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七十二ページ目

 目の前で治療を受けるトニトルの姿を見ていると、つい眉間に皺が寄る。痛々しかった数ヵ所の裂傷はアメリアの権能によりすぐに塞がり、怪我をした本人はもう大丈夫だと息巻いているが、一歩間違えば大怪我に繋がっていたかもしれない。


 ニックが例の区画で襲われて以来、こうして子供たちが襲撃を受ける頻度は、日が経つ事に増す一方だ。最初の数日こそ子供たち目掛けて物が投げつけられる程度に留まっていたのだが、最近は白昼堂々子供に向かって武器が振るわれることすらある。

 解せないのは、そうして子供たちを襲っているのが、件の"よそ者"ではなく、もともと裏通りに住んでいた者たちであるということだ。一体子供たちになんの恨みがあるのかは知らないが、住人たちはまるで狩りでもするかのように子供を見つけては手に持つ武器で追いたてようとする。そのお陰で、情報収集が進まないばかりか、子供たちだけで外出させることすら難しくなってしまった。

 トニトルの怪我も、もとはといえば我慢が利かなくなった何人かの子供が外に出たのが原因だ。

 それに気づいたトニトルがすぐに外に出た子供たちのあとを追ったのだが、追いついたところで襲撃に遭ってしまったのである。なんとかほかの子供を庇いながら応戦していたトニトルだったが、襲撃に加わっていた"よそ者"の怪力に押されて怪我を追ってしまったらしい。

 そのタイミングで隠れ家の周辺を巡回させていた屍人(ゾンビ)の一体が現場に駆けつけたため、それ以上被害が大きくなることはなかったが、紙一重の状況だったことは確かだ。


 今すぐ仕返しに向かうと叫ぶトニトルのことはアメリアとロイエに任せ、そろそろ問題の根本的な解決方法を考えなくてはなるまい。

 住人やよそ者による攻撃が始まったのは、ちょうどニックが他の区画で襲われた時期と一致する。二つの事象は、決して無関係ではないだろう。

 子供たちに聞いても、当然だが今回のように集団に滅多打ちにされる心当たりはないという。これまで子供たちは、他の住人とは適度に距離をおきながら助け合って生きてきた。子供たちと他の住人は馴れ合うことはなかったとはいえ、互いの関係性はそれほど悪いものではなかったようだ。

 それが今となっては、住人たちはまさに嬉々として子供たちに襲いかかっている。悪びれた様子などまったくなく、それがまるで当然の行いであるかのように徒党を組んで武器を振るうのだ。

 こんな短期間の間に、住人たちの思考が急激に変わることなどあるだろうか。話を聞けば聞くほど、その変貌の裏には何かしらの要因があるように思えてくる。


 思い当たる理由といえば大きく二つ。一つは件の"よそ者"。そしてもう一つはなにを隠そう、最近この辺りに転がり込んだ"自分自身"である。

 時期だけを見れば、突然現れたまた別のよそ者である自分が、子供たちと隠れ家を共有し始めてから、子供たちへの攻撃が始まっている。これを無関係だと割りきるには、少々無理がある。

 だが、それが原因だとすると、子供たちへの攻撃の目的が分からなくなる。何せこちらは正規の軍隊から追われる身だ。この区画から追い出したいのなら、通報一つするだけで事足りるはずである。それにこちらには表立った攻撃をしてこないのに、子供への襲撃が執拗に繰り返される理由も分からない。


 "よそ者"たちについても、情報が多いわけではない。分かっていることといえば、彼らはニックが襲われた例の区画からあまり出ようとはせず、時折他の区画を単独で出歩いていることがある、ということくらいである。今回のように襲撃に加わっていることもあるようだが、彼らがそれを扇動している、というようには感じられない。

 だが、それでもよそ者たちが襲撃に無関係だとは思えない理由もあった。それは夜を向かえる事に増えていく"遠吠え"だ。

 今になって思えば、先日子供たちを助け出した際に微かに聴こえてきた妙な音は、やはり遠吠えだったのだろう。無事に隠れ家に戻ったその日の晩から、まるでそこにいるのは分かっているぞと言わんばかりに、夜を通して獣の遠吠えとしか思えない騒音が鳴り続いているのだ。真夜中から夜明けまで止むことはなく、さらにその数も襲撃の頻度と同様に徐々に増えている。手持ちのコレクションを使って隠れ家内の騒音を抑えているからいいものの、その音量は夜の眠りすら妨げられるほどである。


 幸いだったのは、子供たちは自由に外出できないことを除けば、それほどストレスを感じていない点だ。隠れ家を幾重にも守っている安心からか、子供たちの絆はより強いものになっているようで、この状況を楽しんでいるような節すらある。

 とまあ、実はそれほど追い込まれた状況でもないのだが、このまま手をこまねいていては危険だけが増えていくのもまた事実だ。いつまでも受け身でいては、今度こそ取り返しのつかない被害が出ることも考えられる。その前にこちらから打ってでる、というのがいいのではなかろうか。


 さしあたって、まず敵の本拠地に乗り込む前に捕虜の一人は確保したいところだ。やはり敵についての正確な情報がないというのはなにかとやりづらい。なんらかの情報源があれば、これからとるべき行動も見えてくるだろう。

 これからの方針を決めた瞬間、都合よく隠れ家の外から遠吠えが聴こえてきた。空に目を向けてみると、すでに日は落ち、僅かに欠けた月が夜空に浮かんでいる。いつも通りのタイミングだ。


 普段は夜の行動を控えて子供たちと隠れ家に籠っているのだが、今晩はそうはいかない。狙いの獲物は夜通し吠えているので、その居所は実に分かりやすい。

 子供たちに少し説明をしてから狩りに赴こうと思ったのだが、それを聞き何がなんでも自分をつれていけと喚く者が二人ほどいた。"よそ者"に怪我を追わされたトニトルとニックは、やはり仕返しをしないと気が済まないようだ。しょうがないので二人だけは同行させることし、他の子供たちはいつも通り隠れ家に待機させる。敵がこの隠れ家に攻め込んでくるとは考えづらいが、念のためにアメリアを始めとした防御能力に秀でたものや五十体ほどの自動人形で拠点を守らせておく。これで軍が大挙してきたとしても、地の利をうまく使えば拠点を守り抜けるだろう。


 準備が済んだところで、ようやく狩りを始めることができるようになった。すでに遠吠えは五ヶ所ほどから上がっており、獲物には不自由しなさそうだ。せっかく獲物が複数いるので、どうせならば全て狩り尽くしてしまおう。

 今回、狩りに使う猟犬として選んだのは、【鋼牙の鉄犬(ステグアグ)】と【足手絡む肉蛸(テングミパス)】という二種類のコレクションだ。【鋼牙の鉄犬(ステグアグ)】は以前に"アベイル砦"で手に入れた【跳ねる鉄犬ジップ・アングの鉄爪】などの素材と、【柔硬い水銀】というレマネの残骸から生成した獣型の進精魂機(ゴーレム)だ。鋼鉄製の骨格を液体金属で覆ったこのゴーレムは、破格の速度と破壊力を兼ね備えた逸品である。本物の猛獣と同等の獰猛さを誇るにも拘わらず、主人と認めた相手には絶対の忠誠を示すこの忠犬は、同じくアベイル砦で見つけた素材で作られた"ノア"によく懐いているのだが、今回はこいつだけで十分だろう。

 そして【足手絡む肉蛸(テングミパス)】は、ゴーレムとは正反対の肉でできた反神生命(ホムンクルス)だ。人の頭に桃色の触手を十本ほど取り付けたような見た目のこのコレクションは、全書の説明を信じるならば、取りついた獲物の体を自由自在に操ることができるらしい。今まで試しに使う相手がいなかったためお蔵入りになっていたのだが、ようやく日の目を見ることができそうだ。

 全書から出した二体の【鋼牙の鉄犬(ステグアグ)】と三体の【足手絡む肉蛸(テングミパス)】は、すでに狙うべき獲物が分かっているようで、こちらの指示を聞くとすぐに夜の闇へと消えていった。それを見届けてから、トニトルとニックを連れて区画を進む。目指すは今いる場所から一番近い遠吠えが上がる場所だ。放ったコレクションたちにもその獲物だけは狙わないように言っているので、子供たちの狩りの標的には過不足ないだろう。


 いくつもの遠吠えが絶え間なく聞こえてくるが、それに反して夜の通りを動く影は自分達のものを除けば一つもない。さすがに気味が悪いのか、お互いに怖がっていないと強がり合う二人を眺めながら、ゆっくりと歩を進める。いつも通りであれば、この遠吠えは日が昇る直前まで止まないはずだ。まだまだ時間はたっぷりあるので、急ぐことはない。

 そうして進み続けていると、いよいよ目標としていた吠え声の近くまでたどり着いた。ここまで来るとトニトルとニックは無駄口を叩く余裕もないようで、しきりに互いの視線を合わせながら、緊張したような浅い呼吸を繰り返している。とはいえ、二人とも手に握った短剣から手を離さず、足を前に進み続けていることは立派なことだ。二人には事前に【若肉の皮鎧】という子供でも着れる軽量の鎧を着させているのだが、そのお陰でいくぶんか緊張が和らいでいるのかもしれない。


 そろそろ遠吠えの主が見えるかもしれない。そう思ったときだった。これまで途切れることがなかった吠え声が唐突に止まった。遠方からはまだ遠吠えが聞こえてくるのだが、ちょうど狙っていた獲物の吠え声だけが聞こえなくなったのだ。二人もその変化にはすぐに気づき、不安げに周りを見回す。

 今立っているのは、大人五人ほどが並んで立てるほどの広めの通りだ。両脇はいつも通り高い石造りの建物に挟まれており、通りに面した窓もいくつかある。素人目で見ても、奇襲にはもってこいの場所である。

 吠え声が止まってから微動だにしないまま周囲の状況を伺っていたが、一向になんの気配も感じられない。獲物が逃げただけか、そんな考えが頭をよぎった瞬間だった。

 トニトルとニックが、急に体を固くしたと思ったら、同時に剣を構えた。二人の視線は、通りが続く先に向けられている。何事かと耳を澄ませてみると、少しして二人が察知した音が聴こえてきた。食器が軽くぶつかり合うような、あるいは上下の歯が噛み合わさるような軽く硬質な音が一定のリズムで聴こえてくる。さらに集中して音を聴いていると、それが石畳の上を進むなにかの足音だということに気づいた。

軽快な足音の主は、暗がりのなかをひた走り、こちらに向かってきている。やがて何者かとの距離が十分縮まり、影だけだったその何者かの正体が露わとなった。


 こちらに向けてひたすら疾走を続けていたのは、狼のような姿をした"何か"だった。だが、その身体の造形は明らかに普通の獣のものではない。通常の四足歩行の獣と比べるとその手足はやけに長く、また肩や腰の構造は獣というよりは人間のそれに近い。まるで痩せ細った人間を無理やり狼に作り替えたような歪な"狼男"が、今回の狩りの標的としていた獲物の正体だったらしい。

 狼男は走る速度を緩めないままこちらに襲いかかるつもりのようだ。さらにそれに合わせて頭上の窓から二匹の狼男が飛び降りてくる。狩りをしていたと思ったらその獲物に罠を仕掛けられた形になったわけだが、こうなってしまっては四の五の言っている暇はない。トニトルとニックはパニックになってもはや使い物にならないため、まずは降りかかる火の粉を払ってから狩りに戻るとしよう。

跳ねる鉄犬ジップ・アングの鉄爪】:十四ページ目初登場

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