54 天罰③
ハーデスは最後の仕上げをする為に目の前の人間たちを見回した。
そして救う価値のない者達であるのを確認すると背中を見せて部屋を去って行った。
それと当時に外に溢れていた無数のスケルトンたちは黒い霞となって消えていく。
そして霞は意志ある物のように次第に一カ所に集まって行た。
その先は王族や貴族の残っている王城である。
その頃には正気を取り戻した者達で王城は大騒ぎになっていた。
「聖下が死んでしまったこれからどうすればいいのだ。」
そこに居た重臣の一人はそう言って椅子で項垂れる
またある者は。
「あいつが死んだぞ。これでこの国は俺の物だ。お前たち手筈は分かっているな?」
「当然です。現在軍関係は壊滅状態。すぐに私兵を集めましょう。」
「ふふふ、これで勇者の女も俺の物だな。」
そしてある者は押さえていた野望と欲望を見せ始める。
しかし城の前には数名のメイドが走り城を抜け出していた。
「馬鹿な奴ら。あの者が言った事を聞いてなかったのかしら。あの男は私達を見過ごすような存在ではないのよ。あなた達早くここを逃げるわよ。」
そう言って共に逃げ出す事に決めた2人のメイドに声を掛ける。
そして互いに頷くとその場を走り去って行く。
しかしこの時ハーデスはその3人を空の上から見下ろしていた。
そして彼女たちの魂を読み取りこの国の者でない事を知ると腐っているが最後の慈悲として見過ごす事にした。
ああ言う者は行った先々で今日の事を簡単に漏らす。
そうすれば何故この国が滅びたのかを知る良い生き証人となり情報も拡散される。
そして3人が去った直後、城中から断末魔の叫びが響き渡る。
彼女たちは本当に危機一髪で逃走に成功したのだ。
もし彼女たちが欲をかき、何かを持ち出したりしていれば間に合う事は無かっただろう。
そして彼女たちは背中にその断末魔を受けながら逃げる速度を上げ必死に走って行った。
城中では先日ガイアスが死んだ時の様な光景が広がっている。
体の四肢を引き千切られ痛みの中で意識を保ち、しかし死ぬことが出来ない事に絶望し苦しみの中でこの世に何も残さず消えていく。
そして今回、それを行っているのは先程までスケルトンであった亡者たちである。
彼らには意思は無く、ただこの国に恨みを晴らすためだけに存在している。
そして彼らには残念なことに慈悲や優しさはない。
そのため城に残った者たちは例外なく同じ苦しみ、同じ苦痛を味わい消えていった。
それと同時に多くの亡者たちはこの世界の輪廻へと帰り満足して消えていく。
しかしその中でもまだ残っている者が存在した。
彼らはいまだに恨みが晴れず地上にしがみ付いている。
だがハーデスはこの状態を予想していた。
こうなる事が分かっていたためハーデスはここに来た時、自分が適任であると判断したのだ。
そして彼らの恨みの対象も分っていた。
その対象とは一つはこのバストル聖王国。
そしてもう一つはこの世界の主神であるカティスエナだ。
彼らは人を恨み、神を憎んでいる。
そのためにやり場のない怒りを抱え恨みに囚われているのだ。
するとハーデスは手を掲げ、ある者の名を呼んだ。
「ヘルディナ。我が許に来い。」
するとハーデスの横に実体のないヘルが現れ、その場に跪いた。
「お呼びに与り即参上。どうかされましたかハーデス様。」
ハーデスは微妙な目をヘルへと向ける。
元々天然であったがもう少し空気を読んでほしいものである。
しかし、今は彼女以上の適任者はいない。
そのためハーデスはヘルに要件を伝えた。
「此奴らはお前と同じ思いを持つ者たちだ。こいつらの思いを受け止め輪廻へ返してやれ。」
するとヘルは「畏まりました。」と一礼しその場で腕を広げた。
「さあ来なさい。あなた達の思い。私があの屑にぶつけてあげます。」
すると亡者たちは我先にとヘルに飛び込んでいく。
そして彼女を通過したもう亡者たちは満足したように消えていった。
しかし、その数は数千にも及ぶ。
ハーデスは頼んでおきながらも心配になりヘルを見つめる。
しかしそれは不要な事であった。
ヘルはハーデスに見つめられて・・・。
(きゃーーー、ハーデス様がこっちを見つめてる。この胸のときめきあなたに届け~。)
と、間抜けな事を考えているとはハーデスにも分からなかった。
そしてヘルが全ての亡者の恨みを受け取り、取り込むとハーデスへと近づいて行った。
「ハーデス様、終わりました。」
「そうか、それで・・・その、大丈夫か?」
「はい、私の思いはいつも一つ。愛 ラブ ハーデス様です。」
どうやらヘルは大丈夫であるようだ。
いや、どちらかといえば別の方向で悪化している。
しかし、ハーデスは出来る男であった。
「そうか、ならばいい。それではあちらに戻って構わん。私も後で一度戻るので待っててくれ。」
するとヘルは手を振って笑顔で消えていく。
そしてヘルが消えると同時にハーデスは溜息を付いた。
彼には友と呼べる者は少なく、今まで避けられる事はあっても好意を向けられたことが無かった。
そのためヘルにどう対応すればいいのか分からないのだ。
そしてハーデスは指揮官となっていた者たちのもとに向かい転移を行う。
彼らはこの町で選別された生き残りたちの護衛として避難所を警備している。
そして彼らの前に転移したハーデスは彼らに指示を出し町の中へと人々を誘導した。
その中には冒険者や商人なども含まれているがほとんどが奴隷である。
その数も数千にも及びこの国に如何に奴隷が多かったかを示していた。
しかし、そのほとんどが不当な行いにより奴隷にされた者達である。
そのため既に奴隷からは解放され一般人との区別はその着ている服だけになっている。
周りもそれを知っているため元奴隷だからと蔑んだ目で見る者は1人もいない。
また、犯罪奴隷の様なものはトラブルを避けるため潔く処分している。
そして人々の誘導が終わると意思のあった亡者たちはハーデスの元へと集まって行った。
するとハーデスはまず勇者であった者たちに声を掛けた。
「お前たちはこの世界の魂として認められている。すまないが連れては帰れない。」
すると、勇者たちは肩を落として落胆した。
彼らは別に来たくてこの世界に来たのではない。
神の間では取引が行われ手続き上は問題ないが、実際はそこに彼らの意思は存在していないのだ。
その姿にハーデスは肩を竦め困ったように溜息を吐いた。
すると突然、ハーデスは自分の近くに何者かが転移してくる気配を感じてそちらへと振り向いた。
そして、そこに現れたのは初めて見る金髪の女神であった。
彼女は転移が終わると恭しく一礼しハーデスへと話しかけた。
「私はこの世界の神の一人ベルファスト。もしかして何かお困りではないですか?」
するとハーデスは天照から聞いていた名前を思い出した。
彼からはこのベルファストという女神は礼節のあるまともな者であると聞いている。
そのためハーデスはダメもとでベルに意見を求める事にした。
「この者たちは正式にこちらの世界の魂となっているのであちらへと連れてはいけなくてな。しかし、彼らは強く帰還を求めている。何かいい方法はないか?」
するとベルは少しも悩む事無く頷いて答えた。
「それならしばらくその者達の魂は私が個人的に預かりましょう。もしかすればこれから大きな変化が起きて帰る事が可能になるかもしれません。」
亡者たちはその申し出に驚愕しベルへと視線を向けた。
それは彼らが知るのは主神であるカティスエナのみだからである。
彼女の傲慢な態度と行いを知る者からすれば、この世界の神に不信感しかないのは当然であった。
しかし、目の前の女神はこれからの変化を匂わせた上で自分たちの事を一時的にでも面倒を見てくれるというのだ。
彼らからすれば驚くしかない事である。
そしてハーデスは鋭い視線でベルを見つめ彼女の真意を探る。
しかし、ハーデスの目をもってしても彼女から嘘の気配は感じられない。
そのためハーデスは彼女を信じる事に決めた。
「お前たちが彼女を信用するなら俺はお前たちを彼女に任せようと思う。」
ハーデスは勇者であった者達にそう言ってベルへと向き直る。
「もしお前が嘘をつき彼らの魂を弄ぶようなことをすれば我は世界のルールを破ってでも貴様を滅ぼしに来るからな。その事を肝に銘じておけ。」
そしてベルにはきつめに釘を刺しておくのであった。
すると勇者たちは今はベルよりもハーデスを信用し、ベルへと付いて行く事にした。
その数は5人ととても少ないがメンバーはとてもバランスがいい。
剣士の男女に槍使いが一人。
魔法を得意とするものが二人である。
彼らはベルの傍に行くとしばらく頼むと挨拶を交わした。
そして今度はこの世界の住人ではあるが意思を残していたため指揮官となった者達である。
しかしその数は少なく人数は3人。
「お前たちはどうするのだ。目的は果たしたのだし輪廻に帰るか?」
すると2人は呆気ない程に素直に頷いた。
そしてその魂は肉体を離れ輪廻へと帰って行く。
そして残った体は小さな砂へと変わりその場で砂山へと変わった。
しかし、もう1人の男は俯いたまま何かを悩んでいるように歯を食いしばっている。
すると町の方から一人の少女が走り寄り男へと飛び付いた。
「お父さん、ホントにお父さんなの!?」
それは男が先ほど奴隷商館で助けた自分の娘であった。
彼女は助けられた時にはまだ意識があり目の前に現れた父親があの世から迎えに来てくれたものだと錯覚した。
しかし、目を覚ましてみれば自分はまだ生きている。
そして幻を確認するために自分たちを助けてくれた者達を探してここに辿り着いたのだ。
しかし、そこに近づけば本当に自分の父親らしき人物がいる。
彼女は咄嗟にその人物に飛び付いてしまった。
しかし男は彼女と視線を合わせる事なくその手を振り払う。
「私はお前の父ではない。」
そう言って男は背中を向けて顔を隠した。
しかし、その背中に娘は再びしがみ付いて離れようとはしない。
「うそ、私にはわかるんだから。お父さんあの時死んだと思ってたけど生きてたんでしょ。それで私を助けに来てくれたんでしょ。」
しかし、男は背中を向けたまま首を横へと降った。
「それは違う。ここにいる者達で生きている者は誰もいない。」
すると男の言葉に娘は信じられないと周りを見回した。
しかし、見た目は人と変わらないため彼女には判断が出来ない。
そんな中でハーデスが娘へと声を掛ける。
「この男の言う事は真実だ。この者たちには私が体を与えているが元は皆死んでいる。その男も同じだ。」
すると娘は悲しみに涙を浮かべ、父親へと顔を向ける。
「そんなの嘘よ。折角また会えたのに・・・。」
そして娘はその場で地面に膝を付き泣き始めてしまった。
その姿にハーデスは溜息を付いて少女にある提案を持ちかける。
「お前が本気で望むならその男を返してやろう。」
すると少女は肩を跳ねさせゆっくりとハーデスを見上げた。
その目にはいまだに涙が流れているが、先ほどと違い僅かに希望の色が混ざっている。
「しかし、それには条件がある。男がこの世に残るためにお前の寿命を貰う。お前は男の分も寿命を支払うのだ。そのためお前は他の者の2倍の速度で年を取る。それでもいいならお前にこの男を返してやろう。」
すると男は娘へと振り返りその肩に手を乗せる。
「やめるんだ!そんな事をする必要はない。よく考えるんだ!」
しかし、娘はハーデスから一切視線をそらさず父親の言葉を聞いていないのは明白である。
そして娘は悪魔の様な申し出を受ける事を決めた。
「その条件で良いなら私は構わない。だからお願いします。お父さんを返してください!」
するとハーデスは娘の決意を受けて二人の間に見えないパスを繋いだ。
そしてこの時から彼女は1日で2日分の寿命を消費して行く事になる。
しかしハーデスはここで更なる提案と取引を持ち掛けた。
「娘よ、お前に一つ仕事を頼もうと思う。」
すると娘は立ち上がり父親と並んでハーデスへと視線を向ける。
「何でしょうか。私はこの通りまだ子供なので出来る事には限りがあります。それでもですか?」
娘にハーデスは頷きで返し一瞬父親を見るがすぐに視線を戻した。
「ああ、それでもだ。現在、この国の王族は殺し、召喚陣も破壊した。しかし、もしかしたらまたこのような事が起きるかもしれん。その時のためにお前がこの世界を見張り何かあれば我に知らせろ。」
するとその言葉に娘ではなく父親が娘を後ろに庇い反対する。
「先程から聞いていれば、さすがに恩人とはいえ無理が過ぎる。この子にそんな危ない事はさせないでくれ。」
そう言って父親はハーデスを睨みつけた。
するとハーデスは今度は父親へと向くと挑発するように言い放った。
「ならば貴様が受けるか?もし受けるならば報酬として娘がお前のために消費した寿命を100年ごとに返してやろう。」
ハーデスの予想外の言葉に父親は驚愕し目を見開く。
そして娘を見ると父親を笑顔で見上げていた。
その笑顔に答えるために父親は悩む事無くハーデスの申し出を受ける事にした。
「分かった。その仕事は俺が受けよう。だから必ず娘の寿命を返してくれ。」
「ああ、我が存在にかけて誓おう。それとこれをお前に預ける。」
そう言ってハーデスは男に指輪を差し出した。
それは何の変哲もないただのリングで装飾は何もない。
男はそれが何かわからず指輪を受け取り首を傾げた。
「これは・・・?」
「それがあれば今日のように我と念話で話すことが出来る。もし何か問題が起きれば我に念話を送れ。この事に関してならば我らが介入してもこの世界の神とて文句は言われん。」
すると男は頷いてそれを指にはめ、娘と共にハーデスの前を離れて行く。
そしてハーデスは最後に残った帰還組に顔を向けた。
「お前たちは彼方の5人とは逆にここに残ることが出来ん。そのため我が責任を持ってお前たちを元の世界に送り届けよう。すでにいくつかの世界から問い合わせが来ている。細かな事はそれぞれの世界の神に聞くといい。」
すると帰還組の者達は頷いて全員が一斉に砂へと帰り、魂たちはハーデスの元へと集まって行く。
そしてハーデスはそれらを纏めると一度周りを見回した。
「それではそろそろ一度私は帰る事にする。」
そう言って次の瞬間にはハーデスの姿は彼らの目の前から消えていた。
そして勇者達はベルの魔法による転移で消えていきその場にはエルフの親子だけが残された。
「お父さん勝手な事してごめんなさい。」
娘は父親の忠告を聞かず安易な行動を取った事を反省しているのか、俯いたまま謝った。
その姿に父親は娘の行いを振り返り溜息をつく。
おそらく、もし自分が娘と同じ立場ならば喜んであの神の申し出を受けただろう。
いや、たとえ命と引き換えだったとしても高くはない。
それにエルフの寿命は長い。
ちゃんと仕事をこなせば娘の寿命も100年おきに戻ってくるのだ。
決して安い買い物ではないがエルフにとっては高い買い物ではなかった。
そう思い父親は娘の頭に手を置いて苦笑を浮かべる。
(ホント、誰に似たんだかな。)
そして、気持ちと状況の整理が終わった父親は娘にまだお礼を言って無い事を思い出した。
「そう言えばまだお礼を言って無かったな。ありがとうアリシア。これでまたお前と一緒にいられる。」
するとアリシアと呼ばれた娘は顔を上げ涙で少し潤んだ目を袖で拭くと太陽の様な笑顔を浮かべた。
父親は結局その笑顔に負けて今後数百年にわたりこの国のみならず世界中を見続ける。
それによりカティスエナがもたらしたこの不幸な召喚事件が再発しても必ず迎えの神が現れ大事に至る事は無かった。




