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魔境に入ってしばらく進むと、周りの景観が徐々に変わってくる。【金麦樹】や緑生い茂る樹木が数多く並んでいるのは一緒なのだが、それまでは普通の地面だった足場にゴツゴツとした岩が混ざるようになってきた。恐らくは奥に進むほど岩の数も増えていくのだろうが、隆起した足場はなかなかに歩きづらく、今後の探索の険しさを予感させる。
とはいえ、手に入る多くの素材が食材であることに変わりはない。うまく岩から剥がせばパリパリと心地よい食感になる【センベー苔】や手のひらのような形の笠を水面に浮かべて上流から流れてくる、珍しいキノコの一種である【ミナモタケ】。これまた沢の流れに時折混ざって流れてくる、半透明の【ミズチ麺】など、見た目にも爽やかな食材が多く手に入った。さらに、一本の木に多種多様な果実を実らせる【百果樹】という大木も見つかった。
そうして美味な食材がたくさん見つかると、つい沢に近づいて素材回収に専念したくなるが、油断は大敵だ。食材を求める者を狙うかのように、水の流れに乗って魔物たちが襲いかかってくる。単眼を核として清水を纏った"睨む水眼"が突如水底から触手を伸ばしてきたり、鱗の形をした稚魚を全身に纏わせ、獲物に張り付いてその肉を削り食う"垂れる鑢魚"が群れで襲ってきたりと、少しの時間も気を抜くことは許されない。さすがに襲ってくる魔物が多いためか、労働者たちの姿はこの辺りでは見かけないが、それも納得の危険度だ。どうやら水は魔境の奥を上流としてから流れてきているらしく、今は沢に沿って歩いているのだが、手に入る素材の量と現れる魔物の数によって、進行速度は少々遅くなっている。
帰りに乗せてもらう予定の商隊とは四日後に合流することになっているため、それまでには魔境の入り口の集落に戻る必要がある。帰りは行きよりは早く移動できると思われるが、それでも三日目には帰路に着かなくてはならないだろう。事前に聞いた話では"被る食辺"はそれほど広くないらしいが、道中には林や小川が数多くあるため、迂回を強いられる場面も多い。期日までに最奥にたどり着けるとしても、かなりギリギリになりそうだ。
野菜を口から溢れさせる巨大カボチャの化け物、"化ける灯篭"が頭上から降ってきたときはさすがに肝を冷やしたが、【聖地佇む炎剣士】の一撃で焼きカボチャになったあたり、それほど強い魔物ではなかったらしい。
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【センベー苔の緑絨毯】を収集しました
【ミナモタケの水傘】を収集しました
【極上ミズチ麺】を収集しました
【睨む水眼の超軟水】を収集しました
【睨む水眼の超硬水】を収集しました
【睨む水眼の大魔眼】を収集しました
【垂れる鑢魚の銀稚魚】を収集しました
【垂れる鑢魚の抱卵】を収集しました
【化ける灯篭の透明南瓜】を収集しました
【化ける灯篭の宝種】を収集しました
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多くの素材が手に入ったが、特に目を引くのはこれらの逸品だろう。数が多いだけあって、珍しい素材や希少と思われる魔物の部位もいくつか手に入った。それにより、早くも生成可能な物品も現れる。"化ける灯篭"の素材を主に使って生成されたのは、苔でできたマントをたなびかせるカボチャの幽霊のようなゴーレムだった。枝のような右手に草刈鎌を、左手には灯りがついたランタンを持ったゴーレムは、カボチャでできた頭部を怪しく光らせ、微動だにせず宙に浮いている。
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【霊瓜の案山子】
分類:進精魂機・付喪
等級:C+
権能:【野菜畑】【案山子ノ業】【消灯】
詳細:魔物の残骸を材料とした、意思を持つ案山子。自由に食料を作り出すことができるが、それを他者に与えようとはせず、身の危険を感じると姿を消して逃げ去ってしまう。
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全書の説明を読んでもピンと来ないが、少なくともこの【霊瓜の案山子】も他の自動人形と同じく意志疎通が可能だ。早速その場で色々と試して見たところ、このゴーレムは思ったよりも有用であることが分かった。
権能のうち、【野菜畑】はその名の通り周囲の地面に野菜を発生させるというものなのだが、【消灯】を使わせたところ、【霊瓜の案山子】の手に握られたランタンの灯りが消えるとともに、その姿がゆっくりと消えてしまったのだ。触って確かめてみると、確かに【霊瓜の案山子】はその場にいるのだが、どう目を凝らしても透明になってしまったその姿を見ることはできない。思い出されるのはシロテランでの潜入の際にアンテスが使っていた魔術だが、彼の魔術の場合は少しでも動けば透明化は解除されてしまった。だが、権能を使った場合はその限りではないらしく、なんとこのゴーレムは透明になったままでも移動が可能なのだ。さらに透明になった状態でマントの中に入れば本体以外のものも消えるため、これをうまく使えば透明なまま行動することが可能となる。うまく隠れるにはある程度の慣れが必要ではあるが、非常に便利な物品を手に入れることができた。
さらに全書を捲っていると、大量にしまってある狼獣人の素材と魔境で手に入れた素材を組み合わせた生成品も見つけた。これも今ある素材だけで生成できるようなので、早速試してみる。
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【狼樹林の主根】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
狼獣人の狼面 2500%/100%
狼獣人の獣臓 1400%/100%
百果樹の赤幹 720%/100%
機肉包む死卵 3300%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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生成により現れたのは、古びた一本の杖だった。暗い褐色の杖はちょうど身の丈ほどの長さで、少し取り回しがしづらい。装飾らしいものは一切されておらず、そこらに転がっていた木の棒だと言われても信じてしまいそうだ。
だが、それが秘める権能はなかなか興味深い。【狼樹林の主根】を地面に突き立てて権能を発動すると、即座に近くの地面に草が繁茂し、数本の樹木が育ち始める。まるで早回しした映像を見ているかのような早さで育っていく樹木だったが、徐々にその形は本来の樹の形とはかけ離れていく。数十秒後には獣化した狼獣人を象った木像が十体直立しており、なんとそれらは杖を通して自由に操ることができた。こちらも扱うにはコツがいるが、一度感覚を覚えてしまえば全ての木像を一つの群れとして操作することもできる。木製となった牙や爪の鋭さは未だ健在で、木像の数も増やせそうなので、乱闘時には大きな戦力になってくれそうだ。
さらに木像たちは探知能力にも長けており、突然なんの変哲もない果樹に殴りかかったかと思ったら、それが"黙る怪樹"という魔物が偽装した姿だったこともあった。同じ樹木同士で通じるものがあったのか、他の自動人形たちでは気づくことができなかった擬態も察知することができたのは驚きである。
【狼樹林の主根】は魔物の討伐にも素材の回収にも利用できるため、必然的に収集の効率も上がっていく。他にも爆発性の果実を撒き散らす"喚く奇樹"や不規則に地中から鋭い根を突き出す"踊る武樹"などの樹木型の魔物も現れるが、いずれも自動人形や狼獣人の木像により倒すことができた。
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【黙る怪樹の吠え虚】を収集しました
【黙る怪樹の香指】を収集しました
【黙る怪樹の隠し実】を収集しました
【喚く奇樹の完熟果実】を収集しました
【喚く奇樹の花薬粉】を収集しました
【喚く奇樹の爆糖液】を収集しました
【踊る武樹の鉄根】を収集しました
【踊る武樹の鋼樹皮】を収集しました
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これらの素材、実はどれも食べることができるらしい。ただ、どの食材も調理には特殊な行程が必要であり、正しい調理法でないと食べる者は無事では済まないという、面倒な代物だ。そんな苦労をしてまで食べる意味があるのかという話だが、労力を掛けてでも食べたくなるような美味な食材だというのだからたちの悪いものである。
全書の説明を読んでいるうちに味への好奇心を抑えられなくなってしまったので、全書から【骨人形・調理師】を出した。それぞれの食材の調理法は全書に載っているので、それを教えながらであれば調理も可能かと思っての行動だったのだが、どうやらそんなにうまくはいかないらしい。
【骨人形・調理師】ことマイナは生前一流の料理人として腕を振るっていたそうなのだが、骨だけとなった彼女の腕前はかつてのそれとは雲泥の差であり、加えてこれらの食材の調理には特別な調理器具が必要だったのだ。包丁や鍋、果てには加熱用の設備すらも専用のものが必要となり、現状ではとても料理できそうにない。幸いだったのは、それらの器具もこの魔境で手に入る素材で生成できそうということだ。例えば、特定の素材を扱う際に必要となる調理用手袋は、手持ちの素材だけでも生成できた。
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【種沈めのミトン】を生成します
以下の物品を消費する必要があります
踊る武樹の銅樹皮 190%/100%
睨む水眼の緩衝膜 360%/100%
黙る怪樹の香指 110%/100%
生成を行いますか?【はい/いいえ】
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このような器具を十個近く揃えないといけないため、実食までにはもうしばらくかかりそうだ。
素材が揃い次第、器具の生成を進めていくことにして、せっかく全書から出したマイナになにもさせないのも忍びない。手に入った物品の検証をしながら進んでいるうちに、結構な時間が経っており、周囲も暗くなり始めている。ここらを今日の宿として、探索で手に入れた多くの食材をもとに、マイナに腕を振るってもらうとしよう。
【金麦樹】:七十六ページ目初登場
【聖地佇む炎剣士】:二十五ページ目初登場
【狼獣人の狼面】:七十四ページ目初登場
【狼獣人の獣臓】:七十四ページ目初登場
【機肉包む死卵】:六十七ページ目初登場
【骨人形・調理師】:五ページ目初登場




