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93 カレー

俺とクレアは町に入るとギルドに騎竜を返しに向かった。

しかし、ここでクレアに一つの試練が訪れる。


「きゅ~ん、きゅ~ん・・・。」


獣舎に向かい騎竜を返すと騎竜は突然、悲しそうに泣き始めた。

その声はクレアの胸を抉り、このまま連れて帰りたい気持ちが湧き起こる。

しかし、クレアはこの町の住人ではないし購入しても置く場所は無い。

そのため激しく後ろ髪を引かれながらもクレアはギルドを後にした。

その後も先ほどの騎竜の声が耳について離れない。


俺はそんなクレアを見て今日の夕飯に誘う事にした。


「クレア、今日の夜空いてるならノエルの家に来いよ。実はカレーっていう料理を作る予定なんだがよかったら皆で食べないか?パメラも呼んでいいから。」


するとクレアの顔に少しだけ元気が戻り小さく頷いた。


「うん、ありがとう。多分お婆ちゃんも行くと思うからその時はお願いね。」

「ああ。まあ、死に別れた訳じゃないんだ。元気出せよ。」

「うん・・・。」


そう言ってクレアはトボトボと城に帰って行く。

俺はその後ろ姿を確認すると急いでノエルの元へと向かい走り出した。

冬花の話によれば今日はカレーを作るためにノエルは自宅にいるはずである。

そして、扉をノックすると中からアリスが顔を出した。


「いらっしゃい。まだ早いけどどうしたの。一応冬花もカグツチも来てるけど。」

「ああ、少しノエルにお願いがあってな。今後に関する重要な事なんだが中にいるか?」

「うん、いるよ。呼んでくるから蒼士も中に入って。」


そしてアリスに促され中に入ると部屋の中には既にカレーの匂いが漂っていた。


「ママを呼んでくるから椅子にでも座ってて。」


そう言ってキッチンのある方へとアリスは歩いて行く。

そしてそれほど待つ事なく、奥からノエルがタオルで手を拭きながら現れた。


「それでどうしたの?その様子だとかなり急いでるみたいね。」

「ああ、すまないが騎竜を一頭ギルドから買いたいんだがどうすれば良いか教えてくれないか?俺はこの世界に来て日が浅いから何処にも信用がない。おそらく俺が購入するのは難しいだろ。」


するとノエルは少し考えた後に紙にペンを走らせそれをお金と一緒に渡してくれる。


「これは私の紹介状ね。あそこのジェシカとギルマスは私達と繋がりがあるからきっと売ってくれるはずよ。それと念のために相場の倍のお金を渡しておくわ。これで足りないことは無いと思うけどもし足りないようなら戻って来て。その場合は私が直接動くわ。」

「分かった。ありがとう。」


俺はノエルに礼を言うと再びギルドへと戻って行った。

そしてギルドに戻るとそこでは先程の騎竜により一つの問題が発生していた。

その事も知らず、俺は先程話をしたジェシカに声を掛ける。


「ジェシカ、度々すまないが先ほどの騎竜を売ってくれないか?ここに紹介状がある。」


俺は早足にカウンターへ向かいジェシカへとノエルの紹介状を渡した。

するとジェシカは紹介状の名前を確認し驚きの顔を俺へと向ける。

しかし、何も聞かづに頷くとそのまま俺を連れて獣舎へと向かった。


「実は丁度二人を探しに行こうと思っていたんです。実はクレアさんに貸した騎竜が先ほどから座り込んで泣き止まず、係の者が困っているのです。普通はあのような状態の騎竜は売らないのですがノエルの紹介ですので特別にお譲りします。しかし、理由だけでも教えてもらえますか。」


俺はジェシカの話を聞きながら紹介状を書いてくれたノエルに心の中で感謝の言葉を送る。

そしてジェシカの質問には誠意をもって答える事にした。


「多分だが、クレアと一緒に居たいんだろうな。こうなるだろうと思って買い取りに来たのもあるが、クレア自身もかなり気にかけていた。家には騎竜一頭ぐらいなら置いて置ける場所はあるし、もしもの時は他の手を考える。まあ、今夜はクレアも含めて一緒に夕食を食べる事になってるからその時にでも話しておく。」


そして獣舎に着くと中から別れ際に聞いたのと同じ声が絶え間なく聞こえてくる。

しかし、俺が中に入ると騎竜は泣き止み顔を向けた。


「どうやら俺についてるクレアの匂いに反応したみたいだな。」


しかし俺がクレアではないと知るとその直後から騎竜は再び泣き始めてしまう。

その声はとても切なく、聞いているだけで心が沈みそうになる。

そして俺は騎竜に近づくとその目を見て語り掛けた。


「またクレアに会いたいなら俺に付いて来い。」


すると騎竜は先程迄の鳴き声を止めこちらをジッと見詰めて来る。

そして何かを決意したように立ち上がると頭を縦に振った。


「それじゃ、こいつは貰って行く。それでいくら払えばいい?」


するとジェシカは少し悩んだ末に相場の半額の金額を提示した。

俺は感謝の言葉を伝え、お金を払うと支払い証明書と登録証を受け取り家に帰って行った。


そしてその1時間後、ギルドにクレアが駆け込んで来た。


「ジェシカ。あの騎竜を売って!」


するとジェシカは少し悲しそうな顔をクレアに向けた。


「クレアさん。申し訳ないのですがあの騎竜は先ほど売れてしまったのです。」

「じゃあ、売った相手を教えて自分で交渉して買い戻すから。」


しかし、ジェシカの表情は晴れることは無く首を横に振った。


「私達も商売なので無用なトラブルを避けるため買った方の事は御教えできません。」


するとクレアは途端に涙目になり俯くと諦めてジェシカに背中を向ける。

その背中はとても小さく話せない辛さがジェシカの胸を抉った。


しかし、ジェシカはそこで溜息を吐くと、手元で処理をした書類を1枚、クレアの足元へと放った。

それは不自然な風に乗り、誰が見ても魔法を使った確信犯的な行動だと分かる。

そしてクレアは足元の書類に目を落とし、その内容を読んで再び走り出した。

その背中には先ほどまでの悲しみは無く、何処となく羽でも生えているのではと思わせる程の軽やかさが感じられた。

そしてクレアは走り、朝に見た蒼士の家へとたどり着いた。


すると、家の裏から先ほど聞いた覚えのある声が聞こえてくる。


「この声は!」


クレアは居ても立ってもいられず魔法を使い空中に飛び上がるとそのまま家屋を飛び越え裏へと降り立った。

するとそこには先ほど別れた騎竜が真新しい獣舎の中でクレアに気付き嬉しそうに鳴いていた。

するとクレアは駆け出して騎竜の首に抱き着いた。

そして騎竜も舐めるのではなく自分の匂いを刷り込むように頭を擦り付けて甘えた声を出す。


「やっぱりここにいたのね。お婆ちゃんにお願いしてこの町に住む許可を取ったの。まだ住む場所は決めてないけど蒼士が譲ってくれれば一緒に居られるわ。」


そしてしばらく戯れていると後ろの家の扉が開きそこから蒼士が現れた。


「なんだ、静かになったかと思ったらもう来たのか。それで、どうするんだ?」

「お婆ちゃんにお願いしたら世話ができるなら飼ってもいいって。でもしばらくは森に帰れないから何処かに家を探さないといけないわ。それで・・・お願いがあるんだけど・・・。」


クレアは最初はとても明るく俺に話しえいた。

しかし、後半になるにつれて表情は曇り声も小さくなっていく。


「まあ、譲ってやるのは問題ない。もともとそのつもりだったからな。でも金だけはノエルに払ってくれ。金はあいつが出してくれたからな。今夜にでもお礼を言っておけよ。住む場所も騎竜と一緒が難しそうならここに住んでもいい。その代わりしっかり働いてもらうから覚悟しろよ。」


するとクレアは恥ずかしそうな、嬉しそうな顔を向けるとそのまま頭を下げた。


「ならよろしくお願いします。実は騎竜と一緒に住める場所が見つからなくて困ってたの。」

「そうか。まあ、ここには冬花とカグツチも住んでるから困った時は二人に聞くといい。クレアの事は既に了承済みだからな。それに部屋はかなり余ってるから空いてる部屋を使ってくれ。」


しかし、クレアは俺の後ろの家を見てその大きさに首を傾げる。

どう見ても部屋が沢山余っているようなサイズではないからだろう。


「蒼士。部屋が余ってるってどういう事?もしかして小さい部屋ばかりあるとか。」

「まあ、見てもらった方が早いな。それじゃ案内するから入ってくれ。」


そう言われたクレアは恐る恐る家に入って行く。

するとそこにはこの家のサイズではありえない大きさの空間が広がっており、落ち着いた家具などが余裕をもって並べられていた。

そしてそれは他の場所も同じでキッチンにお風呂。

さらに二階の自分が住む事になった部屋さえも同じように想像を超える広さであった。


そして、そのあり得ない現実を目の当たりにしながらもクレアは信じることが出来ず自分のほっぺを捻って「痛い」とかやっている。


「まあ、外からの外見とは違うからな。実はちょっとズルをして家の中の空間を歪めてるんだ。だからここは外に比べたらかなり広いぞ。まあ、そのおかげで快適に暮らせるんだから細かい事は気にしない様にしてくれ。」


そう言って俺は窓から見える空を見てそろそろ頃合いだなと感じた。


「それじゃ。いい時間になったからそろそろノエルの家に移動するか。カレーが俺達を待ってるぜ。」


そして俺は若干放心気味のクレアの手を引いて隣の家に移動して行った。

すると、ノエルの家の前には2台の馬車が止まっており、そこからパメラと何故か呼んでいない筈のベルとカルラが降りて来た。

俺は歩きながら首を傾げてベルたちを見ているとあちらも気付いたようで軽く挨拶を交わす。


「蒼士だったね、御呼ばれしてやったよ。しかし、本当にカレーって料理を食わせてくれるのかい?」


パメラはそう言って疑うような目を向けてくる。


「もしかしてこの世界にもカレーがあるのか?」


俺はこれまでこちらにやって来た者の中で、もしやカレーの再現に成功した者がいたのではと考えた。

しかしパメラは首を横に振りこちらの予想を否定した。


「カレーはないよ。今までやって来た勇者たちの中でお前の様な黒髪をした者たちがよく口にしてた料理の名前だけどね。残念だけどその再現は困難を極め、いまだに成功した事はないんだよ。なんたって勇者たちは皆、身一つでこの世界にやって来る上に料理の専門家なんていなかったから本人たちも正確な作り方を知らないんだよ。しかもそれが異世界だからね。殆どの者達が故郷の味が食べられず寂しがっていたよ。」


すると横にいるカルラも頷いて肯定した。


「そうね。彼らとは何度か共に戦った事はあるけどみんな食文化の違いが一番辛そうだったわね。今でこそ彼らの努力で料理も発展したけどそれもここ数百年の事よ。」


そして俺は二人から理由を聞きカルラの事は分かった。

しかし、どうしてベルがいるのかはいまだに分からず彼女へと視線を向ける。


「それで、どうしてベルもいるんだ?ていうか食事できるのか?」


するとベルは頬を赤く染めて俺を見つめると視線を彷徨わせ始めた。

その姿に疑問を感じるがまあいいかと苦笑を浮かべる。


「理由なんて無くてもカレーは食える。それにいい具合にメンバーが集まったから話もしたいしな。飯の後に少し時間を貰うぞ。」


するとベルはホッと胸を撫で下ろし笑顔を浮かべる。

その様子を横にいるパメラとカルラが何故かニヤニヤしながら見ているがその意味を知る事は出来なかった。


そして中に入ると、昼間を上回るスパイシーな香りが家じゅうを満たしていた。

その匂いを嗅いで後ろにいる4人は目を輝かせ辺りを見回す。

すると丁度いい事にキッチンからノエル、冬花、カグツチの3人が現れ、手にはパンや釜、そして主役のカレーの鍋を持って現れた。


「お待たせ。丁度いい所に来たのね。それじゃ早速ご飯にしましょ。」


そう言って追加で来たカルラやべルの存在はスルーされ、アリスはテキパキと椅子、テーブル、食器を追加していく。

そうして残像を残す素早さで動きながらもアリスのキラキラ光る瞳はカレーの鍋に釘付けである。


(いったいどれだけカラー好きなんだ。これはカグツチに頼んで追加を頼まないといけないかな。しかし、最初の帰還理由がカレーって・・・。締まらねえなー。)


そして全員が席に着くとまず全員にカレーだけが入っているお皿が配られた。

そしてテーブルを見ればご飯の入っている釜の他にいくつもの具材がある。

当然カレーにもジャガイモ、ニンジン、玉ねぎなどが入れられているがテーブルの上の素材はそれ以外の野菜や何種類かの肉などが焼かれたり蒸した状態でおいてあった。

どうやら好みに合わせてカレーに追加して食べるのがこの家の食べ方のようだ。

ちなみにアリスはカレーに釘付けだが百合子は釜のお米に釘付けである。


そしてそれぞれの方法で食前の祈りを捧げるとカレーを知る者は早速食べ始めた。

しかし、この世界の住人であるパメラたちはなかなか手が動かない。


「お前らどうしたんだ。手が止まってるぞ。」


するとパメラたちはカレーと俺を行ったり来たりしながら困り顔を浮かべる。

そして、カレーにまつわるあるお約束を思い出して苦笑を浮かべた。


「もしかして色合いの事を気にしているのか?」


食事中の為あえてぼかして問いかけたが、どうやらここにいる者はそれだけで全てを察したようだ。


「う、うむ。まさかこんな料理だとは思わなかったからねえ。少し心の準備をしてるところだよ。」


しかし、このままでは折角の料理が冷めてしまう。

鉄は熱いうちに叩けと言うが、熱い料理も熱いうちに食べてもらいたい。

すると4人はとうとう覚悟が決まったのかまずはカレーのみをすくってゆっくりと口に入れた。


「「「「!!!」」」」


その瞬間カルラは嬉しそうにスプーンを動かし勢いよく食べ始め、ベルはパンを千切って浸しながら食べ始めた。

しかしパメラとクレアは逆に口を押えて苦しみ始める。


「辛!?痛!?」

「辛ーーーい!」


すると冬花は急いでコップにミルクを入れて二人へと渡す。

すると二人はそれを一気に飲み干して一息ついた。


「話には聞いていたけどここまで辛いとはねえ。これは私達には食べられそうにないよ。」


そう言ってがっかりする二人を見て冬花は仕方なく一旦二人の前の皿を下げる。

二人はそれを名残惜しそうに見つめるが冬花が再び戻って来た時、手にはもう一つの鍋が握られていた。


「さっきのは中辛でお店の味付け的には辛めのカレーなの。これならきっと二人も食べられるわ。」


そう言って冬花が持って来たのは子供用の辛くないカレーである。

しかし、その事を言うと二人が怒りそうなのでそこの説明はあえてはぶかれた。


「さあ、食べてみて。きっと食べられるはずよ。もしそれでも無理そうならお肉に付けて食べてみて。脂が辛さを中和してくれるから食べられると思うわ。」


パメラとクレアは甘口カレー(子供用)をゆっくりと口に運ぶ。

そして口に入れた瞬間二人は顔を見合わせて笑顔で頷きあった。


「冬花、感謝するよ。これなら食べられそうだ。」

「そうね。さっきは辛さで味が分からなかったけど、これなら美味しさがちゃんとわかるわ。」


するとそれを見た異世界組は温かい視線を二人へと向ける。

そしてその二人の姿は年齢はともかく子供用カレーが良く似合うと真実を知る者は心の中で呟いた。

そして、食事が進んで行くとクレアはノエルへと声を掛ける。


「ノエルさん。騎竜のお金を出してくれてありがとうございました。後程お金をお渡しします。」

「分かったわ。蒼士が言い出した時は驚いたけど大事にしてあげてね。」


そう言ってノエルは笑顔を浮かべるとクレアも笑顔で返す。

そして、食事が終了し、かたずけが終わった頃を見計らい、俺は全員を部屋に集めた。


「それじゃ、昨日話した事を踏まえて皆に伝える事と確認がある。」


そして、俺は歴史を変えるための大きな一打を打ち出した。

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