46 勇者 対 異世界人
橋が出来ると俺達たち2人は対岸へと歩き出した。
そして後ろでは、人々が城壁へと上がり観客と化しているようだ。
彼らは噂で聞いたドラゴンに止めを刺した俺達の実力を見ようと目を凝らしている。
そして対岸へと到着すると先日のライブの様に、目の前に巨大なスクリーンを浮かび上がり観客たちを釘付けにした。
そこに映るのは次第に近づく二組の男女。
そしてその距離が20メートルになった時にガイアスは声を荒げた。
「私はバストル聖王国のガイアスだぞ!貴様らこんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」
ガイアスとか言う奴は血走った目で俺達を睨みつつ周囲へと喚き散らしている。。
どうやらガイアスは勇者の顔を知らないようで国に雇われた冒険者とでも思っているのだろう。
しかし、それも仕方のない事である。
この世界には似顔絵はあるが前回の報告までには届いてはいなかった。
当然写真の様な物もなく、密偵で冬花に近づいた者たちはある日を境に全員捕まるか消息を絶った。
しかし、ガイアスは自分達が要請すれば国が勇者を差し出すと考えていた。
今までの歴代の国王が、苦渋の選択としてそうしてきたように。
しかし、今回は今までとは全く違った。
勇者である冬花は、何度もこの世界をやり直す中で多くのスキルと戦う力を手に入れている。
そして、その横にはそれを助ける蒼士がいるのだ。
戦いに勝つ理由はあっても負ける理由はない。
そして、蒼士は不敵な笑みを浮かべガイアスへと言い返した。
「黙れクズ。ごちゃごちゃ言ってないで早くかかって来い。それともお前の腰の武器はただの飾りか。」
その言葉にガイアスは今度は顔まで赤くして怒り始めた。
しかし、どんなに睨もうとも目の前の二人は恐れるどころか表情すら変えない。
この二年、自国ならばガイアスが睨み付ければ殆どの者は膝を付き、許しを請うて来た。
特にアリスが力を付けてからは彼よりも偉い存在と言えば聖王ただ一人である。
その事がガイアスの目を曇らせ更なる無謀へと駆り立てる。
「そうか、お前たちは今の攻撃で召喚者が死んだと思っているのだな。」
ガイアスは突然冷静になると数歩下がりアリスの斜め後ろへと移動した。
そして顔に笑みを浮かべ得意げに言い放った。
「残念だったな。そいつはここにいるこのアリスだ。お前たちは油断してここまで来たのだろうがその油断が命取りだ。」
その言葉に俺と冬花は呆れて互いの顔を見合う。
そして「プッ」と噴き出すと大笑いを始めた。
今のやり取りはお約束過ぎてのツボにハマってしまった。
そして俺たちは腹を抱えて笑いかなりの隙を晒している。
まさか、こんな戦法で来るとは盲点だった。
しかし、命令が無ければアリスは攻撃もできないようでガイアスに至っては立ち姿からして戦闘の心得は無さそうだ。
おそらくアイツに出来るのは弱者をいたぶる事とアリスへと偉そうに命令する事だけだろう。
その姿にガイアスは再び腹の底から怒りが湧き始める。
そして、とうとうアリスへと命令を下した。
「アリス、見せしめとしてあいつらを殺せ。」
するとアリスは腰の剣を抜き冬花へと構えた。
彼女の武器はどうやらレイピアのようで120センチはある細身の剣だ。
アリスはそれをフェンシングの様に構え切っ先を冬花へと向けた。
どうやら最初のターゲットは既に決めた様だ。
すると冬花も剣を抜いて同じように構えた。
それはまるで鏡の様であり、違うとすれば手に持つ剣が片手剣である事のみだろう。
二人は剣の抜いた直後から微動だにせずただ剣を構えて見つめ合っていた。
互いに隙を探り見えない攻防を繰り広げ僅かな動きで駆け引きを繰り返す。
しかし、それを理解できない男が焦れて命令を下した。
「何をしている。早く攻撃しないか!」
すると、その声にアリスは即座に反応し冬花に向けて突きを放つ。
その動きはとても素早く10メートルの距離をコマ落としの様に縮めた。
しかし、スピードなら冬花も負けてはいない。
彼女も10メートルの距離を一瞬で縮め突きを放った。
そして互いの突きは僅かな狂いもなく互いの剣先を捕らえて1秒にも満たない拮抗を作り出す。
しかし、ここで同じ速度、同じ威力に見えた互いの攻撃に大きな違いが現れた。
アリスは命令により不十分な体勢からの攻撃を行ったため剣に僅かに力が乗り切っていない。
それに比べ冬花は完璧な重心移動と踏み込みを行った事で完璧な突きを行っていた。
その差は僅かな物であったが結果は大きく異なってしまった。
冬花の突きは一瞬の停滞後、見事にアリスの剣を押しきり剣を弾いてアリスの腕を大きく切り裂いた。
それによりアリスの手首は余波により砕け、切られた場所からは骨が見える程の重傷を負っている。
しかし、命令のままにアイテムボックスから新しい剣を取り出し反対の腕に持つと攻撃を仕掛けて来た。
アリスは息も切らせぬ猛攻をしかけ冬花はそれを柳の様に躱していく。
その様子にガイアスは次第に焦りと苛立ちを感じ始めた。
それは、どう見ても召喚者であるアリスよりも目の前の少女の方が格上に見えたからだ。
ガイアスにとってアリスは2年をかけて育て上げた自慢の兵器である。
召喚者と言う事で彼女は召喚された当初から高い身体能力と成長速度。
それと戦闘向きなスキルを所持していた。
恐らく召喚してすぐに奴隷としなければそれほどの時間を置かずに手に負えない存在となっていただろう。
そのため、アリスは1年もしない内にS級冒険者に匹敵する実力を持ち、今ではSランクの中でも上位の者に近い実力となっている。
そして更に百合子が作った強化アイテムによってSランク最強の能力を持っていると言っても過言ではない。
だだし、それはつい数日前までの話であった。
今は蒼士と冬花もSランクへの仲間入りを果たしている。
そのため3位以降の実力者との間には途轍もない程の差が生まれてしまっていた。
そして、アリスは現在、ガイアスの命令を実行するために攻撃を繰り返している。
その結果、攻撃は単調になり読まれやすく、実力の大半を発揮できない状況になっていた。
もし、最初の命令のまま殺せとだけ命令していれば、冬花はもう少し剣による防御を行ったかもしれえない。
そしてここでガイアスは更に大きなミスを犯していた。
ガイアスは強さに拘るあまり、強化アイテムは持たしていたが治癒系のアイテムは持たせていなかった。
そのためアリスの受けた傷は回復せず、いまだに血を流し続けている。
そして普段こんな時のために回復系の魔法を使える物を用意するのだがそれらは先ほどの範囲魔法により全滅してしまっていた。
そんな状態の為、アリスは次第に動きが悪くなり始める。
それ以前に血を流し続けている為か白い肌は次第に青くなり始め体から血の気が失われていく。
そして、その様子に冬花は次第に顔を曇らせ動きを変えた。
いままで躱していた剣を受けとめ、絡める様に剣を動かすとアリスの剣は手から離れて飛んで行く。
そして次の瞬間、冬花はアリスの心臓に向けて魔力を込めた拳を叩きこんだ。
よく言うハートブレイクショットである。
するとその一撃によりアリスの体はビクリと跳ねるとその場に倒れてしまった。
冬花はそれを抱き留めて仰向けにすると地面に寝かせ状態を確認し始める。
そして、先程の冬花の攻撃によりアリスの心臓と息は完全に止まっている事を確認すると鎧を外して胸の奴隷紋を確認した。
するとそこから突然、物凄い勢いで黒い煙が立ち上り奴隷紋が消えていった。
冬花は突然の事に驚き目を細めて顔の前に手をかざす。
そして煙が消えると再び奴隷紋があった場所を確認するために手を伸ばした。
しかし、その現象に一番驚いているのはガイアスである。
彼は信じられない物を見たような顔になり目を見開いたままその場で膝を付いた。
そして、ガイアスは奴隷紋が死後、消える事を知っているため今の現象でアリスが死んだ事を理解する。
彼からすれば今回の任務は勇者を捕らえるだけの簡単な物であった。
しかし、結果を見れば1000の兵士を失い、絶対に死なせてはいけないアリスまでも死なせてしまっている。
このままでは国に帰り次第、聖王の怒りにより死刑は免れない。
さらに、彼はアリスがいる事から周りを見下し多くの怒りをかっている。
恐らく国に帰っても彼を助けてくれる者は誰もいないだろう。
ガイアスは自らの死を予感し、あまりに絶望的な状態に放心状態へとなった。
その横で冬花はせっせと次の行動を開始する。
彼女は再び拳を握り魔力を纏わせ、アリスの胸をトンと軽くたたいた。
すると心臓が再び動き始める規則正しい鼓動を刻み始める。
次に冬花は風の魔法を使い肺に空気を送り込み人工呼吸を行う。
それによりアリスは問題なく自発呼吸を始め息を吹き返した。
そして最後に腕の傷を回復させ冬花はアリスを抱えると何も言わずに町へと戻って行った。
するとそれと入れ替わるように俺が一歩前に出る。
そして、最後の始末を付けようと剣を抜こうとした時それは俺の探知圏内へと入って来た。
それはとても禍々しく死そのものと言っていい様な気配を纏っている。
俺は警戒レベルを最大に上げ剣を抜くと精神を研ぎ澄まして戦闘に備える。
しかし、俺の力をもってしてもこの気配の持ち主に勝てる確証はない。
どちらかと言えば負ける方が確率としては高かった。
なにせ、いま感じられる気配の大きさはスサノオに匹敵するのだから。
そしてとうとうその気配は俺の前に現れた。
「我は冥府の神ハーデス。貴様が話に聞いていた蒼士か?」
そして、目の前には肉体のない巨大な力を持った霊体の様な存在が現れた。
その姿は人の輪郭は取っているが朧気であり実体を持ってはいない。
「我はアリスを迎えに来た。ついでに我が管轄する魂を弄んだ者どもに制裁を加えるために依り代を求める。」
すると俺は昔見た聖なる戦士達が戦うアニメを思い出し目の前の神物が何者であるのかに気付く。
そして依り代を作るために魔法を使おうとするがハーデスから要望が来た。
「我は冥府の神。何か死体があればそれでよい。」
その言葉にアイテムボックスに丁度いい死体がある事を思い出した。
そしてそれを取り出して地面へと置くとハーデスは体を大きく揺らめかせ喜びの声を上げる。
「おおお!これは素晴らしい。これだけの依り代は彼方では手に入らん。本当に貰っても構わないのか?」
「構いません。その代わりアリスの事をしっかりお願いします。」
「ああ、我が神名に掛けて誓おう。」
俺の言葉にハーデスは頷いて答えると依り代へと手を伸ばす。
今だしているのは依り代とは名ばかりの残り物と言って良いドラゴンだ。
通常これほどのドラゴンは売れば一生遊んで暮らせるような金が手に入るそうだが俺には関係ない。
しかし、俺はアリスの無事な帰還の為に自分が持つ最大の物を提供しただけだ。
それに実を言うと百合子の方は既に心配してはいない。
帰れなければこの国が責任をもって面倒を見てくれるうえ、一人で生きて行くだけの実力もある。
最悪ジョセフがいれば生活に困る事はない。
それに、それ以上に俺はカグツチとスサノヲを信用している。
あの2人なら何をしても百合子を迎えに来てくれるだろう。
しかし、アリスの場合は訳が違う。
彼女には頼るべき知り合いの神は居らず、今彼女が頼ることが出来るのは目の前の死神の様に死の気配を纏った神一人だけでだ。
俺は帰ることが出来ないが、それ故にそれが出来るアリスを支援するためにこのような行動を取ったのだ。
そしてハーデスがドラゴンに触れるとその中へと溶け込むように入っていった。
するとドラゴンはメキメキバキバキギュチュギュチュと言うような不快な音を立てながら次第に小さくなっていく。
そして、人の大きさになると黒い光を放ち姿を変えて始めた。
しばらくするとそこには腰まである黒い長髪を後ろで紐で止め、身長180位の青年が立っていた。
さらに体には胸にドラゴンの顔をあしらった鎧を着こんでおり、肩には踵まで届きそうなマントを付けた全身黒ずくめである。
目元も鋭く美形ではあるがその纏う雰囲気から殺し屋を連想させる。
「うむ、思いのほかいい体が出来た。これならあの国の者達を滅ぼすのに十分であろう。」
「それは良かった。それではそちらもお願いします。」
俺は予想通りなのでハーデスの言葉に即答で返した。
するとなぜかハーデス自身が意外そうな顔で俺に視線を向けてくる。
そして彼はそんままの顔で問いかけた。
「止めぬのか?我が知る人間はこういう時に止めるのが常識だと思っておったが。」
すると俺はニヤリと笑い自分の中にある個人的な理由を口にした。
「あの国は俺からしても敵ですからね。他がしないなら俺がする予定でした。俺には守りたい者がいるので敵には容赦しない事にしています。」
するとハーデスは目を細め俺の目の奥を覗き込むように見つめてくる。
実際これによりハーデスは思考を読み、今の言葉がどれほど本気かを確かめる。
そして、その結果は完全に本気であり、一片の嘘もない。
ハーデスは長い間、人を見て来たがこれほど曇りのない目で死を語る者を殆ど見た事が無かった。
そしてハーデスはこの時、蒼士が自分達の世界から居なくなった事を惜しいと感じた。
もしかしたら今の彼ならあちらの世界を変革させる切っ掛けになったかもしれない。
しかし、それはもう敵わない事だと諦め、ハーデスは目的を果たすためまずは目の前の男へと歩み寄った。
そしてガイアスに近寄ると何でもない様な感じでその頭を手を乗せる。
するとその時初めてハーデスに気付いた様にガイアスは彼を見上げた。
しかし、そこには恐怖と死を人の形にしたような気配を纏う男が立っており自分を見下ろしている。
そして目が合ってしまったガイアスはそのあまりの恐怖に手を跳ね除け、後ろへと這うように逃げて距離を取った。
するとその直後、ガイアスに変化が現れる。
彼は次第に挙動不審になり手を払ったり叫んだりし始めた。
「やめろ、貴様は死んだはずだ」
『そう、貴様に恋人を奪われ無罪の罪で死刑になった。死んだ後もお前が彼女に行った事を見ていたぞ。貴様は絶対に許さん!』
「何を言っているあれはお前の女が勝手に」
『嘘はダメよ。あなたは自分の力を彼に見せつけるために私を無理矢理に犯して彼を絶望の中で殺した。私達は死んだ後もずっと見てたのよ。』
ガイアスの周りには彼が今まで死に追いやった者たちで溢れかえっていた。
だがこれは幻覚ではない。
ハーデスは自分の権能を使いガイアスに恨みを持つ亡者たちに力を与えた。
そして、その効果が今から示される。
『俺は貴様のせいで腕を失った。しかし、お前は魔法を惜しみ俺を見捨てた。お前の腕をよこせ!』
そう言って1人の亡霊はガイアスの腕を引き千切った。
幻術ならばこれにより痛みは走るが腕は付いたままである。
「ぎゃあああーーー!お、俺の腕がーーー!」
しかし、それと同時にガイアスの腕は本当に千切れ地面に落ちる。
『この腕は俺が貰って行く。』
すると腕は地面に沈むように飲み込まれて消えていった。
そこには何も残っておらず血の跡すら消えてしまっている。
『俺は足だ!』
『私は耳よ!』
『俺は目だ!』
「ぎゃあああーーー!やめろ、やめてくれーー!」
亡霊の声と共にガイアスは次々と解体され地面へと消えていく。
その際の痛みは意識を失うには十分であったはずだが意識を失う事は無かった
そして彼にはいまだに死の気配は訪れない。
激しい激痛に悶えながらも死ぬことが出来ず終いには骨と頭以外はほとんど消え失せた。
しかし、それでもなぜかガイアスは死ぬことが出来ない。
そして、最後に亡者達はガイアスの全身を掴み地面へとゆっくり引き込んで行く。
『さあ行こう。今度はお前が苦しむ番だ。』
『ガタガタガタガタ』
しかし、この世に残せる最後の叫びは口から発する事が出来ず、髑髏となった顔からは歯を打ち鳴らす音だけが響いていた。
そしてガイアスが地面に飲み込まれた時、そこには彼が存在した証拠は血の一滴に至るまで消え失せていた。




