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82 奴隷解放

戦いが終わり、本陣のテントで国王は一人、椅子に座ってある人物を待っていた。

別に来るように言った訳ではない。

ワザと情報を洩らし、この戦争に勝利した後の聖王国への対応がその者に伝わる様に細工しただけである。

国王は来るだろうと確信はしているが可能ならば来ることは無く、またこの考えに協調してくれる事を心の底から願った。

しかしその祈りも虚しく、外が騒がしくなると第2王子のディエルが怒りの形相でテントに入って来た。

その後ろには国王を護る護衛の兵士が付いており、最悪の場合は第2王子であろうと即座に切り捨てる事が出来る様に剣の柄に手が掛かっている。

その姿に国王は兵士へ声を掛ける。


「よい。お前は下がっていろ。ここには許可があるまで誰も入れるな。」

「しかし陛下・・・!」

「よいのだ。」


そして兵士は渋々剣から手を離しテントから出て行った。

それを見て国王は苦笑を浮かべ、続いてディエルへと視線を移す。


「それで、そんな怖い顔をしてどうしたのだ。」


国王は何も知らない風を装いディエルへと声を掛ける。

しかし、ディエルにはそれが更に気に障ったのか机に拳を叩きつけ国王を睨みつけた。


「部下から聞いたぞ。父上が聖王国に対して奴隷解放以外の要求をしないと。何故征服しないんだ。今の戦闘でも分かる通り、こちらの戦力は圧倒的だ。このままなら容易く聖都も落とせる。」


その後もディエルは国王に対して熱く語り、説得しようと言葉を並べる。

しかし国王は何を言っても首を縦に振らず、ただ悲しそうな顔をディエルへと向けるだけであった。

するとディエルの中で次第に諦めの思いが膨らみ、とうとう口を噤んだ。

それを見て椅子に座っていた国王は立ち上がると背中を向けてディエルから少し離れた。

その瞬間、ディエルは自分の剣に視線を落とし柄の位置を確認する。

すると国王は彼に向けて優しい声で語り掛けた。


「ディエル。私は他の二人と同様にお前を愛している。それと同様にお前の父親としてお前の間違いを正さなくてはならん。」


ディエルは国王の話を聞き流しながら剣の柄を確認した後に周りを確認し始める。

そして戦闘が終わったため国王は鎧を脱ぎ、それは自分の横の机に乗せられている。

それに武器となる剣は先ほどまで座っていた椅子に立てかけてある事から今の国王は丸腰であると確信を得る。

しかし、例え武器を所持していようとも彼の実力は軍の中でも上位に入る。

しかもアイテムで強化をしているためその力は国王を大きく凌駕していると判断した。


するとディエルはその顔に邪悪な笑みを浮かべ剣の柄を握る。

そして静かに剣を鞘から抜くとそれを父親へと向けた。

国王は今もディエルを諭そうと必死に言葉を送っている。

しかし、それは届くことは無くディエルは構えた剣を国王の胸へと突き刺した。


「グフ!」


すると背中から刺された国王は瞳に悲しみの涙を浮かべ一度だけディエルへと視線を向けた。

そして一切の声を出さないままに国王はその場に力なく倒れこんだ。

すると倒れた反動で剣は国王から抜け落ち、国王は血の中に沈む。

それを見てディエルは悲しむどころか声を押さえて笑い出した。

そしてその背中に唾を吐きかけると一人になったテントの中で倒れた国王に告げる。


「父上、あんたの時代は終わりだ。この国と聖王国は俺が貰う。俺が新しい国王になるのだ。それに新たな国王には妃が必要だな。開戦時に強力な魔法を放った女が良かろう。報告ではかなりの美人だと聞いているからな。あいつらを妃に召し上げてやろう。」


するとその瞬間、ディエルの頭部に強烈な痛みが走り勢いよく地面へと叩きつけられた。


「貴様程度の男にアリスの婿にするわけがないだろ。」

「ロック、気持ちは分かるけど話の流れ的に嫁に出さないって言わないと。それじゃこの屑が入り婿になっちゃうわよ。」


そんなコメディーな感じで現れたのはアリスの両親であるノエルとロックである。

だがディエルは最初は激しい痛みに頭を押さえ相手が何を言っているかが理解できなかった。

しかし、次第に痛みが治まり思考が回復してくると何が起きたのかを理解し憤怒の表情を浮かべて立ち上がった。


「この無礼者がーーー!私を誰だと思っている。この国の新たな国王にして二国の支配者だぞ!」


どうやらディエルの中では既にこの国の王になっているようだ。

しかもまだ何も根回しも行わず、刺された国王をバックに叫んでいる。

そして、ディエルは名案を思い付いたという風に口の端を吊り上げ二人を指さすと大声を上げた。


「国王が賊に殺されたぞーーー!」


すると外から声を聞いて兵士たちが数人テントの中へと走り込んで来る。

そして血溜まりの中に倒れている国王を見て腰の剣を抜いた。


「そいつらが王を殺害した犯人だ。即座に切り捨てろ。」


しかし、兵士たちは剣を抜いて動いた先はディエルの前であった。

そして一人の兵士がディエルに対して言葉を放つ。


「ディエル様。現在犯人が不明なためあなたにも同行していただきます。奴隷紋による審問を行いますので御同行ください。」


するとその言葉を聞いた途端、ディエルは怒りの言葉を兵士へと投げつける。

その顔は先程を上回る憤怒に染まり、怒りで顔が真っ赤だ。

どうやらこの状況で兵士が自分を疑うとは微塵も思っていなかったのだろう。


「貴様、俺が誰か分かってそんな事を言っているのか!」

「当然でございます。しかし、これも国の決まりです。」

「き、貴様。貴様の様な兵士は俺の国には不要だ!貴様は国家反逆罪で一族まとめて根絶やしにしてくれる。」

「お言葉ですが今のディエル様にはその様な権限はありません。それでは一緒に来ていただきます。」


そう言って兵士はディエルを押さえるためにその腕を掴んだ。


「フ、この国の王に貴様程度の兵士で太刀打ちできると思うなよ。」


するとディエルはそれを鼻で笑い腕力に物を言わせて振り解こうと暴れる。

しかし、掴まれた腕はびくともせず、ディエルは吠えるだけで呆気なく兵士たちに捕まってしまった。

そして捕縛されたディエルは信じられないという顔で縄で縛られ椅子に座らされる。

すると兵士はその場で腕輪を外しノエルたちへと差し出した。


「ありがとうございます。お約束通りこちらはお返しします。」


するとノエルはその腕輪を素直に受け取り、代わりの腕輪を兵士たちへと渡す。

その姿に、ディエルは初めて自分がハメられたのだと理解しノエルたちを睨みつけた。


「貴様、この国を裏切るのか。」


すると兵士は何を言っているんだと疑問の顔でディエルに視線を向けた。


「どうしてそうなるのですか。私は逆賊を。あなたの言う通りちゃんと捕まえましたよ。」


するとディエルは怒りに歯を食い縛り目を血走らせると兵士を怒鳴りつける。


「貴様ーーー!何が逆賊だ。この国は俺の為にあるんだ。貴様ら雑草は俺の言う事を聞いていればいいのだ!」


すると兵士たちの視線は次第に冷たくなっていく。

しかし、ディエルには何も言い返さずただその場から動いてテントから出て行った。

そして4人になったディエルは怒りのままに残ったノエルたちを睨み付ける。


「俺はどうなる。殺されるのか!?」


しかし、その質問をノエルたちは無視して視線を倒れる国王に向ける。


「そろそろ起きてくれない。聞きたい事は全て聞こえてたでしょ。」


その言葉を聞いて先に反応したのはディエルである。

彼は驚きに目を見開くと勢いよく国王へと視線を移した。

すると国王はまるで何も無かったかの様に自然な動作で血だまりから立ち上がっる。

そして、血まみれの姿のまま再びディエルに悲しそうな目を向ける。

あの時に何故国王が王ではなく父親として声を掛けたのかをディエルは始めて理解した。

しかし、理解は出来ても今のディエルには自分の親に騙されたという気持ちしか湧いてこない。

そのためディエルは国王を睨みつけて罵倒する。


「父上は俺を騙したのですね。俺は上手い具合に踊らされましたよ。」


すると国王はディエルはと歩み寄りその肩へと手を置いた。

そして次の瞬間、国王は拳を作りその顔を殴り、その巨体をテントの端まで吹き飛ばしてしまう。

その一撃でディエルの顔は形を変え、親である国王でも判別が難しい程の見た目になる。

そして意識を失ったディエルへと視線を向けると外にいる兵士を呼び寄せた。


「お呼びでしょうか陛下。」


すると先ほど対応した兵士は何も無かったかの様に振舞い国王に対して敬礼する。


「ディエルを王都まで護送しろ。そして儂が帰るまで手段を択ばず拘束せよ。」

「畏まりました。」


そして指示を受けた兵士はディエルを抱えてテントから運び出して行く。

その様子を国王は見送り疲れた様に椅子に座ると溜息をついた。


「これであとは聖王国内の奴隷を解放すれば騒動は一旦落ち着くな。」

「それで、息子はどうするの?」

「・・・・・」


ノエルの問いかけに国王は顔をしかめて上を向いて目を瞑った。

どうやら彼の中で親としての判断と、国王としての判断がせめぎ合っているようだ。

当然父親としての思いはどんな形であろうと息子に生きていてもらいたい。

しかし、国王としての判断ではこれまでの責任を取らせ自害させるしか道は無かった。

何せディエルは自国の国民を自分の欲望を叶えるために聖王国に売り渡した罪がある。

それでもこの国で幸せに暮らしていたならまだ問題はなかったが、国王はこの国の奴隷の現状を目の当たりにしてしまった。

そのため息子のディエルがしてしまった事は許される事ではなくなってしまったのだ。

すると、悩んでいる国王にノエルは声を掛ける。


「まだ、時間はあるわ。それまでに答えを出しましょう。どうしても決められないなら一旦死んだ事にして幽閉しておけば体裁は保てるわ。戦争に出たのだから運悪く流れ矢に当たってもおかしくないのだから。」


そう言ってノエルは苦笑を浮かべる。


(まあ、私なら命の掛かった徹底的な再教育を施すけど。)


そして二人は再び気配を消して何処かに消えていった。

その後、アルタ王国軍は進み続け王都を視界に捉えると陣形を整えて前進を開始する。

すると、閉ざされていた門が開きそこから一人の使者が馬に乗ってこちらに向けて駆け出した。

そして、使者は隊列の前に来ると手に持つ紙を広げ大声で読み上げ始める。


「我らが聖王はそちらから届けられた親書の条件に同意し、現在所有する奴隷をそちらに引き渡す事を決定された。もうしばらくここで待たれよ。」


使者は一方的に告げると馬を返し聖都へと戻って行った。

するとそれを聞いた騎士や冒険者からどよめきが生まれそれは次第に拡大していく。

そしてこの事はすぐに国王に知らせられ、すぐに主だった者が招集されて会議が開かれた。


「どう思う。これは時間稼ぎだと思うか?」

「情報が足りませんね。しかし、ああ言われれば我らも待つしかない。」


そうして、会議が進んでいるとそこに再びロックが現れる。


「情報を仕入れて来た。どうやら奴隷の引き渡しは真実のようだ。街中を兵士が走り回り奴隷を搔き集めているらしい。しかし、その数は1万を超える。こちらも受け入れの準備をしておかないと危ないかもしれないぞ。」


すると静かに座っていた国王は今の情報で決断を下した。


「すぐに国に伝令を出し、食料をそろえさせるのだ。それと、畑仕事の経験がある者を集め。奴隷を解放し無人となった村から農作物を収穫せよ。」


すると、数人の者達はすぐに立ち上がり外へと走って行く。

その後ろ姿を見送り国王はロックに視線を移した。


「それで、分かったのはそれだけか?」

「いや、どうやら色々紛れているらしい。開放する前にしっかり調べた方がいいだろうな。」


ロックの言葉に国王は頷きで返す。

どうやら国王も奴隷に紛れたスパイや工作員を警戒していたようだ。


「分かった。今回の奴隷たちは国に帰ってから解放しよう。」

「その方がいいだろうな。俺達も可能な限り警戒はする。その手の仕事が得意な奴が揃っているからな。」


そしてロックは再びその場を去ると冒険者たちが待機している場所に向かった。

すると、ロックは一人の男に近寄り声を掛ける。


「今から聖都から奴隷が解放されるがお客さんが混ざっているみたいだ。メンバーを集めろ。」

「へい、すぐに集めます。」


そう言って男は人ごみの中へと消えていった。

彼は闇ギルドの構成員の一人で主に戦闘以外は伝令役をこなす。

そして彼から枝分かれする様に話は広がりロックの前には次第に人が集まり始めた。


「ロックさんお客さんが来るらしいですね。対処はどうしますか?」


するとロックは優しく笑みを浮かべると首を落とすジェスチャーを送った。

それだけで周りの者たちは理解を示し再び散って行った。

そしてロック自身も冒険者たちに紛れその時を静かに待ち続ける。


そして数時間後、聖都の門が開きそこからは大量の人々がアルタ王国軍へと向かって歩き始めた。

その数はロックの予告通り1万人は超えており、途轍もない人数である。

だが、人種の奴隷はみなそれなりの服を着ており他の村や町に比べればそれなりの見た目をしていた。

しかし、人種以外はやはりかなり酷い扱いを受けていたようで、どの者も体のいたる所に傷を負い、古い物から新しい物までさまざまである。

酷い物では既に歩く事も出来ないようで仲間の奴隷が背に担ぎ運んでいるようだ。

そして、どの者も死んだような目をしており、生きた屍の様に歩いている。

恐らくすぐに対処しなければ死んでしまう者もいるだろう。

そのため兵士たちはすぐに彼らに駆け寄り状態を確認し始めた。


ある一人の兵士は少女に駆け寄り声を掛けた。


「もう大丈夫だ。こちらに来なさい。」


そう言って手を差し出した兵士を見て少女はその場で動きを止めた。


「ヒ・・・。イヤ。お願いもう殴らないで。」


そう言ってその場で蹲り肩を抱いて震え始めた。

そして兵士はその少女を見てある事に気付く。

彼は人種の少女に話しかけたと思っていた。

しかし、彼女の髪の間から覗く耳は歪に切り取られ痛々しい姿をさらしていた。

どうやら彼女は何らかの理由で耳を切り取られ、更に日常的に暴行を受けていたようだ。

するとそこに冒険者の中にいた一人のエルフが現れ彼女に優しく手を添えた。


「もう大丈夫だ。森に帰ろう。」


すると少女は肩を跳ねさせ目の前の同胞の姿を見て目を見開いた。

そして彼はアイテムボックスからポーションを取り出すと少女に渡す。


「これを飲めば君の耳も元に戻る。さあ、飲んでみなさい。」

「で、でも、そんなの秘薬でしか・・・。それにあれは数が少ないから私なんかが飲めるはず・・・。」


少女は手に持つ小瓶を見つめて涙を流した。

どうやら同胞の言葉でもいきなりでは信じられないようだ。

しかし、彼は笑顔を浮かべるとナイフを抜いた。


それを見て少女は「ヒ・・・」と再び短い悲鳴を上げて震え始める。

しかし、男はそのナイフで躊躇する事無く自分の片耳を切り落とすと痛みに顔を歪めた。

少女はそれを茫然と見つめ、何が起きたのかを理解した時、少女は顔を青く染めた。


「そ、そんな!?どうして・・・。そんなことしたら。」


少女は男から流れる血と足元に落ちている耳を見てあたふたと慌て始める。

しかし、男は痛みを堪え、優しく笑顔を作ると少女の頭に手を置いた。


「大丈夫だよ。これがあるからね」


そして、アイテムボックスからもう一つポーションを取り出すとそれを一気に飲み干し、

失くした耳がよく見える様に髪を避けて横を向いた。

すると失われた耳が次第に生え、傷も無くなり元通りに再生した。

それを見て少女は驚愕し手の中のポーションに視線を落とす。

そして震える手で瓶の蓋を開けるとゆっくりとその中身を飲み干した。


すると今度は少女の体に変化が生じ、無事その耳が再生される。

さらに体のいたる所にあった傷も消え、昔の元気だった時のように体の様に全ての痛みが消えうせた。


そして男から渡された鏡を見て自分の耳が元通りになった事を知った少女は再び涙を流し、男の胸に飛び込んだ。


「あ、ありがとうございます。これで森に帰れます。」

「どういたしまして。でもこのポーションを作ったのも君を助けるために軍を動かしたのもアルタ王国の人たちなんだ。だから後で一緒にお礼を言いに行こう。」


そして男はそのまま少女が泣き止むまでそっと抱きしめ笑顔を浮かべた。

それを見ていた兵士たちは即座に行動を変える。

冒険者に協力を仰ぎ獣人は獣人に任せ、エルフはエルフに任せた。

そして兵士たちは人間に専念し、まずは治療を進めて行く。


そして魔法を使える者で幾つもの簡易風呂を作り治療の終わった者から順次、入浴と食事を与えて行った。

そして、それらの治療に結局数日かかり、聖都の近くで何日も野営する事となっる。

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