ。この花が放つ迫力の原因は、その一つ一つの大きさであった。

 大きさにもそれぞれ差はあるのだが、見える範囲で最も小さい花でも広げた手より一回り大きいほど。大きいものに至っては、人ひとりを飲み込めるのではないかと思うほどのサイズだ。確かにこれを見れば、花の生態が分からないというのも納得である。


 知識がないなりに花を観察してみるが、素人目ではその異常な大きさ以外に気になることはない。そう思っていたが、ふと一つの違和感に気が付いた。それはその場で大きく息を吸ったことで確信に変わる。

 違和感の正体、それはこの場の空気の匂いだった。これほどの花が咲き誇っていれば、この場は花の香りでむせ返っていてもおかしくはない。だが、ここで深く深呼吸をしても、まるで花の香りは感じずむしろ微かに緑の匂いを感じるくらいだ。

 そんな奇妙な花が欲しくないわけがない。という訳で早速収集してみる。


――――――――――

【笑痴の生き蕾】

分類:植物・魔花

詳細:気まぐれに産み落とされた異形の蕾。周囲のマナを蓄積し、太陽が昇ると同時に花開く。

――――――――――


――――――――――

【笑痴の赤蜜】

分類:植物・花蜜

詳細:花弁の中央から分泌される花蜜。無臭無味の蜜に引き寄せられる生物は皆無だが、餌がない釣り糸を垂らすように蜜は滴り続ける。

――――――――――


 予想だにしなかった文章が現れたことに少し驚いた。全書の説明を読む限り、この花はどうやら自然に生じたわけではないらしい。さらに一見満開に咲いた花に見えるこれらは実はまだ蕾のようだ。文章がそのままの意味だとすると、マナとやらを十分量蓄積したら開花するのだろうか。

 聞いていた話とはだいぶ違う、それどころか、この花のことは何も分からないということだったため、恐らくは全書に書かれた内容は周知の事実ではないのだろう。この事実を初めて知ったのは自分である、そのことにほんの少しの優越感を感じながら、門の前の花畑を歩いていく。試しに色々な大きさの花を収集してみるが、大きさや色は違えどもやはりここに咲いている花は全て【笑痴の生き蕾】のようだ。他の花が見当たらないところを見ると、【笑痴の生き蕾】の繁殖力は相当なものであるらしい。

 行けども行けども周囲は花に囲まれたままだが、門を出てから十数分ほど歩いたところにある丘の上に立ったことで、ようやく花畑の終わりが見えた。丘から見て分かったが、花は壁の北側を囲むようにして生えているようだ。少し離れたところにひときわ大きい【笑痴の生き蕾】があったため、それも全書で収集しておく。


 実は今周囲には何人かの旅人や街の住人がいるのだが、特に全書の存在を隠すようなことはしていない。というのも、昨日拘束されていた際に相手をしていた、頭髪が薄くなった中年男が使っていた小さな袋を見たためだ。あの袋は一見何の変哲もない布袋に見えたのだが、中年男はその袋の中から、およそ袋に入りきらないサイズの斧をこれ見よがしに取り出していた。ということは、どうやらこの辺りでは物を圧縮、あるいは体積を小さくして収納する道具は一般的であるということだ。

 街の中を歩いているときに見かけたことはないため、その価値の大小はあるだろうが、そういった道具が存在するのであれば、全書をそれほど神経質に隠す必要もないだろう。事実、全書で物を収集する場面を見た周囲の人間たちは、こちらに注意を向けることはあってもそれほど驚いた様子もない。この事実が分かっただけでも、昨日長時間の拘束を受けた甲斐があったというものだ。

 こういった世間の常識の確認というのは、他のものについても行っていかなければならない。例えば先ほどの【ガイネベリアの大招門】を開けていた巨大な自動機装オートマタなどその典型だ。今も全書の中には、過去の探索で手に入れた素材で生成した様々な種類の自動機装オートマタが収納されているが、ああいった存在が他にあるということが分かれば、それらも気軽に使いやすくなるというものである。


 だが、何事にも例外というか変わり者はいるようで、全書での収集を続けていると、とある一団に声をかけられた。その一団は男女を含む五人の集団で、人種や出で立ちも様々なようだった。中でも機械でできたマントのようなものを羽織ったリーダー格の男性は、その大きな体躯と鋭い眼光からなかなかの威圧感を感じる。

 その男性が話しかけてきたので竜飼いに相手をさせるが、男や集団の他の人間はしきりに全書を指さして何か質問しているようだ。だが、竜飼いが首を横に振ると、五人は特に声を荒げることもなく立ち去って行った。どうやら彼らは【笑痴の生き蕾】のことを調べており、こちらが何か新たな知見を持っていないかを尋ねてきたらしい。名前くらいは教えてもよかったのだが、その前に立ち去ってしまったので別に追いかける必要もないだろう。


 目的のものは手に入ったので街に戻ることにしたが、花々に囲まれた土道を歩いていると自然とのんびりとした気分になり、この街に来るまでの道中に思いを馳せてしまう。

 最初に思い出されるのは、やはりもっとも最近まで滞在していた【アベイル砦】だ。竜飼いの素材となった【涙呑せしティアク・廻り狂いのマグラ竜骸者ゴケル】を倒した後、砦の内部や周辺を調べてみたのだが、【アベイル砦】は例の謎の機械に襲われた【揺蕩う澱窪】から歩いて数時間という場所に位置していたのが分かった。気を失ってから自分の身に何があったのかは結局分からなかったのだが、おそらくは自動人形たちが砦まで運んでくれたのだろう。なぜ自動人形たちが砦の場所を知っていたのか、さらに包帯などによる治療を施してくれたのは誰なのかなど疑問は尽きないが、一歩間違えば命を落としていたような状況だったことは明らかだ。

 幸いにも【涙呑せしティアク・廻り狂いのマグラ竜骸者ゴケル】を討伐した後の砦は、自動人形たちによる護衛付きという条件であれば至極快適に過ごせる環境だったため、二ヶ月ほどをかけて素材の収集と傷の治療に専念することができた。勿論、素材の収集は【アベイル砦】だけではなく、【揺らぐ時森】や【揺蕩う澱窪】でも行い、使いきれぬほどの素材を集めることができたため、新たな物品を求めて馬車による長旅に出発したのである。

 【アベイル砦】を出て、馬人形たちに引かれる馬車の中で揺られた期間はなんと一ヶ月以上。ひたすら何もない平地を進み続け、やることと言えば全書に収納していた水と食料を貪ることだけだった。砦で見つけた地図がなければ確実に引き返していたであろう道中を何とか耐えきり、こうしてガイネベリアにたどり着いたのだった。


 退屈な旅路を思い出すだけでため息が出るが、【ガイネベリアの大招門】の近くに戻ってきたところ、小さな丘の上で絵を描いている女性を見かけた。その女性は木製の小さな折り畳み椅子に腰かけて、【ガイネベリアの大招門】と【笑痴の生き蕾】により作られた花畑を描いている。油絵具を用いて描かれたその絵は、無機質な【ガイネベリアの大招門】と花や空の鮮やかな色が対照的に描かれていて思わず見入ってしまう出来だ。それが一枚目ではないようで、女性の後ろには描き終わった絵が何枚か置かれている。

 そちらの出来も素晴らしく、もともと売り物として描いていたと言うので、一枚購入することにした。


――――――――――

【絵画・ガイネベリアの大招門】

分類:絵画・油絵

詳細:アズ・クイマ作。聳え立つ門と周囲に広がる赤花を描いた作品。

――――――――――


 思わぬ逸品も手に入り、街に戻る足取りも軽くなる。今買った絵だけでなく、きっとガイネベリアでしか手に入らない芸術品もいくつかあるだろう。街を訪問した記念として、そういったものを買い集めるのも面白そうだ。幸い、今日はまだ日が昇ってからそれほど時間も経っていない。街に戻ったら、早速店舗を回って買い求めることにしよう。

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