七十五ページ目
今年最後の更新となります。
一年間更新を続けることができたのは、ひとえに読者の方々のおかげです。
来年も拙作をお楽しみいただければ幸いです。
ハリットたちとの合流という思わぬハプニングがあったものの、裏通りの一角を巡った一連の騒動は概ね終息の方向に向かっている。【巧みな機肉化師】による商会の乗っ取りにも成功したため、ひとまずは金に困ることはないだろう。商会の従業員のほとんどは生かしたままなので、やむ無く発生してしまったいくつかの死体を処理すれば、この件が外に漏れることもないはずだ。
裏通りの子供たちには商会の乗っ取りについては伝えていないが、他の住人たちが子供達を襲う理由もなくなったのだから、彼らの生活もすぐに元通りになると思われた。
そうなってくると、今まで権謀術策に費やしていた時間が浮き、少々手持ちぶさたになってくる。商会を我が物にしたとはいえ、のこのこと表通りに出ていくわけにもいかないため、なにか今後の方針となるような行動目標が欲しいところだ。
そんなことを考えていると、同じく暇をもて余していたトニトルから面白そうな話が聞けた。
なんでも、このグレルゾーラの周囲には四つの魔境が存在し、この国で消費されている食料や建材のほとんどはそれらの魔境から採取されているものらしい。確かにグレルゾーラの規模はこれまで訪れたどの都市よりも大きく、この繁栄を支える資源がどこから来ているのか不思議に思ってはいた。しかし、それが魔境からの収集という直接的なものとは予想もしていなかったというのが正直なところだ。考えてみれば、都市内の全ての建物の建材が統一されているのも、同じ魔境から採れた材料を使っているためなのだろう。
それに、国一つを賄うための食料を集めるとなるとかなりの規模の生産システムが必要になるはずだが、それにも魔境が利用されているのならば納得だ。魔境からどれほど素材を回収しても、初期化さえ挟んでしまえば元通りになることは身をもって知っている。初期化が起こる頻度にもよるが、うまくやれば安定した食料の供給も可能だろう。
話を聞けば聞くほど、魔境を利用したグレルゾーラの構造に感心し、それと同時にこの都市を支える魔境への興味が募る。これまで訪れたどの魔境も決して安全な場所ではなかったが、他では見つからない逸品珍品を数多く収集することができた。きっとその四つの魔境でも、同じようにコレクションを増やすことができるはずだ。
まだ見ぬ物品への期待が顔に出てしまったらしい。目が合ったトニトルがその場から逃げ出そうと背を向けるが、その場で取り押さえて魔境への道案内を頼むことにした。彼の言ではいずれの魔境もグレルゾーラからそれほど遠くはないようなので、旅の準備も要らないだろう。捕まえたトニトルとついでに近くにいたニックを【星鳴りの風車】に放り込んで早速出発しようとしたのだが、そこで二人の口から制止の言葉が飛び出た。
なにやら小さくはない事情があるようなので大人しく二人の声に耳を傾けてみると、グレルゾーラと魔境を取り巻く面倒な実情が見えてくる。
二人曰く、なんでも四つの魔境はグレルゾーラによる徹底した管理が行われており、そうほいほいと立ち入ることはできないようになっているらしい。無断で入るだけでもそれなりの罰が与えられ、魔境から勝手に素材や食料を持ち出すなどもっての他だというのが二人の弁だ。それならばこの都市の住人たちはどのように食い扶持にありついているのか聞いてみると、グレルゾーラに雇われた"労働者"たちが物品の収集のためにそれぞれの魔境へと派遣されているのだと言う。
言ってしまえば国営の仕事斡旋場みたいなものかと思ったのだが、実際はそんな呑気なものではないようだ。魔境への派遣は半ば強制的なものであり、都市の中で仕事を得ることができなかった住人はほぼ全員が魔境に向かうことになる。そして当然ながら魔境には魔物が生息しているため、不慮の事故で命を落とすことも珍しくはない。そのため、生まれたころから都市に住む彼らからしてみれば、魔境というのは力なき者が一方的に命を搾取される恐ろしい場所という認識になっているのだ。
それに、表通りの住人と比べて裏通りに住む者たちは貧しく、また仕事に困っている人数も多い。そのせいで裏通りからは日常的に魔境へと人が送られ、そしてそのまま帰ってこない住人も少なくはないらしい。孤児の中にもそうして両親を失った子がいるらしく、そうした理由から二人も魔境には近づくまいとしているのだった。
このままではいくら話をしても魔境に連れて行ってもらうことは難しそうだ。せめて四つの魔境がどのあたりにあるのか教えてくれと頼んだところ、不承不承ではあるが、おおざっぱな方角を教えてくれた。いずれの魔境も都市からはそれほど離れていないらしいので、苦労することなく辿り着くことができるだろう。
仕方がないのでトニトルとニックはいったん馬車から降ろし、単独で魔境に行ってみることにする。魔境にはそう簡単には入れないようだが、まずは近くまで行ってみないと始まらない。いわば敵情視察といったところだ。
そうして意気揚々と拠点を出発したのだが、すぐにとある事実に気づく。当然ながら、都市から出るには外へと通じる門をくぐらなければならないのだが、そこは何人ものグレルゾーラ軍の兵士によって守られているだろう。そこにお尋ね者がのこのこと歩いていくとどうなるかは、火を見るより明らかだ。
それから逃れるには、どうにかして隠れて門を超えなくてはならない。おそらく単独では無理だろうから、ここは協力者を募ることにしよう。馬車を表通りの方角に走らせながら、つい最近乗っ取りに成功したケンズ商会の本部へと向かう。目立たないように人目を避けつつ裏口へと向かうと、ちょうど折よく女の姿をした【巧みな機肉化師】と出会った。権能により”顔”を奪った女幹部に成り代わっている【巧みな機肉化師】は、真面目なことに彼女が行っていた仕事に励んでいるらしい。何をしようが自動人形の勝手ではあるが、その中でも彼(彼女?)の習性は些か特殊なように思われる。
だが、今はそれがむしろ好都合だ。都市を出るための協力を頼んだところ、都市と魔境の間を連絡している輸送車を利用することになった。なんでも、都市と魔境の間では魔境で得た物資を運びだしたり、逆に魔境での活動に使う諸々の物品を運ぶための輸送隊がひっきりなしに行き交っているらしい。例にもれずケンズ商会もその輸送経路を往復する商隊をいくつも持っており、今回はその一つに忍び込むことにしたのである。
日常的に都市の外に出ている商隊とあって、門をくぐる際はろくな検査もなく、簡単な事務手続きを交わすだけだった。荷物の陰に隠れているうちに無事に都市の外に出ることができた。結果的には拍子抜けするほど簡単に済んだが、これを一人でやろうとすると相当な苦労を伴ったことだろう。改めて根回しの重要性を実感しながら、魔境へと出発する。
商隊を構成しているのは全員がケンズ商会に所属している商人たちだ。恐らくハリットたちによる襲撃にも巻き込まれたのだろうが、商会のトップと幹部が異形とすり替わっているなどとは夢にも思っていないようである。現に女幹部の姿をした【巧みな機肉化師】の指示に文句を言うこともなく従い、こうして荷車の一角に匿ってくれているのだ。
都市と魔境の間では交通路が整備されており、軍による巡回も行われているらしい。そのお陰で商隊が護衛などを雇う必要はないが、こうして隠れ潜む身からしてみれば厄介なことこの上ない。見つかれば面倒なことになるのは想像に難くないため、目的地に着くまでは大人しく隠れていることにする。
そのまましばらく荷車で息を潜めていると、徐々に外から人の声が聞こえるようになってきた。どうやら、魔境から都市へと戻る商人や住人たちとすれ違っているらしく、時折ちょっとした雑談も耳に入ってくる。少しずつ人の気配が増えていくのを感じていると、唐突に荷車の動きが止まる。そのまま周囲の様子を伺っていると、荷台に乗り込んできた御者兼商人の男が、目的地に着いたことを教えてくれた。
少々苦労はしたが、これで無事に目的としていた魔境にたどり着けたことになる。近くに見張りの兵士がいないことを確認しつつ外に出ると、荷車が止まったの場所は簡素な掘っ建て小屋に挟まれた空き地であることが分かった。
小屋の材質は都市の建物とは違い木製で、外から見てもその造りの粗さと経年による老朽化が見てとれる。荷車の到着に気づいたのか、中から擦りきれた衣服をまとった男女が出てくるが、二人とも明らかに疲労が滲んだ表情を浮かべている。薄汚れた格好の二人は、出会ったばかりの孤児たちを思い出させた。
そんな二人の男女は、御者から荷物の目録を受けとると、こちらに目を向けることもなく荷台のなかに入っていった。そのまま荷下ろしを始める二人を手伝いながら、今後の行動方針を考えてみる。
少なくとも今は兵士らしき姿は見当たらない。荷物を届ける際には何らかの確認が入るものと思っていたが、魔境に入る分にはそれほど厳重な管理はしていないようだ。それにここで働いている労働者たちは、他者を気にするほどの余裕もないらしいので、都市の中のように目立たないよう細心の注意を払う必要もないだろう。これならば、数あるコレクションを駆使してある程度自由に活動することができそうだ。
商隊とは事前に打ち合わせており、ここで一旦彼らと別れ、後日都市に戻るときに合流することになっている。今いる場所は労働者の生活のために作られた区域だと思われるが、まずはここを無事に抜けて、魔境への侵入を果たすとしよう。
【星鳴の風車】:四十二ページ目初登場
【巧みな機肉化師】:六十五ページ目初登場




