55 帰還準備
バストル聖王国か壊滅したという情報は事件から10日程で俺たちに届いた。
その頃にはアリスも落ち着き今では冬花と共に剣の稽古をしている。
百合子も最近では食事をしっかり取れる様になったのでやせ細っていた体に肉がついてきた気がする。
しかし、前日の食事の際にそれを百合子に言うと何故かヘソを曲げられてしまった。
そして、彼女たちがこの世界に来て初めて過ごす平穏な時ももうじき終わろうとしていた。
その日、アリスは夢の中にヘルディナが現れたのだ。
「これから1週間後、ハーデス様があなたを迎えに行きます。荷物をまとめ周りの者との別れを済ませておくように。それと、計画に一部変更がありました。あなた方が向かうのは20年前となります。それと百合子も共に行く事になるでしょうからしっかり話し合っておくように。」
それだけ言うと彼女は消えていった。
そして同じ頃、百合子の下にも一人の神が現れていた。
「おお、百合子やっと会えたな。」
そう言って彼女の前に現れたのは雷神である。
しかし今の彼はムキムキのマッチョではなく何処か優し気な細めのお爺さんである。
どうやら雷神は百合子の前では基本この姿でいるようだ。
「あ、お爺ちゃん。やっと来てくれたんだね。」
百合子は雷神を見るなり走り出して抱き着いた。
すると雷神は百合子の頭を撫でながら笑顔を浮かべる。
それはまるで離れて暮らすお爺さんとその孫のようであった。
「すまんのう。まさか異世界に居るとは思わなくてな。来るのに時間がかかってしまった。じゃがもう大丈夫じゃ。お前をこんな目に遭わせた奴らは儂らの方で懲らしめておいたからのう。」
雷神はそう言って「ほっほっほっ」と笑っている。
そして、そんな雷神に百合子は頭を擦り付けながら「お爺ちゃんありがとう」と甘える様にお礼を言った。
実際見た目は優しいお爺さんと孫の会話だがその背景を知る者が見れば顔が引き攣る者がいてもおかしくない内容である。
しかし、雷神は百合子を攫われた怒りから。
百合子はこの2年の苦しみから、その事実を知りながら笑顔が絶える事はない。
そして会話が弾み、と言うよりも弾みすぎてしまい雷神が目的を忘れているとフと百合子は疑問に感じた事を問いかけた。
「それでお爺ちゃん。」
「どうしたのじゃ百合子。」
「今日は何しに来たの?」
するとその瞬間雷神の背後に雷が走り「あ・・・」という声が洩れる。
そして、目的を思い出した雷神は百合子へと申し訳なさそうな顔を向ける。
「すまんすまん。忘れておった。」
「もう、おじいちゃんは~。」
そう言って雷神は苦笑しながら頭を掻き、百合子は笑顔で窘める。
そして雷神は真面目な顔になり話し始めた。
百合子も雰囲気の変化に気付き真面目な顔になる。
「まずは確認だが百合子は現状をどこまで知っておる。」
すると百合子は少し考えてから答えた。
「こちらに来て2年たちますがどちらの世界の事もほとんど知りません。」
「そうか・・・。」
雷神はこの時、時間の流れが残酷である事を実感し表情を歪めた。
こちらでは体感的に2年しかたっていなくても、あちらでは19年の時が過ぎている。
それは彼女が生きる上では大きなマイナスとなる。
周りの家族は年をとり友達と言える者は誰もいない。
そしてあちらでの教育も不十分である。
それによる大きな変化は百合子を苦しめるのは確実であった。
更に彼女の今の姿が大いに問題である。
彼女は少しは成長しているが19年前と姿がほとんど変わらない。
もしこのまま彼女があちらに戻ったとしても、それを世間がどうとらえるか。
それは長年人を見て来た雷神には容易に想像がついた。
そのため、雷神は天照の計画が今の百合子には必要であると確信する。
しかし何も知らない百合子は突然黙ってしまった雷神を見ながらどうしたのかと首を傾げる。
すると思考に囚われていた事に気付いた雷神は表情を戻し話を再開した。
「それでは百合子には現状の説明からじゃな。」
そう言って雷神は百合子にとって辛い現実を語っていく。
百合子は雷神の話が進むにつれ顔色が悪くなり目に涙を浮かべる。
やっと帰れるというのに雷神の話した現実は今の百合子には残酷すぎていた。
そして、それに追い打ちをかけるような事実を彼女にする。
「それと、あちらに帰る前に冬花と蒼士の二人にしっかりお別れをしておくのだぞ。」
百合子は涙を流しながらもどうして雷神がそんな事を言うのかが気になった。
百合子は彼らか何も聞いていないため魔王を倒せば自分と同じように帰れると思っていたのだ。
「どういう事ですか?冬花さんも蒼士さんも魔王を倒せばあちらでまた会えるんじゃないんですか?」
その言葉に雷神は悲しそうに首を横に振った。
「それは現状では出来ないのだ。彼らは一度あちらの世界で死んでこちらに来ている。そのため世界のルールによって彼らはあの世界には帰れん。それに、すでに帰る場所もない。だからもう会う事は出来んのだ。」
すると百合子の頭にこの半月にも満たないが、彼らとの思い出が蘇る。
そして出会った時から今に至るまでに受けた優しさと返しきれない恩が胸に溢れ彼女は胸に痛みを感じた。
しかし、この2年の過酷な生活により、成長した彼女は雷神のある言葉に疑問を感じた。
「お爺ちゃん、現状とはどういうことですか!?もしかして何か手段があるんですか?」
百合子は涙を拭うのも忘れ雷神の服を掴み必死に問いかけた。
すると彼はそれに答える様に百合子へと頷いた。
「ある。だがこれは儂らではなくお前が行動しなくてはならん。その覚悟がお前にはあるか。」
その言葉に百合子は目の涙を拭い強い意志の籠った瞳で雷神を見上げる。
そして彼女は決意を胸に迷いなく頷いた。
「私はあの人たちに受けた恩を返したい。だからお願い。その方法を教えて。」
「・・・分かった。計画について説明しよう。」
そして百合子もまた、アリスと同様に過去へと向かう事を決意するのであった。
百合子はその後、朝の陽ざしの中で目を覚ます。
するとそれを見計らったように部屋の扉がノックされ、扉の外から声が聞こえた。
「百合子、起きている?アリスだけど少し話があるんだ。」
すると百合子は少し寝ぼけた頭に先ほどの雷神との会話が浮かび上がる。
そして彼女は毛布を蹴り飛ばして飛び起きると急いで扉を開けた。
「おはようございます。それでお話とは夢で聞いた事ですか?」
百合子はアリスも共に過去に向かうと聞いていたので顔を合わせるとすぐに本題に入った。
彼女たちには後一週間しか期限が無い。
その間に可能な限りの備えをしないといけないのだ。
そして、こちらでしか手に入らない素材も当然ある。
恐らく今日から互いに忙しくなるだろう。
「そうよ、夢で聞いたけどあなたもやはり行くのよね。」
アリスの瞳には既に百合子を凌ぐ覚悟が見える。
百合子はその理由が気になったため自分の目的を先に話す事にした。
「ええ、私は冬花さんと蒼士さんをあちらへ帰してあげたいんです。」
「やっぱりあの人たちは今は彼方に帰れないのね」
するとアリスは驚く事無くその事実を受け止めた。
しかもその口調は既にこの事を知っていたように感じる。
しかし、この反応からアリスの目的は自分とは違う所にあると気付いた。
「気付いていたんですか?」
「ええ、あまり思い出したくないけどガイアスは口が軽いから色々な情報を私に話してくれたわ。そこから判断したのだけどね。」
アリアは苦笑を浮かべて百合子へと理由を答えた。
そして百合子は「そうだったんですね。」と納得を示した。
「それならアリスさんは何が目的なんですか?今の口調だと私とは違う目的ですよね。」
するとアリスは口を閉ざして視線を逸らした。
確かにアリスの目的は百合子とは違う。
しかし、これを話してもいいものかと悩んだ。
別に話すのが嫌なわけではない。
彼女を自分の事情に巻き込んでしまってもいいのか決めかねているのだ。
そして悩んでいるアリスを見て百合子は先に声を掛ける。
「言い難い事なら無理には聞きません。でも、きっと互いに協力できる事があるはずです。もし要る物があるなら言ってくださいね。」
そう言って百合子は笑顔を浮かべた。
そして二人は打ち合わせを行い過去に戻った後の互いの連絡先を交換するのであった。
しかし、これによってアリスは後ろめたい気持ちから百合子の元にはほとんどアイテムの催促には現れなかった。
逆に百合子は何故そんなにやる事があるのだという程、町を走り回り作業に没頭した。
そしてアリスと話し合って3日が過ぎた頃。
百合子の元へ一人の人物が訪ねて来た。
彼女は部屋で作業をしている最中に店員に呼ばれ客間へと向かう。
するとそこでは先日知り合ったばかりのアルベルトが待っていた。
「よう百合子。元気にしてたか。」
アルベルトは手を上げて気安い感じで挨拶をしてくる。
「うん元気だよ。それでどうしたの急に何か用。」
そして百合子も同じく気安い感じで話しかける。
二人はドラゴンの心臓と魔石を受け取る際のやり取りで完全に打ち解けていた。
しかし、百合子が席に着くと真剣な顔になり腕に着けていた竜人の腕輪を外し机の上に置いた。
「これはお前に返す。これは人間には過ぎた力だ。出来るならばお前の手で処分してくれ。」
すると百合子は腕輪を受け取りアイテムボックスに入れてアルベルトに視線を戻す。
「本当にいいんだね?」
「ああ、これからは俺の力だけで家族を守って見せる。」
すると百合子は小さなため息をついた。
そしてアイテムボックスからここ数日で作ったアイテムの幾つかを取り出し机に置いた。
「なら、これと交換。これならあなたの言った事には反しない。」
そこに並ぶのは彼女がここ数日で作り出した強化と治癒の腕輪である。
ただ竜人の腕輪が強化特大だとするとこれは強化大と治癒力大である。
そのため効果はかなり落ちるが両方とも国宝級のアイテムであった。
アルベルトは何も知らずその二つを受け取り顔に苦笑を浮かべる。
そして、互いに立ち上がると向き合って握手を交わした。
「それじゃ元気でな。」
「アルベルトさんも元気で。早くリーリンさんと結婚してあげてね。」
そして互いに手を離すとアルベルトは貰った腕輪を装備して仕事に戻り、百合子は部屋で再び準備を再開した。
そして4日目の朝、百合子は蒼士だけを連れて竜人の腕輪を作る時にお世話になった工房へと向かった。
「こんにちは、また工房を貸してください。」
百合子は店に入るなり慣れた感じでカウンターに座る店主のアルフへ声を掛けた。
「おう、嬢ちゃんか最近よく来るな。それで、今日は何を作るんだ。」
するとアルフも同じ様に挨拶を交わした。
そして二人は並んで奥の工房に入って行く。
蒼士はそれを見て少し微妙な顔になり二人を見つめた。
百合子は最近人と話す様になってきた。
しかし、その相手は大人ばかりで子供と話しているのを見るのは一緒に住んでいるティファだけである。
蒼士は向こうに帰ってからちゃんとやって行けるのかが心配であった。
そんな事を蒼士が考えていると百合子は既に奥で準備を始めていた。
「今日は追憶の指輪を作ろうと思っています。」
「なんだ嬢ちゃん。今日はやけに普通のアイテムだな。」
そう、追憶の腕輪とは思い出や記憶を保存する。
ただそれだけのアイテムである。
そして、使い方もそれを装備して眠ればそこに込められている記録を見ることが出来る。
そのため人気はあるがとてもありふれている物であった。
材料も小さな魔石に記憶保存の魔法陣を刻むだけであるため。
技師を志す者が早い段階で覚えるとても基本的なアイテムである。
ただ彼女がわざわざ作ろうとするアイテムである。
ただのアイテムになるはずはない。
百合子はアイテムボックスから何故か巨大な魔石を取り出した。
「嬢ちゃん今から作るのは追憶の腕輪だよな?」
百合子のいつもながらの予想外な行動にアルフの顔が引きつる。
「はい、そうですよ。何か問題でも?」
百合子は何でそんな事を再度確認するのかが分からず作業を続けながら答えた。
「それじゃあ何でそんな巨大な魔石がいるんだ?ていうかなんでそんな巨大な魔石を持ってるんだ。そんなの異常だろ。」
そして丁度準備が整ったので百合子は顔を上げてアルフの疑問に答えた。
「ああ、これですか。これは王様にお願いして沢山魔石を貰って合成しました。ちょっと大変で徹夜してしまいましたが何とか目的の大きさにすることが出来ました。」
するとアルフは今回も驚愕してフリーズしてしまう。
元々魔石の合成は錬金術師ならば誰でも出来る。
しかし、それは出来ても5センチ程度が限界であった。
それ以上になると難易度の関係で失敗してしまい割れたり爆発したりする。
だが、今回百合子が作った魔石は30センチはあり彼の常識を大きく超えていた。
百合子はそんなアルフを気にする事無く今日も製作に取り掛かった。
まずはいつものように百合子は魔石を圧縮し始めた。
これは腕輪のサイズにするためにはどうしても必要な事であり、これにより魔石の強度が上がり記憶の保存が安定する。
しかし、巨大な魔石を小さく圧縮するのは製作者の腕次第である。
恐らく他の者が行えば腕輪のサイズどころか半分まで圧縮できれば超一流と言われるだろう。
そして次に魔法陣を書き込むが、これは新米でも出来るような簡単な魔法陣である。
そのため何の問題なく完了した。
あえて言えば今回難易度が高い作業は魔石を作る事と圧縮する事だろう。
百合子は魔石の魔法陣を確認し準備していた腕輪にはめ込む。
そしてそれを後ろで見ていた蒼士へと渡した。
「蒼士さん。この腕輪は人の一生分の記憶を保存するだけの容量があります。それにあなたの記憶を記録してもらえませんか?」
「理由を聞いても?」
百合子は少し悩んだが蒼士に理由を話した。
そして、蒼士は納得して腕輪を装備して記憶を移し始める。
それは常人ではありえない速度であり、強度を上げた魔石が悲鳴を上げる程であった。
しかし、それだけの速度で記録しても必要な量は尋常ではなく、また選別を行っても長さとしては数十年分にも及んだ。
そのため腕輪が完成するのは百合子たちが出発する前日までかかってしまった。
だが蒼士と百合子は間に合った事に胸を撫で下ろした。
そして、蒼士はその腕輪を百合子に渡す時、一つの注意事項を彼女に伝えた。
「その腕輪の記憶は俺は元より冬花が見ても問題ないようにしている。しかしどうしても内容が辛いものが多いから俺にはすぐ見せてもいいが冬花には召喚後に見せる様に伝えてくれ。」
蒼士の注意に百合子は頷いた。
「分かりました。でも、子供の私の言う事を信じてくれるでしょうか?」
すると今度は蒼士が苦笑を浮かべて頷いた。
「ああ、大丈夫だ。なんていえばいいのか俺はこんなだろ。だから問題ない。」
その言葉に百合子は納得してクスリと笑う。
ようは御人好しで変わり者。
そして冬花の事に関しては他を顧みない性格であると告げているのだ。
説明する時に言葉を選ばなければならないが、彼を知る物からすればそれはとても容易い事である。
そして互いに笑って準備が出来た百合子は久しぶりにゆっくりとした眠りを味わうのであった。
しかし、この一週間の間、アリスは百合子の元を殆ど訪れてこなかった。
彼女はそれが少しだけ気がかりではあった。
しかし、それを踏まえた上で百合子の準備は万全である。
そのため百合子は安心して眠りアリスは心配に寝付けぬ夜を過ごした。




