八十六ページ目
これまでいくつかの魔境を踏破してきたが、その環境やそこに潜む魔物たちの生態は多岐にわたっていた。だが、そのなかでも唯一とも言える共通点がたった一つだけあった。
それは魔境の深部に進むほどに環境は劣悪になり、また現れる魔物たちは凶悪になっていくという点だ。どの魔境でも示し遭わせたようにそれだけは変わらず、その様はまるで奥に進む呑気な探索者たちを吞み込もうと待ち構えるアギトのようだ。
今回の場合を例えるならば、底に化け物が潜む蟻地獄を自分から下っているようなものだが、順調に"生じる岩壺"を下に向かっているうちに気づいたことがあった。奥に進むごとに魔物たちが狂暴に、そして手強くなっていくのは他の魔境と同じなのだが、明らかにそれぞれの個体の硬度が増していくのである。
魔物の種類により耐久性が異なるのは分かるのだが、同種の魔物同士でさえも、上層と下層ではその頑強さにはっきりと違いが現れていた。途中まではそれなりに戦えていた子供たちの剣が、ある層を皮切りに突然通じなくなったのがいい例だろう。たちが悪いことに見た目にはそれほど違いはないにもかかわらず、戦闘にかかる時間はどんどん延びていった。
ここまでくると子供たちは自分の身を守るのに精一杯で、自動人形すら適当なものを使っていると魔物に手痛い反撃を受ける始末だ。予想だにしなかった障害により探索のスピードも落ちてしまったため、改めて使用するコレクションを選びなおしたところ、ちょうどよさそうなものが見つかった。
そもそも体が岩や金属でできた魔物に同じ硬さの武器を振るったところで効果を期待できるわけがない。必要なのは、それらと同じくらいの強度を持つ爪や牙だ。目には目を、鉄には鉄を、ということでここからは【躍心の鉄童】を中心とした進精魂機部隊に戦闘を任せることにする。【躍心の鉄童】は少年を模したゴーレムで、他のゴーレムや武器を取り込んで自分の身体と同化させることができるほか、他のゴーレムと一緒に行動する場合には司令塔のような役割を担うことができる能力を持つ。しばらく前に生成した物品で、単純な戦闘力はコレクションの中でそれほど目立つものでもないのだが、最近大量の機獣素材やゴーレムを手に入れているため、それらを取り込ませることでかなりの強化が施されているはずだ。
その外見も相まって全書から出した直後は子供たちの視線の中に疑いの感情が混ざっていたように思われたが、【躍心の鉄童】―ノア―が戦う姿を見てすぐに考えを改めたようだった。
一見なんの変哲もない子供のような姿をしたノアだが、一度戦闘態勢に入ればその変貌ぶりはすさまじい。細い両腕はからくり人形のように展開され、その中からは身の丈ほどの砲身が一門ずつ現れ、足や胴体は瞬時に組変わり、鉄骨と歯車でできた巨人のような姿へと変形する。体の各所からはこれまでに取り込んだ金属製の武器が生え、それらはもとの権能をそのままに、巨躰から産み出される怪力でもって振るわれた。
今も目の前では、ノアたった一体に十体以上の魔物で構成された群れが蹂躙されている。四メートルは越える巨体にもかかわらず、ノアは器用に地面や壁を飛び回り、当たるを幸いにいくつもの武装で魔物を駆逐していた。ノアが動く度に新たな武器が体から現れそれが魔物を吹き飛ばす様子は、まるで子供が小さな人形で遊んでいるようで、どこか現実感に欠ける光景に思える。だが、子供たちは例に漏れずいたくそれを気に入ったようで、今や戦うノアに向かって声援を送っている始末だ。
確かに右手に魔物を押し止めるための防壁を展開し、左手には数種の機獣の部品を使って生成した【巨塊器・伐鉄】を握るノアは、騎士のような様相に見えないこともないし、肩から生えた大砲が火を吹いて砲弾を打ち出す様はかなりの迫力がある。とはいえ、さっきまで嬉しそうに振るっていた剣まで納めて観戦に夢中になるとは、よほどの気に入りようである。そこまで喜ばれると持ち主としては嬉しく思うが、不意の魔物の奇襲を防ぐために、それとなく後方の守りを厚くしておこう。
手持ちのゴーレムのなかでは随一の性能を持つノアだが、他のゴーレムも決して性能が悪いわけではない。前に狼獣人を狩る際に活躍した【鋼牙の鉄犬】は周囲の索敵をさせる上では十分な能力をもっているし、さっきは強制退場させられた【追いたてる赤鉄兵】も、数を揃えればノアによる統制の効果もあって容易く魔物を仕留めてくれる。
実は”巡りし平丘”で手に入れた機獣の素材を材料にして、まだまだ多くのゴーレムたちを生成済みだ。一度でそれらすべてを活躍させるには多すぎる種類のゴーレムが全書の中に眠っているので、この機会を逃さずゴーレムたちを使ってみることにする。
といっても足場の面積は限られており、また進路のほとんどは岸壁に囲まれた狭い通路の中だ。そこまで多くのゴーレムを展開するわけにもいかないため、厳選した二種のゴーレムを全書から出した。
宙に浮いた一抱えほどの貝殻のような見た目の【仇刺す槍箱】は、弾数制限はあるものの、鋭い銛を高速で射出することができるゴーレムの一種だ。その一撃の威力はすさまじく、全身が岩石でできた”転がる丸岩”を容易く串刺しにしてなお、その向こうの岩壁に食い込むほどの勢いが残っているほどだ。狙いも恐ろしく正確なため、正直このゴーレムさえいれば攻撃手段としては十分なほどである。とはいえ、敵の勢いによってはうち漏らすこともあるし、自分と子供たちの身が完全に守られているとは言い難い。そこで便利なのが、ある意味コレクションの中でも最も異質なゴーレムである【膜張の細金】だ。
このゴーレムは一見鎖でできたネックレスのような外観をしており、その見た目の通り首に掛けることができる。そのままであればただの武骨な装飾品なのだが、持ち主の血液を一滴垂らすと真の能力を発揮するようになる。ただの鉄でできているように見えるこの【膜張の細金】はその実、非常に細かい砂のような金属で構成されており、持ち主になんらかの危害が与えられそうになると、瞬時に変形して装着者を守る盾となるのだ。その粒子の大きさに反して、盾は並みの鉄盾に匹敵する程度に頑丈で、十分に魔物の攻撃を防ぐことができる。さらに強力な攻撃により盾が損傷したとしても一瞬のうちに修復されるため、これさえつけておけばよっぽどのことがない限りは身の安全を保証できる。魔境に入ったばかりの頃は子供たちに戦闘を経験させるために使っていなかったが、中層あたりからは現れる魔物たちも手強くなっているため、ここからは安全第一で子供たちにも【膜張の細金】を一つずつ首に掛けさせた。
こうしてノアを中心とした【仇刺す槍箱】二十体を含むゴーレム部隊が完成したわけだが、その後の探索は拍子抜けするほどに順調に進むこととなった。ただ、それも当然のことで、例えば強力な魔物が単独で現れた場合は、二十体の【仇刺す槍箱】による一斉射撃で瞬時に全身を大槍で貫かれ、魔物の群れが押し寄せてきたとしても、ノアにより指揮されたゴーレムたちが計算されたかのような効率のよさで敵を各個撃破していく。そもそもノア自体がそこらの魔物を寄せ付けないほどの強さを誇っているため、例えヌシレベルの個体が現れたとしても、ものの数分で戦闘が終わってしまうのだ。子供たちはゴーレムが戦っている姿を見るだけで楽しそうにしているのだが、こちらとしては少々気を回しすぎていた感まである。
そういった理由で二日目の戦闘は至極軽快なペースで進んでいき、”生じる岩壺”の中で二度目の日没を目にする前に三体目の主を倒すことができた。岩でできた巨大花が百個以上群生した”生まれ落とす岩土花”や、洞窟そのものを取り込み壁の各所から巨大な手を生やして侵入者を捉える”掴み《グラパ・》捩じる手岩窟”はほかの魔物と比べれば手ごわかったが、やはりゴーレム部隊にかかれば苦戦することもない。素材が楽に手に入りすぎて申し訳なく感じるくらいなのだが、おかげで道中見かけたほとんどの物品は回収することができたし、すでにいくつかの生成品も完成している。有用なものがいくつも生成できているのだが、一番のお気に入りは三体のヌシの素材を使って出来上がった一体の魔導鎧だ。
以前の魔境探索の際に意図せず共闘することとなったグレルゾーラ軍の精鋭たちは”生体装甲”という、魔具のような機能を持つ全身鎧を着こんで戦っていたが、今回できた魔導鎧もその類いの物品だ。【駆動する鉄岩巨人】という名の全身鎧は、兵士たちから譲り受けた【ファイネ式試作夜叉鎧・雷型】よりさらに一回りほど大きく、ごつごつとした様相と相まり名前の通りの巨人に見える。持ち主の体内魔力を燃料に動くこの鎧にはいくつかの武装が備わっているが、基本の武器は二振りの大戦斧だ。刃渡りだけで大の大人の身長ほどはある巨大な武器だが、鎧の助けがあればどんなに非力な者でも木の枝のように振り回すことができる。実際に子供たちに使わせてみても、近寄るのが恐ろしくなるほどの勢いで斧を振るっていたため、そのパワーアシスト能力はかなりのものであると窺い知れた。
生成にはかなりの素材を使用したが、そもそも手に入れた素材の量が膨大だったため、なんとか二つの【駆動する鉄岩巨人】を生成することができた。そこでそれぞれにトニトルとニックを乗せ、そのまま戦闘に参加してもらうことにした。
鉄巨人は強力な魔具だが、なかに誰かが入っていないとただの置物と同然だ。せっかく作った優秀な物品をただ仕舞っておくのももったいないし、なにより子供たちをただ歩かせているのも忍びないという考えのもとだったが、搭乗した二人の喜びようはそれはすさまじいものだった。中に入って動く分にはほとんど体力を使わないはずなのに、興奮から二人ともなぜか息が上がっており、魔物を見つけると我先にと駆け寄って戦いだす。彼らの技量であっても鉄巨人の性能が良すぎるのでただの魔物など物の数にもならないから問題はないのだが、実は彼らにも思うように戦えないフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。
魔物との戦闘を繰り返しているうちに、探索は初日を上回るペースで進んでいき、その日の終わりにはすでに深部と言ってもよい地点まで到達することができた。探索の成果も手に入れた物品の数も期待をはるかに上回っており、成果としては文句のつけようもない。いっそしばらくは腰を据えて魔境の素材を収集するのもよいかとも思うが、今回は子供たちが一緒なのでそういう訳にもいかないだろう。ならばせめて明日以降も順調に探索が進むようにと祈りながら、魔境での二度目の夜を過ごすのだった。
【躍心の鉄童】:十四ページ目初登場
【鋼牙の鉄犬】:七十二ページ目初登場
【追いたてる赤鉄兵】:六十一ページ目初登場
【ファイネ式試作夜叉鎧・雷型】:六十三ページ目初登場




