十二ページ目
初めてこの毒煙燻ぶる渓谷、【揺蕩う澱窪】に足を踏み入れたのが二日前。その際は、戦闘には難なく勝利できたものの、その予想外の物量に押し返されるような形で森に戻ることになってしまった。
なので今回はそのリベンジを……というわけではない。単に新たな物品を生成するために必要な素材を回収に来たのだ。
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【再生する肉壁】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
彷徨う腐体の爛肉 180%/100%
彷徨う腐体の脆骨 90%/100%
彷徨う腐体の腐臓 20%/100%
華めく胞花の染骨 0%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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【デミスの肉燭台】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
彷徨う腐体の脆骨 150%/100%
彷徨う腐体の腐臓 50%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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【デミスの指筆】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
彷徨う腐体の脆骨 150%/100%
彷徨う腐体の澱血 90%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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【糸引く胞掌】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
宿る死茸の菌糸 350%/100%
宿る死茸の若胞嚢 80%/100%
華めく胞花の生皮 0%/100%
華めく胞花の種子 0%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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【澱んだ泥形代】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
舐る沼肉の湿泥 180%/100%
溜まる瘴液の粘液 0%/100%
溜まる瘴液の流核 0%/100%
物品が不足しているため、生成を行えません
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前回の探索で多くの素材を手に入れることはできたのだが、残念ながら生成物を作るための材料を集めきることはできなかった。生成にはまだ見ぬ魔物のものと思われる素材も必要であるため、再びこの地にやってきたという訳だ。
前と違う装備や作戦を用意したわけではないが、すでにこの地の傾向は分かっている。今回はより奥地に進むために、様子を見るよりも進行スピードに重点を置いて進んでみようと思う。
【揺蕩う澱窪】に足を踏み入れると、すぐに【彷徨う腐体】と【宿る死茸】の群れがこちらに近づいてくる。それを迎え撃つのはジルラドと【エスカ式自動重斧槍人形】、そして【エスカ式自動槍人形】を中心とした自動人形たちだ。
さらに今回は自分も【狂い合う死生杖】を手に持ち、その権能を如何なく発揮しながら先に進んでいく。【狂い合う死生杖】には前回の探索で使った【叫骨】以外にも複数の権能が備わっている。この権能を使うには少しばかりコツがいるのだが、まるで自身に新たな器官が一つ増えたような違和感と確かな実感と共に、異能とも言える権能が行使される。
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狂い合う死生杖
分類:魔具・長杖
等級:C-
権能:【叫骨】【怯声】【影手】
詳細:かつての高位魔導士の死形相が施された異質な魔杖。権能が行使されるたびに、かつての恐怖と苦痛を思い出すかのようにその顔は激しく歪む。
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杖に取り付けられた細腕が生首から離れ、虫を払うような動作を行った。それと同時に眼前に迫っていた魔物たちが、突風に吹かれるようにして宙を舞う。【影手】の権能により生じた半透明の巨大な手により拓けた道をなおも進むと、不思議と魔物の数が段々と減っていく。だが、魔物数と反比例するように一体一体の個体の強さは増しているようだった。
【揺蕩う澱窪】に入ったばかりの魔物たちは、誇張なく触れれば崩れてしまうような脆さだったのだが、一時間ほど進んだ場所では自動人形たちの攻撃にも一発程度なら耐える個体もいるようだ。それに対応して、得られる素材の内容も変わってきている。
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【彷徨う腐体の脳漿】を収集しました
【華めく胞花の生皮】を収集しました
【華めく胞花の染骨】を収集しました
【華めく胞花の種子】を収集しました
【華めく胞花の花茸】を収集しました
【華めく胞花の吸牙】を収集しました
【舐る沼肉の水肉】を収集しました
【舐る沼肉の灰手】を収集しました
【舐る沼肉の灰足】を収集しました
【舐る沼肉の石眼】を収集しました
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この辺りには【宿る死茸】の菌の浸食がより進んだ、【華めく胞花】という魔物が現れるようだ。さらに入り口付近にもいた地中から現れる【舐る沼肉】も増えてきた。
【舐る沼肉】はその身体の半分を腐肉で、半分を泥で構成しているような魔物なのだが、腐肉で構成される個所は個体ごとに違っているらしく、個体ごとに得られる素材が違う点が非常に面白い。
そういった要素もあって精力的に素材を集めているうちに、いつの間にか生成に必要な素材が揃っていた。今は周囲に魔物もいないため、今のうちに新たな物品を生成してみるとする。
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【糸引く胞掌】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
宿る死茸の菌糸 700%/100%
宿る死茸の若胞嚢 180%/100%
華めく胞花の生皮 200%/100%
華めく胞花の種子 100%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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手に入れた素材を使って生成されたのは、病的に白い皮膚をそのまま人からはぎ取ったような、生々しい皮手袋だった。手袋のそれぞれの指の先端には小さな【宿る死茸の若胞嚢】が取り付けられており、さらに手の甲に当たる部分には【華めく胞花の種子】がまるで巨大な腫物のように埋め込まれている。
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糸引く胞掌
分類:魔具・手袋
等級:D+
権能:【寄糸】
詳細:【死起茸】と呼ばれる菌糸に寄生された死体から作られた皮手袋。手袋に取り付けられた胞嚢から伸びる糸に感染した生物は、装備者の意志のままに操られる。
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なかなか有用な物品を生成できたため、さらに進むペースを速めて奥へと進んでいく。ここまで来ると周囲に漂う煙はさらに濃くなり、時折水に流した墨のような先が見通せないほどの黒い気流すら見られるようになってきた。今は樹姫の【浄境】により守られているからいいものの、ひとたび生身で放り出されてしまえば、決して無事では済まないだろう。
現れる魔物も様変わりしており、この辺りには人型以外の魔物や亜人ともいえる存在も確認できた。腐った巨大な蛙にしか見えない【啜る化蝦】や体の各所から不規則に手が生えた【招く怨手】、人を二人ほど飲み込んだ粘液の塊である【溜まる瘴液】など、こちらも総出で相手をしないと被害が出かねない場面も増えてきた。その分、新たな素材も手に入っているため、引くか進むか悩むところだが、やはり物欲に負けて足は前に進んでしまう。
そうしてまだいける、まだいける、と念じるように進んでいるうちに、足元の地面の傾斜が突如急になった。それはもはや傾斜というよりはちょっとした崖のようになっているため、縁に立ち下を覗き込んでみる。
覗き込んだ時点では、やはり黒い煙によって崖の先を見通すことはできない。というよりは、その黒い煙は崖の下から湧き上がってきているようで、まるでこちらに押し寄せてきているような状態だ。しかし、それでも崖の先を見ようと目を凝らしていると、燻った煙の隙間から一瞬だけ崖の下を見通すことができた。
崖の下には灰色の汚泥のような何かが溜まっており、それはまるで溶岩のように泡を生んでいる。やけに粘度がありそうな沼だと思っていると、その中から浮かび上がった恐ろしく巨大な眼球と目が合った。そのことに驚くよりも早く、液体が爆発したかと思うと、こちらが握りつぶされそうなほどの大きさの右手が沼から現れる。
慌てて後ろに下がりながらジルラドや樹姫に指示を出しているうちに、沼から浮かび上がった巨大な何かは両手で崖の縁をつかんでこちらの眼前に現れた。数十人の腕や眼球、内臓などを無理やり人型に押し固めたような醜悪な巨人は、どのような意図かは分からないがこちらに手を伸ばす。
しかし、どのような意図にしろ大人しくその手につかまるわけにはいかないだろう。どうやら、思わぬ形で総力戦を強いられることになりそうだが、やはり体の奥から湧き出るのは目の前の素材を手に入れたいという焦がされるような収集欲だ。それを収めるべく、手に持っている全書のページを捲った。




