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七十四ページ目

 目の前には十二人の悪ガキ共が緊張した面持ちで立っている。それぞれの手には数日前に渡したショートソードが握られており、さらに彼らの全身は以前にトニトルとニックに着させていた革鎧で守られている。

 彼らは子供たちの中から選ばれた精鋭(?)であり、今晩彼らと共に憎き狼獣人(ウーフ・アマン)の拠点に討ち入りを果たすのだ。


 別に狼獣人に恨みがあるわけではないし、ましてや最近襲撃がなくなったから退屈になったとか、そういった理由では断じてない。断じてないのだが、今晩討ち入りに赴くことに決めたのだ。

 狼獣人たちによる数度の襲撃を退け、すでに捕虜たちからは十分な情報を得ている。そのせいかここ数日は襲撃がパタリと止んでいたのだが、それはもはや座して待つ意味がなくなったことを意味していた。このまま反撃に徹していては、いつまで経っても驚異を排除することができない。それならば、こちらから出向いて暴れてやろうというわけだ。


 別に討ち入りをするだけならば一人でも十分だ。むしろ足手まといがいると思わぬ被害がでないとも限らないのだが、最近になり子供たちが俄然やる気を出し始めていた。数日前のトニトルとニックのように、我こそは狼獣人を仕留めると言い出す者も増えてきたため、厳正な選定を行った上でこうして武器と防具を与えたわけだ。正直いって戦力としてはまったく期待していないのだが、こういうのは気持ちが最も肝要なのだ。結果的には討ち入りに参加したいと言い出した子供全員を連れていくことになったが、まあなんとかなるだろう。できる限りの補助はしてやるつもりだが、どういう結果になろうとも結局は自分自身の責任だ。その覚悟さえあれば問題はない。


 今宵の空には大きな満月が浮かんでいる。捕虜たちが教えてくれた情報によると、彼ら狼獣人は月の満ち欠けにより発揮できる力が変わるらしい。今日のような満月の夜が最も調子がよくなるらしいが、だからこそその日を狙って敵が攻めてくるなどとは思うまい。一気呵成に敵の拠点へと攻め入り、勢いのままに敵の大将を討ち取るのだ。

 狼獣人たちは、"リーダー"と呼称される一人の人物により統率されていることが分かっている。そのリーダーも狼獣人であるらしいが、狼獣人の中にあってもその力と才覚は抜きん出ており、圧倒的な暴力とカリスマで群れを束ねているという。そいつさえ仕留めてしまえば群れは散り散りになるだろうし、数でいえば決して多くない狼獣人たちが今以上の驚異になることもないはずだ。無事に子供たちの安全を取り戻すこともできる。


 それに気になる情報として、そのリーダーと彼が率いる群れは、また別の組織と繋がっているらしいという噂も聞いている。確かにまったくのよそ者である彼らが何の前情報もなく、こんな入り組んだ裏通りの一角に集結するとは考えづらい。何者かの助けがあったと考えるのは、なにも不自然なことではないだろう。

 そういうわけで、いまだに事態の全貌を見通すことはできていないが、無事に目的を果たせば新たな情報が手に入るはずだ。そのためにも、討ち入りは必ず成功させなければならない。


 覚悟も新たにしたところで、いよいよ敵地へと向かうことにしよう。すでに群れのリーダーが拠点としている建物の場所は聞き出している。さすがに自分だけでは場所を聞いただけで目的地にたどり着くのは無理なため、そこまでの案内は子供たちに任せることにしていた。前のように【列足の鉄絡繰(カラグメル)】に牽かせた【星鳴の風車】に子供たち共々乗り込み、隠れ家を出発する。前と同じように、隠れ家には残した子供たちを守るための戦力は確保済みだ。


 最近はもともと裏通りに住んでいた住人たちを目にすることもめっきり減っていたのだが、道中もやはり一人の住民を見かけることすらなく、不気味なほど静かなまま、馬車は進んでいく。そのまま拍子抜けするほどあっさりと、目的地であった屋敷の前に到着してしまった。

 リーダーが潜んでいるとおぼしき建物は、その区画では最も上等な屋敷であった。建材こそ他の建物と同様に石だが、全ての石材は墨を塗ったように真っ黒だ。入り口は特に代わり映えのない質素なものだが、建物が放つ異様な重厚感と相まって、ドアに手を掛けるにはそこそこの覚悟が必要となりそうだ。

 とはいえ屋敷の前でいつまでも立っているわけにもいかない。早速中に押し入ろうと、ドアノブを回した瞬間だった。

 こちらが引いてもいないのにドアが近づいてきたかと思うと、破砕音とともにドアそのものが吹き飛ぶ。目の前に立っていたためあわや吹き飛んだドアが直撃するところだったが、事前に装着していた【潰墜の四腕】を振るうことで、なんとか防御することができた。だが、その事に安堵する暇もなく、屋敷の中から狼獣人が溢れ出てくる。

 たまらず後ろに下がるが、後ろには非力な子供たちが立っている。そのまま狼獣人たちに暴れさせるわけにもいかないので、全書から自動人形を出して応戦を開始した。出したのは、【聳え立つ壁剣の威光ガザル・ジルラド】などの特に強力な十三体の自動人形だ。それらを子供たちと自分に一体ずつ割り振り、護衛をさせつつ敵の数を減らす。


 奇襲により一時は敵の勢いに押されぎみだったが、結果としてはそれほど苦労せずに全滅させることができた。狼獣人は動きこそ俊敏だが、魔境に生息する魔物と比べれば狂暴性も頑強さもかなり劣る。魔物さえ簡単に駆逐する自動人形たちが、狼獣人などに苦戦する理由はないのだ。

 無事に最初の襲撃を切り抜けることができたため、ドアのなくなった入り口から館へと入る。子供たちも黙ったまま後ろについてきた。何人かの子供が持っている剣が血に塗れているのを見る限り、恐怖で動けなくなるということはなさそうだ。

 外から見た通り、館のなかはかなり広い。もちろんグリッサムの貴族の屋敷ほどではないが、いくつもの細い廊下が入り組んだ構造は、攻めいる方からすると甚だ厄介だ。さらに廊下の曲がり角や通路に面した扉にはしばしば狼獣人が待ち構えており、油断も隙もあったものではない。子供たちを自動人形に守らせているため、こちらに被害が出ることはないが、心臓に悪いことに変わりはなかった。

 だがそれでも、進行の速度を落とすほどではない。襲い来る狼獣人たちを素材に変えながら、奥へ、そして上階へと進んでいく。


――――――――――

狼獣人(ウーフ・アマン)の灰尾】を収集しました

狼獣人(ウーフ・アマン)の長舌】を収集しました

狼獣人(ウーフ・アマン)の獣臓】を収集しました

狼獣人(ウーフ・アマン)の狼面】を収集しました

狼獣人(ウーフ・アマン)の狼躯】を収集しました

――――――――――


 こうして特定の敵を狩り続けるのは久しぶりだ。増えていくコレクションに思わず顔が綻ぶが、どうも子供たちにはそれほどの余裕はないらしい。他の子供に先だって狩りに同行していたトニトルとニックはまだ暴れまわる元気があるようだが、残りの十人は見るからにくたびれていた。

 これは体力的な問題ではなく、何度も繰り返される狼獣人たちの襲撃による精神的な疲労が原因だろう。彼らからしてみれば、自分の倍ほどの背丈がある怪物がひっきりなしに襲ってくるのだ。裏通りでの生活で心が鍛えられていることを鑑みても、全員がここまでついてきていること自体が驚嘆に値する。


 だが、子供たちも確かにすごいのだが、さらに驚くべきはこちらに対して何度も牙を剥いてくる狼獣人たちである。事前の調べでは狼獣人の総数は決して多くないはずだが、館の入り口での奇襲から始まり、襲撃の勢いはまったく衰える気配がない。よほど館に入られるのが嫌なのか、あるいは指示をしているであろう"リーダー"の権力が強いのだろうか。押し寄せる狼獣人たちをいくら物言わぬ死骸に変えても、彼らはそれを踏み越えて襲ってくる。まるでそうしなければ死よりも恐ろしい目に遭うと言わんばかりの鬼気迫る雰囲気だ。


 そんな館のなかをひたすら進み続けた結果、ようやく館の最奥であろう部屋にたどり着いた。時刻はすでに深夜を回っており、討ち入りから結構な時間が経過している。後ろを振り返れば、狼獣人の死骸で埋まった廊下が目にはいるが、これまで繰り返されてきた襲撃もようやく打ち止めらしい。

 目の前にあるのは、これまで館のなかで見たどれよりも豪奢で頑丈そうな木製のドアだ。耳を澄ます限り、扉の向こうに大量の狼獣人が待ち構えているということはなさそうだが、念のために【聖地佇む炎剣士】にドアを焼き斬らせる。

 【聖地佇む炎剣士】が手に持つ燃え盛る剣を振るうと、ドアは火に包まれながらあっけなく崩れる。その先にいたのは、白髪を蓄えた初老の大柄な男だった。部屋の奥の壁には大きな窓が設えられており、男はその前に自然体で立ったまま、こちらを出迎えた。

 部屋の広さはそこそこだが、子供たちと自動人形全てが入れるほど広くはない。そのため、トニトルとニック以外の子供たちや彼らに割り振った自動人形は、自然と部屋の入り口で待機するかたちとなった。これで相手は増援を望めなくなったが、男は眉一つ動かさずその様子を見ている。

 だが、落ち着いた様子の男も、その実、心中穏やかではなかったらしい。こちらがすぐに攻撃を仕掛けないのを見てとると、苦々しげに表情を歪めながら、勝手に独白を始めた。

 男が言うには、"リーダー"こと彼が率いる狼獣人の群れは、とある人物からこの区画に住む許可を得たらしい。だが、ただでこの区画を得たわけではなく、ある依頼を達成する、という条件のもとでの話だ。そしてその条件こそが、今回の騒ぎに繋がっていたのである。

 狼獣人たちが提示された条件は『区画の先住民たちを追い出すこと』。それを遂行しようとした結果、裏通りのパワーバランスが崩れ、子供たちにも被害が出たのだ。ちなみに、先住民たちが子供たちに攻撃を加えていたのも、原因は狼獣人たちだったらしい。なかなか区画を離れない子供たちに業を煮やし、まだ区画に残っていた住人に、子供たちを追い払えばお前たちは残してやるなどと甘言を囁いたのだ。もちろん狼獣人たちには最初からそんなつもりなどないのだが、明日は我が身と怯える住人たちは、我先にと子供たちを排斥しにかかったのである。


 だが、そうした彼らの目論みも、今回の討ち入りで水泡に帰した。どうやらここにたどり着くまでにほとんどの狼獣人を始末できたらしく、もはや群れの体を為すほどの数は残っていないらしい。目の前の男さえ仕留めてしまえば、子供たちへの襲撃も止むことだろう。よほど悔しかったのか、男は怒りを吐き出すようにしてこちらに罵詈雑言を浴びせてくる。もとはと言えば狼獣人たちから仕掛けてきたことから端を発しているのだが、その辺りのことはすっぽりと頭から抜けているようだ。

 こんなところでいつまでも罵られているわけにもいかないので、さっさと用事を済ませてしまおう。そう思い、最後の狼獣人を狩るべく男に近づこうと一歩を踏み出したのだが、そこで男の身体に変化が現れた。


 ゴキリ、という関節が外れるような鈍い音が男の身体から響き、そしてその全身が突然膨れ上がった。体積を増した筋肉を追いかけるように、男の身体構造がみるみるうちに組み変わっていき、両腕は太く、長くなり、肩の形が変わったかと思うと上から引き伸ばされるように、背丈が延びていく。全身から骨が軋む音を鳴らす男は、数秒のうちに純白の毛皮に覆われた狼男へと変貌を遂げた。その巨体は見上げるほどで、部屋の天井に頭を擦るほどだ。さらに体格は見るからに筋肉質で、これまで相手にしていた痩せ細った狼獣人たちと比べると雲泥の差である。それが生来のものなのか、リーダーという立場を利用して良いものを食っていたからなのかは分からないが、ともかく他の狼獣人と同じようにはいかなさそうだ。

 どういう原理か、目の前の白い狼男は人型の時に身に付けていた皮鎧をそのまま身に付けている。体の体積は三倍ほどに増しているのだが、皮鎧が魔具の一種であったのか、鎧の方も身体に合うように大きくなったようだ。さらに窓のそばに立て掛けられていた大斧を握った狼男は、衝撃すら感じるほどの大咆哮を上げて襲いかかってきた。

 ただでさえ手強い狼男が完全武装し、さらに戦いの場は限られた空間である部屋の中だ。そこで守る対象を抱えながらの戦闘となると苦戦は必死だが、泣き言をいってはいられない。ひょんな事情から巻き起こった生存競争に勝利すべく、向かってくる狼男に自動人形たちを差し向けるのだった。

列足の鉄絡繰(カラグメル)】:七十一ページ目初登場

【星鳴の風車】:四十二ページ目初登場

【潰墜の四腕】:三十二ページ目初登場

聳え立つ壁剣の威光ガザル・ジルラド】:九ページ目初登場

【聖地佇む炎剣士】:二十五ページ目初登場

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