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八十一ページ目

 無事に拠点に帰りつき、まず浮かんだのは"疲れた"という言葉だった。なにせ四日間魔境にいて、まともに睡眠を取ったのはたったの一回だったのだ。身体の奥底に居座るような大きすぎる疲労感と倦怠感は、無理を押した計画の代償だといわんばかりの存在感だ。


 奥地で”気高き(ノルブ・)振るう(スールグ・)双樹王(デトルグ)”を倒したあとは、すぐに森の出口に向かったのだが、結局魔境の初期化が起こる前に森を脱出することはできず、あえなくそれに巻き込まれてしまった。とはいえ、空中にいたのだからそれほど被害はないだろうとたかをくくっていたのだが、まさか初期化の開始と同時に、木々が突如成長を始め、暴れ狂う枝葉の波に飲み込まれることになるとは思わなかった。なんとか周囲の護衛をさせていた【封霊魂の呪霊】や【霊瓜の案山子(パンクロウ)】のおかげで墜落することはなかったが、魔境の非常識さを改めて思い知ることとなってしまった。

 ただ、初期化さえ潜り抜けてしまえばあとはほぼ妨害もなく飛翔を続けられたため、日が昇るよりいくらか早く、魔境の入り口にあった集落にたどり着くことができた。しばしの休息の後に迎えに来てくれた商会の馬車に乗り込み、こうして孤児たちが待つ拠点に戻ってくることができたのである。


 留守にしていた期間に反して懐かしささえ覚えるのは、ここ数日の内容が濃すぎたためだろうか。無意識のうちに一息ついていると、こちらに気づいた孤児たちが集まってくる。狼獣人(ウーフ・アマン)との間に起きた騒動からまだそれほど時間も経っておらず、孤児や拠点になにか起きやしないかと気にはしていたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。妙な怪我を負っている子供もいないし、話を聞くにここ数日は最近なかったほどに平和な期間だったらしい。

 襲撃後の商会の管理はカリマこと【巧みな機肉化師(カリマピーロ)】に任せているし、拠点には見張りの自動人形も置いているのでなにか起きる訳がないのだが、こうして実際になにもなかったという報告を聞くと安心するものだ。


 帰りの馬車で仮眠は取ったので今はそれほど眠くはないのだが、その代わりに疲労感と空腹が耐え難いほどに強い。なので、まずは拠点で休みつつ、食事の準備をすることにした。当然のように後ろを追いかけてくる孤児たちを引き連れつつ、拠点としている屋敷に入る。

 屋敷は始めてここを訪れて以来、継続して補修や改造を行っているので、当初と比べると格段に快適な空間となっている。もちろん実際に手を動かしているのはコレクションの中から選抜した大工部隊なのだが、【採掘する茶岩骨】をリーダーとした彼らの働きは目覚ましく、今や屋敷のなかにすきま風が吹くことはなくなったし、必要な家具も揃いつつあった。中でも孤児たちが集まる大きなリビングへの熱の入れようは相当で、その空間はグレルゾーラに来た際に宿泊していた"輝ける神鳥亭"と遜色ないほどの居心地となっている。ちゃんとした家があればそこに住む人間の心も落ち着くのか、リビングでくつろぐ孤児たちの姿は年相応の無邪気なものだ。かつてこの子供たちが武器を手に襲いかかってきたなど信じられないほどの変わりようである。

 そんなリビングには、古都から持ち出した【黒羊の毛長椅子】をいくつか置いているのだが、ひとまずそのうちの一つに腰を下ろし、全書を開く。ソファの座り心地は素晴らしく、疲労にまみれた身体はすぐにでも怠惰の渦に飛び込もうとするが、その前に腹の虫を押さえる必要がある。折角苦労して魔境で大量の食料を手に入れたのだから、無事に魔境から生還したことを祝って、孤児たちと食事を楽しむことにした。


 探索中にもいくつかの食材は食べてみたのだが、どれも美味で手間をかけた調理をしなくても十分に楽しめた。だが、それに適切な調理を施すことができれば、さらなる絶品になるに違いない。”被る食辺”で手に入る貴重な食材を調理するには、特別な調理器具が必要となる。その調理器具は、幸い探索で手に入れた素材を使えばあらかた生成できる見込みだが、実は料理をするには特別な調理器具に加えてまだ必要なものがあった。

 それはずばり、調理器具を使って腕を振るう料理人の存在である。いかに美味な食材と優れた調理器具が揃っても、それを扱う料理人の腕が足りなければ意味がない。とはいえ、【骨人形(スケルトン)調理師(コック)】であるマイナの腕前に不満がある訳ではなく、単純に”被る食辺”の食材の扱いが難しすぎるだけだ。ほかの自動人形たちのようにマイナも、最近になって明確な自我を取り戻したようだが、骨だけの身体では取り戻せる技量や記憶は不完全なものらしい。それも当然と言えば当然なのだが、まずはマイナに本来の腕前を取り戻してもらうことにする。

 全書を捲ると目的の物品の生成方法が記載されたページが現れる。魔境を脱出してから気づいたこの生成方法で、マイナはより優れたものとなるはずだ。


――――――――――

碧骨の料理長(グランク・マイナ)】を生成します

以下の物品を消費する必要があります

骨人形(スケルトン)調理師(コック) 100%/100%

泣咽せし這う奇蛇スクシグ・スタネックの蛇骨 410%/100%

鼓舞せしインパッタ・翻る砿凱掌ロアクパムの鋼鉄骨 520%/100%

気高き(ノルブ・)振るう(スールグ・)双樹王(デトルグ)の樹腕 300%/100%

苔蛙の大包丁 200%/100%

硬蜜の鉄花鍋 200%/100%

風化したマイナの調理書 100%/100%

生成を行いますか?【はい/いいえ】

――――――――――


 生成にはこれまでの旅で手に入れた骨の素材と、”被る食辺”の素材で作った調理器具が必要となる。これだけの貴重な素材を使えば、きっと素晴らしい料理人となるに違いない。

 そう確信して生成を行うと、目の前に深い緑色に染まった骸骨が現れる。一目で料理人のそれと見て取れる服とコック帽を身に着けたマイナは、色が変わった自分の腕骨を不思議そうに擦っている。見ようによっては苔むした骨に見えないこともないが、よく観察すると鮮やかな翡翠色が骨の中に練りこまれるようにして存在しているのが分かった。しばらくしてマイナも安心したのか、腕を擦るのはやめて上下のあごを激しく動かし始めた。多分本人は喋っているつもりなのだろうが、残念ながらまだ声を発することはできないらしい。だが、全書の中でならばコミュニケーションをとることができるはずなので、それはあまり大きな問題ではないだろう。

 ひとまずこれで料理人は準備できた。次は料理をするための調理器具だ。【碧骨の料理長(グランク・マイナ)】の素材にも使った調理器具だが、”被る食辺”の素材を使って作ることができる器具は全部で九種類あり、そのうちの三つ、すなわち【苔蛙の大包丁】と【硬蜜の鉄花鍋】、【種沈めのミトン】はすでに完成している。残りの六つも手持ちの素材で作れるため、さっさと作ってしまおう。

 ぺらぺらと全書を捲るたびに、目の前の机の上に調理器具が出現していく。【苔蛙の大包丁】と一緒に使うことで能力を最大限に発揮させることができる【蟲蛇の鱗板】に、魔境の果実などからエキスを取り出すための【薫殻の擦り鉢】。特定の食材を中に入れることで、通常の数倍の速さで発酵が進む【蠢く酸袋】と各種果実水を簡単に作ることのできる【甘水滲む攪拌機】。食材を適切な条件で補完するための【冷呼する顎倉庫】と、コンロや水場が組み込まれた【森住み隠者(マリネル)の調理台】が完成すれば、晴れて”被る食辺”特産の調理器具をコンプリートである。

 並んだ物品を前にして達成感に浸っていると、マイナが早速それらを手に取って検分を始めた。やはり料理人としての血が騒ぐのか、動作を見るだけでもはやくそれを使って料理をしてみたいという気持ちが伝わってくる。彼女のその欲求を満たすためにもすぐに大量の食材を全書から出し、調理を始めてもらうことにした。

 子供とはいえ、孤児たちはっけこうな人数だし食べ盛りの年頃も何人かいる。たった一人で全員分の料理をこしらえるのには苦労しそうなように思われたが、嬉々として腕を振るうマイナの手際を見る限り、少なくとも人手の心配をする必要はなさそうだ。

 残像が見えそうなほど手早く料理を進めるマイナはそのままにしておいて、今度こそ疲れた体を労わるために【黒羊の毛長椅子】に深く身を沈めた。周りに子供たちがまとわりついてくるが、料理ができるまでの時間はようやくゆっくりと休むことができる。少なくともしばらくはどこかに出かける気分にはならないだろうし、今日一日くらいはここで怠惰を貪ってもいいだろう。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にかまた眠っていたらしい。身体が揺さぶられていることに気づいてゆっくりと目を開けると、なんとも香しい食べ物の匂いが鼻腔をくすぐる。寝ているうちにすっかり準備が終わっていたようで、大の大人が手足を広げて寝れるほどの広さの机の上には、所狭しと旨そうな料理が並んでいた。

 魔境に自生する珍しい野菜や果物を惜しげもなく盛りつけたフルーツサラダや、川の特に流れが激しい場所に生息していた【ギンジョウアユ】のソテー、【極上ミズチ麺】と川で手に入れた素材をふんだんに使ったスープパスタまである。ほかにも【狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の霜降り肉】の丸焼きが凄まじい存在感を放っていたり、【化ける(フリット・)灯篭(ランテ)の透明南瓜】を丸ごとくりぬいて作ったパンプキンスープと砂糖のように甘い蜜を何種類も使ったホールケーキが鎮座していたりと、子供受けもばっちりなようだ。見るだけで口の中に涎が溢れるほどの光景だが、どうやらそれを目の前にした子供たちの忍耐はすでに限界を迎えているらしい。全員で食べようと珍しく行儀よく待っていたようだが、その視線は料理が並んだ机から離れることはない。その様子を見て苦笑しながら食事の許可を出すと、子供たちは我先にと机に駆け寄り、ごちそうを口に詰め込み始めた。慌てて食べると思わぬ事故が起きかねないが、喉を潤すための果実水は十分にあるようだし、料理を作り終えたマイナがかいがいしく子供たちの世話をしているので、放っておいても大丈夫だろう。

 寝起きの頭でその光景を見ていたが、いつまでも子供たちを眺めているわけにもいかない。子供たちの食欲は魔物のそれを思い起こさせるほどに旺盛で、黙って見ていたら自分の分の料理までなくなってしまいそうだ。せっかく苦労して手に入れた食材なのだから、食いっぱぐれるわけにもいかない。近くにあった皿を手に取り、子供たちに混ざり、自分の分の料理を確保しにいくのだった。

【封霊魂の呪霊】:四十一ページ目初登場

霊瓜の案山子(パンクロウ)】:七十七ページ目初登場

巧みな機肉化師(カリマピーロ)】:六十五ページ目初登場

【採掘する茶岩骨】:二十三ページ目初登場

【黒羊の毛長椅子】:二ページ目初登場

骨人形(スケルトン)調理師(コック)】:五ページ目初登場

【種沈めのミトン】:七十七ページ目初登場

【極上ミズチ麺】:七十七ページ目初登場

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の霜降り肉】:七十八ページ目初登場

化ける(フリット・)灯篭(ランテ)の透明南瓜】:七十七ページ目初登場

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです、応援してます。
[良い点] マイナさん、とうとう生前の姿に?と思いきや、色付きガイコツさんでしたかw まだお食事できません! ナナシさんは子供達に随分懐かれましたねー(・∀・) おしゃべりだし、色々見せて(自慢して…
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