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異譚~マイナの溜息~

 かつては自分の腕が誇らしかった。丹精込めて料理を作れば、それを食べた人たちは必ず笑顔になってくれる。中でも得意なのはパンだった。使う材料や製法にこだわりぬいた特製の白パンは、わざわざ遠方から買いに来る客がいるほどの人気メニューだった。

 それが嬉しくて、毎日腕によりをかけて料理をふるまったものだ。


 だが、いまやたくさんの人を喜ばせる料理を生み出していた手は、か細い骨だけになってしまった。腕だけではなく、その全身から血肉はなくなり、最早人でもない存在となった。

 それなのに、今彼女―マイナ―はかつてと同じように思考し、その身体を動かしている。目もないはずなのに景色は見えるし、音はとうに腐り落ちたはずの耳に飛び込んでくるように鮮明に聞こえる。できないことといえば喋ることと食べることくらいのものだ。


 それに思い至ったマイナは小さく嘆息を……しようとしてそれができないことを思い出して肩を落とした。喋れないのは別に構わない。生前もさして話が上手いわけではなかったし、誰かとおしゃべりをするくらいならば料理をしていたいと思うような人間だった。

 だが、食事ができないというのはいただけない・・・・・・。料理人として味の探究は責務だし、なにより料理をするのと同じくらい彼女は食べることが好きだった。


『ああ、ローストビーフをたっぷり挟んだサンドイッチが食べたいなあ……』


 無い舌で味わうサンドイッチを想像し、出ない涎を妄想する。だがいくら想ってもそんなものはないし、食べることもできない。今は自分の”所有者”に命じられた通り、森にある食料を集めることしかできないのだ。

 この森には爽やかな香りとすっきりとした甘みが特徴の【カブドウ】やシャキシャキとした食感が特徴の【モウトウダケ】などが生えており、さらに水場に行けば【コケイシカニ】なども生息している。ここ数日、彼女は森の中を歩き回り、それらの食料を集めては”所有者”のもとに献上するということを繰り返していた。


『あ、【キヌムギ】だ!』


 たくさん集めればパンの原料にもなる【キヌムギ】を見つけたマイナは、喜び勇んで収穫するとそれを自動人形が持つ皮袋に入れた。マイナは他の【骨人形スケルトン】と比べて思考能力が高く食料を探すのが得意だったが、戦闘力は皆無だ。魔物と遭遇すればひとたまりもないため、三体の【エスカ式自動槍歩兵人形】に守られながら探索を行っていた。


『うーん、けっこう袋も一杯になってきたし、一回戻ろうかな。兵士さんたちももう疲れたでしょ?』


 もちろん声は出ないのでそう思いながら自動人形たちを見るだけなのだが、なぜかそれだけで自動人形たちはマイナの思考を読み取ったらしく、マイナを囲んだまま拠点に向かって歩き出した。

 道中で見つけた食材も回収しながら一行は拠点へと向かう。魔物はいるが、森の探索は何回も行っており、マイナにとってはすでに慣れたものだった。だから、心のどこかに油断があったのだろう。


『今日もいいお天気だったし、食料も手に入ったしばっちりだね!あとは集めたものを食べれれば……』


 前を向いていたはずのマイナの視界が突如暗くなる。何が起きたかもわからないうちに、マイナは自分の頭蓋が強い力で締め付けられていることに気づいた。その力は時がたつほどに増していき、数秒後にはミシミシと骨がきしむ音が響いてくる。


『え、ちょ、ちょっと!これやばいって!!』


 混乱しながらもがくマイナだったが、先ほどと同じ唐突さで視界が晴れた。慌ててあたりを確認すると、”所有者”が【捲れる樹皮タン・バク】と呼んでいる魔物が自動人形が持つ槍に貫かれているのが見えた。どうやら樹の上部の樹皮に擬態していた【捲れる樹皮タン・バク】が頭上からマイナに覆いかぶさってきたらしい。自動人形が力づくで引きはがしたおかげで助けられた形となったが、まだ難は過ぎ去っていなかった。


『へ、兵士さん!あっちあっち!』


 森の奥から【備える森蜘蛛プレア・フォーダ】がこちらに近づいてきているのに気付いたマイナは、そちらを指さして必死に自動人形に知らせようとする。さらに別の方角からは大樹の根をさらに一まわり太くしたような見た目の、【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】もマイナたちを狙って迫ってきていた。

 【捲れる樹皮タン・バク】を始末した自動人形を含めた二体が【備える森蜘蛛プレア・フォーダ】と相対し、残りの一体が【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】と交戦を始める。

 【備える森蜘蛛プレア・フォーダ】との戦闘は決定打はないものの、槍のリーチを生かしてうまく牽制をしながら立ちまわっているようだった。しかし、自動人形一体では【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】を相手にするのは荷が重すぎたようで、マイナの目にも自動人形がかなりの劣勢のように見える。

 やはりその予想は正しかったようで、数分もしないうちに自動人形が【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】の尾に打ち倒されてしまった。


 地面に横たわった自動人形にとどめを刺そうと、【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】が自動人形の頭を噛み千切らんと飛び掛かる。その巨体が完全に宙を舞い、遮られた日の光が自動人形を押しつぶすように影を生んだ。だが、【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】の動きは空中で突如停止する。

 【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】の体を空中に縫い留めたのは、地面を割って現れた三本の太い木の根だった。【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】の皮膚より黒く、そして硬質な根は獲物に巻き付くとすさまじい力で締め付ける。その隙に起き上った自動人形が剣を振り下ろし、【捻じれる根食蛇ツット・ルイーク】の頭部を胴体から断ち切った。


『やった!兵士さん、すごい!あと聖女様・・・も!』


 マイナが手をたたいて自動人形を労っているうちに、【備える森蜘蛛プレア・フォーダ】も無事に打ち取られたようだ。マイナと自動人形たちは今度こそ周囲の安全を確認して帰路に就く。自動人形たちはたった今手に入れた戦利品を担いで、そしてマイナは袋一杯の食料と聖女様への感謝の念を胸に抱いて、森の中を歩くのだった。

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