45 前哨戦
リーリンは自分の事をよく理解している。
子供が好きな事も、ジョセフを愛している事も。
そして子供を虐げる奴らが心底嫌いである事も。
そして今回の事は全てに当てはまり、いま彼女の胸中を表すならば水爆の貯蔵庫だろうか。
彼女の中で危険物たちは起爆する時を今か今かと待ち望んでいる。
そしてその時はもうすぐそこまで来ていた。
現在、バストル聖王国側の指揮官は異世界人のアリスを従えるガイアスである。
彼は内部の密偵からこの町で百合子を発見したと知らせを受けていた。
「俺はツイてる。まさか勇者と一緒に百合子まで回収できるとはな。アリス。俺は絶対にお前を手に入れて見せる。」
そんな彼は今も自分が絶対的に優位だと疑っていない。
ちなみに蒼士たちがブラックドラゴンを倒した時、密偵は離れた宿に避難していた。
相手は魔物の軍勢である。
旅の者が恐怖で宿に引き籠っていても誰も不振には思わなかった。
そして彼らは戦いが終わり当然情報収集をした。
その過程で勇者達の噂は聞いたが単純に弱った所を止めだけ刺したのだろうとガイアスには報告しなかった。
彼は今、アリスと共に後方で待機し連れて来た1000の兵士で橋を渡り、町を制圧するつもりでいる。
そして、兵士たちの準備が終わるとガイアスは自信満々に突撃の指示を出した。
「全軍進撃せよ。」
すると兵士たちは列を整えて前進を始めた。
彼らは皆、百合子が作成したアイテムで強化を施している精鋭部隊である。
そのため並みの魔法ではダメージを受けず、馬よりも早く動く事も可能であった。
しかし、ここで指揮をするガイアスに油断が生じた。
ガイアスはアイテムを過信するあまり魔法は無意味であると決めつけてしまった。
そして、その思い込みはその直後崩壊する事になる。
そして、横で黙って彼らを見送るアリスは表情を消してその様子を見つめていた。
今のアリスはガイアスの命令により動く事も喋る事も出来ない。
だが心の中で百合子を案じ、何もできない自分が悔しくて涙を流していた。
城壁の上では怒りの炎に身を焦がしたリーリンが魔法を完成させていた。
だが、それはとても小さな炎。
サイズは10センチ程度で色は白に近い。
知らない者が見れば何も脅威を感じないだろう。
しかし、あちらの知識がある蒼士たちはその魔法に驚愕した。
炎とはオレンジから始まり続いて青、最後には無色になる。
そして後者ほど温度が高くなり、白に近いと言う事は数千度はあると考えられる。
これが解放された時に何が起きるか蒼士達にも見当がつかなかった。
そのため蒼士は念のためにアルベルトへと警告を発する。
「アルベルト、念のために腕輪を起動して強化しておいた方がいい。もしかしたら余波がここまで来るかもしれない。」
そう言った直後、リーリンはとうとうその魔法を開放した。
すると最初はゆっくり進みそれは次第にスピードを増していく。
そして橋を渡りきろうかという先頭の兵士に着弾した。
兵士は油断によりそれに気づかず着弾の直前「え」という言葉を発した。
しかし、彼はそれが最後の言葉となる。
着弾と共に炎は解放され巨大なドームを形成した。
それはまさに小さな太陽でありもし敵が橋を渡るために隊列を伸ばしていなければ全滅していただろう。
すると俺は急いで風魔法を使い真空の層を前面の広範囲に作り出した。
それにより熱が遮断され風の防壁からこちには何とか被害を出さずに済んだ。
そして魔法の効力はほんの1秒ほどで終了するが効果は絶大と言える。
着弾した周辺では、橋は溶け落ち先程まで進行していた1000の兵士の内半数は消滅していた。
そして更にその後ろの半数もほとんど生きている者は居らず焼け焦げた死体となり、よくて最後尾の数十人が何とか生き残っているくらいだ。
その様子にこの魔法を行使したリーリンすら魔法の威力に驚愕し開いた口が塞がらない。
恐らく魔法を極限まで圧縮した事が、この状況を作り出したのであろう。
それともう一つ意外な者が力を貸していた。
この町には現在、ベルが降臨しこの戦いを見守っていた。
そして、ベルも百合子に思う所があり、彼女密かに一度きりの加護を与えた。
その結果魔法の威力が異常に跳ね上がりこのような事が起きてしまっていた。
もし、咄嗟に真空の壁でガードしていなければリーリンたちもただでは済まなかった事は確実だろう。
そして、現状は酷い物であった。
雑魚はいなくなったが橋は落ち、大地は大きく溶けて抉れている。
そして残った大地も溶岩の様に赤く染まり人が歩くことが出来ない状態となっていた。
ちなみにベルですらこれほどの威力になるとは予想しておらず、この大惨事は見なかった事にしている。
とても自分に素直な女神であった。
俺は目の前の状態を見て仕方ないかと溜息をつくと大地の修復を始めた。
本番の前に魔力の無駄使いだがこれ位の事なら誤差の範囲で片付く。
俺はそう思って魔法を発動すると抉れた地面は次第に修復されていき元通りの姿とはいかにが大まかに直すことが出来た。
そして次は橋を伸ばしていく。
元々後で複数の橋を作る予定だったので良い練習になり気にはならない。
そしてそんな中で不穏な動きをする者がいる事をここに居る二人は見過ごさなかった
「アルベルト。お客さんがまたちょっかいをかけて来るみたいだ。今すぐリーリンの元に戻れ。」
するとアルベルトは俺の言葉を聞いて城壁を見上げた。
上からは沢山の人の気配と声が聞こえるが恐らくそれに紛れてリーリンや百合子を狙ってきているのだろう。
そして、そこからアルベルトの行動は迅速だった。
彼は起動させたままの腕輪の力を使い一気に城壁の上まで飛び上がり城壁の淵に足を掛けると周りを見回し気配を探る。
すると感覚が強化された今だからこそ感じることが出来る。
これは昨日リーリンを襲い殺そうとした者たちの気配だ。
アルベルトは周りへ居る兵士に小声で指示を出し目的の人物たちを見物人達の端へと誘導する。
するとその者達も周りの人々に紛れているため素直に誘導に従い移動して行った。
そして一番端へ移動した直後にアルベルトは動き出した。
兵士は素早くその場を下がり、近くの人々を避難させ始める。
その様子に自分たちの事がバレたと気付いた男たちは剣を抜いて目の前の兵士たちへと切り掛かった。
「ははは、背中がガラ空きだぞ。」
兵士の一人は避難のために背中を向けているため無防備になっている。
そして、その背中に敵の剣が届く寸前に横から別の剣が差し込まれ、兵士の命を救った。
たとえ大量の身代わりのアイテムがあるからと言って、このような場所で警備をしている者にまで支給はされていない。
もしここで致命傷になる攻撃を受ければ高い確率で命を落としていただろう。
そして、男の剣は大きく上に跳ね除けられ体制を大きく崩した。
しかし男は顔をしかめながらも力の流れに逆らう事無く後ろへのバックステップを行い体制を整え追撃を回避した。
男は自分の攻撃を防いだ者が何者なのかが気になりそちらへと視線を向ける。
するとそこには見覚えのある男が一人で剣を構えて立っていた。
その男とは先ほど動き出したアルベルトでその顔には鬼が宿っている。
そして攻撃した者たちは昨日、奴隷商館を襲撃した3人の暗殺者だ。
すると暗殺者たちは昨日よりも遥かに強くなっているアルベルトを見て舌打ちをした。
彼らは昨日、少しながらもアルベルトと剣を交えているがこれほどの強さは無く、あの時とは別人のような力を感じる。
そして先ほどの魔法を放った者へも目を向けた。
先程は後ろからだったので気付かなかったが今はこちらへと顔を向けているのでその人物が誰なのかがハッキリ見る事が出来る。
「馬鹿な!あいつは確かに昨日殺したはずだ。」
リーリンに気付いた暗殺者はその顔に驚きを浮かべるがそれがすぐに別の表情へと変わる。
どうやらその横にいる百合子の存在を思い出した様で睨みつけるような視線を向けた。
「貴様の仕業か。余計な事をしてくれる。」
暗殺者たちは百合子からの恩恵の事はまるで無かったかのように憎悪に満ちた殺気を飛ばす。
するとその声に百合子は怯えて無意識にリーリンの服を掴んだ。
そして目に涙と恐怖を浮かべて体を震わせ始め次第に呼吸が荒くなっていく。
しかしその時、百合子の頭を優しく温かい手が撫でてくれたのを感じた。
すると、驚いて顔を上げた百合子は今も頭を撫で続けているリーリンと目を合わせる。
そんな百合子にリーリンは優しく微笑むと膝を付いてそっと抱きしめる。
そして口を耳元へと持って行くと優しく話しかけた。
「大丈夫よ。あいつらはすぐにいなくなるから。」
その言葉に百合子はリーリンと目を合わせ、次にアルベルトへと目を向ける。
すると彼は強く拳を握り、そこからは血が滴っていた。
どうやら今の暗殺者たちの行動は彼の逆鱗に触れた様だ。
それを示す様にアルベルトが付ける竜人の腕輪から強い魔力が漏れ始め彼を更に強化していく。
そして次の瞬間にはアルベルトは剣を手に一歩を踏み出した。
それは周りから見れば何でもない一歩に見える。
しかし、2歩目を踏んだ時、人々の目から彼の姿が消えていた。
その場には砕けた床石が舞い上がり、剣を折られた暗殺者が後ろへと吹き飛ばされる結果だけが映った。
「なんだこいつの強化は俺達とは別物だぞ!」
吹き飛ばされた暗殺者はアルベルトが放った、たったの一撃で彼らの後ろで気を失って倒れている。
恐らく咄嗟に剣を構え攻撃を防いだおかげで命が助かったのだろう。
しかし、斬撃は防いだが衝撃を受け流しきれず意識を失ったようである。
だがその結果にアルベルトは不満を感じ大きな鼻息を吐いた。
「ふー、ゴミとして切り捨てるつもりだったが思いのほか動きがいいな。あれでは捕虜にしないといけないではないか。しかし、今ので加減が少しわかった。捕虜も一人いれば十分だ。お前たちは残念だが死んでもらうぞ。」
そう言って再び剣を構え怒れる猛獣の様に標的を睨みつける。
暗殺者たちもアルベルトの気配から今の言葉が真実であると感じ剣を構える。
しかし、彼らにはそこまでの覚悟が無かった。
彼らは今まで強化のアイテムにより一方的に相手を葬り、それを遊びの様に行ってきた。
そのため鍛錬を怠り、覚悟も持ち合わせていない。
そんな彼らに自分達よりも力も技も覚悟も上の者に挑む勇気は無かった。
しかし、彼らはここで戦わなければ殺されてしまう。
そのために最後の足掻きとしてアルベルトへと剣を向けたのである。
まさに行くも地獄、引くも地獄である。
アルベルトが剣を構えると左に立つ暗殺者が剣を上段から振り下ろして来た。
「死ねーーー!」
しかし、今のアルベルトにはその太刀筋がスローモーションのように遅く見える。
彼は振り下ろされる剣の側面を危なげなく攻撃し、相手の武器を簡単に破壊した。
剣を失った暗殺者は次の武器として腰のナイフへと手を伸ばす。
しかし、それを抜く前にアルベルトは拳を作り暗殺者の腹を殴り付けた。
それによって大量の血を吐き出し、痙攣と共にその場に倒れこんだ。
放置すれば確実に死に至る致命傷である。
そしてアルベルトは剣を手に今度は自分から相手へと切り掛かった。
最後の暗殺者は剣を投げて牽制にし、腰のナイフを抜き放つ。
もしここでアルベルトが避ければ後ろの民間人に犠牲者が出る。
そのため絶対に避けない確信があった。
そして、スピードで負けているため剣よりもナイフの方が有利だと判断し剣の投げつけると言う行動に出たのであった。
しかし、それは自らの死期を早めるだけとなる。
男は確かに剣をアルベルトへと投げつけた。
しかし、次の瞬間には剣は逆再生の様に暗殺者へ向けて跳ね返り彼の胸へと突き刺さった。
アルベルトは飛んできた剣を見極め、正確に暗殺者へと跳ね返したのだ。
「は、な、なんで・・こんな事に・・・。」
男は何もわからないままその場で血を流して絶命した。
そして暗殺者の前には強化を解いたアルベルトが肩で息をしながら一人立っていた。
すると後ろからすぐに兵士が暗殺者たちへと近寄り体の検分を始める。
そして強化のアイテムを取り上げると縄で縛って拘束した。
ちなみに二人目に倒された者も息がまだあったため回復魔法で命を取り留め拘束されている。
その様子に周りで見ていた人々が一斉に歓声を上げた。
そしてアルベルトへと駆け寄ると思い思いに称賛の声をかけて行く。
そんな中、アルベルトは殺した一人の暗殺者へと目を向ける。
アルベルトは最初はああ言ったが、元々殺すつもりはほとんどなかった。
それほどに腕輪の強化は凄まじく余裕で制圧できたのだ。
だが最後の者は助かるために周りの人々を巻き込む行動を取った。
それは街を守る者としては許してはならない事である。
もし、こういう場面でなかったとしても、同じような事をするような者がいれば彼はその者を切り捨てただろう。
アルベルトの中ではその確信があり、あの暗殺者は最後に判断を誤ったのだ。
そして、リーリンと百合子の元へと向かい城壁の上から蒼士たちへと視線を移した。
それにより周りの者も同じように再び観戦へと戻って行った。




