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六十七ページ目

 二体の竜の襲撃により事態は非常に面倒くさくなった……という訳でもなく、特にやることが変わるわけではなかった。兵士たちにとっては回収対象がひとつから二つに増えた、という話だが、こちらの目的はあくまでも魔境の最奥に到達することなのだ。

 彼らにとって幸いだったのは、竜が飛び去った方角がそのまま魔境の中心に向かう方向だったことである。竜が魔境の中心地に行くなどという保証は全くないのだが、かといって方角から見て竜がどこともつかない場所に向かうとも思えない。そういうわけで、このまま進路を変えずに進み続けることが、イーデンを救出するための最良の選択であるように思われた。


 その結論に至り、こうしてまた【メイコツ汽車】に揺られて先を急いでいるのである。ちなみに、今乗っているのは二代目となる生成したての【メイコツ汽車】だ。汽車の生成には多くの物品を消費するが、ここまでの探索で素材は溢れるほど手に入れている。今さら、何台汽車を作ろうともなんの痛痒にもならなかった。

 だが、さすがに車内の空気は重苦しいものになっている。なにせイーデンが拐われた状況が状況だ。彼が事切れる場面を見たわけではないが、よく知る人物が奇怪な肉に飲み込まれるのを見れば、自然と暗い表情になるのだろう。

 特に彼と親しかったらしいヒルダなど、今にも倒れるのではと思うほどの青い顔になっている。小刻みに震える彼女をリエッタや兵士たちが慰めているが、ヒルダはそれに頷くだけで顔を上げようとしない。彼女を中心として重苦しく湿っぽい空気が車内に広がっているが、あまり関係がないこちらとしては勘弁してもらいたい、というのが正直なところだ。


 すでに竜たちと戦闘を繰り広げた場所を後にして結構な時間が経っており、さらに結界のような壁を越えてからすでに丸一日は【メイコツ汽車】での移動を続けている。イーデンが持っていた受信機は彼と一緒に竜に飲み込まれてしまったのでもう発信機との距離を推し量ることもできないが、移動距離としてはかなりのものだ。空にあるもう一つの太陽が魔境の中心から昇っているのだとしたら、目的としていた最奥にたどり着くのも時間の問題だろう。

 そう考えながら窓の外を見やると、これまで空と地面だけで構成されていた景色にひとつの変化が起きていることに気づく。これまで草やちょっとした大きさの岩しかなかった地面に、ちょうどうずくまった子供ほどの大きさの黒い円柱状の何かが数本立っているのだ。今まで気づいていなかったが、外を見る限りその何かは少し前から平原に点在していたようだ。

 ひとまず謎の物体について調べるために、【メイコツ汽車】を停車させて外に出る。警戒のためか、はたまた好奇心がうずくのか、兵士たちも二人だけではあるが汽車から降りてきた。


 ここまでの道中で突然の魔物の襲撃に苦戦したこともあるので、念のため【瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】と【聳え立つ壁剣の威光(ガザル・ジルラド)】に周囲を守らせながら、黒い物体に近づく。当然最大限の警戒のもと手近にあった黒い物体ににじりよっていくが、特に変化は起きない。ついに手で触れられるほどの距離まで近づくことができたが、やはりなにも起きないので、手早く全書で収集した。


――――――――――

【機肉包む死卵】

分類:魔物素材・卵

詳細:肉獣と機獣の因子が織り交ざった特異な魔卵。命を宿さないまま産み落とされた死の卵は、孵ることもないまま放置されている。

――――――――――


 この謎の黒い物体は、どうやら何らかの魔物の卵だったようだ。これが孵化することはないらしいが、やはり警戒をしていたのは正解だった。

 改めて辺りを見回してみると、【機肉包む死卵】はこの周辺を起点として奥地に向かう方角に点在しているようだ。先に進むほどに卵が並ぶ密度も増しているようで、全部でどれくらいの数があるのかは分からないが、おそらく数百、もしかしたら千を越えるほどは存在しているのではないだろうか。

 目に見える範囲にある卵は全て今収集したものと同じ黒色であるため、やはりそこから新たな生命が孵ることはないのだろう。これほどの卵が全て死に絶えているという事実にうすら寒い気味悪さを覚えるが、実害がないならばそれに越したことはない。

 すぐに爆発するようなこともなさそうなので、自動人形を使って色々と試してみたところ、卵の殻は特別強度がある訳ではなく、さらに殻を破壊しても悪臭を放つ粘液が中から出てくるだけで、危険なものではないことが判明した。困ることといえば、粘液が付着した部分から悪臭がなかなか取れないことくらいだ。珍しいものであることには変わりがないので、とりあえず手近にあった【機肉包む死卵】を二十個ほど回収する。回収しようとすればより多くの卵を手に入れることも出きるが、すでに目的地にはかなり近づいている。目的の達成がほぼ間違いない今、わざわざ時間をかけて回収する必要もないだろう。

 卵の正体もある程度分かったところで移動を再開するが、ここまでの道中のように【メイコツ汽車】に乗っては、卵や他の状況に変化があったときに素早い対応をとることができない。実害がないとはいえいつ卵の様子が変わるかも分からないため、ここからは【グレルドーラ軍式魔導機装車】を使って見張りを立てながら進むことにする。【メイコツ汽車】ほどではないが、戦車もそこそこのサイズだ。当然、地面に立つ全ての卵を避けるのは不可能なため、キャタピラで卵を轢き潰しながら進むことになる。進みはじめてすぐに卵の内容物から立ち上る悪臭が車両の周囲を包むが、そんなことで怯んでもいられない。見張りをする兵士には悪いが、そのまま進み続けた。

 やはり当初の予想通り、奥地に向かうほど視界に入る卵の数は増えていく。だが、それとは裏腹に、進行を妨げるようなトラブルや魔物の襲撃は一切起きない。というより、あの不可思議な壁を越えてから確認できた生物は、自分たちを除くとあの二体の竜だけだ。もしかすると、壁で仕切られたこの空間は竜の巣のようなものなのかもしれない。そうだとするならば、さしずめ周囲に並ぶ死んだ卵はあの竜たちの子供とでも言うのだろうか。見た目も身体を構成する物質すらも違うあの二体から子孫が生まれるとは到底思えないが、魔境ならばあるいは、という気もしてくる。


トラブルも戦闘も起きない……のだが、ここに来て新たな異常な現象に見舞われる。いや、これまでも同様の現象が起きていたのかもしれないが、それがついに目に見えるものになったのだ。

 最初に気づいたのは戦車の上で見張りをしていたベリルという名の兵士だった。怪訝な表情で戦車の中に戻ってきた彼は、進んでいるのにも拘わらず、いつまで立っても先に見える丘に辿り着かない、と言う。彼の言葉を聞き、実際に車両の上でしばらく景色を見ていると、確かに数分走っても十キロメートルほど離れた場所にある丘との距離が変わらない。戦車はそこそこの速度で走行しているため、数分で丘に辿り着かないまでも少なからず距離は縮まるはずだ。足元に視線を移せば、地面は車両と同じ速度で後方へと過ぎ去っているし、その上にある卵も踏み潰している。下だけを見ていれば間違いなく車両が進んでいることが判るのだが、丘に視線を戻すとやはり距離が縮んだ様子はない。まるで予め折り畳まれていた地面が走る速度に合わせて広げられているような、なんとも不可思議な現象だ。しばらく観察を続けたところ、距離がまったく変わっていないと言うわけではなく、少しずつではあるが進んでいることが判ったのだが、それでも目に見える距離と実際の距離が違うというのは奇妙な感覚だ。


それでも諦めずに車両を走らせ続けた結果、一際高く傾斜が急な丘、というより山に差し掛かった。それはこれまで越えてきたどんな丘よりも高く、遠目から見てもまるで壁が聳えているようだった。

 進むほどに数を増やしていた黒い卵は、ここまで来ると敷き詰めるように地面に並んでいる。地表のほぼ全面を卵に覆われた小高い丘を、殻が砕ける乾いた破砕音を響かせながら車両は登る。卵から流れる粘液の量は地面に水溜まりを作るほどで、そこから立ち昇る悪臭は吐き気を催すほどだ。見張りを務める兵士たちも交代の間隔を早めているが、何度か悪臭に耐えかねてえずいていた。

 この丘も、例に漏れず車両の速度と進んだ距離が比例しない。ただでさえ高く大きい丘なのに、いつまで立っても周りの景色が変わることはなかった。

 これで戦闘でも始まればたまったものではなかったが、幸運なことに何事もないまま数時間をかけて丘を登りきる。


 丘の頂上に到着すると、それまで傾斜により隠されていた様々なことが分かった。まず、今登ってきた丘はちょうどドーナツ状に盛り上がった大地の外側に当たる部分で、ここから傾斜を下ると盆地のようになった中心部に向かうことになる。そして、その盆地の底こそが、まさに目指していた"巡りし平丘"の中心であると思われた。

盆地の底には、今まで見たことがないほど巨大な穴が空いていた。信じられないことに、その穴の反対側の縁はうっすらと霞んでいる。ただ、盆地の全てが穴になっているわけではなく、山を下りたすぐの場所には穴を囲むようにして平地が存在しているようだ。

 その平地部分には、これまで見かけなかった植物のようなものが群生している。樹木にも見えるが、葉は一枚もなく、幹から伸びる十本ほどの太い枝の先端に球体の何かがぶら下がっている。そして、その樹木のようなものが、平地部分に森を形成していた。


 中でも穴の縁に寄り添うようにして生えている大樹が目に止まる。他の樹と比べて二倍ほどの樹高があるだろうか。大きさ以外は特に変わった様子はないが、問題はその根本に横たわっている二つの巨体だ。

距離は遠いが、その姿を見紛うわけがない。それは【メイコツ汽車】を壊した憎き二体の竜だった。竜たちはとぐろを巻くように地面に横たわっており、こちらにはまだ気づいていないようだ。今いる場所からはそれ以上のことは判らず、イーデンの姿も確認することができない。

 だが、兵士たちにとってはそれだけでも先に進む理由に足るようだった。俄然やる気を出した兵士たちは、威勢よく戦車を出発させる。

 丘の内側では空間の異常は起きていないようで、速度に見合ったペースで盆地の底に近づいていく。ここから確認する限り、奇怪な樹木により形成された森に、竜以外の魔物は見当たらないが、油断は禁物だ。目的の場所はまさに目と鼻の先だが、ここまで来て足を掬われるような真似をするわけにはいかない。細心の注意を払いつつ、盆地の底に向かうとしよう。

【メイコツ汽車】:六十一ページ目初登場

瘴気愛す夢死姫(パラモセス)】:異譚~カシーネの歓喜~初登場

聳え立つ壁剣の威光(ガザル・ジルラド)】:九ページ目初登場

【グレルドーラ軍式魔導機装車】:六十三ページ目初登場

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