六十五ページ目
人の形をした爆弾、とでも呼ぶべき謎の魔物たちの襲撃は、それほど苦労もせずに片付けることができた。
幸いだったのは、人の言葉で助けを求める知能はあるくせに、一度その姿を変貌させれば他の魔物と同じように暴れまわるだけだった点だ。もし結界の範囲内に入るほど近づいた上で徒党を組んで襲われていたら、もっと苦戦するか、もしかしたら違う結末になっていたかもしれない。
しかし、兵士たちへの精神的な影響は大きい。あの魔物たちが擬態していた人間は、やはりグレルドーラ軍に所属していた兵士たちだったらしく、それは壊滅したと思われていた先発隊の面々だった。中には見知った顔も混ざっていたらしく、助けを求めるその姿が魔物のそれへと変貌し、さらに襲い掛かってくる彼らを自分たちの手で仕留めたのだ。かつての仲間たちを手にかけた兵士たちを苦しめるのは罪悪感か、それとも彼らを助けることができなかったという無力感か、とにかく突如現れた敵の無力により、兵士たちの士気は大きく損なわれてしまったのだ。
だが、それは別にこちらには何の関係もない。彼らの士気がいかに下がろうが、やるべきことは変わらず、また魔境の奥地に向かう足を止める理由になるわけもない。休息も十分にとったことだし、素材を回収次第すぐに出発することにする。
ちなみに、今現れた敵の群れは”施す肉擬”と”施す機擬”という二種類の魔物により構成されていた。人間がそれぞれ肉獣と機獣に浸食されたような造形の魔物からは、やはり特有の素材を手に入れることができた。
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【施す肉擬の奪顔】を収集しました
【施す肉擬の肉心】を収集しました
【施す肉擬の同化肉】を収集しました
【施す機擬の奪脳】を収集しました
【施す機擬の機核】を収集しました
【施す機擬の吸収装甲】を収集しました
【戦士の変異遺骸】を収集しました
【異水混ざる淀血】を収集しました
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素材を検分する限り、兵士たちは生きたまま肉獣や機獣に取り込まれ、その身を異形と化してしまったようだ。それがどのような苦痛を彼らに与えたのかは想像もできないが、そうして生み出された貴重な素材により、新たな生成候補が現れたのだから、彼らの犠牲も全くの無駄ということはなかっただろう。
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【巧みな機肉化師】
分類:偽造変命・機装肉塊
等級:B+
権能:【盗顔】【盗魂】【仮初纏】
詳細:相反する二つの技術が織り交ざり造られた異種のキメラ。対象の容姿、記憶を取り込み、自在に姿を変えることができる。
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生成により現れたのは、辛うじて人の形をしている肉塊の中で、金属の欠片を蠢かせる異色のキメラだった。全書の説明では生物の姿や記憶をそのまま複製できる、という便利すぎる能力を有しているらしいが、如何せん今はそれを試す相手がいない。もし兵士たちを対象にしようものなら、それこそ蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろうし、あまり利益があるとも思えなかった。だが、使い勝手によってはまたコレクションの幅を広げることができるであろう物品の獲得に、思わず笑みがこぼれてしまう。
その様子を見る兵士たちの表情はまるで奇人変人を見たかのように歪んでいるが、別にこちらに害があるわけでもないので放っておいていいだろう。追い立てるように兵士たちを連れ立って出発するわけだが、当然自分の足で先に進むわけではない。
現状での魔境の踏破率はおそらく半分を過ぎたあたりというところ。ここまでの道中では魔境を徘徊する魔物や魔境自体の特性に苦しめられてきたが、それはここからも変わることはないだろう。それどころかその危険度は奥地に進むほど飛躍的に増していくと予想されるが、だからこそ移動に時間をかけていてはこちらの身に降りかかる脅威が増える一方だ。少しでも安全性を高めるためにも、ここからはできる限り迅速に行動しなくてはならない。
とはいえ、”巡りし平丘”という名前だけあって、この魔境には行く手が見えないほどに高い丘も多い。【メイコツ汽車】などの小回りが利かない乗り物を使っては、丘を越えた瞬間に魔物の群れに突っ込む、ということも起きかねないだろう。
そのため、ここからは【グレルドーラ軍式魔導機装車】に乗って移動速度を速めることにする。ここまでの道中でも搭乗はしてきたものの、周囲の探索や警戒を優先してそれほど速度は出さないで進んできた。だが、ここからはそういう訳にはいかないだろう。それに魔物の隠れ蓑にされた先発隊のことを考えると、これ以上進んだところで生存者が見つかるとは思えない。今後はひたすら魔境の最奥に向かって突き進むことになるのだ。
早速兵士たちと搭乗した【グレルドーラ軍式魔導機装車】が走り出すが、今のうちに車両に搭載された機能と内部構造について確認しておこう。全長十メートルほどの車両は武骨な鉛色に塗られており、正面には主砲と思しき大きな筒が備えられている。さらにそれを挟むように、複雑な文様が描かれた短い柱のようなものが生えているのだが、それはおそらく副砲代わりの魔具なのだろう。移動は車両の下部にあるキャタピラで行うので、多少の悪路であれば問題なく踏破することが可能だ。
内部構造は【星鳴の風車】や【メイコツ汽車】のように空間の拡張が行われており、外観とは裏腹に広間ほどの広さを有している。だが、車両の中には兵士たちの武装や補給施設が満載されているため、十人も搭乗すればかなり手狭に感じるくらいだ。兵士たちが身にまとう【ファイネ式試作夜叉鎧・雷型】の整備設備も設置されているため、ちょっとした倉庫のようにも見える。また一度中に入ってしまえば、運転席から確認できる前方以外に車両の外を視認することもできない。そのため、走行中は一人か二人が車両の上に乗り、振り落とされないようにしがみつきながら周囲を警戒しなければならなかった。
【グレルドーラ軍式魔導機装車】は軍隊で開発・運用されているだけあり、その耐久性と攻撃能力は相当なものだ。それはここまで魔境を踏破してきたことからも明らかで、並の魔物程度であれば搭載された装備だけで撃破できるほどである。
だが、それが肉獣や機獣の群れとなれば話は別だ。もともと体に備わる爪や凶器で金属製の装甲など容易く引き裂いてしまうほどの脅威が、集団となって襲い掛かってくるのだ。現に彼らが持ち込んだ車両のうち数台はすでに魔物の襲撃により大破していることから、この戦車に頼りきりになるわけにいかないことが窺い知れる。
戦車の走行速度自体が速いため、自動人形たちに周囲の護衛をさせるわけにもいかない。まあ、ここまでの道中はこちらが兵士たちを助けてきたのだ。たまには彼らに頼って休んでもいいだろう。
と、思ったのだが、やはり魔境の奥に近づいたことで、立ちふさがる困難はより大きく険しいものへと変わっていった。魔物の襲撃の頻度が増えるのはもちろんのこと、時には一つの群れの対処を終える前に複数の群れが合流し、自動人形たちと魔物の大乱戦に発展することもあった。なんとか大きな被害はないまま先に進むことはできているが、兵士たちの疲労はたまる一方で、それほど経たないうちにあまり無理はできない状況になってしまった。
それに、ここにきて魔境の特異な環境が本格的に牙をむいてきた。これまでも大地の津波など想像だにしなかった現象を潜り抜けてきたのだが、丘に振る雨や自然現象は一層不自然なものとなる。暗褐色の雲から滴る黒い滴は肉も鉄も見境なく浸食する毒水で、【瘴気愛す夢死姫】の結界以外にそれを完全に防ぐ方法はなかった。また、前に突破した”岩雨”と似たような天気にも遭遇したが、今回空から降ってきたのは、”卵”にしか見えない何かだった。大小まばらな卵は大きいもので戦車に匹敵するほどのサイズを誇るものもあり、着弾と同時に割れるその卵の中からは、大量の粘液と共に異形たちが現れる。出来損ないの肉獣、あるいは機獣としか形容できない異形たちは、やはりこちらに襲い掛かってくるため、生体装甲を身にまとう兵士たちと協力して撃退した。
さらに車両が走る地面自体にも変化が現れ始める。これまでなんの問題もなく 上に立つものを支えていたはずの大地が突如ゲル化したときなどは、あわや車両が横転しかける事態になってしまった。ギリギリのところで見張り役の兵士が異変に気づくことができたからよかったものの、いよいよ目に写る景色さえ信用できないようになってきた。当然、戦車では通ることができない場所も増えてきたため、その都度全書に車両を出し入れして先に進む。
ここまでの奥地となるとかつて踏み入れたことがある者も少なく、事前の調査でも情報を手に入れることができなかった。兵士たちに聞いてもやはり有用な情報は持っていないようなので、この先も場当たり的な対応を続けることになりそうだ。
疲労感を感じながらも進行方向に目を向けると、空に浮かぶ二つ目の太陽が視界に入る。魔境に入ってから日中はずっと頭上にあるあの太陽は、事前調査で聞いていた『魔境の中だけに存在する太陽と月』の片割れだ。"火雨"などの一部の現象はあの太陽から発生しているようなのだが、ここまで進んできてようやく、偽物の太陽がどういったものなのかが判ってきた。
まず、当然ながらあの太陽は、本物のような天体ではない。有り体にいってしまえば、発光する巨大な岩石だ。その岩が、日中の間だけ魔境の中心地付近から打ち上がっているのである。本物の太陽が地平線の向こうに消えると同じタイミングで発光する岩石も大地へと落下し、そしてそれと入れ替わるように月を模した、少々小振りで青白い岩石が再び空に打ち上げられる。それが繰り返されることで、太陽と月の入れ替わりを再現しているらしい。
それを裏付けるように、偽物の太陽と月は現れる方角も消える方角も同じだ。また、魔境の外周部分で見たときは本物とほぼ見分けがつかないと思っていた偽物のそれは、近づくほどに実際の太陽や月とはかけ放たれたものであることに気づく。なにせ、いくら魔境の中心地に近づいても気温が上がらないばかりか、偽物の太陽から感じられる明るさもあまり変わらないのだ。恐らくは、本物の太陽に似ているのは見かけだけで、実際の機能までは再現されていないと思われた。
それでも巨大な岩塊が一日に二回も空高く打ち上げられる、という不可思議な現象が起きていることには違いない。それが魔境特有の現象なのか、あるいは何らかの存在によって成されているのかは分からないが、いずれにしろそこにたどり着きさえすればその疑問も晴れるだろう。
そんなことを考えていると、自然に歩みの速度も早まる。疲労に飲み込まれそうになっている兵士たちには悪いが、目的を果たすためにも、魔境の最奥に向かって先を急ぐことにしよう。
【メイコツ汽車】:六十一ページ目初登場
【グレルドーラ軍式魔導機装車】:六十三ページ目初登場
【星鳴の風車】:四十二ページ目初登場
【ファイネ式試作夜叉鎧・雷型】:六十三ページ目初登場
【瘴気愛す夢死姫】:異譚~カシーネの歓喜~初登場
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