1-2 現実の探偵が殺人事件を解決するなんてありえない
「実はですね。昨日の夜、九時頃、ここからまっすぐ南に行った所にある交通公園で刺殺された死体が発見されました。鑑定の結果、被害者の死亡時刻は昨日の晩6時から8時までの間だと判明したんです。凶器は刃渡り十センチほどのナイフでした。第一発見者は近所に住むジョギング中のサラリーマン。私はたまたま、こちらの管轄の捜査一課の警部殿と以前私が捜査した事件の話をしながら会食をしていたんですが、警部殿の携帯にこの事件の報告がありまして同行させてもらったんですよ。現場に残っていた足跡からこちらに逃げた算段が高いと思いまして、この辺の民家を訪ねているのですが、なぜかみんな話を聞いてくれないのです」
現実の探偵が殺人事件を解決するなんてありえない話だ。日本の警察組織は優秀で、かなりの検挙率と聞いている。
この女子高生は、どうみてもただの美人な高校生にしか見えない彼女は、まるで自分を漫画や小説やドラマや映画やゲームに出てくるフィクションの世界の名探偵のような口ぶりだ。
ありえない。
ありえない事が人生には起こりうるってことは嫌って程に僕は重々承知だ。
なんせ僕は一年前に神様に会ったのだ、だがこの世に神はいても名探偵などいない。
刑事事件を解決する名探偵など居てたまるか。色々と問題だ。法律とか警察のメンツとか。
そのあり得ないことを矛盾なく論理付けるならばこういうことなのだろうか?
『難事件を解決する名探偵に自分もなれたらいいなという、高校生にしては現実を見れていない夢を、まるで特撮ヒーローに憧れるあまり、自分もヒーローなんじゃないかと勘違いする幼稚園児のような、そんな現実と妄想がごっちゃになった痛い子』
探偵と名乗るだけならば、浮気調査とかペット探しとかの実際にある探偵事務所のバイトをしている女子高生ということなら、本当はバイトだけど少し背伸びして「探偵」と名乗った可愛らしい乙女心という解釈も用意してあげれたのに。
よし。この子は痛い子。僕はそう認定した。
なぜかみんな話を聞いてくれない?当たり前だ。
痛いからだよ!
なんかもう可哀想に思えてきた。
「それはさ、君が怪しいからじゃない?」
よし言ってやった。これは優しさだ。同情からくる優しさだ。この世で一番安い優しさだよ。一パック100円に半額シールが貼ってあるぐらいの優しさ、誰も買わないなら捨てるぐらいの優しさだ。
僕の優しさでハッとして自分の痛い部分にまで気付け!突然の事態に思いがけない自分に会ってしまえ!
「な、私の何処が怪しいと言うのだ!私には怪しく思われる所などない!」
気付いてくれよ!
彼女はハキハキとはしてるものの、さっきまでの丁寧口調とは変わったうえに、随分と声のボリュームが上がる。
表情も感情がそのまま出てる子供のようになり、見た目の印象も幼くなった。精神年齢的にはそんなものなのだろう。
なんせこんな痛い妄想をしてるわけだし。
「どこがだ!全部怪しいじゃねーか!」
こんな通る声でボリュームまで大きくされれば、僕も負けじと声を張ってしまうのも仕方がない。子供の相手をするコツは子供の目線になることだと聞いたことがある。
別に腹など立てていない。
せっかく美人と話せるチャンスが台無しだ、なんて思ってもいない。
「なんだと!じゃあ言ってみたまえ!私の怪しい所を!」
「全部だよ!女子高生が殺人事件を解決してたまるか!この野郎!」
「それのどこが怪しいのだ!もっと論理的な発言をしろ馬鹿者が!というかこの家の方が怪しいではないか!」
「僕の家のどこが怪しい!」
なんてことを言うんだ。
「表札は出ていないし、こんな閑静な住宅街で平屋のコンクリートむき出しの一軒家なんて風情がなさ過ぎる!それにな
んだ君はぶっきらぼうな顔で!初対面の人間に怪しいなどと言うな!失礼だぞ!」
無骨でカッコいいじゃないか!なにが風情がないだ、初対面の人間の顔のことを言う奴に失礼とか言われたくない。
そうだよ、ここは閑静な住宅街なんだ。こんな朝早くに大声を出してはいけない。
美人とはいえ、こんな痛い奴と張り合っていても仕方がないのだ。名探偵様には即座にご帰宅いただこう。
「わかった、わかったから静かにしろ。そして帰れ」
「なんだ逃げるのか、ますます怪しいな。さては貴様、この家でよからぬことをしてるな」
「してねーよ、なんだよ、貴様とかよからぬこととか」
こんな演劇じみた言葉をポンポンと出す人間を見たら、漫画を読み過ぎると馬鹿になるってのは本当かもしれないと思ってしまう。
いや漫画を読んだくらいで馬鹿になる奴は最初から馬鹿なのかもしれない。
「まさか君が公園での殺人犯じゃないだろうな!」
「なんでいきなりそうなるんだ!そんな訳ないだろ!」
「犯人は皆やってないと言うものなんだ!」
「ああ!もう煩いな!わかったよ!じゃあ確認してみろよ」
「ならあがらせてもらおう!お邪魔します!」
丁寧な挨拶とは裏腹にずかずかと玄関からリビングまで入っていく。
「本が沢山ある以外は中は普通じゃないか!」
「だから何もないって言ってんだろ?」
「いや普通なのが更に怪しい」
「もはやいいがかりじゃねーか、帰れ!」
「なに?人を家に招いて茶も出さずに帰れと?」
本当にこいつ頭おかしいんじゃないのか?いきなり人を犯人扱いしといて臆面もなく茶を出せとか、いやおかしいのか、頭がおかしいのはわかってたけど、ここまでおかしいとは思わなかった。
「招いてねーだろ、お前が勝手に訪ねてきたんだ」
「君が確認しろと招き入れたではないか?」
あーもう駄目だ、馬鹿なんだ。話が通じない。根本的に通じるものがない。
「わかった、わかった。お茶出してやるからそれ飲んだら帰れ」
「私、玄米茶な」
「麦茶しかねーよ」
「あんな香ばしいだけのもん飲めるか!」
「はあ?麦茶美味いだろうが!ていうか玄米茶だって香ばしいだろ!」
最悪だ、こいつ。僕なんでこんなやつを可哀想とか思ったんだろ。
やっぱりただのガキじゃないか。
僕がキッチンに行って水道水をマグカップに乱暴に注ぐ。
芦ノ谷はソファに座ってリビングを見渡している。
「寛いでんじゃねーよ!」
僕は乱暴にマグカップをテーブルに置く。
「君はゲストをもてなすホストの義務というのを知らないのか」
「うるせーなー」
「うわ、カルキ臭っ、麦茶よりマシだけど」
水道水を一気に飲み干す。
「お前、どれだけ性格悪いんだよ」
「私の性格が悪いわけないだろ、何言ってるんだ」
「じゃあお前友達いるのかよ?」
「いない!探偵に友達など必要ないからな!君にはいるのか?」
いなかった。だってヒキコモリだもの。
「クソ!なんで僕には友達がいないんだ!ここは友達の良さをアピールするところだろ!」
「はは、ざまあないね」
「なんでこんな奴に馬鹿にされなきゃならないんだ」
「ふふん!どうしてもというなら私がなってやろうか?」
「探偵に友達など必要ないんじゃないのかよ?」
「な、お、覚えてろよ!またくるからな!」
こうやって芦ノ谷はテンションMAXのまま、最後は悪役のように帰っていった。
「最初から最後まで理解出来なかった、なんなんだよ」