十三ページ目
居心地の悪い浮遊感の中で、刺すような激痛を感じて目を覚ます。見えなくなった左半分の視界と、なくなってしまった左腕を見て、気を失う直前に起きたことを思い出した。死んでいてもおかしくはない、というか普通ならば死んでいるはずの状況だったように思うが、今こうして痛みに苦しんでいるということは、どういう訳か命は助かったらしい。
痛みにうめきながら体を起こす。どうやら気を失っている間に寝台に寝かせられていたようで、頭部と左肩の断面に包帯が巻かれていることから、誰かが治療を施してくれたと思われた。周囲は石壁で囲まれており、唯一開けた一角には鉄格子が取り付けられている。今いるのは牢屋のような石造りの小部屋らしい。
気を失ってからの記憶は全くないわけだが、一体どのような境遇であれば治療を施された上に死にかけの状態で牢屋に放り込まれるのか。心当たりは全くないし、状況に分からない点が多すぎる。
幸い全書は枕元に置かれていたため中の物品を確認してみるが、特に気を失っている間になくなったものなどはないようだ。気を失う直前の巨大な肉塊のような魔物、【腐解せし撓む呪人塊】とあの謎の機械の戦闘のせいでいくらか破損したり失った物品があることが大変口惜しいが、今は状況を打開する手を考えることが先決だ。
気になるのは例の機械が現れる直前に見かけた、金属でできた人形のような何かの存在だ。あの人形と機械はあまりにも、【揺蕩う澱窪】の環境とはかけ離れた存在だったように思う。もしかしたらあの人形が機械を呼んだ、ということも考えられないことはないので、次に会う時があれば気を付けなくてはいけないだろう。
なにか周りに物があれば、それを収集して情報を得ることもできそうだが、残念なことに周囲に目につくようなものはない。そうして色々と考えているうちに空腹を感じたので、食事がてら全書に入っていた【グブの薬水】など、傷の回復に役立ちそうなものを片っ端から飲み下す。さらに樹姫を全書から召喚し、権能による治療も行った。
その効果は目覚ましく、少しすると痛みが和らいできた。ようやく落ち着いて一息つくと、樹姫が包帯に包まれた何かを差し出してくる。どうやら樹姫と同時に全書から出てきたらしいそれの包帯を解くと、中から現れたのは血の気が引いた人間の左腕だった。その見慣れた腕は、言わずもがな少し前まで自分の体の一部だった切断された左腕だ。
自分の身体だったものなのだが、その切断面はほれぼれするほど滑らかだ。だが、今これを持っていてもどうしようもないので、悪くならないうちにもう一度全書に仕舞っておくことにする。
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【理外生む左腕】
分類:他元素材・四肢
詳細:異なる理の元に構成された左腕。
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【虚無を掴みし霊物集める界腕】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
理外生む左腕 100%/100%
強欲司る心象天秤 0%/100%
欲飢せし呑み圧す黒幻砂穴の虚心掌 0%/100%
溜隠せし穿ち震う堕神怪僧の千手指 0%/100%
怯狂せし死に昇る原初人皇の骨肉剣 0%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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……何やら意味深な説明文だが、ここからそれ以上の意味を読み取るのは難しそうだ。さらに新たな生成候補も現れるが、そちらはさらに不可解なものだった。
とりあえず左腕のことは置いておくとして、鉄格子から外の様子を窺ってみる。やはり今いるのは牢屋のようで、向かいと隣にも似たような鉄格子の牢があるようだ。だが、牢番のような見張りはいないと思われる。
鉄格子はしっかりと嵌められており、全書による収集の対象にもならないようだ。なので、全書からジルラドを出して、鉄格子が嵌められた壁をぶち抜かせる。さすがに石でできてるだけあって、一撃とはいかなかったが、肩から突進するようにして三回ほど突撃させると、ちょうど人ひとりが通れるほどの穴が開いた。
牢から出て周囲を確認するが、やはり目につくものはない。それどころか、牢には採光用の小さな穴が壁に開いているだけで、今はそこから差し込む月あかりだけが光源になっているため、視界を確保するのも一苦労だ。
左目を失ったこともあり、歩くことすらおぼつかない状態のため、【エスカ軍式自動剣歩兵人形】の肩を借りながら先に進む。いくつかの牢の前を通り過ぎると、牢屋の端に着いたようで、上階へと続く石階段を見つけた。現状、というか今自分がどこにいるのかもわからないため、できるだけ慎重に進みたいところだが、自分は怪我を負い、動くだけで精一杯の有様だ。こんなときこそ自動人形たちを使いたいところだが、『目立たないように隠れながら周囲の状況を調べて教えろ』などと命令するのも、彼らの性能を考えると酷というものだろう。
仕方ないので、一旦自動人形を全書に仕舞い、一人で階段を上がることにした。ゆっくりと階段を登り切ったら、壁の境から顔だけを出して周囲の状況を確認する。
階段を上がった先にあったのは、やはり石で構成された廊下のような長い通路だった。牢屋と同様に、やはり視界の助けになるのは窓から入る月あかりのみだ。古都からもってきた【エンゴの淡灯火】を使っていもいいのだが、その明りのせいで何者かに見つかる危険性もある。このままでもなんとか進めないことはないので、ひとまずは明りは使わずに進んでみることにしよう。
床には絨毯が敷かれており、その上を歩けば足跡も大分軽減できる。体調からいえば一人で歩くこともしんどいのだが、自動人形がたてる音を察知される可能性もあるので、時折ふらつきながらも一人で廊下を進む。
数分も歩かないうちに、廊下に面した一つの扉を見つけた。ドアノブに手をかけてみると、小さな軋み音を上げてノブが回る。入るかどうか迷うが、遠くから聞こえてくる何者かの足音、というよりは鎧が擦れるガシャガシャという音に気づいた。
音はこちらに近づいてきているようなので、このままここにいれば見つかってしまうだろう。なので、できる限り静かに扉を開けて、部屋の中へと入った。
扉を閉めてしばらく待つと、扉の向こう側を先ほどの音の主が通り過ぎていく。特に怪しむこともなかったようで、しばらく待っていると音は徐々に遠のいていった。
それを確認してから、部屋の中の様子を確認する。今入った部屋は倉庫、というよりちょっとした武器庫のようだ。壁には槍や剣などの武器がいくつか立てかけられており、衣装かけには全身甲冑のパーツがそれぞれ保管されている。
久々に見る文明的な物品に心が踊る。早速全書に収集しようとするが、なんとそれを察したように鎧がひとりでに動き始めた。浮かび上がった兜を中心として、各パーツが人の形を形成していく……が、先手必勝と全書から出したジルラドにより兜が弾き飛ばされると、鎧は糸を斬られた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
その際にけたたましい音が部屋の中に鳴り響いたが、音を察知してこちらに向かってくるものはないようだ。部屋の外から何か音が聞こえないか警戒しながら、地面に転がっている武器や鎧を回収する。
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【エリオン軍式対霊剣】
分類:武器・魔剣
等級:D
権能:【散魂】
詳細:魔術の素養を持たない者でも実体を持たない存在と戦うための礼装。効果は弱いが、斬りつけるたびにマナに損傷を与えることができる。
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【エリオン軍式長槍】
分類:武器・長槍
等級:D-
詳細:エリオン軍の基本支給装備。幅広の刃になっており、重い分威力が増している。
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【エリオン軍式鏡鉄兜】
分類:防具・鎧
等級:D
権能:【鏡響】
詳細:エリオン軍で開発された、鏡鉄を主原料とした対魔術装備。エリオン軍のシンボルである、剣を咥えた狼の衣装が施されている。
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【エリオン軍式鏡鉄鎧】
分類:防具・鎧
等級:D
権能:【鏡響】
詳細:エリオン軍で開発された、鏡鉄を主原料とした対魔術装備。魔術の威力を軽減し跳ね返す効果があり、部隊長以上の兵士に支給された。
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古都で見つけた【エスカ軍式長剣】などと説明がよく似ているが、どうやらここにある武装たちはエスカ軍とは違う所属のものだったらしい。性能だけを見るとエスカ軍のそれより全体的に質がいいようだ。さらに、今手に入れた装備によって新たな自動人形の生成候補が現れた。
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【エリオン式自動鏡鉄人形】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
エリオン軍式鏡鉄兜 100%/100%
エリオン軍式鏡鉄鎧 100%/100%
エリオン軍式対霊剣 100%/100%
瘴気 8700%/100%
精製を行いますか?【はい/いいえ】
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さっそく生成をしてみると、もはや見慣れた自動人形が目の前に現れる。だが、エスカ軍式のそれと比べて、全体的に細身で鎧の全体に刻まれた意匠が目を引く。試しに動かしてみるが、戦闘能力としては【エスカ式自動剣歩兵人形】とあまり変わらないように思われた。
だが、使った素材が素材なので、おそらくはある程度”魔術”とやらに対しての耐性を持つのだろう。”魔術”という言葉は初めて目にするが、そもそも今まで使っている”権能”も魔法みたいなものだ。特にこれについて今考える必要もないだろう。
残念ながらこの部屋にあるめぼしいものは鎧だけのようなので、再び廊下に出て先に進む。いくつか廊下に面した扉を見つけたが、いずれも鍵がしまっていたり扉がゆがんでいるせいで開かない。少なくともここがどこなのかは知りたい、と考えながら幾つめかの扉に手をかけると、扉が内側へと開いた。
先ほどとは違い、今度は中の様子を窺いながらゆっくりと部屋に入る。部屋の中にはやはり動くものはなく、床や部屋に置かれた机の上には厚いほこりが積もっていた。机の上に乾いたインク壺や物差しが置いてあるのを見ると、この部屋は何かの製図室だったようだ。
壁際には本棚が並べられており、当然本が置かれている……のだが、入っている本の数はその本棚の広さに対していやに少ない。本棚には数冊の本しか入っていないが、ありがたく収集させてもらおう。
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【エスカ図解】
分類:書物・地図
詳細:エスカ地方の大まかな地図。精密なものではないが、旅をする程度ならば十分な情報が記されている。
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【竜種生体図鑑】
分類:書物・図鑑
詳細:魔物研究家サミナにより著された生体図鑑。本書は特に竜種と呼ばれる魔物について詳細に記されている。
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【測量士キールの日誌】
分類:書物・日誌
詳細:アベイル砦専属の測量士に任命されたキールの業務日誌。生真面目な性格故、内容は日々の業務について理路整然と記されたものになっている。
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全書の説明を読むに、どうやらここは”アベイル砦”という施設の中のようだ。砦と言うからには軍事的な用途の建物だろうし、それならば起きたときに入れられていた牢屋や武器庫の説明もつく。建物は全体的に老朽化しているようなので、かなり前に打ち捨てられたのだろうか。
そんなことを考えながら全書を眺めていると、突然背後から金属が擦れる硬質な音が聞こえた。慌てて振り向くと、先ほど入ってきた扉の前に全身鎧の人影が無言で立ち塞がっている。自分としたことが、どうやら部屋に入った際に扉を閉め忘れたようだ。
その不用心さに失笑すら覚えるが、いつまでも突っ立っている訳にはいかない。謎の全身鎧はこちらを斬り殺す気満々のようで、剣の柄に手をかけながらこちらに向かってきた。この部屋はあまり広くないので、ジルラドに任せるよりは小回りの利くものの方がいいだろう。そう考え、【エスカ軍式剣歩兵人形】と【時森の怪軽兵】を一体ずつ出して相手をさせる。
読みは当たったようで、二体の自動人形により敵はすぐに無力化された。どうやらこの動く鎧も武器庫にいたのと同様に、兜を弾き飛ばせば人の形を保っていられないようだ。
だが、鎧が崩れ落ちる際に大音量の落下音が鳴り響いてしまうのはいただけない。さすがに今回はその音を他の存在が聞きつけたようで、なにかがこちらに近づいてくる音が廊下の奥から聞こえてきた。敵の数は数体、と考えるのはあまりに希望的観測が過ぎるだろう。この部屋に留まれば敵の数に押しつぶされる、という危険もある。負傷の身であまり体を動かしたくはないのでが、そうも言ってられないのは明白だ。大変不本意だが、命を懸けた鬼ごっこを始めるとしよう。




