八十ページ目
立ち並ぶ樹木の切れ目から差し込む朝日が目に入り、思わず手を目の前にかざした。結局最初の蟲の大群と遭遇した後も襲撃の頻度が落ちることはなく、ひっきりなしに様々な虫を模した魔物が襲い掛かってきた。中には馬車ほどの大きさを誇る甲虫型の魔物や木や葉に擬態して奇襲を仕掛けてくる魔物がいたりと、防御や索敵にも気を配る必要があった。
おかげで虫に関連する素材が文字通り山のように手に入り、いくつかの物品を生成することもできた。その中でも特に興味を惹かれたのが、五体で一組となる変わった自動人形たちだ。五体で一組といっても、外見は五体それぞれで全く違う。共通点と言えば、人型であることと何らかの昆虫型の魔物の素材を材料にしていることくらいだ。
この五体の自動人形、名称は【五行蟲仮面】という共通のものを持ち、その後ろに番号のような言葉が振られている。例えば、炎を噴出する巨大甲虫、”吹く鎧虫”を材料とした自動人形は【五行蟲仮面・重火】という名前で、その名の通り重装備を身にまとい炎を操る自動人形だ。ほかにも水と糸の中間のような物質を吐き出して巣を作る”滴る空蜘蛛”を材料とした【五行蟲仮面・静水】と岩のように頑強な甲殻を持つ”揺らす口蟲”の甲殻を豊富に使用した【五行蟲仮面・頑地】に、そこらの木の幹など一閃のもとに断ち切るほどの斬撃を放つ”撫でる刃蟷螂”の鎌を携えた【五行蟲仮面・速風】。さらに治癒効果を持つ光を振りまく”微ぐ癒蛍”と同じ効果の光を灯す【五行蟲仮面・柔光】が加われば、晴れて五種が揃い踏みだ。
五体が揃ったところで別に何か起きるわけでもないのだが、こういった関連性のある物品を並べると、感じる達成感はひとしおである。戦力としても申し分ないので、この五体を見るだけで昨夜の労力が報われるようだった。
そして、夜を徹した強行軍のもう一つの成果として、太陽が昇りきる少し前に、目的地だった”被る食辺”の最奥へと至ることができた。獣人探索者たちに聞いていた通り、森の中央は大きな広場となっているが、その中央にはこんもりとした緑色の塚のようなものがある。よく見るとそれはさまざまな植物や果実が無造作に積み上げられてできていることが分かった。
広場にはほかに目につくものはなく、印象としては拍子抜けするほどに殺風景だ。わざわざ苦労して奥地まで来たのに、まさか目新しいものを何も手に入れることなく帰る羽目になるのか。思わず肩を落としながら広場に足を踏み入れたその時だった。
積み上げられた植物の山がざわりと揺れたかと思うと、その中から野太い植物の根が十本ほど飛び出す。一抱えほどはありそうな太さを誇る根はそれぞれ別の方向へと伸びると、数秒のうちに広場に張り巡らされた。そしてそれを支えにして、茂みが立ち上がる。急速に高さを増す茂みの中から、六本の腕と二つの頭が現れ、そこに備わる計八つの赤い眼球がこちらを捉えた。大樹が成長するのを早回しにしているかのような光景の中で、地面から別の植物も成長を始め、謎の魔物の後を追うようにしてその高さを増していった。ちょうど魔物の半分ほどの高さまで成長した植物だったが、その先端を魔物の手が握りしめ、それを力任せに引き抜く。結果的に魔物の六本の腕すべてに植物でできた武器が握りしめられ、こちらを威嚇するように魔物はそれらを振り上げた。
そこでちょうど魔物は成長を終えたのだろう。まるで塔の様に空を衝く魔物の二つの顔はまるで鬼のように牙をむきだしており、さらに頭部には二本の角が生やしている。肉食動物のように鋭い牙が生えそろった口を開くと、そこから男女の叫び声のような野太く、甲高い咆哮が迸った。
その双頭鬼が六本の腕に握るのは、それぞれ形状が異なる六種の凶器だ。黒い木材でできたハルバードと棘付きの巨大木材が蔦で繋がれたモーニングスター、極端に肥大化した野菜や果実を実らせる樹を模した杖に中途半端に皮を剥いたバナナにしか見えない曲剣などこれまで目にしたことがない武器ばかりで、それに加えてシャベルと鍬という農具まで手にしているのだから驚きである。本当に戦う気があるのかと問い質したくなるところだが、双頭鬼から放たれる殺気はまったく衰える気配がない。
敵の観察を終えると同時に、双頭鬼が手にしていた二つの武器を振り下ろした。直後、杖が地面に突き刺さり、さらに蔓に繋がれた木球が頭上から降ってくる。杖が及ぼす効果が気になるところだが、その前に棘だらけの木球を避けるのが先だ。このままでは愛しい自分のからだが地面の染みと化すまで数秒の猶予すらない。防御しようにも間に合いそうにないので、ここは木球の落下地点からすぐさま対比するしかないだろう。
数瞬の思考を終えたときには、すでに背中に【闘蟲花翔】が装着されていた。ここまでほぼ休みなく進んできたため、まだほんの数回しか試行できていないが、その場から飛び退くだけであれば翅から生じる推進力を利用するくらいはできる。急激な速度変化により身体にかかる重力を感じながらその場から離脱した直後、直前まで立っていた場所に地響きをたててモーニングスターが落下した。まともにあれを受けたならば、痛みを感じることすらなく絶命できるに違いない。
なんとか敵の最初の攻撃を避けることはできたが、相手はなにせ腕が六本もあるのだ。当然それだけで攻撃が収まるわけがない。続けて武器を振るおうと双頭鬼が動き出したのを見て、こちらも戦闘体勢を整える。慣れない翅を必死に操って地面から離れながら、双頭鬼を倒すためのコレクションを次々に出していった。幸い広場の面積は十分なため、出し惜しみをする必要もない。とにかくこの巨大な敵に有効打を与えられそうな物品を片っ端から投下していく。
そこからはまさに激戦であった。双頭鬼が巨体から繰り出す攻撃は全てが異常な威力を誇っており、コレクションのなかで最も大きい【樹衣の鬼猿代】であっても、正面から攻撃を受ければ衝撃に耐えられず吹き飛ばされてしまう。さらに植物故か尋常でない生命力を持ち、傷を与えてもほんの数秒のうちに跡すら残さず治癒してしまうのだ。それが広場に張り巡らされた根から送られるエネルギーによるものであると気づくまで、しばらく無意味な攻撃を繰り返してしまった。
六種の武器や双頭鬼本体から繰り出される攻撃も多彩で、草魔女のように魔物や魔草を召喚したかと思いきや、武器を一振りするだけで強力な魔術を行使したりもしてきた。特に鍬とシャベルを模した武器で地面を叩くだけで発生する地割れや槍のような岩の隆起には手を焼いた。自分は空中に退避できたからよかったものの、それほど戦闘力が高くない自動人形はそれだけで身動きすら取れなくなってしまった。
十本の根を全て潰した後も、光合成による回復をしたり、傷口から瞬間的に凝固する樹液を溢れさせて自動人形を拘束したり、二つある頭がそれぞれ分離して行動したりと手がつけられない暴れっぷりだったが、それでもなんとか敵の体力を削りきることができた。勝因は様々あるが、一番はやはりこちらの手数の多さだろう。自動人形だけでなく機獣や肉獣、果てはこの魔境で生成したばかりの物品まで総動員したのだ。魔物に感情があるかは分からないが、退けても退けても押し寄せる軍勢にはほとほとうんざりしていたに違いない。
自動人形たちはいくら弾き飛ばされようとも自己の損害を顧みず双頭鬼に突撃し続け、その結果として敵の巨体を切り倒し、こうして”被る食辺”最大の魔物を仕留めることができたのだ。被害はまさに甚大だが、得たものもまた何物にも代えがたい。なにせ魔境の最奥を根城とする強力無比な魔物の素材だ。コレクター垂涎の品とはまさにこういうもののことを呼ぶのだろう。
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【気高き振るう双樹王の樹腕】を収集しました
【気高き振るう双樹王の吸根】を収集しました
【気高き振るう双樹王の鬼面】を収集しました
【気高き振るう双樹王の冠角】を収集しました
【仕える草兵の草体】を収集しました
【仕える草兵の樹装】を収集しました
【極命緑葉】を収集しました
【絡み留める蜜樹液】を収集しました
【気高き魂樹杖】を収集しました
【晴華の王斧槍】を収集しました
【果実剣・巨房】を収集しました
【石樹の息潰し】を収集しました
【地割の干戈円匙】を収集しました
【地盛の干戈シャベル】を収集しました
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破片一つ残さずに双頭鬼、”気高き振るう双樹王”の素材を回収し終えると、時刻はちょうど日が落ちかけるころになっていた。いつの間にそんなに時間が経っていたのかと驚いてしまったが、双樹王の体力と生命力は本当にすさまじいものだったのだ。それを削りきるために半日近い時間を浪費してしまったらしい。手に入れた素材を使えば新たな物品を生成できるに違いないが、ここは全書をのんびり眺めるよりすぐにここを出発したほうがよさそうだ。
事前に聞いている情報によると、今夜の日をまたぐ時間帯には魔境の初期化が起こるらしく、それが正しいのならば残されているのはほんの数時間だけだ。今から魔境の外に向かっても時間までに脱出できる保証は全くないが、少しでも出口に近づいておくに越したことはない。幸い今は飛行手段があるため、それを使えば森の上をまっすぐに移動することもできる。来た時よりははるかに速く移動できるはずなので、もしかしたら初期化が始まる前に魔境を出ることができるかもしれない。
よし、すぐに出発しよう、と思ったのだが、そこでまだやり残していることがあることに気づく。最奥を出発する前に、”巡りし平丘”でもやったように魔境そのものも回収しておかなければならなかったのだ。この魔境の回収は標的とする魔境の最奥でしか実行できないのだが、その代わりに魔境の土地を含むすべてを全書のなかに複製できるという有用この上ない能力だ。まさかこんなことができるとは思ってもいなかったため、この機能に気づいたのはつい最近だったのだが、一度魔境を回収してしまえばその魔境で手に入る素材がほぼ無限に獲得できることも分かっており、魔境自体をコレクションする、という何ともロマン溢れる目標もできた。一瞬の景色の明滅が終われば、無事に”被る食辺”もコレクションの仲間入りだ。
その後は、後ろ髪を引かれる思いで全書を閉じ、再び【闘蟲花翔】を装着する。先ほどの戦闘を通して翅の操作にもかなり慣れたので、高度の飛行でもお手の物だ。【封霊魂の呪霊】など飛行できる物品に周囲の警護をさせつつ、すぐに地面から飛び立つ。出発と同時に太陽が完全に沈み、またしても夜を徹した移動となるが、体力的にはまだいくらかの余裕がある。ここしばらくの旅で鍛えられた我が身に感謝をしつつ、星が瞬く夜空を飛翔するのだった。
【樹衣の鬼猿代】:三十四ページ目初登場
【闘蟲花翔】:七十九ページ目初登場




