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七十一ページ目

 裏通りの子供たちと"隠れ家"を共有し始めてからはや三日。共生関係とも呼べる彼らとの生活は、双方にとっていい形で進んでいると思われた。

 こちらからは小間使いに近いことを頼み、彼らはその報酬として食料や生活用品を得る。幸い、その類いの物品はこれまで訪れた街で大量に手に入れているため、在庫が尽きる心配はいらなかった。


 子供たちに頼んでいるのは、ざっくりいうと情報収集だ。知りたいこと、欲しい情報は数あれど、さすがに派手に動いて目立つわけにもいかない。かといって今いるのは、黙っていれば新聞が届くような場所でもないため、なんとかして情報をかき集める必要があるのだ。

 その点、子供たちは優秀だった。これまでの生活環境が過酷だったためか、子供たちは意外と目鼻が利き、報酬さえ渡せばどこで聞いてきたのか、様々なことを教えてくれる。もちろん、子供ゆえの曖昧な表現や分かりづらい説明も多いのだが、それさえ汲み取ってやれば十分に使える情報になった。


 例えば六歳か七歳程度の一人の男児は、毎日表通りに通じる道を観察しており、兵士やよそ者が来ていないかを教えてくれる。さらにそれと同じくらいの歳の女児は、この辺りの住人のうちほかの地域の知り合いが多いものが誰かを教えてくれたりした。確かにそういった住人に目をつけられては、どこから兵士たちに情報が漏れるかも分からない。

 そうした子供たちの協力もあって、この隠れ家に来てからは比較的安心して日々を過ごすことができている。


 だが、子供たちの危機管理能力が高いということは、すなわちこの地域の治安が悪いということの裏返しだ。現につい数日前まで、子供たちは飢えと貧しさに耐えきれず、他者からの略奪行為に手を染めていた。抜群の生存能力を持つ彼らをもってしても、この現状を打開することはできなかったのだ。


 そして彼らの境遇は、ここに来て悪化の一途をたどっているらしい。今日も隠れ家にて子供たちの報告を待っていると、一人の男児がほかの子供たちに担がれて運ばれてきた。男児は頭から流血しており、その目は固く閉じられている。幸いまだ息はあるため、アメリアこと【瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】の治療で事なきを得ることができたが、しばらくは安静にしておいた方がよいだろう。

 何があったのかほかの子供たちに聞いてみると、彼らは憤慨した様子で事の顛末を教えてくれた。


 怪我をした男児―ニック―は、最近精力的に働いてくれていた子供の一人だ。人の動きにめざとい彼は、最近この辺りに移り住んできた"よそ者"について調べるために、ほかの数人の子供を伴って隠れ家から少し離れた場所まで足を伸ばしたらしい。よそ者が多く暮らしている区画を突き止めた彼は、ほかの子供が止めるのを聞かずにその区画に侵入したが、その結果返り討ちにあってしまった、という訳だ。

 それだけを聞くとグループ同士の抗争のようにも思われるが、事態はそう単純なものではない。ニックを襲撃した"よそ者"とやらは、裏通りで最近急激に数を増やしているらしい。どのよそ者も薄汚れた格好をしており、その姿は浮浪者か住みかを追われた難民のようだが、共通してやたら腕っぷしが強いのだという。子供は言わずもがな、もともと裏通りで生活していた大人たちも彼らには歯が立たず、今よそ者たちが集まっている区画ももとの住人は一人残らず追い出されてしまったようだ。

 それによりこれまで均衡を保っていた裏通りのパワーバランスが崩れ、子供たちもその皺寄せを被っていた。幸い、彼らは腕っぷしは強いものの、こちらから手を出さなければ関わってくることもなかったため、今まではなんとかやってこれていたのだが、今回はニックがその跨いではいけない境界を越えてしまったのだった。


 その話を聞いて色々と思うところはあるのだが、変に藪をつついては、そのなかから何が出てくるも分からない。何より、情報収集を非力な子供たちに頼っている現状で無理によそ者について調べようとすれば、ニックの二の舞になるのがオチだ。

 ここはひとまず静観するべきだ、そう結論を出したのだが、続く子供たちの報告を聞き、そうのんびり構えている余裕がないことが分かった。

 なんと、ニックと一緒に行動していた数人の子供が、すでに件の区画に向かっているというのだ。最近まともな食事にありつけていることで気が大きくなったのか、敵討ちのつもりで突撃してしまったらしい。力も数も劣った彼らがよそ者たちになにかできるとは思えないのだが、その辺りはすっぽり頭から抜け落ちているようだ。


 ともかく、これ以上の被害を防ぐためにはすぐに子供たちを助けにいく必要がある。もし敵を下手に刺激してしまっては、ニックと同じ目に遭うどころか、さらに危険な事件に発展する可能性すらあるからだ。

 こうなっては兵士の目が怖くて隠れている場合ではないだろう。道案内以外の子供たちは全員隠れ家に残し、すぐにそのよそ者たちが住む区画へと向かう。子供たちの面倒をそこまで見てやる義理があるのかと聞かれれば微妙なところだが、ニックが怪我をしたのも、もとを辿れば子供たちへの頼み事が発端だ。こちらにもその責任の一部があると言える。


 道案内をかってでた子供も悠長にしている暇がないことが分かっているのか、小走りで通りを進んでいく。そのお陰で、数十分後には目的としていた区画にたどり着くことができた。何か境界線があるわけでもないため、そうと言われなければ気づかなかったろうが、道案内の子供の怯えた様子を見る限り、彼らにとってはひどく恐ろしい場所であるようだ。

 道案内はもう必要ないため、子供はここで帰すことにする。だが、もちろん一人で先に進むわけではない。とりあえず屍人(ゾンビ)を五体ほどだし、子供たちを探させる。

 如何にこの辺りの"よそ者"が力自慢であろうと、文字通り人並外れた怪力を持つゾンビたちであれば負けることはないはずだ。それに子供たちはすでに何体かのゾンビを見ているため、ゾンビが彼らの助けであることが分かるはずである。

 すでに時刻は日暮れ近い。ここまでの道順はしっかり記憶しているが、夜闇の中を長時間歩きたいとは思わないので、早めに子供たちを見つけて帰路に就くとしよう。


 時間短縮のため、ゾンビたちは一番戦闘に慣れているアサームだけを護衛役に残し、他は散開させる。それほど離れないように捜索を行えば、お互いを見失うこともないだろう。

 早速子供たちを探して路地を歩き始めるが、周囲は静まり返っており、子供たちを見つけようにもその手がかりすらない。子供たちがまだ無事だとすればどこかに身を潜めているはずだが、探しているこちらを子供たちが見つけてくれることを待つしかないだろうか。

 そうしてしばらくの間は無為に時間が過ぎるだけだったのだが、日が完全に没したころ、突如通りの一角から子供特有の甲高い悲鳴が響いてきた。音の方向と距離からして、どうも子供たちは区画の中心近くで何かに襲われているようだ。

 子供たちが今まで無事だったことが分かりひと安心ではあるのだが、彼らに大きな危険が迫っていることは明白だ。すぐに救助に向かうため、他のゾンビたちとの合流も待たずに悲鳴のもとへと急ぐ。


 悲鳴の直後は一時的に喧騒が遠退くが、よくよく耳を澄ますと助けを求める子供の声が聞こえてくる。そしてそれに混ざり、なにかの唸り声のような低い音が聞こえることにも気づいた。ここが魔境であれば魔物の存在を疑うところだが、こんな街中にそんなものがいるわけでもない。恐らく、悪趣味な住人が飼っている番犬かなにかだろう。

 もしかしたらその番犬が子供たちに牙を剥いているかもしれない、そう思うと、自然と足を動かすペースも速くなる。


 その甲斐あって、数分も経たないうちに悲鳴の発信源であろう地点まで移動することができた。立ち止まって辺りを見回すと、通りの奥から何かが駆けてくるのが見える。周囲に碌な明かりがないせいで見通しが非常に悪いが、その小柄な体格と、なにより彼らから発せられる泣き叫ぶような悲鳴から、それが目的だった子供たちであることが分かった。近くまで来ると彼らもこちらの正体に気づいたようで、逃げる速度を緩めないまま、こちらの胸のなかに飛び込んでくる。

 子供たちの数は五人。事前に聞いていた迷子の人数とぴったり一致する。ひとまず目的を達成できたことに胸を撫で下ろすが、どうやら彼らは何者かに追われているようだった。子供たちの叫びは支離滅裂で彼らが言いたいことを理解するのは難しいが、とにかく区画の中心地から迫る何者かにひどく怯えているらしい。”吠える”や”動物”という言葉を聞く限り、やはり当初の予想通り番犬のようなものがいたのだろう。

 子供たちはしきりに追手が近づいてくると言ってやまない。ここでその追手を迎え撃ってもいいのだが、守る相手がいる中で不用意な戦闘は避けたい。目的を達した今、無駄に危険を被る必要もないだろう。


 そうとなれば、迅速な行動が肝要だ。すでに追手は近くまで迫っているようで、子供たちが言うような獣のうなり声も聞こえてきている。四つ足で走っているような、人が発する者とは明らかに違う足音もセットだ。

 正体が気になるところだが、さっさとここから逃げ出そう。全書から【星鳴の風車】を出し、さらにそれを引くための【列足の鉄絡繰(カラグメル)】も並べる。【列足の鉄絡繰(カラグメル)】は、”巡りし平丘”で手に入れた何種類もの機獣の残骸を素材として生成した進精魂機(ゴーレム)の一種だ。貧相な人型の上半身に虫の節足を思わせる金属製の脚部が列状に連なっているという妙な構造のこのゴーレムは、戦闘力がほとんどない代わりにずば抜けた移動速度を誇るというなんとも極端な性能を持っている。これまではあまり用途がないまま全書にしまったままだったが、こんな時に役立つことになるとは、何が起こるかわからないものである。”巡りし平丘”では多くの素材を手に入れ、それを使った生成物もやはり相当の種類が手に入っている。今後の状況によっては、それらにも大いに活躍してもらうことになるだろう。


 そんなことを考えているうちに、子供たちに加えて騒ぎを聞いて集まっていたゾンビたちも【星鳴の風車】に乗り込んでいた。【列足の鉄絡繰(カラグメル)】に手綱を巻き付けると、乗客のことなど一切考慮しない急発進でゴーレムと馬車は石壁に囲まれた通りを走りだす。馬車の速度は相当なもので、ものの数十秒で背後から感じる追手の気配は消えてしまった。このままの速度で進み続ければ、この区画からもすぐに脱出できることだろう。

 無事に帰路に就くことができたことを確信して、ようやく一息つくことができた。子供たちはまだ落ち着いていないが、ゾンビたちが親身に宥めているのでそのうち静かになることだろう。ふと馬車の後方に流れていく景色に目を向けると、立ち並ぶ家々の物陰から視線を感じる。目を凝らすと、暗闇の中に光る双眸が見えた気がしたが、馬車の揺れもありすぐにその光は見失ってしまった。

 かすかに聞こえる獣の遠吠えのような音に急きたてられるようにして、乗客を満載にした馬車は愛しき隠れ家へとひた走るのだった。

瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】:異譚~カシーネの歓喜~初登場

【星鳴の風車】:四十二ページ目初登場

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