七十九ページ目
道すがら助けた探索者のパーティーは、獣人三人と人間が一人の混成集団だった。それなりの腕をもつ彼らだったが、意図しない場所で強敵と遭遇したことにより、危うく全滅の憂き目に合うところだったという。
そんな簡単に危機に瀕していては魔境の探索などやっていられないようにも思えるが、彼ら曰く、この魔境に生息するヌシ級の魔物たちはそれぞれ明確な縄張りを持っており、そのに足を踏み入れなければ戦いになるようなことはまずないのだという。実際、先ほど半身を消し飛ばした"麗しき魅せる草魔女"も普段はもっと魔境の奥にいるらしく、この辺りで遭遇することは普通ないらしい。
ではなぜそのようなことになったのかと問うてみれば、彼らも確かなことは分からないものの、考えられる可能性として、何者かが他のヌシに手を出したのかもしれないと口にした。なんでも、ここにはヌシと呼べる強力な魔物が複数体いるらしく、それらは絶妙なパワーバランスによりこの魔境で縄張りを重ねることなく生息しているそうだ。そのヌシが一体でも暴れればドミノ倒しのように魔境の環境は崩れていき、先ほどのようにいるはずのない場所にヌシが現れても不思議ではないということである。ちなみに、"被る食辺"に入る探索者たちは皆、ヌシの縄張りを避けて行動するのが暗黙の了解になっているそうだ。仮にヌシを討伐しようとするなら、他の探索者たちに被害がでないよう、魔境の入り口にあった管理室に事前に届け出るのが決まりになっているらしい。
……まあ、普通ヌシは人間一人で挑んだところでどうにかなるような魔物ではないらしいし、先ほど【聖地佇む炎剣士】ことガイネベリアが草魔女を一撃で倒せたのも相性がよかったせいだ。心当たりがないわけではないが、きっと気のせいだろう。どことなくさく探るような視線をこちらに向ける獣人たちを誤魔化しつつ、手早く戦果を回収する。
結局残ったのはあの草魔女の下半身と、草魔女により召喚されていた大量の魔物や毒草だ。毒草はともかく召喚された魔物の大半は獣人たちにより倒されたものなのだが、彼らは魔物の残骸にはそれほど興味がないらしいので、ありがたく頂くことにする。
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【麗しき魅せる草魔女の根足】を収集しました
【麗しき魅せる草魔女の草簑】を収集しました
【麗しき生樹杖(全壊)】を収集しました
【屈する草僕の草体】を収集しました
【屈する草僕の命実】を収集しました
【麗しき紫毒茸】を収集しました
【麗しき紫毒草】を収集しました
【麗しき紫毒花】を収集しました
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やはり予想通り、これらの物品はあの魔女からしか手に入らない珍しいものだったらしい。ヌシというだけあって、倒した甲斐があったというものだ。こうなってくると他のヌシの存在も気になってくるところだが、さすがに今回の探索だけですべてのヌシを狩るのは難しそうである。
というのも、助けた見返りとして獣人たちからこの魔境に関する詳しい情報を聞いてみたのだが、この魔境の初期化は正確に三日毎に起きるらしく、それはちょうど明日の深夜にあたる。確かにこれから魔境の出口に向かえば、ある程度の余裕をもって脱出することができるだろうが、一方で魔境の最奥に当たる場所もここからそう遠くはないという。それならば、とりあえずこのまま先に進み、一応の目的を果たしてから戻っても遅くはないだろう。それに初期化に巻き込まれたとしてもシロテランのときのようにうまくやり過ごせばいいだけだ。そこまで心配する必要もないだろう。
今後の行動方針も決まったので、ここは獣人の探索者たちとは別れて先に進むことにする。彼らはちょうど探索を終えて帰路に着いていたようなので、ここからは極力戦闘を避けながらグレルゾーラに戻るそうだ。彼らの身の上話も気になるところだが、それは次に再会した際にゆっくり聞かせて貰うとしよう。
すでに時刻は日が傾きかけてくる頃合いだが、予定外の出会いがあったせいで少々時間が押している。そこで、今夜は自前の明かりのもとで、進めるだけ進むことにした。
これまでの収集により、明かりに使えそうな物品もそれなりの数が揃っている。いい機会なので、使い勝手を確かめる意味合いも込めて一通り全書から出してみよう。
まずは古都の倉庫で見つけた【エンゴの淡灯火】を手に取って体内魔力を流し込む。見ていると心が安らぐような淡い光がランタンの中央に灯るが、これを使っていると片手が埋まってしまうし、なにより光量が心許ない。これでは難儀しそうなので、次の候補である【灯縛りの錆鎖】を試してみる。これは所々に照明がぶら下がった太く長い鎖だ。もとは人を縛るための鎖なので頑丈にできているし、使いようによっては防具としても役立ちそうである。鎖を自動人形の一体に巻き付けて歩かせれば、立派な移動式照明の出来上がりだ。
【灯縛りの錆鎖】が持つ権能を使えば鎖を巻き付けた対象の動きを止めることもできるのだが、今はもちろんそんなことをする必要はない。鎖を巻き付けた自動人形がやけに敵に狙われやすくなるというデメリットもあるようだが、生身の人間に使っているわけでもないので問題はないだろう。
ひとまずこれを使えば、日が落ちた後でもある程度の視界は確保できるはずだが、まだ十分な明るさになっているとは言い難い。そこで、特に自分の周りを中心に【幽郭の灯篭】をいくつか浮かばせることにした。ひとりでに浮遊してくれるこのランタンであれば持ち手が埋まることもないし、数を出せば光量も十分だ。自分の身の回りは【幽郭の灯篭】を、それより距離がある場所は【灯縛りの錆鎖】を使うことにより、完全な夜闇の中でも先に進めるようになった。
ちょうど折よく日が沈んだため、準備した照明を活用しながら先を急ぐ。自動人形たちは光に頼らずとも周囲の状況を察知できるため、戦闘に支障が出ることはない。だが、夜になったことで明るさとは別の変化が起きていた。
その変化は足元の地中から始まった。突然周囲の地面が何ヵ所か小さく盛り上がったかと思うと、そこに開いた穴からなにかが這い出てくる。位置が低くうまく照らすことができないため、すぐにその正体を見破ることができなかったが、【灯縛りの錆鎖】を巻き付けた自動人形の一体がそこに近づいたことで、それをはっきり見ることができた。
穴から現れたのは、大蛇と見誤るほどの大きさを誇る百足だった。次から次へと穴から湧き出てくる百足は、その物量に任せて自動人形へと襲いかかり、一番近くにいた自動人形はすでに全身を百足に覆われてしまっている。それを見てすかさず周囲に追加の自動人形を展開するが、百足はその無数に生えた足を絶え間なく動かし、縦横無尽に地面を駆け回る。数が多いことも災いし、結構な数の百足が自動人形たちを掻い潜り、こちらへと向かってきた。自動人形とは違いこちらは生身なのだから、あんな百足に一噛みでもされれば手酷い怪我を負ってしまう。それは困るので、左腕に【赤水の石義手】を装備し、さらに【律流の輝紅水】から意のままに操ることのできる魔水を作り出す。
【赤水の石義手】にオドを流し込みながら左腕で前方を凪払うと、その動きに従って炎のカーテンが作り出される。先ほどガイネベリアが生み出した火力に比べれば弱火もいいとこだが、百足には抜群の効果があったようで、それだけで押し寄せていたほとんどの百足が燃え尽きた。中には炎をすり抜けた百足もいたが、それも魔水で捕獲し、強烈な水圧を加えて圧殺する。
【赤水の石義手】から発せられる火と【律流の輝紅水】がら生じる魔水を駆使することにより、なんとか怪我を負うことなく百足の襲撃を凌ぐことができ、自動人形たちにも大きな被害が出ることはなかったが、百足の顎はよほど強靭だったらしく、なかには鎧を噛みちぎられたものもいた。ざっくりとした被害状況を確認しながら、百足の残骸を回収する。
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【埋める千足の毒顎】を収集しました
【埋める千足の蟲殻】を収集しました
【埋める千足の酸毒腺】を収集しました
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何か新たに生成できるようになった物品はないかと全書を捲ろうとしたのだが、残念ながらその暇はないようだった。およそ生物が発するとは思えない、身体の奥をゆするような低い振動音が響いてきたかと思うと、森の奥から奇怪な虫の大群が押し寄せてくる。大雑把な外見は蜂のように見えるが、蜂に近いと言えるのは体の輪郭と背に生える羽くらいのもので、胴体からは蜘蛛のように毛深く長い脚が十本垂れ下がっており、頭部にはハサミムシのような長い顎牙が伸びている。人間の子供ほどの大きさの虫は群れを成してまっすぐこちらに向かってきているようだで、さらに別の方角からはこぶし大の蟻が文字通り地面を埋め尽くしながら近づいてきている。大量の虫の群れに挟撃される形となったため、自動人形を休ませる暇もなく再び戦闘が始まってしまった。
合わせれば敵の総数は三百は超えるほどだっただろう。数の多さに加えて虫たちは随分すばしっこく、ただの自動人形では一匹仕留めるだけでもそれなりの時間がかかってしまう。そんな状況で活躍したのが、他の自動人形とは頭一つ抜けた戦闘力を持つ自慢のコレクションたちだ。炎を操る【聖地佇む炎剣士】は言わずもがな、渡した複数の武器を手足のように操る【祓い流れる水体呪剣】や二本の肉包丁で獲物を真っ二つに裁断していく【肉造士の血肉袋】などが目を見張るスピードで敵をせん滅していく。さらに”巡りし平丘”で手に入れた数多の素材で作りだした機獣と肉獣を使えば、数の差などそう大きな問題にはならない。機獣や肉獣は自動人形とは違い加減が利かないというか、敵を倒しても残骸の損傷が大きくなりがちのためあまり使わないようにしているのだが、こういう数の暴力に対抗するときにはうってつけだ。損傷を負ったとしても修復のための素材は大量にあるため、ある程度の被害が出るのも折り込み済みである。
数の暴力に対してそれを上回る物量で押しつぶすような形となったが、何はともあれ虫の群れを全滅させることができた。虫の身体からあふれ出た体液が所々で水たまりを作っているのを見ながら、再び素材の回収にいそしむ。
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【噛む化蟲の牙顎】を収集しました
【噛む化蟲の麻痺棘】を収集しました
【噛む化蟲の刃翅】を収集しました
【噛む化蟲の毛節足】を収集しました
【嫉む青蟻の甲殻】を収集しました
【嫉む青蟻の蒼殻】を収集しました
【嫉む青蟻の誘引フェロモン】を収集しました
【嫉む青蟻の暴走フェロモン】を収集しました
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手に入れた素材の種類は少ないが、それぞれの量は相当なもので、あたりに散らばった蟲の残骸を手が汚れないように回収し終えると、新たに生成できる物品が増えていた。そのうちの一つを早速生成してみると、先ほど倒した”噛む化蟲”の翅と脚が一緒になった奇怪な生体装具が現れる。
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【闘蟲花翔】
分類:魔具・生体装具
等級:C+
権能:【蟲翔】【斬翔】
詳細:刃のように鋭い切れ味を誇る翅を四枚装着し、空中を縦横無尽に飛び回ることができる。一方で装着者を捕える節足は徐々に肉体と癒着していき、長時間の装着により使用者は半人半虫と化す。
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説明がやけに物騒だが、生成により獲得した【闘蟲花翔】は待ちに待った単体での飛行が可能となる物品だ。こんな森の中では試すことも難しいが、次の機会で是非使い心地を試してみたいものだ。
ここまで敵を倒し続けて分かったが、昼と夜では森に出現する魔物の種類が大きく変わるらしい。どこからか湧き出てくるこの虫たちは普通の獣を模した魔物より手ごわく、見ての通り数も多い。その分優秀な素材やそれを材料とした生成物が手に入るので文句はないのだが、日中とはまた違う進み方を心掛けないといけないだろう。いつまでももたもたしている暇もないので、何はともあれ出発することにする。虫の襲撃はこれが最後になることもないだろう。進めるだけ進み、手に入るだけの物品を手に入れるとしよう。
【聖地佇む炎剣士】:二十五ページ目初登場
【エンゴの淡灯火】:二ページ目初登場
【灯縛りの錆鎖】:十四ページ目初登場
【幽郭の灯篭】:十四ページ目初登場
【赤水の石義手】:二十六ページ目初登場
【律流の輝紅水】:六十四ページ目初登場
【祓い流れる水体呪剣】:三十九ページ目初登場
【肉造士の血肉袋】:四十一ページ目初登場




