ショートショート・メリーさんの経験した本当にあった怖い話
鈴虫の涼しい鳴き声が星空に響く猛暑の夜、柳の木の下に前髪を垂らし怪しげに笑いながら女が一人、サラリーマンで賑わう居酒屋を見ていた。
「フフフ......やっと......見つけた......」
ポケットから電話番号の書かれた紙を取り出すと更に口角が上がり思わずヨダレを垂らす。
「姿を消して会社に侵入した甲斐があったわぁ」
すると居酒屋の戸がガラガラガラと開くのに気づき、急いでスッと姿を消した。
「先輩、飲みすぎっすよ~」
「良いの良いの~明日から長期連休なんだしぃ~」
「まぁ僕は仕事ですけどね、トホホ」
頭が荒野の様に何も生えてなくツルッピカッとした汗をダラダラと垂らす千鳥足の中年男とそれを支える爽やかな青年が店からでてきた。
「あーあ、どこかに可愛い子から電話が来たりしないかなぁ」
想像したのか、「デュフッデュフフ!」と笑い始めた。
「康太さん、そういう所が女の子たちをドン引きさせるんですよ」
「良いんだよ!どうせ僕は一人だから!いいよね!勇人君はイケメンだから、はーあ!幽霊でも誰でもいいから来ないかなー!」
あーだこーだと愚痴を言う康太に勇人は「そうですね~」と相槌をしながら家路に着き、二人は会社の寮に帰った。
「じゃあお疲れさまでした、おやすみなさい康太さん」
「はいはーい、おつおつ~」
ペコリと頭を下げる勇人に手を振って部屋に入る。
「はぁ~明日も仕事か......トホホ」
明日の事を考えると気だるくなり、思わず猫背になる。
「たーだいま、まぁ一人だけど」
体内の息を全て吐く勢いで長い溜息をしていると、鞄に入っている会社の携帯電話がブルブルと震えた。
「明日お世話になる会社の人かな?こんな時間に?」
電話を手に取り電話番号を見るが文字化けしていて読めず、とりあえず電話に出ることにした。
「ハイ!ダイライスエンジニアリング株式会社東日本ブランチです」
「ふふふ......繋がったぁ......」
小さくか細い女の声、気のせいかゾワゾワと鳥肌が立つ、(この気味の悪い感覚もしや)と思い電話を切ろうとした時には遅かった。
「電話は切れないわよ~」
どこからか見られているのかバッと後ろを見るが誰もいない、恐怖のあまり今まで聞こえていた時計の秒針が刻む音が聞こえなくなり、心臓の心拍する音だけがうるさく聞こえていた。
「あ、貴方は誰なんですか?」
「私はメリーさん、今貴方の住む寮にあるトイレに居るの」
確かに外廊下からジャーと流す音が聞こえてきた。
「メリーさんって幽霊の?」
「幽霊なんて酷いわぁ......」
怒ったのか少し低い声になる
「あ、あああ」
(終わった、殺されるやつだ!)
「私今貴方のドアの前に居のぉ......」
怖くなり携帯を真っ二つにへし折るとベッドに潜り込み息を殺し気配を消した。
トントンと定番のドアの叩く音がした瞬間、心臓が凍り付いてお漏らしをする。
......が何度も何度も聞こえてくるドアのノック音は少し遠く聞こえてくる。
(あれ?よくよく聞いたら康太さんの所から聞こえてくる、なんでだ?)
ジッとしていると壁越しから「なんだよこの真夜中に!......もしかして美少女?」と康太の気持ち悪いセリフが壁越しから聞こえてきた。
(やっぱり間違ったのか)
勇人はホッと胸を撫で下ろす。
■ □ ■ □ ■ □
「ふふふ......来ないならこっちから行っちゃうわよ」
一歩前に足を踏み出した瞬間だった
「は~い、おまたせ可愛い子ちゃん!」
突然ドアが開くと共に出てきた
溶けたアイスの様にドロドロに汗を流すパンイチ姿の中年男に、思わず言葉を失う
そんなメリーさんには関わらず康太は肌が雪のように白く人形の様に整った顔の着物姿の彼女にテンションが上がったのか、息が荒れ手をワシワシと握ったり開いたりする。
「はぁはぁ......キミ、何て名前?てかこの際そんなこといいか、ぼk、オレの家に来たんだよな!歓迎するよ!」
声をワザと低くしてキリっとする。
「あ、いや、わ、わたし」
「何を恥ずかしがってん?俺の家にこんな時間に来といて」
壁ドンされ腰に手を回された瞬間「ヒィ!」と可愛い声をだす
「間違ったとは、言わせないぜ!」
「わ、わわわわ私本当に間違えて......」
「フッ!緊張するなよ、大丈夫」
「嫌何が!?」
「そういうの期待して来たんだろ?」
青白いメリーの顔はボッと赤くなる。
「違います!」
徐々に近づく康太からスッと体を透明にし遠くまで逃げた。
「チョッ!待てよ!」
するとメリーが落としたケータイに気づいて広いあげた
「あ!あたしのメイン携帯!」
「ほ~君のかぁ......ほら、返してあげるからウチに来な、中身ちゃおっかな~」
「アンタは悪魔か!」
「どうしたの?グへへ......開いちゃうよぉ~」
手汗でヌチャァとしたガラパゴス携帯がゆっくりと開き液晶が白く光る。
― メリーさん、パスワードをお入れください
ヒント、好きなお菓子 ―
画面を見た瞬間康太は薄気味悪くニタァと笑った。
「ふ~んメリーちゃんっていうんだぁ外国人?」
(コイツバカだ!)と心底思ったが、今はそれどころではなくとりあえず携帯を見捨ててカランカラン下駄の音を鳴らしとっさに逃げる。
「走り方も可愛い......」
康太もズシンズシンと重いからだを揺らしながら追いかけた。
「いや、もうどっちが幽霊なんだか分からないな......とりあえず、メリーさんファイト!」
勇人はドアを細く開けて見ていたのだった。
■ □ ■ □ ■ □
「や、やっとまけた......」
閉店した真っ暗なデパートに入ったメリーは、フードコーナーの椅子に腰を下ろした。
「てか、なんで私が逃げてるの?普通逆でしょ......」
グッタリとテーブルに突っ伏す、ひんやりとしたテーブルが心地よく疲れと恐怖を徐々に柔らかげた。
「フッフッフ、9階まではこれまい、しかも全てのドアは鍵が閉まってるからね」
安堵の息をついた時だった、突然ピロピロと着信の音が聞こえる。
「この音は私のスペア携帯のスマホ、この電話番号知ってるの貞子だけなはずだけど......」
スマホを手に取り慣れない手つきでそうさして電話に出る。
「はい、もしもし」
その瞬間だった、ダムが壊れたようにとてつもない速さで再び恐怖が湧き上がった。
「しもしも〜?私康太、今5階に居るの」
「ッツ!?」
「フヒッフヒヒヒヒヒヒ......動かずに待っててね♡」
「あ、あば、あばばばば」
ガタガタと震えて思わず携帯を落とす
「ななななんで居場所が分かるの?もしかして私と同じ幽霊?てかヌメヌメしてたし幽霊っていうか妖怪っぽかった……って今はとにかく逃げなきゃ!」
生まれたての子鹿のように足をガタガタと震わせながら走り出す。
(逃げるって言ってもどこか安全な場所あるの?あいては妖怪でしょ?そんな隠れるのなんて無茶でしょ!)
すると遠くの方にトイレの案内表見つける。
「人間は逃げる時よくあそこに隠れるし私もあそこに隠れるしかないよね」
女子用トイレに駆け込み手前から4番目の個室トイレに入る。
ハァハァと切れる息を押し殺しジッとしている。
「なぁなぁ」
不意に聞こえてくる少女の声に「ギャーーーー!」と思わず飛び上がり天井に頭をぶつける。
「あはは、メリーおねえちゃんおもろいなぁ!」
「な、なんだ花子ちゃんかぁ」
ヒョッコリと頭を出す花子にメリーは「驚かさないでよぉ……」と少し怒ったように言う
「なーにしとるん?はなこもいれさせてぇなぁ」
「ちょっと妖怪から逃げてるの」
「ぬりかべ?かっぱ?」
興味津々な彼女に「もっと恐ろしい者よ」と言いドアを少し開けて外の様子を見る。
「もしかしてまたあぶないところにでんわかけちゃったん?はなこのオカンがやめなさいっていってたで」
「違います〜家を間違えただけです〜」
「そうなんか?まぁ、いたでんはやめたほうがええよ?」
25歳が、10歳の子供に説教をされていると再びプルルルルとスマホが鳴り始めた。
「ヒィッ!また」
「なんなん?ようかいさんなん?はなこにはなさせてぇなぁ〜」
コアラのように背中に抱きつく花子を無視し、固唾を飲んで恐る恐る電話に出る。
「は、はい、わたくしメリーさんでございますです」
「ドゥフフ〜私康太……今あなたの隠れてるトイレの前に居るの」
康太の声を聞いた花子は「なんかヤバそうだからはなこかえるわ、ほなな〜」と逃げるようにトイレの中に飛び込み姿を消した。
「チョット!」
思わず声を出してしまい急いで口を両手で塞ぐ。
「ドゥフッ!可愛い声が聞こえちゃった〜」
声は電話越しじゃなくても十分に聞こえ、足音とカン、カン、カンとアルミの棒で地面に突く音が近づいてくる。
「どーこに居るのかなぁプスス〜」
一つずつ個室トイレのドアがキィ〜とゆっくり開けられて行く。
その度に額から吹き出る汗の量が増えて行き遂に自分のドアが開けられた。
「みぃつっけたぁ〜......ってアレ?」
そこには誰もいなかった、いや居ないように見えただけだった。
メリーはドアの裏に隠れてたのだ。
(はやく、早くどっかに行って!)
透明になれる能力は50分に一回だった為今は使えなかったのだ
(あと4分でスキルが使える......早く出てって)
思いが通じたのか「ね〜何処にいるの〜」とゆっくり出て行き、徐々に足音が遠くなり消えていく
「やっと出て行った、でも何を持ってたんだろう......何か引きずる音が聞こえたような、まぁいいか」
走ってお手洗いから出ようとした、その時だった
「美少女ゲットたぜーーーー!」
康太だった、虫取り網を振り上げた康太が真横にいた。どうやら待ち伏せをしていたらしい
「アバババババ!」
メリーは急いで透明になり死にものぐるいで猛ダッシュする
「なんで透明になっても私のことが見えるのよー!」
「ウケッ!ウケケケケケ‼︎メリーちゃんの香りが教えてくれるんだよぉ〜ハァハァ」
「この化け物がー!」
ヨダレをダラダラ垂らし網をブンブン振る康太に逃げるメリーは逃げ道を探していると窓を見つける。
「ラッキー!あそこなら逃げられる!」
幽霊にも階級があり底辺の幽霊はガラスしか通り抜けられることが出来ないのだった。
海に飛び込むように頭から窓を通り抜けると、追いかけるのに夢中になっていた康太はビターンと壁にぶつかり倒れた。
「やっと逃げれ……たあぁぁぁぉぁあ!」
安心したのは束の間、自分のいたところが9階だった事を忘れていてそのまま体を躍らせて落ちて行った。
「この高さはヤバイって!死ぬ!死ぬーーー!」
「神様仏様キュアロリイタリアン様どうか私をお助けください!」と必死に何度も胸の前で十字を切るが、凄い音を立てて地面に叩きつけられるのだった。
「カハァ‼︎……ってあれ?痛くない?」
周りの悲鳴をあげていた人達は死体が蘇ったと勘違いしてパニック映画さながらに遠くに逃げて行ってしまった。
「血も出てない……そうか、私はもともと死んでたから平気なのか!」
ホッとすると、遠くの方から「メリーちゃあーーーーん!」と今度は地引網をカーボーイの如く振り回しながら凄い速さでどすどすと近づいてくる康太が見えた。
「しつこすぎー!」
腰を上げて再び逃げる、屋根を飛び越え海を泳ぎ空を飛び逃げて逃げて逃げ続けた。
「アレはもう海坊主なんかじゃない......新種の上級妖怪よ!私が勝てるはずが」
もう足が鉛のように重く諦めかけた時だった、視界に交番がふと入り込む。
「ココだ!」
死にそうになっていたメリーは水を得た魚の様に元気になって交番に駆け込む。
「「「どうなさいましたか?」」」
三人の警察官が声を合わせていう
「変な男に追いかけられているんです!いや、アレは人間じゃない妖怪だわ!お願い助けて」
しかし三人警察官達はさっきの活気が消え血相を変えた。日本人形のように顔を蒼白にしガタガタと震え始めたのだった。
「あ、あがっあがががが......幽霊だ......幽霊だあぁぁぁぁあ!」
「うわあぁぁぁぁあ!」
「悪霊退散!悪霊退散でありまーす!」
一人は腰につけていた拳銃を握ると銃口を加えて自殺し、錯乱した二人は乱射し始めお互いの銃弾がお互いにあたり倒れる。
「......え?」
一瞬で起きた嵐のようなスプラッター劇に思考が追いつかずに固まるメリーだったが、時間は容赦なく過ぎていくもので
「メリーちゅわーん」
ユラリユラリと血で染まった床に足を踏み入れ近づいてくる。
「ちょっ!ちょっとタンマ!」
「僕はまだないよぉ〜......デゥフフフ〜」
腰の骨が抜けヘタリと尻をついて後ずさりをすると、さっき警官が使った銃が指先に当たる。
「キッ、キヒヒヒヒヒヒヒ!これで僕もリア充だ!」
「いや、今のあなたはリア獣だから!ただの獣だから!」
「ドゥルフフフフフ‼︎」
ヨダレを垂らしながら回していた地引網を放つ
「ッツ⁈」
巨大な編みがブワッと頭上に広がり終わったと思い頭が真っ白になるものの、自然と体が動き小銃を手に取り引き金を引き何発も撃つと頭上の網はバラバラになりボタボタボタと地面に落ちた。
流石の康太も驚いたのか、銃弾の火薬の匂いとともに静寂が場を支配する。
「フヒッ!フヒヒヒヒヒヒすご〜いメリーちゃん銃も扱えたんだ〜」
「普通の人ならこれで逃げるはずなのになんで⁈」
「フヒッ、なぜ逃げないかって?そこに美少女がいるからさ......」
「いや登山家みたいなこと言っても心に響かないから!」
康太は破れた網を捨てるとジャンプして覆いかぶさるように襲おうとした。
メリーは前に走り簡易一発避け外に出る。
「だれかー!誰か助けて!」
すると夜風と共にシャンッシャンッという心地よい鈴の様な音が聞こえてくると、電信柱の陰から色鮮やかな三衣を着た一人の男が出てくる。
「そこのお嬢さん私の後ろへ」
錫杖をシャンっと地面に力ずよく突き、闇から現れる康太をキット睨む。
「どけよぉ......フヒッフヒヒヒヒ......」
「なんだあのヌルヌル、妖怪か?」
「妖怪よ!怪しいもの」
男は「なるほどう」と裏ポケットから数珠を出し右手にはめて胸の前で祈る様な構えをした。
「これ妖怪!直ちに立ち去らなければこの陰陽師である私が貴様を成仏させてやる」
「デュヒッ!陰陽師かよ~生で見るのは初めてだ」
陰陽師はいつもはほとんどの人が私服か寺の服である為人前では消して姿を見せないのだ。
「さぁたちされぃ!」
「きひひひひひひ......」
ヨロリヨロリと歩き出した康太に陰陽師はシャンッと錫杖を着いてから静かに何かを唱え始める
「ほうげんれきょほうげんれきょう、へけれっぺの......」
数珠の球が赤く光ると「パッ!」と構えてる祈っていた手を冷たいコンクリートの地面につけるとそこから波動が周囲に広がる。
「ぬわああああああああ!」
「フッ!成仏しろよ」
「......って何にも感じない」
「は?」
緑色に光る粒子がふわりと頰をかすめ陰陽師は後ろを振り返ると、
光となって消えていくメリーの姿が目に入る。
「ま、まぁこういう事もあるよね......」
沈黙が流れ数秒後「散!」と言い風のように何処かに去って行った。
■ □ ■ □ ■ □
ー数日後
「あの子ずっと姿現さないけど大丈夫かしら」
康太に会った一夜のあと恐怖のあまり引きこもる様になったメリーに心配し、
貞子は家のドアを叩く。
「おーい!会いに来たわよ!開けなさいよ!」
しばらくドンドンと叩くとドアがゆっくり開いた。
「どちら様ですか?」
「幼馴染みの声も忘れたわけ?ってかゲッソリしてどうしたのよ!死んじゃうわよ」
「いや、もう死んでるし」
「とりあえず上がらさせてもらうわよ」
「どうぞ......」
ずかずかと入る貞子を入れると周りを見てからドアを閉めた。
「あんた部屋の中央にあった最新型の電話どうしたの?」
「捨てた......」
「は?」
「捨てました、あと携帯電話も全て」
そのセリフを聞いた瞬間、貞子は目が落ちそうなほど見開き口をポカーンと開ける。
「あ、あの年がら年中引きこもって電話してる電話大好きっ子のあんたが?」
「引きこもってないし!失礼な」
ぷくーと餅のように頬を膨らませる。
「何かあったの?」
「実は......」
メリィがあった事全て話す。
「......大変だったわね」
呆れて何も言えなかった貞子は一言だけ言い優しく抱きしめた。
その後メリーさんが電話をしてくる話はただの伝説となり、
メリー自身も人間界に電話をすることはなかったという。
― おまけ ―
「そう言えばメリーさんあの後どうしたんだろう......」
一人キッチンで手際よく料理している勇人はポツリと呟く
するとザーザーとリビングからテレビの砂嵐音が聞こえてきた。
驚いた勇人は思わず固まるが砂嵐音と共に徐々に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「この声ってもしや」
包丁を置き恐る恐るリビングにいく
「やはりあなたでしたか」
康太に襲われていた時の素のメリーを知っているからか恐怖と言う感情は全くなく、
逆に元気そうでよかったという友達の様な感情があった。
「はい、メリーでございます。前はいたずら電話をしてしまい申し訳ございませんでした」
テレビ画面は砂嵐のままだが声だけがしっかりと聞こえた。
「いいよ、少しビビったけど......とりあえず上がっていいですよ」
「ではお邪魔いたします」
テレビからメリーが頭からゆっくりと出てくるが、慣れていないのか腰辺りまで行くとバランスを崩し床に顔を強打する。
「だっ大丈夫ですか?てか何故電話をしてこなかったんですか?」
「いや、もう電話はこりごりなんです......」