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六十八ページ目

 先ほどまで目の前にいたハリットや自動人形たちは消え失せ、目の前には兵士たちの疲れきった顔が居並んでいる。彼らが一様にこちらを見ている理由はおそらく、突然消失したと思った人物が、またなんの予兆もなく現れたためだろう。

 自動人形たちと話をしていた間になにが起きていたのか兵士たちに尋ねてみたが、概ねこちらの予想どおりだった。

 全書を読んでいたと思ったら本のなかに吸い込まれるようにして突然こちらが消え、そしてまた本の中から現れたと語る彼らにより、また一つ全書の能力が明らかとなる。

 全書のなかにいる間に、こっちに残された全書に他のものが触れたらどうなるのか、ということも気になったが、自分も吸い込まれるなではないかと思ったようで、実際に全書に触ったものはいなかった。この辺りは、つい最近まで魔境で戦っていたことによる警戒心の賜物なのだろう。アレクあたりは触ってくれるのではと期待していたのだが、最後の戦いで死にかけたことがよっぽど堪えたらしい。

 "土地"という新たな種類のコレクションを得たことにより、できることは大幅に増えた。なによりも嬉しいのは、これまで集めたコレクションたちを展示する場ができたことだ。まだ調べなければいけないことは多いが、これで"国"を手に入れるという目下の目標にも大きく近づいたと言える。


 他にも色々と試したいところだが、全書のなかにいた間に目的地にかなり近づいていたらしい。グラキドに誘われて戦車の外に出てみると、純白の尖塔が幾本も並ぶ美しい街並みが出迎えてくれた。

 尖塔はどれも同じ種類の石材で作られているようだが、その高さと数が凄まじい。緑人(エルフ)の里で目にした木々でてきた住居も相当な高さだったが、尖塔はそれと同等か、ものによっては越えるのではと思えるほどの高さだ。それらは密集し、それぞれの塔は橋で行き来ができるよう接続されている。まるで石でできた蜘蛛の巣のような都市が作りだす景観は、やはり今まで目にしたことがないものだ。

また、塔の隙間を縫うようにして、方舟のような飛行船がゆっくりと飛んでいるのも見えた。恐らくは塔と塔の間を巡航し、この都市の住民たちを運んでいるのだろう。

 どうにかしてあれを手に入れられれば、魔境や都市間の移動が劇的に快適になるに違いない。それを抜きにしても、流線型の飛行船はとても美しく、それがゆったりと空を泳いでいる様は実に見事だ。コレクションとしても、是非ほしいところである。


 飛行船を手に入れる算段を考えていると、今まで乗っていた【グレルゾーラ軍式魔導機装車】が停車した。

兵士たちが言うには、自分達はこれから軍の施設に戻るため、ここで戦車から降りてくれ、ということだ。てっきりその施設とやらに行けると思っていたのだが、さすがに部外者をいきなり入れるのはまずいらしい。

 一旦任務の結果を報告してから、改めて使いを寄越すというので、ここは大人しく車両から降りることにする。手助けの報酬として受けとるはずだった【カルミナの機巧魔杖】もその際に渡すというので、しばらく楽しみに待っておこう。

 短い挨拶を交わし、兵士たちと別れる。都市のなかには車両が走るための道路が整備されているため、戦車は実に軽快に走り去っていった。


 初めて訪れた大都市のただ中に取り残されたわけだが、行く宛がないわけではない。実は魔境での諸々の助けの報酬の一つとして、ここしばらくグレルゾーラに滞在するための宿を彼らが用意してくれたらしいのだ。戦車から降りる際にその宿の大雑把な位置を教えてもらったため、まずはその宿を目指して都市を歩いてみよう。

 下ろされたのは都市の最下層であろう地上部分だったが、すでに周囲は多くの人々で賑わっている。さっきまで戦車が走っていた車道を挟んで商店が立ち並んでおり、布でできたタープの下には色とりどりの果物や衣類がところ狭しと陳列されていた。


 早速気になるものを購入しようと思ったのだが、そこではたと当初の計画を思い出す。物を買おうにもその代金が払えなければ元も子もない。というわけで、人目につかない場所でハリットたちを全書から出し、早速出稼ぎへと送り出した。商品となるであろう物品といくらかの活動資金を【重さ忘れの背袋】と呼ばれる、内部空間が拡張された荷物袋に詰め込み、ハリットの護衛役であるキールに渡しておく。なにか問題が起きたらすぐに連絡するように言ってから彼らを送り出すと、さっそくラミエナ、キール、クサツナズの三体がハリットを囲うようにして歩き去っていった。なにやらハリットが引きずられているようにも見えるが、それは然したる問題ではないだろう。


 これで資金面についてはそのうち解決するはずだが、ハリットが結果を出すまではそう贅沢もできない。彼らに渡した出稼ぎの資金がけっこうな額だったため、手元に残ったのは一ヶ月分の生活費になりるかどうかというなんとも心もとない金額だけだ。当然、必要なもの以外を買う余裕などありはせず、せっかく店で物欲をくすぐる逸品を見つけても歯噛みすることしかできない。

 そんな状態で店の品々を眺めていては、いつ我慢がきかなくなるかもわからない。自分の理性が残っているうちに、泣く泣くではあるが商店街を抜けることにした。


 しばらく道なりに歩いていると商店街を出ることができたが、ここにきてようやく街の景観に目を向ける余裕ができた。街の建築物のほとんどはレンガのような石材が組み合わされて造られているようだ。石材の色は白や赤、茶色に黒と様々で、それらが入り交ざった建物は全体的に暖色になるよう統一されているようだ。特徴的なのは、建造物はそれぞれが独立しているのではなく、積み木のように積み重なり、縦にも横にも接続されている点である。そのため、店や住居は壁のなかに埋め込まれた箱のようになっている。恐らくは、先ほどの商店街の方が、この街では珍しい形態なのだろう。


 多いところでは五個や六個の家屋が積み重なっているため、それらを行き来するための階段もそこら中に設置されているが、住民たちの多くは階段ではなく、一定の間隔で設置されている昇降機のような設備を使っているようだ。それほど複雑な構造には見えないが、住人が乗り込んだ籠のような昇降機は、がらがらと音をたてて乗客を上の階層に運んでいく。それと階段を使って、住人たちは複雑に組み合わされた建物を行き来しているのだった。ちなみに、彼らが生活している建物は街の入り口でみた尖塔とは造りも素材も異なる。ちょうど尖塔の裾野に広がるようにして、いくつもの建物により石壁が張り巡らされているのだ。場所によっては道の両脇を二十メートルはありそうな石壁が挟んでいるところもあり、自分がひどくちっぽけな存在になったような気持ちにすらなることもある。

 だが、そんななかで生活している住民たちは、一様に楽しげだ。ただ笑顔を振り撒いているのではなく、その表情や動きからは活力を感じる。"繁栄"という言葉がぴったりだと思うほどに、グレルゾーラは人の営みに満ち溢れていた。


 そんな活気がある都市には、自然と珍品逸品が集まるものだ。商店街を抜けたと言っても、街を歩いていれば飲食店や商店が次々に目に入る。頭上を見上げれば、宙を漂う魚に牽引される屋台や車両が行き交い、それらは高層に横付けされ、そこの住民の生活を助けている。そんななか、一つの屋台が高度を落として近づいてきた。どうやら雑貨屋を営んでいるらしいその屋台は、景気よく客寄せの声を張り上げながら地面すれすれを進んでいる。

ちょうど屋台とすれ違う時に商品を眺めてみると、全身が透明な液体で構成された小鳥と目が合う。まさか魔物まで売っているのかと早合点をしかけたが、屋台の主である中年女性によると、その鳥は魔具を動力として造られた疑似生物なのだという。

 一応生物とはいうが、動力は周囲の体外魔力(マナ)のみであるため、なにかを食べたりしなくても半永久的に動き続ける。人間の命令を聞くわけでもないが、どこかに飛び去ったりすることもないため、観賞用としては最適な魔具だ、というのが店主の弁だ。

 屋台にはその小鳥と同じような疑似生物がずらりと並んでおり、それらが象る動物の種類も、体を構成する物質も様々だ。小鳥のように液体で構成されているものもいれば、流動する泥や揺らめく小火でできているものまでいる。

 エルフの森林でも似たような物品を手に入れたが、今目の前に並んでいるほどのバリエーションはなかった。疑似生物たちはそこそこの値段がするようだが、是非とも買い求めねば。早速商品に手を伸ばそうとしたのだが、不意に横から現れた別の手に止められる。何事かとそちらを見ると、それは先ほどから供として隣を歩いているリエッタの手だった。なにか思うことがあるのか、彼女はこちらにジト目を向けている。

 一向に腕を離そうとしないリエッタは、自分には主の無駄遣いを止める義務があるなどと口にし、無理やり屋台から離れようと力を込めてきた。リエッタは見た目こそなんの変哲もない少女だが、【家事(ドメイズ)屍人(ゾンビ)】という種族の特徴である、人並外れた怪力はしっかりと獲得している。ただの人間がその力に抵抗できるわけもなく、半ば引きずられるような形で屋台から引き離されてしまった。店主に助けを求めても苦笑いをするだけでなんの助けを得ることもできず、結局なにも買えないまま屋台は視界から消えていった。

 確かにリエッタの言うように、残金には無駄遣いをしているような余裕はないのだが、それでも記念として一つくらいは買わせてくれてもよかったのではないだろうか。それにいくら所持金が減ろうとも、外法遺骸(アンデッド)である彼女にはなんの関係もないはずだ。

 そう思っていると、リエッタが一枚の紙を差し出してくる。彼女に促されてそれに目を通すと、"巡りし平丘"を手に入れてから知ることができた自動人形たちの名前と、その横に書かれた各種嗜好品のリストであることが分かった。リエッタの説明を聞いたところ、それらは自我を手に入れた自動人形たちの要望(リクエスト)品であるという。

 確かに自我が戻った彼らが今いるのは、建物すらたっていないだだっ広い平原だ。時間を知覚できるがために、暇をもて余しているのも理解できる。

 だが、それならばまた"保管"してやればいいだけの話だ。先ほど全書のなかにいた時に色々と試したのだが、現在の全書には巡りし平丘を基盤とした時間が経過する"経時空間"と、時間が停止し、容量も限りない"保管空間"の二種類があることが分かっている。土地を手に入れるまでは保管空間のみしかなく、当然自動人形たちはそちらに保管されていた。時間ができて暇だというなら、また保管空間に戻してやればいいだけの話だ。

 そう思ったのだが、そう単純にはいかないようだ。自我を得た彼らは少なくとも今しばらくは経時空間での滞在を楽しみたいらしく、そしてそれと同時に嗜好を満たすなにかを欲しているのだ。


 話だけ聴くとなんともがめつい言い分だ。こちらの要望を聴かずに我を通そうとは、いったい誰の姿を見てそのようなことを覚えたのだろうか。

 とはいえ、改めてリストを見てみると興味深い物品もちらほら見える。自動人形の多くは遠い過去の記憶を保持しているものも多く、その彼らが挙げる物品のなかには、聞いたこともない名称のものもいくつかある。どうせ物品の収集はするのだし、頭の片隅には置いておいてもいいかもしれない。

 それになにより、これらの中のいくつかは買ってやらないと、自由に買い物もできやしない。もちろんリストの中の全ての物品をすぐに入手するのは難しいだろうが、なかには興味が牽かれるものも混ざっている。あてもなく物品を集めるよりは、ある程度の目標があった方が収集も捗るだろう。

 だが、もちろんさして必要でないものもリストに記載されている。特に横でしきりに自分の欲しいものを喚くリエッタなど、高いだけで面白くもない貴金属ばかり要求しているようだ。ただでさえ、今は無駄遣いができない状況である。そういったものはしっかりと取捨選択しつつ、収集に励んでいくとしよう。

【グレルゾーラ軍式魔導機装車】:六十三ページ目初登場

【カルミナの機巧魔杖】:六十二ページ目初登場

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