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笑顔でいれば  作者: 安芸 晃次
第一章 転落
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第一話 会社をたたむ

「水原さーん、そろそろ行きますか?」


 明日から盆休みだというのに重要な会議って一体何なんだろうか。



「あ~暑いし面倒くさっ、野崎君、相川君仕方ないから行くぞぉ」


「社内でやればいいのに、わざわざ外で会議室まで借りて何の話ですかねえ」


「まさか会長の新しいズラを社員に見せる気なんじゃ?」


 野崎君と相川君は自分と同期入社で七歳ほど年下の営業だ。



「今の社長は次男だから三男に交代でもすんのか? そしたら社長が会長になって、長男の会長は……名誉会長?」


 他の同僚たちも同様に愚痴っている。


「この暑い日に上着着て行くんか? うちの会社もクールビズだろ」


「クールビズより冷えたビールでしょ」


 くだらない話をしながら社員二十数名が真夏の炎天下を五分ほどダラダラ歩いて近所のビルの一室へ入る。



 大きな会議テーブルの奥に西村四兄弟が座っていた。

 冷房が効いた涼しい部屋で次男の社長はなぜか汗だくで神妙な顔つきだった。



 社員が全員揃ったところで社長から一言。


「役員で話し合った結果、会社をたたむ事になった。これまで頑張ってくれた社員の皆さんには本当に申し訳ない」


 社長は立ち上がり深々と頭を下げた後、その場に土下座して我々に何度も詫びている。


「私の不徳の致すところです。突然で申し訳ない、本当に申し訳ない」


 ため息をつく社員、社長の姿を見て泣いている人もいる。


「これは夢か……」



 しばらくして社会保険労務士が今後のスケジュールについて説明を始めたが、あまり頭に入ってこない。


 どうやら現在の事務所は同業で印刷大手のオクダが営業所として使うらしい。我々社員はオクダで働くか、辞めて他の仕事を探すかの選択をしなければならないようだ。

 それと、退職金が少し出るらしい。少しってどれくらいなのか。


「盆明けから役員、労務士先生と個別面談を行うので詳しい話はその時に」


 みんな無口になって会社まで歩いて帰る。



 横浜の大学を卒業して実家へ戻り、最初に就職した会社では営業社員のほとんどが朝八時半の出勤から午前零時過ぎまで毎日ひたすら働いていた。先輩営業が年齢と共に弱っていく姿を見て、これでは身体が続かないと三年で辞めた。


 心機一転二十六歳で株式会社西村印刷に入社して十二年間勤めてきた。

 すごく良い会社に巡り合えて運が良かった。午前中と夕方以降が忙しい会社で定時には帰れなかったが、それでも九時には帰宅できた。昼間が暇だったので毎日営業車で昼寝もできた。給料もまあまあ、賞与は少なかったが営業車を自家用車代わりに使用できるという大きなメリットがあった。


 家に帰ったら美香に何て話そうか。そればかり考えていた。


 入社四年目の二十九歳のとき美香と結婚して、披露宴には社長が来てくれた。その後も夫婦で何度も食事に誘ってくれた。同僚社員や下請けの印刷屋さんとも公私共に仲良くしてきた。


 帰りの運転中、社長が土下座している姿を思い出して視界がぼやける。



 美香三十四歳、結花七歳、亮介三歳。


 平成十七年八月、三十八歳の暑い夏の日だった。


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