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七十八ページ目

 やはり旨い朝食を食べると活力が漲るもので、清々しい気分で二日目の探索を始めることができた。昨晩夜を過ごしたのは、新たに生成した【野人の岩屋】という岩でできた巨大なかまくらだ。かまくらと言っても中はかなり広く、五、六人でも十分に過ごせるほどである。床には豊かな芝生が絨毯のように広がっているため、どこでも横になって寝ることが可能だ。必要な家具を全書から出せば、実に快適に休むことができた。食事も"被る食辺"で回収したばかりの素材を材料として【骨人形(スケルトン)調理師(コック)】に腕を振るってもらったため、大変満足できる質であった。

 寝ている間は、いつものように自動人形たちに素材の収集をさせていたため、それらを忘れずに回収してから出発する。今日中にどこまで進めるかで探索の成否が決まるといっても言い。爽やかな朝日にかまけてのんびりしているような暇はなかった。


 昨日と同じく周囲の景観に目を配りながら歩を進めていくが、やはり先に進むほどに植生が豊かになっているように思われた。魔境の入り口近くもすでに【金麦樹】のような食材が多く見られたが、この辺りの地面はまさしく食料に覆い尽くされている。雑草が生えるようにそこら中に野菜が群生しており、そびえ立つ木々は全ての枝に瑞々しい果実を実らせていた。試しに近くに生っているオレンジ色の果実をもぎ取って齧ってみると、甘酸っぱく香り高い風味が口一杯に広がる。


 見る者によっては楽園のようにも見えるだろうこの環境だが、それは魔境に生息する魔物にとっても同じだ。現に遭遇する魔物の数は昨日と比べると飛躍的に増え、そこら中で果実や野菜をむさぼり食う魔物の姿を確認できる。

 ただ、食性の違いか単にこちらに興味がないのか、それらの魔物全てが襲いかかってくることはなかった。確かに腹を満たそうとするなら抵抗もしない植物を相手にしている方がよっぽど楽だろう。これまでの魔境では魔物たちは必ずしも食料目当てで侵入者を襲っていたわけではなかったが、この魔境にいる魔物たちにとっては狂暴性よりも食欲の方が優先されるらしい。

 とはいえ、もちろん中にはこちらを補食しようと牙を向いてくる魔物もいる。見るからに肉食性と思われた猫型の魔物、"登る(クラムブ・)牙猫(ファグーキ)"が樹の上から奇襲を仕掛けてきたり、植物でありながら他の魔物を仕留めて養分とする"這う(シリグ・)刺蔓(スタン)"などが群れをなして襲ってきたりと、油断している暇はない。さらに”食む(イント・)青牛(ブロウ)”などの草食性の魔物も基本的にはおとなしいのだが、間違ってこちらから手を出したり、肉食性の魔物との戦闘に巻き込まれれば、当然のように襲ってくる。進む上で戦闘は避けられず、必然的に大量の素材も手に入れることとなった。


――――――――――

【グレルオレンジ】を収集しました

【紅輝無花果】を収集しました

【大連結白菜】を収集しました

【死肉吸いの血茸】を収集しました

登る(クラムブ・)牙猫(ファグーキ)の長牙】を収集しました

登る(クラムブ・)牙猫(ファグーキ)の斑毛皮】を収集しました

登る(クラムブ・)牙猫(ファグーキ)の猫眼】を収集しました

這う(シリグ・)刺蔓(スタン)の鉄蔓】を収集しました

這う(シリグ・)刺蔓(スタン)の金棘】を収集しました

這う(シリグ・)刺蔓(スタン)の銀花】を収集しました

食む(イント・)青牛(ブロウ)の大舌】を収集しました

食む(イント・)青牛(ブロウ)の上肉】を収集しました

食む(イント・)青牛(ブロウ)の青乳】を収集しました

――――――――――


 そんな魔物たちのなかでも特に手を焼いたのが、"狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)"という名の化け物だ。大型の家ほどはあるサイズのこの魔物は、一見するだけでは弛んだ肉の襞と皮が折り重なってできた肉塊にしか見えないのだが、その実はこの魔境にいる全ての魔物を補食対象とする狂暴な捕食者であった。

 木々をなぎ倒しながら現れた食豚は、身体の各所から口吻を伸ばして、植物も魔物も問わず周囲のものを手当たり次第に食い散らかしていた。探索を行わせていた自動人形が何体かそれに巻き込まれてしまったため、すぐさま応戦したのだが、この魔物が恐ろしく手強い。

 生半可な攻撃は分厚い脂肪により受け止められ、妙にテカっている皮膚は火や魔術すらも弾いてしまう。その防御力を持ちながら圧倒的な質量を伴う突進や口吻による攻撃を繰り出してくるのだから、苦戦は必死だった。多少の被害は覚悟の上で火力を集中させて機動力を削ぎ、敵の動きが止まったところで総攻撃をかけてようやく仕留めることができたのだが、その頃には戦闘の余波により周囲が更地になっていた。手持ちの自動人形も半分以上が何らかの損傷を受けており、さらにその半分は修復を行わないと使えないほどの損壊具合だ。

 ただ、その甲斐あって目の前には、命を失った"狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)"の死骸が横たわっている。死してなお圧倒的な存在感を放つそれをありがたく全書に収納した。


――――――――――

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の純皮脂】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の極厚皮】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の皮下脂肪】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の柔白肉】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の肥大臓】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の口吻】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の酸液】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の霜降り肉】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の超脂肪肝】を収集しました

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の大胃口】を収集しました

――――――――――


 あれほど好きなだけ食べまくっていただけあり、手に入れた素材はいかにもカロリーが高そうなものばかりだ。例に漏れずどの素材も貴重で高級な食材として扱われているらしく、確かに【狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の霜降り肉】などは見ただけで食欲をそそられるような見事なサシが入っている。ただ、そんな美味な食材も全書にかかってしまえば物品を生成するための材料の一つに過ぎなかった。


――――――――――

食指伸ばす脂肪布団(プルタルンノ)】を生成します

以下の物品を消費する必要があります

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の極厚皮 880%/100%

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の皮下脂肪 860%/100%

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の柔白肉 990%/100%

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の口吻 340%/100%

狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の大胃口 200%/100%

蠢き続ける融合肉 1500%/100%

生成を行いますか?【はい/いいえ】

――――――――――


 そこそこの素材の量が必要となるが、迷わず生成を行う。ちなみに【蠢き続ける融合肉】とは"巡りし平丘"の最奥でカレオナから削り取った肉のことである。


――――――――――

食指伸ばす脂肪布団(プルタルンノ)

分類:魔具・生体装具

等級:C+

権能:【鎧皮】【接食】【無尽臓】

詳細:使用者を依り代に、生前から止まることのない食欲を満たそうとする生命武装。鎧が吸収した栄養は、全て使用者へと還元される。

――――――――――


 生体装具に分類される鎧を生成したのだが、現れたのは分厚い脂肪が何重にも積み重なったような見た目のなにかだった。全書の説明を読むにどうやらこれを着ればいいようだが、あまり着てみたいと思うような外観ではない。【狂飲せし(ストルグ・)猛る(フュス・)食豚(イルグ)の口吻】とよく似た器官が各所についているため、恐らくはこれらが動いて周りの獲物を補食するのだろう。素材となった巨大豚の耐久力を考えると防御力も期待できそうだが、その時が来るまで着用は控えることにする。


 敵は多いが探索は順調に進み、太陽が頭の真上に差し掛かる頃には結構な距離を稼ぐことができた。そこらに生っている果実を齧って食事をしながら歩いていると、魔境に入ってからしばらく聞いていなかった人の声が聞こえてくる。魔物と戦っている最中なのか、会話の内容までは分からないが、なにやら切羽詰まった様子である。なんとなく気が向いたのでそちらに足を向けてみると、想像通り、人と魔物が入り乱れた戦場があった。

 戦っている人間は全部で四人、装備を着けているので不確かだが、恐らくは男二人と女二人の集団だ。さらによく見ると、その容姿や体形が見慣れないものであることに気づいた。ちょうど最近まで相手にしていた狼獣人(ウーフ・アマン)のように、彼らのうちの三人は人以外の獣の特徴を併せ持つ”獣人”であると思われた。

 そして、その四人が戦っているのは、植物や果実で作られたドレスを纏う、異形の魔女だ。身長は三メートルほどで、腰や胸などの女性の特徴が極端に強調されたその体型は土偶のように歪んでいる。

 手には農具のようにも杖のようにも見える棒を握っているが、それはただ振るうためのものではないらしい。魔女が棒を振る度に地面が隆起し、そこから植物でできた魔物が這い出てくる。それらの魔物の容姿は様々だが、唯一共通しているのは、必ず身体のどこかに熟れた果実を一つだけ実らせている点だ。そして、それが魔物たちの弱点らしく、果実を潰されたり切り離された魔物は即座に活動を止めている。

 魔女が使う武器は昨日生成したばかりの【狼樹林の主根】とよく似ているように思えたが、権能により産み出される魔物の種類と数は圧倒的にあちらの方が多い。だが、魔物たちの弱点には戦っている獣人たちも気づいているようで、四人は鮮やかな手並みで増え続ける魔物を駆逐していた。しかし、倒した分だけ魔女により即座に魔物が補充されるため、お互いに決定打がないまま時間だけが経っていく。

 しばらくはその均衡が保たれていたが、先に魔女の方がしびれを切らした。魔女が手に持っていた棒を高く掲げると、その先端に大量の体外魔力(マナ)が集まっていくのが、【魔流の義眼】を通して見える。そしてマナを集め終えた魔女が棒を地面に突き立てると、辺り一帯に派手な色合いの毒花や毒茸が溢れ返った。それらは水が湧き出るように即座に地面を埋め尽くすと、紫色の花粉や胞子を噴き出す。まず間違いなく有害であろうその粉塵は戦っていた人間たちを瞬く間に飲み込み、なおも量を増していく。ほぼ不意打ちに近い致命的な魔女の攻撃により、四人は誰一人粉塵から逃れることはできず、鼻と口を抑えながら苦しげに退避を始めた。だが、その間も植物の魔物たちによる攻撃は止まらず、その場から逃げ切れるかも怪しい。このままでは、間違いなくパーティーは全滅だろう。


 別にこちらにはなんの義理もないのだから、何も見なかったことにして立ち去ってもいい。だが、あの魔女や今も粉を噴き出している植物たちはこれ迄見たことがないため、恐らくは貴重な存在だろう。それにこんな深層にまで来ることができる探索者たちだ。彼らに貸しを作っておけば、今後何かしらの役に立つに違いない。

 狼獣人やケンズ商会の件を通して、根回しの重要性は身に沁みている。探索を少しでも楽にするために、そしてより多くのコレクションの収集のため、ここは一皮脱いでやるとしよう。

骨人形(スケルトン)調理師(コック)】:五ページ目初登場

【金麦樹】:七十六ページ目初登場

【狼樹林の主根】:七十七ページ目初登場

【魔流の義眼】:異譚~コベスの対価~初登場

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