八十五ページ目
地中に身体を埋めて外敵から隠れる幼虫などを”地虫”と呼ぶが、その名を付けた学者かなにかは絶妙に的を得た名前を付けたものだ。実際に目の前で化け物のようなサイズの長虫が岩土を削りながら壁に空いた穴から這い出てくる様を見ていると、まさに地面を食って生きているのかと錯覚してしまいそうになる。ただ、その頭部に生えている明らかに獲物を仕留めるための四本の鎌と、こちらに食いつこうとする巨大な牙顎を見れば、それが普段何を餌としているかは一目瞭然だった。
壁に空いた直径二メートルほどの横穴から突然飛び出してきたその魔物は、その穴にすっぽりと収まるほどの巨体だった。当然、巨体による突進の威力はすさまじく、戦闘を歩かせていた【追いたてる赤鉄兵】は紙切れのように弾き飛ばされ、底も見えない縦穴へと落下していく。すかさず重力に引かれつつあるゴーレムを回収しようとしたのだが、外に躍り出た魔物は間髪いれずこちらを狙って鎌を振るってきたため、その対処を優先するしかなかった。視界から消え去るコレクションは諦めて見送り、まずは迫り来る鎌を【肉繋ぐ岩楯】で受け止める。
奇襲の衝撃から立ち直った子供たちも、これまでと同じように戦おうとしていたが、さすがに相手が悪かった。ハイニアが魔術を使うための時間を稼ごうと、トニトルとニックが勇ましく魔物の前に駆け寄るが、鎌の威力を殺しきることができず、二人揃って【追いたてる赤鉄兵】と同じように虚空へと弾き飛ばされてしまう。さすがに二人をそのまま見送るわけにはいかないため、慌てて【封霊魂の呪霊】を出して二人を受け止めさせた。二人には悪いが子供たちにはこの魔物の相手は明らかに荷が重いため、後方に下がらせておく。
相手の図体はかなりのものだが、今はそのからだのほとんどが穴のなかにあり、頭部と鎌だけが外に出ている状態だ。このままではいくらこちらから攻めても鎌による反撃に遭うのが目に見えているため、まずはその動きを止めることにする。幸い、魔物は遠距離の攻撃手段は持っていないようなので、突撃にだけ気を付けていれば問題はなさそうだ。ハイニアの魔術で体力を削ってもいいのだが、魔物の頭部はいかにも頑丈そうな甲殻に覆われているため、それでは仕留めきれない可能性が高いだろう。
それを防ぐために、まずは数あるコレクションで敵の武器を使えなくしてみる。【幽融の奇双男】や【律流の輝紅水】で魔物の四本の鎌をすべて絡めとり、魔物をその場に縫いつける。当然魔物は束縛から逃れようともがくが、いくら鎌で網を千切ろうとも、それを上回る勢いで拘束を強くすれば全く問題はない。それほど時間もかからないうちに魔物の頭部を完全に固定することができたため、その後は【肉造士の血肉袋】などの切断力に長けたコレクションで、魔物の頭と胴体を切り離しにかかる。動きを奪われた魔物は穴のなかに逃げ込もうとするが、巨体を誇る【樹衣の鬼猿代】に魔物の頭部と繋がった網を引っ張らせ、意地でもその場に縫い止める。
最終的に、弱った魔物は【樹衣の鬼猿代】の膂力に負け、穴から引きずり出された全身を切り刻まれることとなった。全長約二十メートルに及びそうな巨体は相応の生命力を持っていたが、最後には物言わぬ残骸と化す。
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【くねり飢える大尾虫の襟鎌】を収集しました
【くねり飢える大尾虫の剛顎】を収集しました
【くねり飢える大尾虫の筋液】を収集しました
【くねり飢える大尾虫の柔肉】を収集しました
【仄光る髄石】を収集しました
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今倒した"くねり飢える大尾虫"は、魔境に足を踏み入れてから子供たちが相手をして来た魔物のなかでは別格の強さを誇る強敵だった。コレクションを使ったからそれほど苦戦せずに済んだものの、仮に子供たちだけだったとしたら、百度戦っても勝つことはできなかっただろう。これからこれほど手強い魔物ばかりが現れるとは思えないが、彼らだけでは力不足になる場面がでてくるのは想像に難くない。
そのため、ここからはいつも通り自動人形主体の攻略に切り替え、子供たちには後方支援に回ってもらうことにする。支援といってもハイニアの魔術とトニトルたちのサポートというかたちはそのままに、主攻を自動人形が務めるというだけだ。子供たちが戦いの場にいることに変わりはないため、油断をしている暇は一切ないはずである。
三人にその事を伝えたところ、僅かに不満げな様子だったが、思ったよりは大人しく全員が頷いた。恐らくは、つい先ほどトニトルとニックが縦穴に落ちかけたことが効いているのだろう。結果としては大きな怪我もなく助かったが、なにかが少しでも違えば二人のうちどちらか、あるいは両方が今この場にいなかったかもしれない。ここまでの戦いが順調だったのが逆に災いしたのか、彼らはまだ先ほどの衝撃から立ち直れていないのだ。
そういった理由から場の雰囲気が落ち込んでいるのを感じるが、かといっていつまでもここに留まっているわけにもいかない。子供たちのためにしばしの小休止を取った後は、自動人形たちに隊列を組ませて魔境の奥へと出発する。
"生じる岩壺"を下に降りていくには、細長い横穴や狭い足場を延々と進んでいく必要がある。そのせいで自分や子供たちの周囲を自動人形で守りながら進むのは難しい。そこで、自動人形による小隊をいくつか作らせ、それらに間隔を取らせながら奥に向かうことにした。その小隊の真ん中に位置どれば、先にいる魔物が駆逐された安全な道を歩くことができるし、背後からの奇襲に怯える必要もない。道に残された魔物の残骸を集めていれば、自然とコレクションも増えていくという寸法だ。
時折、前に遭遇した"ずれる岩板"のような擬態能力をもつ魔物が取り残されていることもあるが、それくらいならば最後の関門として近くに配置している【聳え立つ壁剣の威光】や子供たちで容易に倒すことができる。
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【振るう採人の化石骨】を収集しました
【振るう採人の石腕】を収集しました
【振るう採人の古鶴嘴】を収集しました
【振るう採人の水晶頭】を収集しました
【忍ぶ袋鳥の袋口】を収集しました
【忍ぶ袋鳥の鳥肌】を収集しました
【忍ぶ袋鳥の荷物胃袋】を収集しました
【砕く粘体の岩鎧】を収集しました
【砕く粘体の流砂液】を収集しました
【砕く粘体の輝核】を収集しました
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先行させている自動人形が大体の魔物を仕留めてくれるため、生きた状態の魔物を目にする頻度事態が落ちたが、この辺りに現れる"振るう採人"という魔物はなかなかに興味深い。恐らくこの魔物の正体は、魔境に取り込まれた哀れな元人間なのだろう。骨と皮だけになるまで痩せ細った彼らは、それでもなにが楽しいのか、手に持つ古びた鶴嘴を壁に向かって振るい続けている。魔境の影響か、首から上は薄い桃色の水晶で覆われているが視力は健在なようで、外敵を目にすると石化した両腕と融合した鶴嘴を狂ったように振り回して襲いかかってきた。大して強い魔物ではないが数は多く、横穴のなかには大抵十体ほどの"振るう採人"がいる。その分素材も多く集まり、それほど進まないうちに新たに生成可能な物品ができた。
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【栓墓の穿ち人】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
振るう採人の化石骨 1250%/100%
振るう採人の水晶頭 800%/100%
振るう採人の古鶴嘴 400%/100%
忍ぶ袋鳥の荷物胃袋 600%/100%
砕く粘体の岩鎧 220%/100%
砕く粘体の輝核 100%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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【栓墓の穿ち人】は外法遺骸の一種で、素材にもなっている振るう採人とよく似た姿をしている。水晶に覆われた頭も石灰化した全身も同じだが腕と鶴橋は分かれており、肩には【忍ぶ袋鳥の荷物胃袋】を基にして作られたのであろう荷袋が担がれている。岩でできた鎧兼作業着のようなものも着ており、ただの魔物よりは少々文化的な見た目になっていた。
そんな【栓墓の穿ち人】は戦闘が苦手な代わりに採掘を得意としているらしく、指示を出せば凄まじい勢いでつるはしを壁に向かって振り続ける。前にも【採掘する茶岩骨】という採掘が得意な自動人形を手に入れたが、【栓墓の穿ち人】はそれよりも採掘能力が高く、さらに埋まった状態の希少な鉱石を見つけることもできるようだ。この二つのコレクションをうまく組み合わせれば、魔境での採掘活動は至極順調に進められるだろう。
ほかにも【砕く粘体の岩鎧】をいくつもつなぎ合わせた可変性の全身鎧である【ヴェネルの自動鎧】や、【袋鳥の盗み袋】という超大容量の資材袋が作れたりと、探索の成果は上々だ。
探索の最中に試しに何度か壁を掘らせてみたのだが、採掘により手に入る素材にも興味深いものが多い。黒や白の【グレル岩】は言わずもがな、優秀な武器を鍛造するのに使用される【尖煉鉄】など、この魔境では全体的に高品質な鉱石を手に入れることができるようだ。ついつい足を止めて採掘に没頭してしまいそうになるが、それは帰りの道すがらでもできることだ。まずは探索を進めることを優先して、先へと進み続けた。
何度目かの横穴の出口をくぐったころ、縦穴を照らす太陽の光が弱まっていることに気づいた。こんなところにも魔境の影響が現れ始めたのかと上を確認してみたが、なんてことはなくただ単に日が沈みかけているだけだった。傾きかけた太陽はすでに頭上に見える魔境の淵の向こうに消えており、それによりできた巨大な影が壁面を覆い尽くそうとしている。”生じる岩壺”の構造状、下に降りるほど一日の内で太陽を目にする時間は減っていく。これからは日の光に惑わされず、適切なペースを保ちながら進んでいきたいものだ。
そんなことを考えながらふと子供たちに目を向けてみると、三人からはどこか疲れているような様子が感じられた。魔境に入ってからそれほど多くの戦闘を行ったわけではないのだが、入口からここまでほとんど止まることなく進んできたのだから、子供たちに疲労がたまるのも当然だ。まだ魔境の一番奥まではかなりの距離が残されているはずなので、ここで体力を使い切ってもしょうがない。ちょうど広めの足場も確保できているので、今日のところはこのあたりで休んで、明日以降の探索に向けて鋭意を養ってもらうとしよう。
【追いたてる赤鉄兵】:六十一ページ目初登場
【肉繋ぐ岩楯】:二十四ページ目初登場
【封霊魂の呪霊】:四十一ページ目初登場
【幽融の奇双男】:異譚~カシーネの歓喜~初登場
【律流の輝紅水】:六十四ページ目初登場
【肉造士の血肉袋】:四十一ページ目初登場
【樹衣の鬼猿代】:三十四ページ目初登場
【聳え立つ壁剣の威光】:九ページ目初登場
【採掘する茶岩骨】:二十三ページ目初登場




