58 過去に向けて ①
百合子は朝になると布団から飛び出し朝の空気を胸いっぱいに取り込んだ。
そして背伸びをすると布団を片付けアリスの肩を揺らす。
「アリスさんもう朝です。起きてください。」
百合子は最初はアリスを優しく揺すり目覚めを促した。
しかし、アリスは一向に起きる気配は無くその揺らし幅は次第に大きくなっていった。
「アリスさん起きてください。準備の日は今日しかないんですよ。」
百合子は更に激しくアリスを揺らしとうとう布団を手に取りそれを一気に剥ぎ取った。
すると彼女の大きな胸があらわになりなぜかそこには裸のアリスの姿が目に入る。
(あれ~昨日一緒に布団に入った時は服着てましたよね。)
しかし、百合子は再び彼女の自己主張の激しい胸を見て額に青筋が浮かんだ。
しかも寝言のように「あと1時間」とか言っている。
その姿に百合子は優しい笑顔を浮かべてアイテムボックスからある薬品を取り出した。
それは彼女がもしもの為に作っておいた気付け薬である。
その匂いは辛く酸っぱく痛いととても素敵な匂いであった。
百合子は買っておいた防毒マスクを顔につけると薬品の蓋を開けて容器をアリスの可愛らしい鼻へと近づける。
その途端、アリスは目を開けて最初に感じた鼻へと手を伸ばす。
しかし、目を開けた事で今度は目にも痛みが走り始めた。
「きゃーーー。なにこれ敵の襲撃。もしかしてもう異世界なの?」
そう言って彼女は裸のままゴロゴロ転がって顔を押さえて悶え苦しんだ。
その姿に百合子は溜飲が下がる思いだがアリスの胸が更に自己主張した事で下がりかけた溜飲が再び上がってくる。
そして百合子は笑顔のまましばらくアリスを見守り続けた。
結局アリスは部屋に充満した匂いに苦しむ事で毒耐性スキルが強化された事は秘密である。
あの世界のスキルとは熟練度が一定に達すると進化する事はあるがそれはステータス上には表示されていないため誰にも分からない。
だが、もしそれが見られたのなら二人の関係に多少の亀裂が入っていたかもしれない。
アリスは今、少し不貞腐れた顔で服を着て百合子と向かい合っていた。
「それでは準備に入りましょうか。」
しかし、百合子は笑顔のまま先ほどの事には一切触れず話を進め始めた。
アリスはムッとした顔を向けるが既に何故ああなったかを百合子から説明を受けている。
百合子が言うにはいくら揺すっても起きず最終手段として気付け薬を使ったとの事だった。
しかし、そこに百合子がアリスの胸に嫉妬した事は一切含まれていない。
だからアリスは自分の怒りをグッと引っ込めて話し合いを進める事にした。
「実はアリスさんが何時までも相談してくれないのでとても困ってました。」
突然の百合子の告白にアリスの胸にナイフが刺さる。
「そのため何が欲しいのか分からなくてとても苦労したんです。」
そしてアリスの胸に再び言葉のナイフが突き刺さった。
「それで仕方なく必要と思えるものを片っ端から作る事にしたんです。」
そう言って百合子は強化、治癒、耐性系のアイテムを大量に取り出して床に並べて行く。
そして5メートル四方の床一面に100を優に超えるアイテムが並んだ。
「これが今回アリスさんように作ったアイテムです。一つ一つに説明書も付けておいたので後で確認してくださいね。」
そしてアリスは床一面のアイテムを見て涙を浮かべる。
どうやら百合子が眠る時間を削ってアイテムを作っていたのはアリスの為だったようだ。
そこにはアリスが持っていなかった治癒と耐性系のアイテムも並びポーションなどの回復アイテムもある。
更に軽装の鎧がいくつも並び説明書を読むと魔力を流すと体の表面に魔力の鎧を形成すると書いてあった。
要は蒼士が使える魔纏いの様なものである。
更に強化系のアイテムも充実しており、今アリスが持っている物よりも数段優れているようだ。
アリスは嬉しさのあまり百合子の傍に歩み寄るとその胸に抱く様に彼女を抱きしめた。
「ありがとう百合子。この恩は必ず返わ『ボイン!』。」
そう言われて百合子は再び顔を覗かせていた嫉妬心が下がり笑顔を浮かべた。
しかし顔にあたる柔らかい感触から新たな嫉妬が生まれてこないとは否定できなかい。
「私は戦闘力がそれほどないので今はともかくあちらでは沢山お世話になると思います。だからこれはお相子です。絶対に無事に帰りましょう。それとこれもお渡ししておきます。」
そういって百合子が取り出したのはアルベルトから返却された竜人の腕輪である。
それを百合子から受け取るとアリスはその異様さに驚いて百合子に視線を向けた。
「これは・・・、かなり強力な力を感じるけど・・・これを私に?」
「はい。それは竜人の腕輪と言ってドラゴンの強化、回復力、耐性を同時に得られるアイテムです。きっとアリスさんなら使いこなせるはずなので貰ってください。私が使っても体の感覚もついて行けないので宝の持ちぐされです。」
百合子は彼方ではアイテムを大量に作っていたのでまともな戦闘経験がない。
そのためこのアイテムを使用するために必要な戦闘系のスキルを一つも所持してはいなかった。
最低限、身体強化を会得していればある程度の制御は出来たかもしれないがそれを持たない百合子にはこの腕輪は使いこなせないのだ。
アリスはそれを大事に手に持つとアイテムボックスに仕舞い、床に置かれた大量のアイテムも同じように仕舞って行く
「百合子ありがとう。」
そして、話がまとまった所に撫子が顔を出した。
「あなた達、今日しかこちらに居られないなら大事な事があるんじゃない。」
そう言われて二人は頭の上に?を浮かべて首を傾げる。
「あらあら分からないのね。あなた達があちらに行って19年。町のスイーツはその間に大きな進化を遂げたのよ。今味わわないと次に味わえるのはずっと先の事になってしまうわよ。」
撫子は笑顔でそう言うと小さなお財布を差し出した。
「これで好きなだけ食べてきなさい。きっと神様も今日ぐらいは許してくれるわ。」
そう言って撫子は二人を送りだした。
そして町に向かう百合子とアリス。
しかし、二人はハッキリ言って浮いていた。
町は百合子がいない19年の間に発展し真新しいビルが立ち並んでいた。
駅前の区画も整理され古い店の代わりに沢山の目新しい店や飲食店が立ち並び1日ではとても回り切れない。
そして百合子はカバンから撫子が持たせてくれた手帳を取り出した。
そこにはこのあたりの情報が分かりやすく書き込まれており、どのビルの何処に美味しい店があるのかが詳しく書いてあった。
しかし、その姿は何処から見てもお上りさんであり確実に目立っている。
しかも幼い見た目だが綺麗な黒髪に大和撫子の様な佇まいは周りの人々の視線を自然に集めた。
そしてその横に金髪の巨乳の美少女が共にいればそこはある意味では異世界の様な空間である。
道を歩けば男女問わず彼女たちに視線が集まる。
しかし二人はそれを気にする事無く歩いて行き見事に道に迷った。
「どうしましょう。まさかこんなに町が変わっているなんて。」
百合子はおろおろしながらアリスへと相談した。
しかし、アリスも流石に初めての街である。
土地勘は無く周りは初めて見る物で埋め尽くされていた。
しかし、彼女の胸にある日聞いた母の言葉が浮かび上がる。
「アリスちゃん。もし知らない所で道に迷ったらね。知らない人について行っちゃだめよ。」
「それならどうすればいいの?」
その時のアリスは今よりもとても幼く素直な気持ちで母親に聞き返した。
「いい、よく覚えておくのよ。町には必ずガラの悪いお兄さんがいるからその人たちに拳で質問するのよ。きっと行きたい場所を教えてくれるわ。」
「うん、分かったママ。アリス頑張る。」
そう言ってアリスはファイティングポーズをとるとシャドーボクシングを始めた。
その後ろでは父親も笑顔で微笑み暖かい視線をアリスへと送っている。
そして現実に戻ったアリスはすぐに周りを見回した。
するとちょうど良い具合に一人の二十歳前位の若者が不機嫌にこちらへと歩いて来る。
この時のアリスは知らないが彼は直前に彼女との待ち合わせをドタキャンされてとても機嫌が悪かった。
しかも、彼女のお願いで今日はスイーツ店を周る事になっておりこのあたりの店のリサーチはバッチリである。
そんな彼の目の前にアリスは無言で立ちはだかった。
そして傍の裏道へと無理やり連れ込むと少年を壁際に追い込み壁ドンを決めた。
「おい、私達は少し道に迷っているんだ。すまないが道案内をしてくれないか。」
アリスは顔を近づけ胸の先端が当たりそうな程男に詰め寄って話しかけた。
すると男は顔を赤くするが彼も女に舐められる訳にはいかない。
そのため強がりではあるが言い返した。
「知るかボケ。勝手に迷ってろ。今日は虫の居所が悪いんだよ。舐めたこと言ってると女でも手加減しねえぞ。」
男はアリスへ向けて大見えを切った。
しかし、彼の言葉は真実であり、アリスほどの美少女に迫られれば普通なら即OKしていただろう。
それほどまでに今日ドタキャンされた事は彼にとってショックだったのだ。
するとアリスの後ろから百合子が声を掛けた。
「そこの方ごめんなさい。アリスさんが迷惑かけてしまって。私達この辺初めてで。美味しいスイーツのお店を探してるうちに道に迷ってしまったんです。」
そう言って幼い(そう見える)百合子に男はバツの悪そうな顔を浮かべる。
そして深く溜息を吐いて自分の中の気持ちをいったん追い出した。
「仕方ねえな。何処に行きてえのか言ってみろ。分かる所なら連れて行ってやるよ。」
すると落ち込んだ顔をしていた百合子は花が咲いたような笑顔を浮かべて男にお礼を言った。
「ありがとうございます。うんと、お兄ちゃん?」
途端に少年は百合子の可愛い見た目から放たれた言葉にクリティカルヒットを喰らう。
(ゴホーーー。この胸の気持ちは何だ?俺はロリコンではない筈だ。ま、まあいい。これはこれで・・・。)
しかし、彼はそんな内心を感じさせない顔で二人に告げた。
「気にするな。俺の名前は隆二ってんだ。」
そして百合子とアリスは隆二という案内人の少年を連れ、スイーツを求める旅を始めた。
「それで、何処に行きたかったんだ。」
隆二はまず目的地を知るために二人へと確認する。
すると百合子は先ほどのメモ帳を取り出して隆二へと渡した。
隆二は百合子に見える様にメモ帳を持ってしゃがむと何処に行きたかったのかをページを一緒に覗き込みながら捲る。
そして、あるページを開いた時に百合子は隆二の手を握ってストップをかけた。
「お兄ちゃん、ここ。ここに行きたい。」
そう言って百合子が示した店はチーズケーキで有名な店だった。
当然女性が好きなジャンルの店であるため隆二は場所からお勧めのメニューまで全て知っている。
彼はメモ帳を閉じると「よし、ここなら余裕だぜ」と言って二人を連れて移動を開始した。
しかし、彼は気付いていなかった。
美少女と美幼女の二人を平凡な男が連れて歩くと言う事は本人が思っているよりも大きなトラブルを招くと言う事を。
そして隆二はとある建物の一階にある店へと辿り着いた。
「ここが目的の店だ。それじゃ俺は行くから困った時はその辺の奴に聞いてみな。」
そう言って隆二は二人に背中を向け手を振ってその場を歩き出した。
しかしその隆二の襟元をアリスは遠慮する事無く掴んで歩みを止めた。
「何を言っているんのお前は。」
アリスはなぜここで何処かに行くのかが分からず首を傾げる。
そして隆二は何故自分が呼び止められたのか分からず同じように首を傾げた。
するとアリスから予想外の言葉が隆二へと放たれる。
「ここが終わったら次の店に行くから勝手に行かれたら困るのよ。お前も一緒に入るわよ。」
アリスはそう言って隆二の腕を腋にはさんで店へと入って行った。
日頃は恥ずかしいと言いながらこういうスキンシップに耐性があるのは流石は欧米人である。
もちろん彼は硬派な日本人なため、こんな事には一切の免疫がない。
(ちょっ・・・おい。胸が当たってんぞ。勘弁してくれよ。)
そんな幸せな事を思いながら隆二は結局二人と共に店に入って行った。
そこはとても落ち着いた店内に数人の女性客がいるだけであった。
そして女性客は突然入って来た客に視線を向けるが隆二の顔を見るなり大した者では無さそうだと視線を逸らそうとした。
しかし、彼の後ろに見える美しい金髪が目に入った途端、彼女たちは再び彼らに視線を向けた。
(何あの子、何処かのモデル?それにしては連れている男が低俗なんだけど。)
(あの子何処かの事務所にもう所属してるのかした。もしまだならは金の卵・・・いえ。金の鶏かもしれないわ。)
店に入ると隆二はカウンターに行き少し話をした後にアリスたちを席へと案内する。
「こっちに座ってくれ。」
そして隆二はまるで自分の家のように気楽な感じで百合子たちへと席を勧めた。
「いま、お前たちのお目当てのケーキを注文してきたから少し待っててくれ。すぐに持ってきてくれるからな。」
そう言われてしばらく待っていると一人の男が奥から現れこちらへと視線を向ける。
そして何故かケーキを持って来てくれたのは店頭のウエイトレスでは無く奥から現れた厳つい男であった。
彼は顔や手に多くの傷を持ち、まるで歴戦の戦士の様な見た目をしている。
それに体も鍛え上げられ、まるでボディービルダーのような体は今にも服を突き破りそうだ。
すると他の女性客はその男にうっとりとした視線を向ける。
どうやら彼女たちはスイーツ女子なだけでなく、筋肉フェチでもあるようだ。
そしてそんな男がケーキを持ち百合子たちの前で立ち止まった。
彼が持つ眼力も見た目に違わず強力な物でまさに鬼のようである。
しかし、このテーブルにこの男を恐れる者はいないようで涼しい顔で視線を受け止めている。
すると男はそこに座る隆二へと最初に声を掛けた。
「よく来たな隆二。お前がオーダーしたスペシャルチーズケーキだ。普通は常連限定だが今日は特別だぞ。」
そう言ってテーブルにはとても美しいチーズケーキが3つ並べられる。
「ありがとう兄ちゃん。飛び込みなのに無理言ってごめんな。」
「気にするなそれにやけに綺麗な子を連れてるじゃないか。肝も据わってそうで俺は気に入ったぜ。前に連れて来た気に食わない女はどうした?」
「あ、ああ、ちょっと今日は都合が悪くなったみたいなんだ。だから町でたまたまあったこいつらを案内してるんだよ。どうもこの辺の奴じゃないみたいで道に迷ってたからな。」
隆二は少し落ち込みながら目の前の男に色々な事をぼかして伝えた。
「そうか、今日はそのお嬢さんたちが満足するようにしっかり案内してやれ。」
そう言って男は歯を見せてニッコリと笑った。
隆二はそれを見て苦笑を浮かべるが百合子たちは自分たちの事情もありその光景を微笑ましく見守っている。
そして次に男は百合子とアリスを見た。
「始めましてでいいよな?俺はこの店のオーナー兼パティシエの和人。それでこいつの兄貴だ。もし、今後も来ることがあればよろしく頼む。」
和人はそれだけ言うと奥へと消えていった。
すると残された3人は目の前のケーキに一斉にフォークを突き刺し口に入れた。
すると口の中に濃厚だが優しいチーズの風味が広がる。
また周りを彩るフルーツソースはそれを付ける事により一口ごとの味に変化を与え味覚を楽しませた。
そして二人の少女はその味に感動し味わうのも忘れてケーキを口に運んだ。
そのため。
「!?・・・。ケーキが消えたわ。」
「私もです。これはどういう事ですか?」
それを見て隆二は呆れて声を掛けた。
「そりゃあんな勢いで食べたらすぐになくなるのは当たり前だろう。もっと味わって食えよ。」
そう言う隆二のケーキはまだほとんど残っていた。
そしてそれを見た二人の少女はとても。
そうとても欲しそうにケーキと隆二の顔を行ったり来たりさせていた。
隆二はその様子に苦笑を浮かべて自分のケーキを二人へと差し出し一緒に頼んだ紅茶を口にする。
「まあ、俺はいつでも食えるからな。今日は譲ってやるよ。」
その声に二人は何も気にした風もなく今度は味わいながらケーキを食べた。
その幸せそうな顔に隆二は今日のイライラが消えていくのを感じる。
すると彼らのテーブルへと歩み寄る人物が一人存在した。
「あのちょっといい?あなた達もうどこかの事務所に所属してる?もしよかったら私の話を聞いてみない?」
そう言って素早く名刺を差し出したのは店で同じようにお茶をしていた一人の女性スカウトマンだった。
アリスは彼女の名刺を受け取りそこに書かれている文字を軽く読むと「結構です。」と冷たくあしらった。
しかし、その女性はなかなか諦めず、とうとう隆二を押しのけ椅子に座ると事務所のアピールを始めた。
しかし、二人の少女はそれを良しとせず途端に表情を変える。
「あの、私の言葉が理解できなかったの?」
そう言って女性と目を合わせるとアリスは威圧を放った。
それだけで女性は体が硬直し動けなくなるがアリスは先ほどの名刺を手にとり女性に見える様に持ち上げる。
その瞬間、アリスは反対の手に持つフォークを高速で動かし名刺をミリ単位まで小さく切り裂き女性の目の前で散らした。
そしてアリスは残っていたケーキを一口で平らげるとお金を机の上に置き隆二の腕を掴み店を出て行った。
その時、横の百合子から「あ、私の分」という声が聞こえたがアリスは聞こえないふりをする。
(まあ、次の店で少し多めに分けてあげればいいかな。)
そして隆二は次の店でもケーキを奪われるのが確定し、3人は次の店へと向かって行った。




