異譚~トニトルの幸運~
自分が生まれた国が大っ嫌いだ。石でできた建物はゴツゴツして不細工だし、そこに住む奴らは自分は幸せ者だと思ってる能天気ばかり。俺らみたいな貧乏人がいることに気づいているのに、見て見ぬふりばかりしてる。
だから、俺らみたいなのが生きていくにはそういう奴らが気にもしないおこぼれをせっせとかき集めるしかない。たまには能天気どもを襲うこともあるけど、もし軍隊のやつらに捕まったら大変だから、滅多にできることじゃあない。結局俺らは、地面に這いつくばりながら生きていくしかないんだ。
時々裏通りに迷いこんでくる旅人なんかは絶好のカモだ。旅の路銀をたんまり持っているやつもいるし、なによりそいつのためにわざわざ騒ぎたてる奴がいない。持ち主がいない財布が歩いてるようなもんだ。だからあの時も、いつも通り狩りをしようとしたんだ。
確かにその時期は裏通りに住む他の住人たちから嫌がらせを受けたりとなにかと苦労はしていたが、それでも獲物の品定めはちゃんとしていたつもりだった。だけど、その日は……神様に見限られていたとしか思えなかった。一体誰が、なんの変哲もない本から恐ろしいゾンビたちが溢れてくるなんて思うっていうんだ。
でも、そこからは俺たちが思いもしない展開になった。仲間たちを助けることもできずに捕まっちまったときはどうなるかと思ったけど、どうやら俺たちは神様に見限られたんじゃなくて微笑まれていたらしい。獲物と定めて襲いかかった男は、縛られた俺たちをいたぶることもなく、いい隠れ家を紹介するなら俺たちを解放するどころか礼までするって言い出したんだ。
最初は適当な場所を紹介して終わりにしてやろうと思ったけど、そこで俺は閃いた。わざわざ手加減してまで俺たちを無傷で捕まえたこの男だったら、条件次第では俺たちを助けてくれるんじゃないかって。
赤の他人を拠点に案内するのは気が引けたけど、こいつ自身が追われる身ってことは、表通りの奴らに拠点の場所をタレ込まれることもない。それに、ロイエの病気のことを思うとえり好みしている場合ではなく、まさに藁にもすがるような気持ちだったんだ。ほかの奴らは俺の言うことにはほとんど文句を言わないから反対されることはなかったけど、正直あいつを拠点に案内しているときは本当にこれでいいのかって何回も自分に問いかけてた。
でも、結局はこの時にした選択が、俺たちの人生を変えることになった。俺たちが見たこともない勝手に動く人形がロイエの病気を治して、食べたこともない旨いメシを腹いっぱい食わせてもらった。その後も俺たちを襲ってきた化け物みたいな獣人を撃退したり、壊れかけの拠点を直したりとなぜか俺たちのためになることばかりしてくれる。一回なんでそんなことをするのか聞いてみたら、あいつは『自分のためだ』とか言ってたけど、それが本当なら俺たちは随分と運がいいってことだ。
そして俺たちは今、謎の男、ナナシの後について、危険な魔物が山ほどいる魔境に来ている。今回ナナシに誘われてここに来てるのは、俺と幼馴染のニック、それとハイニアだ。ニックは俺と同じ負けず嫌いだから無理してついてくるのは不思議ではなかったけど、まさかハイニアまで一緒に来るとは思わなかった。ハイニアが魔術を使えるのは知ってたけど、女子の中でもさらに小柄なハイニアが魔境にいる姿なんて想像もできない。今更ハイニアだけ返すわけにもいかないから、ここに来るまでの馬車の中で、ハイニアは絶対に二人で守り切ろうとニックと話し合ってた。だけど、俺たちの予想に反してその必要はなかったらしい。
今の戦闘もそうだったけど、ハイニアが放つ魔術は俺たちが思ってた以上に的確で、強力だった。俺たちが苦労して一匹仕留めようとしている間にハイニアは魔術を好き放題使って、魔物の群れをなぎ倒していく。もちろん俺とニックが魔物を引き付けてるからハイニアが自由に魔術を使えるってことは分かってるんだけど、俺としてはやっぱり自分の剣で魔物をバッタバッタと倒してみたかった。それはニックも同じで、無事に仕留めた魔物の群れを見ながら、どこか物足りなさそうな表情を浮かべている。今嬉しそうにしてるのは、魔術を使った解放感に浸ってるハイニアと、魔物の死骸を漁っているナナシだけだ。俺には何が楽しいのか理解できないけど、ナナシはこういうよくわからないものを集めるのが好きらしい。使い道もなさそうな魔物の素材を手に持つ本の中にしまっては、独特な笑い声を上げて喜んでいる。
「なあ、ハイニアすごすぎない……?」
「やっぱニックもそう思うよな?絶対、前まではあんなに派手な魔術使ってなかったし」
俺たちもナナシから剣と鎧をもらってるけど、ハイニアがもらったあの綺麗な杖はよっぽどすごい武器だったらしい。ナナシはそんなに貴重なものではないと言ってたけど、たぶん俺たちの剣よりはいいものなんじゃないだろうか。
俺たちがうらやましそうに杖を見ていることに気づいたのか、ハイニアが笑顔のままこっちに近づいてくる。
「ねえ!魔境ってこんなに楽しいところだったんだね!魔術を思い切り使えるのが、こんなに気持ちいいなんて!」
「お前は楽しそうだなあ……まあ、前から全力で魔術使いたいって言ってたもんな」
普段は大人しいハイニアだけど、日ごろから魔術を思うように使えないことを愚痴ることがあった。それは魔術を使えない俺らにはわからない気持ちだったけど、ハイニアにとってはそれを解消できたことがよっぽどうれしかったようだ。嬉しそうなハイニアを見て俺も少しほっこりしたけど、それとは逆にニックは浮かない顔だ。
「だけどよお、ハイニアはいいけど、俺たちはなんか地味だよな。別に剣振って火とか出るわけでもねえし」
「それはそうだろ。"ガイネベリア"じゃないんだから。言いたいことは分かるけどさ」
最近は火剣を操るガイネベリアや見上げるほどの巨体である"ケニス"から剣の使い方を教えてもらってるけど、まだ習ってるのは基本的な技術だけで派手な技とかはもちろん使えない。どうせなら必殺技みたいなのがあればいいんだけど、まだ俺たちにそういうのは早いらしい。
ニックがそう言うのも分かるけど、俺たちがいないとハイニアが危なくなってしまう。だから、俺は前衛で敵を引き付ける役目も悪くはないと思っている。
「さて、回収も終わったからそろそろ出発するぞ。休憩は十分か?」
その声に呼ばれて振り替えると、さっきまで地面に倒れていた魔物の死骸はすっかり消え去っていて、満足げな様子のナナシがこっちを見ていた。俺たちがしゃべってる間に、ナナシは自分の用事を済ませていたらしい。
「うん!私はぜんぜん疲れてないから、早くいこ!」
「俺たちも大丈夫だ。なあ、トニトル?」
ニックの問いかけに頷くと、ナナシは早速白い本からカッコいいゴーレムを出した。全身が濃い赤色の金属でできたそのゴーレムは、無言で通路の先に歩いていく。
「かっけえー……俺も一体欲しいなあ」
ニックがゴーレムに見とれながら呟いてるけど、俺も気持ちは分かる。身体の色といい金属でできた色んな部品といい、見てるだけで思わず興奮してしまう。
だけど、ナナシとハイニアは特にそのゴーレムを見ることもなくその後ろについて歩き始めたから、俺とニックは慌ててその後を追いかけた。ナナシに追い付いたとき、なんとなく気になったことを尋ねてみる。
「ナナシー、あんな魔物の素材をなんで集めてるんだ?別に食えるわけでもないのに」
"被る食辺"は別として、この魔境にいる魔物の身体は石とかでできているため、一切食べることはできない。唯一の魔物素材の使い方は換金だけだけど、俺たちは隠れて魔境に入ったのだから、普通は換金なんかできないだろう。それなのに嬉しそうに素材を集めているナナシは終始嬉しそうで、俺にはちょっと理解できなかった。
俺の質問を聞いたナナシは、キョトンとした顔で俺を見ている。
「なんでってそれはもちろん……コレクションを増やすために決まっているだろう。お前も欲しいものがあれば苦労は惜しむまい。ん?」
「え、俺は別に……今は食い物とロイエの薬があればいいかなあ」
俺の返答に、ナナシはなぜかかなり驚いたようだ。信じられないものを見るような目で俺を見ている。
「おいおい、お前はなんと無欲なんだ。そんなことではいかんぞ。ニックとハイニアはどうなんだ?」
「俺はもっと強い剣が欲しい!ガイネベリアが持ってるような派手なやつ!」
「私は魔術の本が欲しいなあ。あと甘いものも食べたーい」
二人とも好き勝手にワガママを言ってるのに、なぜかナナシは嬉しそうだ。満足げに頷きながらナナシが口を開く。
「やっぱり人間そうでないとな。魔境の探索が無事に終わったら褒美も考えてやるから、二人とも頑張るんだぞ」
それを聞いた二人はずいぶんやる気が出たようで、それぞれの武器を握りしめて先へ進む。ゴーレムを追い抜かさないようにとナナシから言われているからそれほど前にはいけないんだけど、それさえなければいまにも駆け出してしまいそうだ。
そんな二人を見ながら、またナナシに質問してみる。
「なあ、その手と足って痛くないのか?」
「手と足……?ああ、義肢のことか。別に痛くはないぞ。見た目さえ気にしなければ、普通の人間と同じように過ごせる。全書で作ったから性能もいいしな」
「なんというか……後悔とかはしてないわけ?もう、どうやっても元通りには治らないんだろ?」
俺の問いかけに、ナナシは驚いたように目を丸くする。なにがそんなに意外だったのだろう。
「後悔か……考えたこともなかったな。これは俺がしたいことをして欲しいものを手に入れた結果だ。あえていうなら、為るべくして為った、というところだな」
「……そんなもんなの?」
「そんなものだ。お前だって、腕の一本失ってでもやりたいことくらいあるだろう」
「うーん……」
ナナシはそういうけど、普通はどんなことよりも腕とか足の方が大事だと思う。でも……例えばロイエの病気が治るとか、他の仲間の命を救うとかだったら、あんまり躊躇はしないかもしれない。いや、もちろん怖かったり痛かったりするのは嫌だけど、きっと後悔はしないだろう。
ナナシの問いを聞いて柄にもなく悩んでいると、前の方で硬いもの同士がぶつかり合う大きな音が響いた。それに一瞬遅れて、ニックの声が聞こえてくる。
「トニトルー!魔物が出たぞ!早くこっちに来てくれ!」
「今いく!」
俺は慌てて剣を抜きながらニックたちの元へと駆けつける。新たに現れたのは小石や一抱えほどの岩を鎧として纏ったタコみたいな魔物が一体と、地面の上を浮遊する不細工な泥人形が一体だ。タコみたいなのはハイニアの魔術で仕留めれるけど、人形の方は魔術が効きづらいらしいので、俺とニックで何とかしないといけない。
後ろから歩いてきたナナシが、魔物たちを見定めてから口を開く。
「ふむ、これくらいならまた三人で何とかしてみろ。怪我をしても治してやるから、心配はいらないぞ」
ナナシが言うように、この二体であればすでに何回か俺たちで倒しているし、油断さえしなければ大丈夫だ。さっきまで腕がなくなるとか物騒な話をしていたけど、こんなところで怪我なんかしてられない。
「言われなくても俺たちで倒すさ!ニック、ハイニア!いくぞ!」
俺の掛け声にニックが頷き、ハイニアは手に持っていた本を開いて魔術の準備を始める。ハイニアの詠唱を背中で聞きながら、俺とニックは魔物たちへと突撃した。




