85 ディエルの更生①
国王はディエルの再教育を決意した次の日、百合子に依頼を出す事にした。
そして今、百合子は国王からの依頼書に目を通し在庫から一つの腕輪を取り出し確認をする。
それを見たノエルは苦笑を浮かべながら百合子に話しかけた。
「いいの、百合子ちゃん?」
「いい。家族は大事にしないといけないから。」
そう言って百合子は手に持つ腕輪をもって王城へと向かった。
そして国王はもう一つ依頼を出し、その手紙もその人物へと届けられた。
「分かったわ。陛下の依頼に従い。この者に奴隷紋を掛けるわ。」
そう言って伝令に頷いたのは奴隷商館を営むリーリンであった。
彼女個人の意見で言えばディエルに奴隷魔法を使うよりも自分の手で消し炭にしたい。
しかし、国王が親としてリーリンに依頼を出してきたため彼女は自分の思いをグッとこらえてこの依頼を受ける事にした。
そして彼女もすぐに王城に向かうために馬車を準備させる。
百合子は王城に着くと兵士に依頼書を見せて国王の元へと案内されていく。
そして国王の執務室に入ると彼は笑顔を浮かべ椅子から立ち上がった。
「来てくれたと言う事は依頼の物を譲ってくれるのか。」
「うん。」
そう言って先ほどの腕輪を取り出すとそれを国王へと渡した。
「依頼通り、これは装着者が傷を負うと自動で魔力を吸い取って回復させてくれるタイプの治癒の腕輪。しかも付けた人にしか外せない機能付き。」
それを国王は受け取り「感謝する」と言って受け取った。
すると百合子はそっけなく背を向けると扉へと歩いて行く。
しかし、部屋から出る前に「上手くいくといいね。」とだけ言い残した。
その姿に国王は苦笑を浮かべて腕輪をアイテムボックスへと仕舞う。
すると丁度次の来客が現れ、外の兵士から名前を聞くと国王はその足で扉を開けた。
「待っておったぞ。急な呼び出しをしてすまないな。要件は依頼書の通りだが歩きながら話そう。」
そう言って国王は待機していた兵を連れディエルがいる場所まで歩き始めた。
「それでディエルはどうなるのですか?」
歩きながらでいいと言う国王の言葉に従いリーリンはディエルについての考えを国王に問いかける。
しかし、その目には隠しようのない怒りが宿り国王もそれを感じていた。
「まずは王位継承権は剥奪する。それとこの再教育が上手くいかなければ仕方がない。アイツは残念だが病気で死んでもらう事になる。」
それは王族ではよくある不祥事を抱えた者を穏便に死刑にする手段の一つであった。
ディエルのした事を考えれば公開処刑にされても当然ではあるが国王としてはそれだけは避けたいようである。
それに折角多くの人々を助けて国が沸き上がっている時にアルタ王家の1人がそれに加担していたというスキャンダルは絶対に避けたいのだろう。
リーリンがそう考えていると国王は更に話を進めた。
「それにこの奴隷紋はもう一生消すつもりはない。だから遠慮せずに強力な物を頼む。もう息子が馬鹿な事を考えないようにな。」
そして兵士と共にやって来たのはこの城で最も高く隔離された塔の一つである。
そこは不祥事を起こした王族を監禁する場所で一部の者にはよく知られた場所であった。
しかし、ここ100年以上は使われた記録はなく、長い間放置されていた場所でもある。
そのため中はかなり荒れていたが国王は最上階の部屋のみ住めるよう最低限の整備を行った。
そして最上階に到着すると兵士は目的の部屋の隣にある部屋の扉を開けて国王に敬礼する。
「まずはこちらの部屋にお入りください。」
そう言われて二人は兵士の言葉に従い中へと入って行った。
するとその部屋は4面の壁の一つが全てガラスの様になっておりディエルの部屋を確認できるようになっていた。
そしてそこを見れば部屋にはディエルの他に3人の兵士がおり彼らは厳しい目で監視を行っている。
「大丈夫なようですね。それで、陛下も部屋に入られますか?」
兵士の言葉に国王は口に手を当て悩み始める。
そして、考えた末に国王は頷いて部屋へ一緒に入る事を告げた。
そして部屋を出るとディエルのいる部屋の扉の鍵を開け中へと入って行く。
すると入ってすぐにこちらに視線を向けたディエルは怒りに満ちた目を国王へと向けた。
「どうしたのですか父上。私の落ちぶれた姿でも見に来たのですか?」
「そうだな。いくつかお前と話す事があったのでここに来た。」
そう言って国王はディエルの視線を簡単に受け流して要件を話し始めた。
「まず、分かっていると思うがお前の王位継承権は剥奪する。」
するとディエルは目を見開き驚愕の表情で国王を見る。
その顔からまさかそこまでの事をされるとは思っていなかったようだ。
そしてその表情を見て国王は首を左右に振りながら溜息を零した。
「何を言っているのですか。どうして私がその様な事を言われなければならないのです。」
どうやら彼の中では国民を奴隷として聖王国に売った事も実の父親を殺そうとした事も正当な行いであると本気で思っているようだ。
「どうしてです父上。理由を言ってください。」
そして叫びながら座っていた椅子を蹴り倒し迫ろうとすると周りの兵士が瞬時に取り押さえディエルを地面に押さえつけた。
その姿を見て国王は悲しみの表情を浮かべ首を左右に振るとディエルへと視線を向ける。
「本当に分からないのか。お前は国民を自分の望みを叶えるために聖王国に売り払ったのだぞ。」
「それが何だと言うのですか。あなたも国民は国の財産だと言っていたではないですか。それならば財を切り崩して別の物を手に入れる。それが普通の事でしょう。」
するとそれを聞いていた周りの者は「こいつ何を馬鹿な事を言っているんだ」という目をディエルに向ける。
彼らは王族の傍に居る事が多く護衛も務めているのでどんな教育を受けているかもある程度は見聞きして知っている。
そこから考えてどうしてこの国王の息子であれだけ可愛がられておきながらこんな考えに至ってしまうのか全く理解できなかった。
「違う!国は国民がいて初めて成立する。その彼らを物の様に扱ってどうするのだ。それにお前は父であり、国王でもある私を殺そうとした。それは普通ならば大罪としてその場で殺されてもおかしくない行為だぞ。」
「それはあなたが乱心し、折角の勝利に相手に何も望まないからです。私はそれを正そうとしただけです。」
ディエルが言葉を紡ぐたびに周りの者の目は急速に冷たくなり、国王ですらディエルを更生させられるかが不安になり始めた。
しかし、国王はリーリンに顔を向け「頼む」と言ってその場を下がった。
すると自分に近寄って来るリーリンを見てディエルは再び怒りの感情を爆発させる。
「貴様ーーー!薄汚い奴隷商の分際で私に近づくな。おのれーーー離せ。離せーーー。」
しかし、リーリンはディエルの叫びを完全に無視し、持てる魔力の限界まで使用して強力な奴隷紋を彼に植え付けた。
それによりリーリンは息を荒げ顔色を青くさせるがやり切ったという風に口元には薄く笑みを浮かべる。
「これであなたはもう逃げられないわ。主は陛下にしておくからしっかり親孝行しなさい。」
そして、リーリンは息が整うと国王に主人を変更し案内された兵士に連れられ部屋を出て行った。
すると国王は辛そうな表情を浮かべディエルへと命令を下す。
「お前にあの扉より外に出る事を禁ずる。更に自殺、他人に力を振るう事を禁じる。」
すると兵士たちは安心したように押さえていたディエルから手を放し立ち上がった。
しかし、その瞬間、ディエルは腕を振り上げ兵士を押しのけようとする。
だが、その手は兵士に触れる前に力を失い途中で止まってしまう。
しかもディエルはその直後、命令違反の罰を受け胸に味わった事が無い程の激しい痛みが湧き起こった。
「ぎゃあああーーーーーー!」
そしてディエルはその痛みに絶叫を上げその場で意識を失った。
ディエルは訓練などにより痛みに対し強い耐性があるが、奴隷紋の生み出す痛みはその時の物とは大きく異なる。
それは体の外ではなく内から湧き起こる痛みなため貫かれるような痛みと、息も出来なくなる苦しさ、そして何をしても薄まる事のない激痛が同時に襲って切るのだ。
しかも今回はリーリンが本人に出来る最大の奴隷紋を刻んでいる。
どんなに鍛えようともそう簡単に耐えられる物ではなかった。
そして、部屋での監視が不要となったため兵士は部屋を隣の監視室に移し国王は彼らにノエルから貰った気付け薬とレポートを渡した。
「まずはこのレポートを読み使用法を理解しろ。そしてあいつが次に目を覚ましたら原液で一度使用し、その後は薄めて使用してディエルの状態を見ながらデータを取れ。そして、これが最も重要だが此奴を寝かせるな。そしてこいつの精神を限界まで追い込め。もし加減が分からない時は儂に言え。詳しい者を紹介してやる。それと使用する者はこのマスクを絶対にかぶれ。その必要性は一度使えば分かるはずだ。」
そう言って国王は部屋を出て政務へと戻って行った。
しかし、先日の戦争の間に政務に秀でたアデラールがかなりの成長を見せ仕事に余裕ができ始めている。
この調子ならそれほど遠くない未来に王位を譲る事も可能かもしれない。
特に百合子のくれた治癒の指輪のおかげで体の弱かったアデラールの常人以上には健康な体となった。
あれなら安心して王位を譲り、自分は裏方に回っても問題ないだろう。
例えば次の魔王を倒した後にでも。
しかし、それでも昨日ノエル達からもたらされた情報の処理だけでも大変である。
そのため国王は執務室に戻り全力で仕事に打ち込んだ。
その間にも当然エルフの代表であるパメラとの話し合いもある。
それ故に国王がディエルに会いに行ったのはそれから1週間後の事であった。
その頃、兵士たちは国王から渡されたレポートを読んでその恐ろしい内容に戦慄していた。
そして国王が置いて行った一つの瓶と一つのマスクを見て喉を鳴らす。
「おい、もしこの薬を落として割ったらどうするんだ。」
その呟きに全員が冷や汗を流しその場から動けなくなる。
しかも彼らの中でアイテムボックスを持つ物がいなかったのも大きな原因であった。
即ち安全な保管方法が無いのだ。
3人は仕方なく備え付けの机に薬を置き、1人を残して二人が国王の元に向かった。
ちなみにこの二人を決める際、見ている方も息を飲む様な激しいジャンケン大会が行われたことは彼らだけの秘密である。
ちなみに負けて残った1人は体を振るえさせ、一つのマスクを常に装着したまま『コホー、コホー』と何処かのSFダーク騎士の様な呼吸音を響かせ二人を待ち続けた。
そして二人は無事に国王に面会が許され、自分達用のマスクと予備のマスクを手に入れると念のための相談役としてノエルを紹介される。
すると、ノエルも過去の経験から国王のやり方に賛成し、1週間過ぎたあたりで自分を呼ぶようにと言った。
それと一度目はトラウマを植え付けるために徹底的にやる様にと彼らに伝える。
その時のノエルはとても良い笑顔をしていたが兵士たちは逆に恐怖を覚えた。
(流石陛下が紹介するだけはある。)
(よく考えたらこの人があのレポート書いた本人なんだよな。)
そんな事を思いながら兵士たちは怯えながら城へと戻って行った。
そしてディエルが目を覚ましマスクを装備した彼らは気付け薬Jを使い、その効き目に本当の恐怖を覚えた。
それはまさにこの世の苦しみとは思えないような光景が彼らの前に広がっている。
しかも、その効力は小皿に原液を数滴垂らしただけであった。
ディエルは今、人とは思えない形相と声を上げて部屋中を自分の血で染め上げている。
薬が目に染みて視界が塞がれても逃げ惑っているため、部屋を走り回り頭や体を壁にぶつけている。
更に壁や床を掻きむしり指先は削れ爪も剥げて血の跡を刻んでいた。
しかも気を失ってもすぐに意識を取り戻るため、体力が続く限り苦しみ続けた。
恐らくはこれならばスパイたちの様に拘束されている方が遥かにマシであっただろう。
しかし、兵士たちはノエルの指示を忠実に守り、体力の限界がきて動かなくなるまでディエルを苦しみから開放することは無かった。
そしてこの日から国王の指示通りディエルは眠れぬ日々を過ごした。
そしてその一週間後、彼らとの約束通りノエルはディエルの状態を確認するために城に訪れた。
「どうディエルの状態は?」
そう言ってノエルは監視窓からディエルを確認した。
すると前回見た時とは別人の様になったディエルの姿がその目に飛び込んで来る。
しかし、その姿を見てもノエルの表情が変わることは無く逆に笑顔を深めた。
「中々にいい状態ね。でもこれだと精神より先に肉体がダメになって死にそうね。陛下は何か言ってなかった。」
「はい、手が空いたら来るとは言っていましたが、まだ来られた事はありません。『コホー』」
「そうなの。ならちょっと確認したい事があるから会えるかどうか確認して来てもらってもいい?」
「分かりました。すぐに確認します。『コホー』」
そう言って一人の兵士は部屋を出て走って行った。
その間にノエルは気付け薬の残量を確認するために残った兵士へと話しかけた。
「そう言えば薬はあとどれくらい残ってるの?」
すると残っていた二人の内の1人がアイテムボックスから薬を取り出した。
どうやら彼らは最初のディエルの苦しむ姿を見て本気でアイテムボックスを望んだようだ
そしてその思いが通じ、3人は無事にアイテムボックスを手に入れる事が出来たようである。
兵士たちは苦笑してノエルに薬の瓶を渡すが、彼女にはその苦笑の意味が伝わることは無く少し首を傾げて瓶を受け取った。
そして半分ほど減っているのを確認するとそれをアイテムボックスに仕舞い新たな瓶を取り出した。
「それじゃ、これが新しい薬ね。遠慮せずにドバドバ使って。」
だがそのサイズは先ほどの瓶の10倍はある。
しかもノエルはあろうことかその瓶を兵士へと放り投げた。
「ちょ、あんた何やってんの!」
そして兵士はその焦りからな放物線を描いて飛んでくる瓶のキャッチをミスり掌から零れ落ちる。
するとその瞬間、彼らはマスクの中にある顔を恐怖一色に染めた。
たった数滴を使用してもあの威力だ。
こんな巨大な瓶が割れて中から液が漏れればこの城は全滅する。
いや、風向きが悪ければ町の半分が原因不明の異臭により屍の山を築くかもしれなかった。
そのため、二人の兵士は落ちていく瓶に手を伸ばし地面にぶつかる前に掴み取ろうとする。
しかしその動きは間に合わず瓶はまるでスローモーションの様に地面に激突した。
すると二人の兵士の体は震え、目を潰れそうな程きつく閉じて息まで止まった様な錯覚を覚える。
しかし、しばらくしても瓶が割れた音は聞こえず、地面に落ちた音も聞こえなかった。
二人は不振に思い恐怖の中そっと目を開ける。
するとそこには割れる事無く無事な姿の瓶が転がっていた。
その姿を見て二人の兵士は脱力してその場に座り込んでしまう。
しかし、ノエルはその姿を見てクスクスと笑い始めた。
そうなると兵士たちも薬の効力を知る者として黙ってはおけない。
二人は立ち上がると怒りも露わにノエルを睨み付けた。
「流石に洒落にならないのでやめてください。」
「そうですよ流石にこの量が撒かれたらこの城内で死人が出ますよ。」
するとノエルは笑いながら「ごめんなさい」と言うが、誰が見ても反省している様には見えなかった。
二人は深呼吸をして怒りと焦りを落ち着かせると足元の瓶を拾い上げた。
「それで、これは何で無事なんですか?」
兵士の一人は純粋な疑問を素直にノエルへとぶつける。
するとノエルは先ほどまでの笑いを押さえて説明してくれた。
「これって危険な薬だからちょっと特別な入れ物を作ってもらったの。この瓶はちょっとやそっとの衝撃なら自動で発動するシールドが吸収してくれるわ。前までは普通の瓶だったから私も扱うのが怖かったのよ。」
すると二人の兵士はノエルへと冷たい視線を同時に向ける。
「「自覚はあったのですね。」」
そして二人に同時に突っ込みを受けてさすがのノエルも悪ふざけが過ぎたと苦笑いを浮かべる。
すると、兵士は念のためにすぐにアイテムボックスに薬を仕舞い保管すると一息ついた。
すると丁度その時、扉がノックされ先ほどの兵士と共に国王が部屋に入って来る。




