異譚~ナナシの野望~
今回から新章となります。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
「キシシ……たまらん!俺はこのために生きているのかもしれないな!」
小高い丘の上に立ったナナシの目の前には、数百もの自動人形たちが立ち並んでいる。自動機装や外法遺骸、進精魂機に偽造変命など、見た目も性質もまったく異なるそれらのただ一つの共通点は、すべてがナナシの所有物であるということだ。
これまで自立行動が可能なすべてのコレクションが一同に会することなどなかったため、ナナシは目の前の景色を眺めながら感慨深げに頷いていた。もちろんこの場に出していないコレクションもまだ数多くあるのだが、少なくともそれらを見て、ナナシは十分な達成感を感じているようだった。
「しかし、やはり手に入れてみるものだな。最初はただの土地かと思っていたが、まさかこんなことができるようになるとは。なあ、マイナ」
そう言ってナナシが視線を向けた先には、"巡りし平丘"で何度か料理を振る舞っていた【骨人形・調理師】がいる。これまではナナシの命令を聞いて料理を作るだけだった骨だけのアンデッドは、問いかけに答えるようにナナシを見ると、その口を開いた。
『ほんとですよ!ナナシさん!今までどんなにしゃべっても気づきもしなかったのに!あ、それよりも私、お腹すきました!いや、実際にはただ食べたいだけなんですけど!とりあえず分厚いステーキが食べた……』
「ふむ、一度静かにしていろ」
ナナシが手を軽く振ると、その場から【骨人形・調理師】―マイナ―が消え失せる。それを見届けると、ナナシは彼の後ろに立つ二体の自動人形に振り向いた。
「あいつほどではないにしろ、お前たちも喋れるようになったのは驚いたな。そんな気はしていたが、ちゃんとお前たちにも自我があったということか」
『確かに今までも思考能力はありましたが……この場に来てから意識がより鮮明になった気がしますわ。ねえ、ケニス?』
『ああ、これまではなんというか……寝ているのか起きているのか分からないような感覚だったんだが、今はまるで昔のように意識がはっきりしている』
寄り添い合う【聳え立つ壁剣の威光】と【瘴気愛す夢死姫】は、お互いの存在を確かめながら腕を絡める。
彼らの様子から分かるように、ナナシが所持する自動人形たちは、この場では自我と呼べるほどのはっきりとした意識を手に入れることができるようなのだ。さらに、発声能力をもたない者でもテレパシーのような方法でナナシや他の自動人形と意志疎通もできることが分かった。それにより、ナナシはこれまで命令を下すだけだった自動人形たちとコミュニケーションを取ることが可能になったのである。
とはいえ、自我を手に入れたとしても、自動人形たちはナナシの命令には逆らえないらしく、現にこうしてナナシの指示で丘の下に整列している。
その場に集まっている自動人形たちは各々で会話を楽しんでいるのか、丘の下での会話が小さなざわめきのようにナナシの脳内に届く。このテレパシーも実際の声と同じように距離に応じて減衰するようで、ナナシの頭の中で彼らの会話のすべてが鳴り響くようなことはなかった。
ナナシは事前に何体かの自動人形たちと話をしていたのだが、意外にも彼らはこの現状に特に不満はないらしい。
確かに食事や睡眠はできないが、ナナシが"巡りし平丘"を手に入れる前までは何かを考えることすら満足にできなかったのだ。今は突然手に入った思考の自由を満喫するのに忙しいらしかった。
自動人形たちの様子を確認したナナシは、ついで彼らの後方に広がる広大な大地に視線を移した。ナナシが手に入れたのは数ある魔境の中でもトップクラスに広い"巡りし平丘"だ。当然、ナナシが立つ大地も街の一つや二つはすっぽりと収まってしまうほどに広い。
だが、広大な土地といっても、今その上にいるのはナナシや自動人形たちだけ。他には建造物はおろか樹木の一本すら見当たらず、殺風景なことこの上ない。空には魔境の中心からうち上がる偽の太陽が浮いているものの、そこから発せられる光は影一つ生み出すことはない。
「これではさすがに国とは呼べんよなあ。土地が手に入ったのはいいが、これからどうしたものか」
思案しながら、ナナシは丘を降りていまだ整列したままの自動人形たちに近づいていく。【聳え立つ壁剣の威光】―ケニス―と【瘴気愛す夢死姫】―アメリア―もそれに続いた。
「お前たちに訊くが……国の作り方を知ってるものは手を上げろー」
当然、手を上げるものなどいない。だが、突然の主の奇行を理解できずにそれぞれが顔を見合わせる様子は、血が通った人間に見えるほどに自然だ。
「だよなあ。国……国か。いざ作ろうと思うと、いまいちピンと来ないものだな」
そうぼやく彼の後ろに豪華絢爛な【宝樹拝する玉座】が現れ、ナナシはそのままそこに腰を下ろした。ひじ掛けに体重を預けながら思案を続けていると、彼の脳内で声が響く。
『国を作るならば、まずは立派なお城が必要ではなくて?国を見下ろせる、大きなお城がいいわ』
「城か……確かに悪くないかもしれん」
『前にパーティーをしてたあのお城なんていいんじゃないかしら。私が前に住んでた城には劣るけど、あれもなかなかのものだったわ』
アメリアの言葉を話し半分に聞きながら、ナナシは思いにふける。思い出されるのは少し前に訪れたグリッサムの王城だ。荘厳かつ重厚なあの城は素晴らしいものだった。確かにあの城を自分の土地に置ければ、えも言えぬ充足感を味わえるのに違いない。その景色を夢想しているうちに、いつしかナナシの心は決まっていた。
「よし!そうとなれば、まずは城を手に入れるとするか。城を探しているうちに、他の建造物も集まってくるだろう」
満足げに頷くナナシだったが、そんな彼の前に一体の屍者が進み出てきた。人のよさそうな顔に心配げな表情を浮かべる【頭古屍者】のハリットは、言いづらそうに意見を口にする。
「ナナシ殿、城を作るのはいいですが、そのお……どうやって作るつもりで?」
もっともなハリットの質問に、ナナシは事も無げに答える。
「どうやってなど……決まってるではないか。どこぞに建っている城をこの全書で丸ごと頂いて……」
「まさか、一国の王城を奪い取るおつもりで!?」
ハリットの反応が期待通りだったのか、ナナシは少し頬を緩ませた。
「冗談だ。だが、全書がちゃんと機能すれば、材料さえそろえれば生成できるんじゃないか?今まではあまり建物を集めようとはしていなかったからな。その気になれば作れないこともないだろう」
「な、なるほど……ですが、一つの城を作るための材料など……どれほどの量になるのか、想像もつきませんな」
確かにハリットの言うように、城、しかも一国を代表するほどの立派な王城を建てようとすれば、山のような量の建材が必要となるだろう。そのことに思い至ったナナシは、これまでに見せたことがない真っすぐな目でハリットを見つめた。
「ど、どうしたんですかな……ナナシ殿」
「いや、折り入ってハリットに頼みたいことがあってな。お前、確か前は商人をしていたと言っていたよな?」
「……ええ、確かに言いましたな。まあ、勤めていたのはしがない商店でしたが」
ハリットの言葉に、ナナシはうんうんと嬉しそうに頷いた。
「実はな、グリッサムでの浪費が祟って、最近軍資金が不足気味なんだ。そこで、お前にひと稼ぎしてもらいたい」
「ひと稼ぎといいましても、何か当てがあるので?」
「そんなもの、ある訳なかろう。元手としていくつかの物品を渡すから、それでなんとか金を増やしてきてくれ」
そのあんまりな物言いに、ハリットは顔をひきつらせた。
「で、ですが土地勘もない場所で……それにさすがに一人で商売を始めようにも……」
「大丈夫だ。なにもお前だけにやらせようというわけではない。そうだな、護衛として"ラミエナ"をつけてやろうではないか。それに"キール"と"クサツナズ"がいれば、雑用もこなせるだろう」
ナナシの言葉に応え、【人飼の鎖竜】―キール―と【無顔幽体】―クサツナズ―が進み出てきた。その二体を見て、ハリットも少しは安心したようだ。
「クサツナズは問題ないが、キールの扱い方は心得ているな?」
「主殿、扱い方などと……私は急に暴れたりしませんよ」
無表情のままナナシに文句を言うキールを見ながら、ハリットも自信満々に答える。
「もちろんですとも。口が裂けても"ソフィア"などとは言わな……あ」
「ソフィア……?」
ハリットが口にした名前を聞いた瞬間、キールは大きく目を見開いた。そしてすぐさま彼の身体に変化が現れる。
「ソ、ソフィア!ソフィア!!ソフィア!!!今までどこにいたんだい!?ああ!早く!早く僕と!!」
「おい!ケニス!アメリア!キールを抑えろ!」
ナナシが言うが早いか、地面から飛び出た太い蔓が変身途中のキールを絡めとり、さらにケニスが地面に倒れたキールを押さえつけた。しばらくケニスの巨体の下で暴れていたキールは、やがて静かになり、もとの青年の見た目へと戻る。
「……おや、どうしたのですか主殿。それにケニス殿もなぜ私の上に……何かありましたかな?」
「いや、なんでもない。ケニス、もう離してやれ」
ケニスから解放されたキールは、立ち上がるとなんともない様子でハリットの横に並んだ。
「いやあ、ハリット殿。よろしくお願いします。なにかお困りのことがあれば、喜んでお手伝いしますゆえ」
「は、はいぃ……」
「なに、大丈夫だ。今みたいにすぐに抑えればなんとかなる。それよりもラミエナはどこにいる。あいつならキールもすぐに抑えれるのに」
「我が主、ラミエナはこちらです。助けを所望します」
ナナシが声の方を見ると、確かにそちらに他の自動人形より頭二つほど高い場所にある目的の顔を見つけた。だが、今の声はその顔の持ち主から発せられたものではない。
「おい、ラミエナ。また"ノア"をおもちゃにしているのか。いい加減こっちに来い」
「もう仕方がないわねえ。分かったわよお」
自動人形たちを掻き分けてやってきたのは、二メートルを越える身長の淑女然とした女だった。その腕には中性的な整った容姿を持つ少年が抱えられており、彼の足はぶらぶらと宙を揺れている。
「我が主、ノアは今の状況に対して、断固として反抗声明をいたします」
「だそうだぞ。お前にはハリットの護衛をしてもらわないといけないんだ。ちゃんと仕事をしろ」
ナナシの言葉に、ラミエナは口を尖らせて言い返す。
「そんなこと分かってるわよお。もちろんその時になったらお仕事はしっかりこなすわ。でも、その前なら別に何をしても構わないでしょう?それにこうしていれば、私のやる気も上がっていくんだからあ」
「……確かにそれならいいか。今のうちに満喫しておけ」
「我が主、ノアは激しく遺憾の意を表明します」
ナナシの許可を得たラミエナがノアの身体をいっそう強く抱き締めると、彼の後頭部がラミエナの豊満な胸に埋もれる。その状態のまま、ラミエナはナナシから離れていった。
自動人形たちのなかに消えていったラミエナとノアを見届けて、ナナシは笑顔を浮かべる。
「よし、これで人選は済んだな。すぐにでも始めてもらいたいところだが、こっちの準備もある。その時が来たら呼ぶから、それまではゆっくりしておけ」
「承知しました。しかし、ラミエナ殿は美人になりましたなあ。もはや前の姿など、思い出せそうにもありません」
ハリットの言葉に、ナナシも同調して頷いた。
「まさか肉塊じみていた【反芻する凝肉】があんな見た目になるとはな。あの黒いでかぶつから手に入れた素材は、よっぽど優秀なものだったらしい。キシシ」
笑いながら、ナナシは全書を開いた。そのページを捲っていたナナシは、まだ自分の前に立ったままのハリットに目を向ける。
「そういう訳だから、お前も心の準備をしておけ。俺の国の行方はお前にかかっているんだからな。キシシ」
「はあ……」
ナナシは言いたいことだけ言うと、手に持っていた全書を勢いよく閉じた。すると、ハリットの目の前からナナシが忽然と消え失せる。
「……助けてもらったことには感謝しているが、相変わらず変わったお人だ。しかし、また商売をすることになるとは……どうなることやら」
ため息をつきながら、ハリットはその場に横になった。どうせ行くところもなければやることもないのだ。仕事が始まれば忙しくなるだろうし、今のうちにだらけておこう。そう自分に言い聞かせるハリットだったが、腐りかけた自分の顔に笑顔が浮かんでいることには、ついぞ最後まで気づくことはなかった。
【骨人形・調理師】:五ページ目初登場
【聳え立つ壁剣の威光】:九ページ目初登場
【瘴気愛す夢死姫】:異譚~カシーネの歓喜~初登場
【宝樹拝する玉座】:二十四ページ目初登場
【頭古屍者】:四十九ページ目初登場
【人飼の鎖竜】:十六ページ目初登場
【無顔幽体】:六十六ページ目初登場
【反芻する凝肉】:十四ページ目初登場




