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【悲愛姫の樹骸】を生成してから早二週間。その間、【揺らぐ時森】の拠点に留まり、自動人形たちによる素材の回収とその素材を材料とした物品の生成を続けていた。
素材の回収には自動人形と【骨人形】たちを導入しているのだが、自動人形はともかくスケルトンはこれまで【揺らぐ時森】の探索には使っていなかった。
それはひとえにその戦闘力の低さのためだ。いくら自動人形たちを護衛につけるといっても、その戦力には限りがあり、複数の魔物との戦闘になればスケルトンを守り切れない、ということも起きかねない。そのため、これまでは【揺らぐ時森】の探索は自動人形と自分のみで行っていた。
だが、その問題を解決したのが【悲愛姫の樹骸】だった。【悲愛姫の樹骸】が持つ権能は周囲の味方に影響を及ぼすものが多いのだが、中でも【恵木】なる権能の恩恵が大きい。【恵木】の能力はシンプルで、それは【悲愛姫の樹骸】の周囲にある樹木をある程度自由に操作する、というもののようだった。
しかも【悲愛姫の樹骸】は目で見えない範囲にも拘らず森の中の状況を認識することができるようで、彼女がいる限り森の中で探索する自動人形たちが危険にさらさられることはないと思われた。
そのため、素材回収は至極順調に進み、この二週間で目的としていた素材と生成物をそろえることができたのである。
この森は前回の【鳴哭せし啜る怪蜘蛛】の再出現からも分かる通り、およそ十日ほどの周期で森の中の素材や魔物がリセットされるようだ。そのため、ここで探索をすればするほど物品を手に入れることが出来そうなのだが、探索を進めるごとに新たな物品が見つかる可能性が低くなっていくのも確かだ。
そこで今日をもって【揺らぐ時森】の探索については一旦区切りとし、新たな地へと進もうと思う。この二週間ですでに次の探索地の候補も見つけているので、早速向かうとしよう。
【揺らぐ時森】の拠点には最低限の自動人形を残し、ジルラドや【悲愛姫の樹骸】―面倒くさいので”樹姫”と呼ぶことにしよう―など主戦力はすべて連れて行く。道中は【エスカ式自動軍馬人形】に揺られ、さらに最低限の戦闘で進んだ結果、それほど時間もかからず次の探索地の入り口、すなわち【揺らぐ時森】の出口に到着した。
【揺らぐ時森】の外に広がっているのは、瘴気とも異なる薄暗い煙が立ち込める渓谷だ。眼下には短い草がまばらに生えた傾斜が続いており、その先は煙にさえぎられてここからでは見通すことができない。
立ち込める煙は異臭を放っており、しばらく吸っているだけで気分が悪くなってくることから、生物に害となる成分が含まれているのだろう。
前回ここを訪れたときはこの煙に阻まれ先に進むことができなかったのだが、今回はしっかりと対策を練ってきている。
樹姫に指示を出すと、彼女は前に進み出て胸の前で両手を組んだ。すると、彼女を中心として周囲を淡く輝く光の膜が囲む。それと同時に鼻にまとわりついていた不快な臭いが消えた。
念のために膜の傍に近寄ってみると、煙が膜に阻まれてこちら側に進入してこないことを確認できた。これは樹姫が持つ【浄境】の権能の効果だ。これで煙に毒されることはないだろう。
ちなみに自動人形たちは例にもれず、煙の影響は受けていないようだ。そういう訳なので、樹姫の傍を離れないようにして渓谷に下りていくことにしよう。
前に来たときはこの煙のせいで進めなかったので、これが実質初の探索となる。何が起きてもいいようにジルラドに先行させ、周りを十体の【エスカ軍式自動人形】と【時森の怪軽兵】に守らせながら進んでいく。あたりを見回しながら歩みを進めるが、やはり植生は豊かではないようで、森にも生えていた【ハクセングサ】が生えているだけだ。ほかに目を引くものもないので下へ下へと進んでいくが、それほど歩かないうちに煙の中に揺れる影が見える。
その場で歩みを止めて様子を窺っていると、煙の中からゆっくりと一つの人影が現れた。まず目を引くのはその生気のない動き方だ。両手をだらんと垂らし、フラフラとした足取で歩く人型のそれは、距離が近づくほどにその異様な造形が明らかになっていく。
元は普通の男だったのだろう。だが、今は皮膚のほとんどがただれ落ち、両足の肉は抉れて大腿骨が露わになっている。さらに右目と右耳からは乳白色の菌糸が飛び出て、無声の助けを求めているかのように弱々しく蠢いていた。
そのグロテスクな姿に思わず一歩引きそうになるが、その動きは非常に緩慢で、今から踵を返しても問題なく逃げ切ることが出来そうだ。だが、怖気ているのは自分だけだったようで、ジルラドは相手が攻撃範囲に入るや否や大剣を一閃し、その首を斬り飛ばした。
何の抵抗もなく胴体と別れた首が宙を舞い、地面に落ちる。が、なんと首がなくなった体は倒れることもなく、前に進み続けるではないか。頭がなくなってもまだ周囲の状況を認識できているようで、それは距離が近くなったジルラドに向けて右手を伸ばす。
普通であれば腰を抜かしそうな状況だが、さすが歴戦の戦士を思わせるジルラドは怯むことなく再び大剣を振るい、右手を斬り落とした。さらに返す刃で胴体を縦に両断すると、そこでようやく人間のようなにかは地面に倒れる。
これで安心して死体を調べられる、と思ったのだが、そうはいかないらしい。驚いたことに地に倒れたなにかは、頭がなくなり体が二つに分かれてもまだ動きを止めていないのだ。何があるか分からないのでその場で数十秒ほど様子を見ていると、ようやく体の動きと菌糸のうねりが止まる。
試しに自動人形につつかせても何も反応がないので、これなら近づいても大丈夫そうだ。
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【宿る死茸の菌糸】
分類:魔物素材・菌糸
詳細:【宿る死茸】に感染した死体の内側から這い出た菌糸。死体や免疫が弱い生物に寄生し、新たな宿主を求めてさ迷い歩く。
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【宿る死茸の白傘】
分類:魔物素材・菌糸
詳細:【宿る死茸】の頭部から生えた毒茸。光や音を察知する感覚器官の役割を果たしている。
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【宿る死茸の若胞嚢】
分類:魔物素材・菌糸
詳細:【宿る死茸】の体内で生成される胞子の塊。十分に成熟する前のため、触れてもそれほど危険はない。
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【菌糸に侵された腐肉】
分類:魔物素材・肉
詳細:死茸の菌糸に感染した腐った筋肉。内部に菌糸が張り巡らされており、衝撃に弱い。
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やはりというか、今の動く死体のような人型は魔物だったらしい。【宿る死茸】というこの魔物は、説明を見るかぎり茸に寄生された人間の死体、といったところなのだろうか。
ジルラドが戦っていたところを見る限り、ほかの自動人形でも十分に対処が出来そうな魔物だ。すぐに仕留めることができないため油断はできないが、それほど問題になることでもないだろう。
そうして戦果を確認していると、【宿る死茸】がやってきた方角からさらに複数の人影が向かってくるのに気付く。ジルラドやほかの自動人形たちは先に気づいていたようで、陣形を構成してその人影に向かっていった。
敵の数は八体と先ほどより多かったものの、こちらは総勢二十体の自動人形に守られている。ほとんど時間もかからずに殲滅が完了し、その場はまさに死屍累々と言った様相だ。
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【彷徨う腐体の脆骨】
分類:魔物素材・骨
詳細:所々崩れた灰色の骨。負荷に弱く、小さな衝撃で折れてしまう。
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【彷徨う腐体の腐臓】
分類:魔物素材・臓器
詳細:【彷徨う腐体】の体内にある、異臭を放つ臓器。すでに生前の機能は失われているにも拘らず、不定期に蠢き続ける。
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折り重なった死体の山を見ていると、菌糸に侵された【宿る死茸】の他に、まさに腐った死体のように見える【彷徨う腐体】という魔物も混ざっていたらしい。
おそらくは【宿る死茸】の下位互換に当たると思われるが、この八体の魔物群れの内、六体が【彷徨う腐体】であったことから、その数は多そうだ。
それを証明するかのように、再び前方から【彷徨う腐体】が現れる。さらに側面からも【宿る死茸】とら【彷徨う腐体】が迫ってきたため、自動人形たちが再び動き出す。
どこか安心感を覚えながらその光景を眺めていたが、周囲の自動人形たちの何体かが突如としてその足を止める。何事かと動きを止めた自動人形を確認してみると、どの自動人形も脛の辺りを地面から生えた人の腕に掴まれているのが見えた。
こちらが驚いているうちに手が生えた場所の地面が盛り上がり、地中から人型の何かが這い出てくる。
自動人形たちはその何かを認識すると同時に手に持った各々の武器で攻撃を加えるが、何かの耐久力は【宿る死茸】と比べてかなり高いらしい。
ようやく自動人形たちが束縛から逃れたころには、周囲から迫っていた魔物たちがすでに手が届くところまで来ていた。戦闘力こそ自動人形たちの方が高いが、如何せん敵の数は多く、さらにその数は今も増え続けている。
樹姫の【浄境】によりこちらは魔物から守られた状態だが、その外側では壮絶な集団戦が始まろうとしていた。




