5 命がけの修行
開いた扉を見ているとその女性は部屋に入り小さく頭を下げてきた。
彼女の身長は160位で緑の長髪を自然に後ろに流し、鮮やかな青い瞳で見つめて来る。
そして胸は大きくその起伏のある体をトーガのような衣で包みこんでいる。
きっとどんな優秀な絵師だろうとこの人物を表現しきる事は出来ないだろう人間離れした美しさを備えている。
しかし、俺にはそんなものは関係ないのでいつもの調子て質問の投げかける。
「俺は蒼士といいます。あなたは誰ですか?」
「私は主神さまの命であなたに魔法を教えに来ました。名前をベルと言います。」
そう言って彼女は柔らかく微笑んだ。
どうやら、今度はあの女神の差し金らしい。
「魔法。魔力がある時点で予想はしていましたがやっぱりあるんですね。」
「はい。ただ教えると言ってもこの世界の魔法はイメージさえ出来れば呪文などはいらないのでコツが分かればすぐに使えるようになりますよ。どうやら先の方があなたの魂を異常なレベルで鍛えてくれた様なので魔力も人間の常識をはるかに超えた量になっているようですね。もしかしたらドラゴンよりも多いかも。」
そして彼女は笑って俺の事を上から下まで確認する。
「体に流れる魔力も淀みがありませんね。魔力は感じられますか?」
しかし、俺は魔力なんて自覚したことが無いので、首を捻りながらも自分の中に意識を向けてみる。
だが今までない物を感じ取るのは難しいのか、何も感じることが出来ない。
「いえ、何も感じられません。」
その答えにベルは手の届く距離まで近づくと俺の胸に指を当て何やらやり始めた。
そして、次第にその何かを俺は感じられるようになっていく。
胸から心臓に送られるように何か暖かい流れが全身に広がり血管を流れる様に体内を循環している。
この感覚が魔力なのか?
力は全身から湧き出しているが要は正中にある頭や心臓、丹田あたりが強い。
まだ感じ始めだから不鮮明だけど、さっきまでの何も感じられなかったのに比べれば大違いだ。。
「この暖かいのが魔力なのか?」
「ええ今は私から僅かに魔力を流しています。この程度の量で感じられるならもう私の補助は必要なさそうですね。」
そう言ってベルは俺から指を放して数歩下がる。
すると先ほどまでの感覚が薄れていき次第に消えていった。
だがもう一度、意識を自分の中に向けるとそこに燃えるような大きな流れを感じることが出来る。
そのあまりの大きさに俺は驚きの視線をベルへと向ける。
「ふふ、驚きました?それがあなたの魔力です。害はないのでゆっくり慣れてください。それではまずは基本の魔法から試しましょう。」
そう言ってベルは手を前に出して拳程の炎を生み出した。
あれが魔法か。
そして俺も同じように炎をイメージしてみる。
すると体から先ほどの力が外へと流れ出し、同じような炎を作り出した。
ベルはそれを見て合格を出し他にもいろいろな属性を試させる。
水・風・土・氷・雷・光・闇
そしてそれらを合わせた複合魔法。
俺はそれを一目で覚え実戦で使用できるレベルで使いこなしていく。
そしてそれ以外にもオリジナル魔法を幾つか生み出した。
光と炎を組み合わせてレーザーの様に相手を焼き切る魔法。
風と炎を合わせた爆発する魔法。
そして、イメージに物を言わせて全魔法で相手を追尾する事を可能にした。
それらに3日かけて取り組み、もう教える事のなくなったベルは選別としてペアリングを渡してきた。
「これは神が使うアイテムで杖の様に魔法を使う時の補助具として使用する物よ。不懐属性が付いてるから永遠の愛を誓うのにちょどいいから申請してみたの。そうしたら申請があっさり通っちゃたのよね。」
この3日で彼女の事は少し知ったがベルはとても面倒見がよく俺たちの事をとても気にかけてくれていた。
「主神様も頭は足りないけどきっとあなた達を応援しているわ。」
そして彼女はこうして時々毒を吐く。
「それを付けて結婚する姿をこちらから見守っているわ。それと死ぬのは良いけど彼女を悲しませちゃだめよ。あの子を死なせずあの子より長く生きるのよ。」
それは二人とも死ぬなと言う事か。
俺はベルの言葉に苦笑を浮かべると頷きを返して了承する。
ベルはそれを見ると「それじゃ、頑張ってねー」と軽い言葉を残して部屋から去っていった。
そして最終日となり俺は部屋の壁に背中を預け眠っていた。
すると途轍もない気配が扉から伝わってきた事で目を覚まし体を起こして立ち上がる。
なんだこの気配は。
今まで感じた事が無いほどの危機感を感じる。
コイツには今の俺じゃあ絶対に勝てない。
剣に手をかけていた俺は気が付けば汗だくになって剣を抜いていた。
するとゆっくりと扉が開き一人の人物が姿を現した。
だが男の姿が見えると気配も消え、そこには最近はよく訪れる様にった男神が立っていた。
「よう。最後の餞別に訓練しに来てやったぞ。」
男神は二カッと笑い蒼士と同じように剣を抜く。
その途端、先ほどのような気配が津波の様に押し寄せ、体を圧し潰す様な錯覚が襲ってくる。
「カグツチはお前を鍛えるために少しずつギアを上げて行ったがその代わり真の強者との戦いを体験させることが出来なかった。今お前の前にいるのはどんなに足掻こうとも勝つことが出来ない存在だ。死力を尽くして掛かって来い。さもないとあの嬢ちゃんには二度と会えなくなるぞ。」
「その気配は尋常じゃないな。あんたは何者なんだ?」
俺は男神に呑まれてしまい絞り出すように問いかける。
「おお、そう言えばまだ名乗ってなかったな俺の名前はスサノオ。昔は色々ヤンチャしたが今はこの通り良いオッサンだ。気楽にスサノオと呼び捨てで呼んでくれ。」
そう言ってスサノオは離れた位置から上段に剣を構え無造作に振り下ろした。
すると剣から光が飛び出し俺の横を通り過ぎて行った。
しかし俺はその痕跡を見て驚愕し背中から嫌な汗が噴き出すのを感じる。
オイオイ、マジか。
ここの床は俺やカグツチ、ベルでも破壊できなかったんだぞ。
それをあんな無造作な攻撃で切り裂くってどんだけだよ。
そして俺はスサノオへ視線を戻すと油断なく剣を構え直す。
「それじゃあスサノオ。俺があいつを護りきれるように真の強者の力を教えてくれ。」
「任せろ。」
スサノオは蒼士の強がりには気づいている。
しかしこの力を見ても心が折れない蒼士を戦士と認め本気で剣を振るった。
スサノオはまず、先ほどと同じように上段から単純な振り下ろしを仕掛けてくる。
それを予測し受けるのではなく受け流す事を選択した。
しかし、ただ逸らすのでは余波だけで重傷を負ってしまう。
そのため全身を魔力の鎧で包み更に魔力で剣を強化するように自らの体を強化する。
この時、俺のスキルに身体強化が追加された。
そして襲い掛かってくる剣を全力で横から叩きつける。
すでに見切って逸らす次元を超えているうえ、剣で捉えている余裕もない。
そしてそれた剣線は再び地面へと斬線を刻んだ。
この間にも俺のスキルは増え続けている。
今回の一撃を逸らしただけで身体強化に続き、受け流し、見切り、視力強化、魔纏いを習得している。
人は命が掛かった時、真の力を発揮と言うがそれは本当のようだ。
そのため俺のスキル天才は生き残るために今までの人生の中で最大に発動している。
そしてそんな攻撃を何度も耐えている内にとうとう完璧に受け流す事に成功した。
すると突然スサノオは後ろに下がり距離を置いて剣を構え直す。
「流石だな蒼士は。本気でないとはいえこの短時間でここまで見事に受け流されるとは思わなかったぞ。」
そう言ってスサノオは笑顔を浮かべるがアレで本気でないとはどれだけの力を持っているんだ。
流石は神と言うだけはあり、人としての常識から逸脱している。
するとスサノオは両手で剣を握ると大上段に構えを取った。
「だが次で最後だ。これを逸らすのではなく受けて見ろ。」
そして俺はそれに応える為に剣を鞘に納めて腰を落とし左足を下げた。
右手は剣の柄を握りいつでも抜き放てるように構える。
この時、新たなスキル、チャージ、閃きを覚えた。
そして全身全霊を込めた所でスサノオは互いの間合いへと飛び込み剣を振り下ろしてくる。
俺もタイミングを合わせて剣を引き抜き互いの剣がぶつかり途轍もない音と衝撃波が発生した。
この一撃により俺はスキル、抜剣術、渾身の一撃を覚える。
だがそれでも足りず俺の剣は大きく弾かれスサノオの剣はそのまま胸を切り裂き、左腕も同時に切り飛ばした。
俺は切られる瞬間をスローモーションのように見ながらその目で腕が飛んで行くのを確認する。
そして次第に時間の感覚が正常に戻るとその場に膝をついて仰向けに倒れた。
その姿をスサノオは剣を肩に担ぎ見下ろすようにして見てくる。
そして俺に向かい残酷な運命を告げた。
「このまま放置すればお前は死ぬ。死にたくなければ足掻いてみろ。」
俺は薄れ行く意識の中でハッキリとスサノオの言葉が聞こえた。
そして走馬燈のような映像が頭に浮かび幸せで懐かしい光景が次から次に過ぎ去っていく。
そのほとんどが冬花の事で埋め尽くされ、初めて出会った小学生から始まり泣いて笑って遊んでいる。
中学に上がると昔のようには会う機会は減ってしまったがそれゆえに互いを意識し始めて告白をして恋人になった。
高校は互いに頑張って同じ所に入学し結婚の約束をして宝くじも当てた。
そこで幸せな走馬燈は終わった。
だが今度の映像は冬花のこの世界に送られてからの物に代わる。
彼女の表情は絶望に代わり多くの涙を流している。
そして最後に俺の事を抱きしめて泣き、自分の首を切り落とした。
だが最後の冬花は死にながらもその顔は笑顔になっているのを俺は見逃していない。
そうだ俺は死ねない。
俺はあいつと約束した。
もう一度会えると。
俺は声にならない声で全力で吠える。
その叫びにスキル天才が反応し、まるで限界を超えて回されるエンジンの様に激しく脈動した。
直後に俺は超速再生と超速治癒のスキルを覚え俺の消えかけた魂を修復し始めた。
だがいまだに回復が足らないと判断したスキルは超速魔力回復と魂魄再生を覚える。
それにより回復に足らなくなっていた魔力を回復し傷ついた魂を修復した。
その光景をスサノオは口元を笑みの形に歪めながら見守り続ける。
そして回復し終わると俺はゆっくりと目を開け、いまだに見下ろしているスサノヲと視線を合わせた。
「オッサン、死ぬ所だったぞ。」
「そうか。しかし、壁を越えただろ」
スサノオのその笑顔に俺は不機嫌に目を逸らし溜息をついた。
「まあ、今回は礼を言っておく。次回は普通に鍛えてくれ。」
そう言って立ち上がりると俺は自分のスキルを確認し始めた。
「まあ、期待するなよ。もし次回がある時はお仕置きもかねてもっとハードになるかもしれん。」
スサノオはそう言い残すと扉からいつものように出て行った。
ああ、死ねない理由がまた一つ増えたか。
それにしても一気にスキルが増えたな。
格上の相手とやるとスキルの覚えがいいのか?
実際はそれだけではない。
今回彼が覚えたのは本当に命を懸けたのが大きい。
しかしここにはそれを教えてくれる者は既に誰もいなかった。
そして俺はこの部屋で初めて疲労を感じ、壁にもたれ掛かると襲ってくる睡魔に身を任せて眠りについた。
そして次に目が覚めた時、森でオオカミの魔物に噛みつかれ餌になりかけていた。
「うお、どうなってんだ!?」
そのため俺は加減も忘れて本気でオオカミを殴り付けた。
すると殴った所は抵抗なく消し飛び、残った首から下がその場に倒れ動かない死体へと変わる。
そして俺は体に怪我が無いのを確認するとホッと息を吐き出して立ち上がり周りを見回した。
それにしても酷い目覚ましだな。
ここは前回の状態から考えてあの森だろう。
あの女神め~、俺が寝てるのにこちらに送り込みやがたな。
だがどれだけ寝ていたのかが分からなかったので俺はオオカミの死体を諦め急いでが森の外へと走った。
ああ・・・こんな時こそ時計が欲しい。
でも急がないとあの親子があいつらの餌食になっちまう。
俺は二回目にして余裕のない人生を余儀なくされた。
しかし、そう遠くない未来。
今日のこの行動が正しかった事を実感する。