96 ネズミ狩り①
次の日の朝、ノエルは捕まえた男から得た情報をもって闇ギルドの本部に来ていた。
そこには既にネズミ狩りを行うメンバーが集められており、志願者も含めるとかなりの人数である。
ちなみに志願者だからと言って彼らはノエルやミネルバが考案した強化訓練を突破してきた猛者たちであった。
そこに百合子の強化アイテムが加わり、その強さは冒険者で言えばAランク上位に匹敵する。
しかしそんな彼らだが頭に付けているハチマキがノエルに小さくない不安を与えている。
そこには大きな文字で「ベルファスト命」と書かれており、彼らがどういった目的で今回のネズミ狩りに参加したのかを表していた。
ベルが地上に頻繁に表れる様になってから1年以上の歳月が経つ。
その間に信者獲得の為にこの王都だけでなく多くの場所でベルは活動を行ってきた。
その結果、ベルは広い範囲で信者を獲得し誰が始めたのか、いつの間にかファンクラブの様な物が出来ていた。
その人数は今も拡大し、闇ギルドの中にも存在する。
そして彼らの中には明確な二つの目的がある。
その一つはベルを見守る事。
これは行き過ぎたファンが彼女に迷惑を掛け、地上に来なくなる事を懸念して結成された。
そのため彼らは時間の空いたものでシフトを組みベルを見守っている。
そこに他意は無く多くの会員が喜んで参加していた。
そしてもう一つがベルを影から実力的に守る事である。
会員の中にはどうしても多くの一般人が含まれている。
そのため、ならず者や力のある者達が知らずにベルへと迷惑を掛けた時、それを直接排除する者達が必要であった
そしてここにいる者たちはその排除部隊の者達のようだ。
ちなみに今回の作戦は囮作戦で行く事が決まっている。
それは敵の第一目標が昨日の尋問でベルである事が判明したからだ。
そのためベルを街中を歩かせて囮とし、そこに釣られた工作員たちを捕まえて行く事に決まった。
そして、その事を伝えに行くとあっさり了承され、その護衛は蒼士がしてくれる事になった。
どうやらあちらはあちらで何かの話し合いが既に行われていたようである。
しかし、それを言って来たのは冬花とカグツチで蒼士はどうやら何も聞いていなかった様だ。
ノエルはその時、初めて蒼士の困ったような顔を見て内心で笑みをこぼす。
そして、その日の内に計画は実行され、ベルと蒼士は二人で出かけて行った。
それを見送る冬花とカグツチは優しい笑顔をベルへと向ける。
そして、時間は少し戻り昨日の夜。
俺が家に戻るとリビングにはパメラ、クレア、カルラがのんびりお茶を飲んでいた。
「お帰り蒼士。もう帰って来たのね。」
そう言ってクレアは俺にもお茶を注いで渡す。
それを受け取り一口飲むと息を吐いた。
「これはクレアが淹れたのか?」
「ええ、口に合えばいいけど、お味の方はどう?」
クレアは少し不安そうな顔をしながら問いかける。
俺はもう一口お茶を飲むと満足そうに頷いた。
「やっぱり美味いなクレアのお茶は。俺自体は初めて飲むが記憶にある通り落ち着く味わいだ。」
するとクレアは笑顔になると同じようにお茶を一口飲みホッと息を吐く。
そして、落ち着いた所で冬花たちはどうしたのかクレアに問いかけた。
「ああ、あの二人ならベル様をお風呂にドナドナして行ったわよ。何か大事な話があるんじゃない。二人とも顔がマジだったし。」
「そうか。あまりいい予感はしないが今は二人に任せよう。それよりパメラとカルラも疲れただろ。部屋はもう聞いてるか?」
すると二人は首を横に振り、まだ聞いていない事を伝えて来る。
そのため冬花たちの事は後回しにすると二人をそれぞれの寝室へと案内した。
一応幾つも部屋はあるが、それらの部屋には既に最低限の家具と寝具は設置している。
そして二人を部屋に案内すると、再び一階に戻り冬花たちを待った。
その頃の冬花たちは浴室でベルを挟み3人並んで湯船につかっていた。
ちなみにベルの服は普通に脱ぐことが出来、3人とも裸である。
そして、ベルの額には汗が浮いているがこれは風呂に入り過ぎたとかではなく、両サイドの冬花とカグツチから感じるプレッシャーが途轍もないからだ。
二人は湯船に浸かってからずっと無言を貫いておりベル自身も話しかける切っ掛けを掴めず無言を続けている。
そんな時、やっと冬花が口を開いた。
「ベル。単刀直入に聞きますが蒼君の事をどう思っていますか?」
するとベルは思ってもいなかった質問をされてあたふたと慌て始める。
しかし、その頬は朱色に染まり始め、まだ何も言ってはいないが嫌いではない事は冬花たちには伝わった。
そして、ベルはどのように答えようかと考え蒼士の顔を思い浮かべる。
するとなぜか更に顔が赤くなり初めて意識した事で鼓動が大きく跳ねた。
しかし、ベルの長い神生の中で、初めて感じる体の異変に訳が分からず彼女は首を傾げるしか出来ない。
その行動に二人は不意にデジャブを感じ、冬花はカグツチと視線を交わした。
「もしかして、ベルは恋をした事が無いのか?」
するとベルは真っ赤な顔で俯き「うん」と小さく頷いた。
「今まで大切な人とか友達はいたけど他人を愛するって気持ちがイマイチ分からないの。特にカティスエナが主神になってから皆自分の事で精一杯になってしまったから、そんなこと言ってる場合じゃなかったし・・・。それに次第に周りの仲間が消えていく中でそんな事言い出せる雰囲気でもなかったの。」
そう語るベルの瞳にはすでに涙が浮かんでいる。
しかし、それを洗い流す様にお湯を顔にかけると笑顔を浮かべた。
「でも今は違うのよね。ノエルたちのおかげで次第に消えた仲間たちが天界に戻り始めてるわ。まだまだ少ないけどこのまま続けて行けば、きっと皆帰って来るはずよ。」
そう言って拳を握り決意を固めるベルを見て冬花とカグツチは苦笑を浮かべる。
そして、冬花はベルの内心を聞いてこのままではベルは他人を愛する事を知らないまま生きて行くのではと心配になり始める。
それは蒼士を愛している冬花にとってはとても悲しい事に思えた。
そしてそれはカグツチも同じのようで先ほどの様な厳しい雰囲気はなりを潜め、心配そうな顔を浮かべている。
どうやらカグツチは昔の自分とベルを重ねているようだ。
彼女は少し前まで剣の事以外はあまり気に留めない性格だった。
しかし、蒼士と出会い愛を知って大きく変わった。
見た目も行動も、そして心も大きく変わり今は前以上に幸せである。
その事を伝えるためにカグツチはベルへと声を掛ける。
「ならば明日、蒼士への気持ちを確かめたらどうだ?」
するとベルは「どうやって?」と首を傾げる。
「明日にでも蒼士と町を周って来るといい。町中に変なのは沢山いるが蒼士と一緒なら大丈夫だ。」
そう言ってカグツチは真直ぐにベルの瞳を見た。
すると、ベルは再び顔を赤くして両手を左右に振り慌て始める。
「い、いいよ。そこまでしなくても。それに彼は二人の恋人でしょ。それなのにそんな逢引きみたいな事出来ないわ。」
そしてベルは冬花へと視線を向ける。
しかし、冬花はここでカグツチの味方に回った。
「大丈夫よベル。蒼君の心は私達の物だからあなたと出かけても逢引きにはならないわ。」
するとベルは「そ、そうよね。」とあからさまに落ち込んだ顔を見せる。
そして、その顔で二人はベルの本心を感じ取り攻勢に出た。
「でも、蒼君もあなたの事を大事に思ってるみたいよ。普段は怪我してるからって助けたりはしないし、あんなに苛立ったりもしないわ。でも、蒼君に認められるチャンスは今だけよ。今回の事が終わったら私達は元の世界に帰るのだから。それに私達も脈が無ければこんなこと言わないわ。」
「そうだぞ。それに言っておくが神が一度好きになったらその思いは膨らむばかりだ。後になってからだと手遅れになるぞ。」
そして結局、ベルは二人に流され自信なさげに頷くと明日は蒼士とお出かけする事になった。
その夜、ベルは蒼士の事がなかなか頭から離れず、眠ったのはベットに入りしばらく経ってからだった。
そして朝になり寝過ごしたベルは急いで一階に下りる。
そのためノエルの計画を知らないままに蒼士と出かけて行くのであった。
そのさい蒼士は冬花から買い物リストを貰いそれを元に町を周る事になるのだった。
家から出た直後の事。
俺は早速、いくつもの殺気の籠った視線を感じ取った。
それは少し離れた曲道だったり人ごみの中だったりと様々だ。
ちなみにこの町の住人はほぼ全てと言っていい程、ベルのおかげで魔法が使える様になっていた。
更にイベントなどで人気があり、この国には彼女に殺気を向ける様な輩は存在しない。
それに、この町では闇ギルドとファンクラブの活躍により危険のある者達は改心するか処分されている。
そのため気配で正確な位置まで分かる俺にとって、彼らはプラカードを掲げているも同然だった。
そして、この手の事に関してはノエルやロックも同様のことが出来る。
そのため殺気を感じ取って1分も経たない内に気配が一つ、また一つと消えていく。
その事を感じ取った俺は緊張しているベルには何も言わずそのまま町へとくり出した。
「さっそく行こうか。まずは市場で野菜を買うように書いてある。ベルは野菜には詳しいか?」
俺が問いかけるとベルは少し考えた後に頷いた。
「はい、供物としてよく野菜をいただきましたし、最近は人との交流も盛んなので大丈夫です。」
その答えに俺は苦笑を浮かべてベルにメモ用紙を見せた。
そこには野菜の名前は書いてあるが他には何も書かれてはいない。
即ち、探して買わないといけないのだ。
しかも、このような事はいつも冬花に任せていた。
というよりもいつもは気が付いたら補充されている状態だったので買いに出た記憶が無かった。
「ああ、それなら私の祭壇によく野菜を持ってきてくれる方がおられます。そこのお店で買いましょう。」
そう言ってベルは俺の手を握ると顔を赤くして歩き出した。
その様子に俺は困った顔をベルに向けるが彼女は前を歩いている為それには気付かない。
しかし、ベルの楽しそうな雰囲気を感じ取り、すぐに口元へ微笑みを浮かべた。
するとその直後にベルは俺へと明るい笑顔で振り向いた。
「なんだか、こうやって手を繋いでると楽しいです。こういった事は初めてですがよければこのまましばらく歩きませんか?」
「そうしたいならそれでいいぞ。それにもう少しで市場だからな。逸れない様にこのまま歩こうか。」
「はい!」
そう言って俺がベルの手を握り返すと元気な返事が返って来た。
何故か知らないけど今のベルは今までに無く浮かれているみたいだ。
そしてベルの鼓動が早くなり、自分でも顔が赤くなり全く自分を制御できてない事に気が付いた。
しかし、それは恥ずかしくはあるが不快ではなく、最近の出来事で冷え切ってしまった心に温かい気持ちが込み上げて来る。
(これが恋なのね。ただ名前を呼ばれただけでも胸が温かい。手を繋ぐと嬉しさで心臓が破裂しそう。でも・・・とても楽しくて幸せな気持ち。)
ちなみにその姿を見てファンクラブのメンバーはベルの自然な笑顔に感涙しその場で祈りを捧げたという。
そしてベルは市場に着くと目的の野菜屋をすぐに発見した。
「おじさん、おばさん、こんにちは~。」
そう言ってベルは親し気に声を掛けながら店へと入って行った。
するとその声に気付いた二人はベルへと笑顔を向ける。
「あれ、ベルファスト様。いかがなさいました?」
そう言って男の方は驚いた顔をベルへと向ける。
しかし、その横の女性はベルが手を繋ぐ相手。
すなわち俺へと何やらニヤニヤとした視線を向けてくる。
「あれま~。ベルファスト様も隅に置けませんね。こんないい男を捕まえるだなんて。こりゃお祝いに今日はサービスしますよ。」
すると手を繋いだままだったのを思い出したベルはせっかく元に戻った顔色を再び真っ赤な顔にする。
そして俺に顔を向け少し悩んだ末にゆっくりと手を解いた。
「あらごめんなさいね。気を使わせてしまって。それで今日は何をお求めですか?」
そう言っておばさんは手を口に当てて「フフフ」と笑うとベルへと問いかけた。
するとベルは先ほどのメモ用紙を取り出しておばさんに渡した。
おばさんはそのメモを読むと笑顔を浮かべ今度は横にいたおじさんにメモを渡す。
「これなら全部あるから大丈夫だよ。少し待ってておくれ。」
そう言って二人は野菜を集め始める。
そしてそれらを集めて来ると、それを俺の前に置いた。
「荷物を持つのはいつの時代も男の仕事だからね。任せたよ色男。」
そう言っておばさんは俺の背中をバシバシ叩いた。
(凄い力だな。これならオーガとでも戦えそうだ。)
そんな事を思っているとおばさんもおじさんも驚いた顔を俺へと向ける。
「あんたひょろっこいのに凄い子だね。私達はこう見えても昔はAランクの冒険者だったんだよ。その張り手を受けてビクともしないなんて。こりゃあ、この方のお眼鏡に叶ったのも納得だよ。」
そしておばさんはおじさんと共に笑い。
俺は苦笑を浮かべお金を払って店を出て行った。
その際、二人は俺たちに笑顔で手を振りながら「またいつでもおいで」と声を掛けた。
そして、再びメモを読み、次の買い物を確認する。
するとそこには魚介類と言う文字と何やら魚の名前が書かれていた。
「何々、ローシーサーバスにシーブリーム。ホワイトシラゴ?まるでどこぞの魔法の呪文だな。」
そして俺は再びメモをベルへと渡す。
するとベルも首を捻り悩んだが魚介類と言う事は分かった。
「私にもどういう魚かは分かりませんが分かりそうな方に心当たりがあります。付いて来てください。そ、それと・・・。」
ベルは最後に言葉を掠れさせ、祈る様に両手を合わせて俺の手をチラチラと見た。
俺は何を言いたいのかを感じ取りベルの手を取ると笑顔を見せた。
「言ったろ。逸れたら危ないから手を繋ごおってな。俺が言い出したんだから遠慮するな。それじゃ目的地までの案内は任せたぞ。」
するとベルも手を握り返して「はい!」と嬉しそうに答えた。
そして二人は次の目的地である魚屋へと向かって行ったのである。




