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七十六ページ目

 この世界の造りは極端だ。魔境や都市がある場所には自然や生命が溢れているのに、それ以外の大部分の大地は真っ白に乾ききった白い地面に覆われている。空白地帯と呼ばれるその地域では通常作物を育てることもできず、そこを住処とする生物もまったくいない。

 そのはずなのだが、今いる場所はその空白地帯に作られた集落の一角だ。ここに住むのはグレルゾーラから連れてこられて魔境で素材を集めている人々なのだが、彼らは一様に疲れきった表情を浮かべており、生傷を放置したままの者も少なくない。というか、ほとんどの労働者が何らかの怪我を負っており、健常者はほとんどいないようだ。一応治療はされているようだが、それほど適切なものは施されていないらしく、みな痛みに耐えながら歩いているように見える。

 当然集落の空気は重苦しく、楽しそうにしている者など一人もいない。生活環境としては劣悪と言う他ないが、住人たちは今の状況を受け入れているようだ。もはや諦めているのかもしれないが。


 とにかく、住人たちはそんな様子なので、わざわざ他人の人相を検めたりはしないはずだ。時折鎧と武器をまとった兵士たちが集落を巡回しているが、まさか指名手配犯がこんなところにいるとは思っていないようで、やる気なさげに辺りを見回しているだけである。これならばそれほど気を遣って隠れる必要もないだろう。商人風の服装だけはそのままに、魔境がある方角に向かって集落のなかを進む。

 建っている建物はやはりどれも傷みが激しく、小屋としての体裁をなんとか保っているという感じだ。中には風雨を凌げるか疑問なほど劣化しているものもあるのだが、空白地帯では雨も降らないそうなのでそれほど困ることはないのかもしれない。小屋のほとんどは寝泊まりをする場所になっており、何人もの労働者たちが足を引きずりながら出入りしている。何回か中を覗き見てみたが、室内には薄い布が敷かれているだけだったため、快適な睡眠はとれそうになかった。

 さらに魔境へ近づいていくと、他と比べて幾分かしっかりした造りの建物が二つ現れた。広さも高さもほかの三倍ほどはありそうなそれらは、どうやら倉庫として使われており、魔境から得られた素材を集め、それと引き換えに労働者たちに食料と賃金を渡しているらしい。賃金としてどれ程の金額が払われているのかは知らないが、彼らを笑顔に変えるのには足りないことは確かだ。

 酒場のような施設もあるようで、赤ら顔になった労働者たちもいるが、兵士たちが見張っているせいでそれほど羽目を外すことはできないようだった。


 そんな施設を横目に見ていると、いよいよ魔境の入り口に到着した。今回訪れた魔境は"被る食辺"と呼ばれる、主に食料の供給に利用されている魔境だ。その広大さと手に入る食材の豊富さにより、この魔境だけでグレルゾーラ内で消費される食料のほとんどを賄っているらしい。実際に目の前では、魔境へと出入りする労働者たちが列をなしている。入っていく労働者の肩には空の布袋が背負われており、そして出てくる者の袋は魔境の素材で満たされていた。素材を持ち出した労働者はそのまま交換所に向かい、そこで賃金を得て一日の仕事を終える、という流れのようだ。

 列の中には新人だろうか、まともな服や簡素な防具を身に纏った者もいるので、それに紛れながら前にハリットにも渡した【重さ忘れの背袋】を担いで列に加わる。一応魔境の入口に兵士が一人立っているのだが、入る者の顔を確認しているというわけでもなく、大人しく列の中で待機していると無事に魔境に入ることができた。


 魔境は一見すると林のような外観で、入ってすぐの場所から樹が立ち並んでいる。のだが、その樹はこれまでの魔境でも見たことがない変わった形状のものだ。幹の部分は木質なのだが、肩くらいの高さから幹が外側に広がるようにして展開しており、その先端からは細長い部位が枝のように垂れている。枝には拳大の実がいくつも付いており、全体が黄金色に染まっているものも相まって、巨大な小麦の束が地面から生えているように見える。そして、その予想は見事に的中していたようだ。


――――――――――

【金麦樹】

分類:植物・樹木

詳細:大量の小麦が入った房を実らせる樹木。実の中の小麦はそれほど質は良くないが、大量に手に入るため食料として重宝される。

――――――――――


 この【金麦樹】はそこら中に生えており、それこそ普通の林で生えている樹と同じくらいの密度で群生している。その全てに小麦が詰まっているらしい実が生っているため、今見えている範囲だけでも相当な量の食料になるだろう。

 なるほど、食料が多いということはこういうことなのか、と感心しながら林の奥へと通じている獣道を進んでいく。労働者の中には【金麦樹】の実だけで袋を一杯にする者もいるようで、奥にいくほど周囲の人の数はまばらになっていく。

 最初こそ周りに立ち並ぶ【金麦樹】の鮮やかな金色に気をとられていたが、目が慣れてくると他にも様々な素材が存在していることに気づいた。地面から葉を覗かせる野菜や樹の影に生えるキノコ類、さらには香辛料が固まった結晶など、多種多様な食材が見つかる。


――――――――――

【銀皮玉根】を収集しました

【アゼーシャネギ】を収集しました

【吊糖球】を収集しました

【宿木の肉枝】を収集しました

【金麦樹のビスク部】を収集しました

【甘樹の虫寄液】を収集しました

――――――――――


 遠慮なく素材を回収していると徐々に視界が開け、それと同時に水が流れる微かな音が聞こえてくる。そちらに歩を進めると、しばらく歩いたところで沢のような拓けた場所に出る。

 どこか開放的な気分になりながら辺りを見回していると、沢の横にあった大岩の影から、なにかが現れる。一瞬他の労働者かと思ったのだが、その何かが動く様子は明らかに人のそれではない。ぬらぬらと湿った皮膚に覆われたそれは、ちょうど蜥蜴と人の中間のような身体をしている。頭部を忙しなく動かしながら四本足で歩くその魔物は、どこか人を思わせる容貌のせいで現実離れした不気味さを放っていた。

 大岩から現れた直後はわざとらしいほどにゆっくりとした動作で動いていたが、こちらを視認した途端、勢いよく体の向きを変えて駆け寄ってくる。人間と変わらない大きさの蜥蜴は、四本の足を素早く動かしながら向かってくる。その勢いのまま襲われれば無事では済まなそうなので、この魔境に入って初めて自動人形を全書から出す。まずは小手調べと、【時森の怪軽兵】と【肉染の騎士人形】を目の前に並べた。久方ぶりに出した【肉染の騎士人形】は、ガイネベリアでの争乱の際に手に入れた素材から生成した自動人形の一つだ。能力としては【エスカ式自動歩兵人形】などと大差ないのだが、肉獣の素材を使っていることもあり、鎧の下の筋肉を増強するなどして、一時的に戦闘力を向上することができる。

 さしあたってこの二体であれば敵の戦力を推し量れるだろうと考えていたが、魔物と自動人形たちの戦いは思っていたよりもあっさり終わってしまった。【時森の怪軽兵】の狙撃により、こちらに近づくまでにかなりの体力を削られた魔物は、接近してきたところで【肉染の騎士人形】の剣の一閃により呆気なく首を落とされる。身体の再生などが始まる様子はないため、蜥蜴の魔物の相手は問題無さそうだ。考えてみれば、ろくな装備も持たない労働者がこの辺りで素材を回収できているのだから強力な魔物であるわけもないのだが、これほどあっさりと倒せるとは少し拍子抜けするくらいだ。


――――――――――

滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)の水皮】を収集しました

滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)の長舌】を収集しました

滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)の泥血】を収集しました

滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)の生肉】を収集しました

滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)の柔眼球】を収集しました

滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)の色皮】を収集しました

――――――――――


 無事に”滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)”のほぼ全身を手に入れることができたが、なんとこの魔物、全書の説明によるとほとんどの部位が食用として利用できるらしい。皮や肉はもちろんのこと、舌や眼球も珍味として重宝されるらしく、これまたグレルゾーラの重要な食料になっているようだ。こいつが動く姿を見た直後である今はさすがに食料として認識することが難しいのだが、慣れてしまえば抵抗もなくなるのだろうか。味が気になるところではあるが、しばらくは全書にしまったままにしておこう。


 沢に近づくまでは一匹の魔物を見かけることすらなかったのだが、どうやらこの辺りから魔物の縄張りになっているらしく、滑る(スプ・)人鱗(ヒケル)を皮切りに何体かの魔物が現れるようになった。わたあめのように食べれる毛に覆われた羊型の"漂う(フット・)甘毛(スフェル)"に、【金麦樹】の小麦を主食とするために全身がパンのような材質になってしまった、動くパンにしか見えない"香る(フーラル・)粘体(スラム)"。大柄な人型の身体を構成する土に数種類の野菜を実らせた"実る(フルット・)豊土(リッド)"という名の進精魂機(ゴーレム)型の魔物まで生息している。

 岩場が多いため、素材はそれほど見当たらないが、沢を流れる【豊育の澄水】を大量に確保できたため、飲み水に困ることはないだろう。


 魔境の奥にいくには、沢を渡る必要がある。沢の幅は狭くはないが、流れは緩やかなので対岸にたどり着くのは難しいことではないだろう。だが、気になるのは魔境に生息する魔物の存在だ。沢を目にしてから明らかに遭遇する魔物の数が増えたため、奥にいくほど生息する魔物の数は増えていくのは想像に難くない。この辺りの魔物は自動人形で容易く仕留めることができるが、それもどこまで通用するかは未知数だ。ここからはより慎重に探索を行う必要があるだろう。

 とはいえ、奥に行かねば新たな物品を手に入れることはできない。もはや魔境の探索を行う上でお決まりになってきているが、細心の注意を払いつつ、先に進むことにしよう。

【重さ忘れの背袋】:六十八ページ目初登場

【時森の怪軽兵】:七ページ目初登場

【肉染の騎士人形】:二十一ページ目初登場

【エスカ式自動歩兵人形】:三ページ目初登場


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