44 竜人の腕輪
俺たちはアルベルトに案内され街中を進んでいた。
そして周りは商店から工房が立ち並ぶ職人区画へと移って行く。
するとアルベルトは一つの小さな店舗の前で足を止めた。
「ここが目的地だ。」
そう言うと彼は扉を開けて中へと入って行く。
そして、それに続く様に俺と百合子も中へと入って行った。
アルベルトは中へ入るとカウンターに座って店番をしている男に声をかける。
男は身長170位で年齢は50前後。髪は茶色だが白髪がかなり混ざっている。
そして柔らかい表情を浮かべアルベルトと気楽に挨拶をしている。
「よう、アルフ。ちょっと頼みがあって来た。」
「なんだ珍しいじゃないか。それで、頼みってなんだ。」
「ああ、実はこの子に工房を貸してやってくれないか。」
するとアルベルトは少し後ろに下がって百合子の背中を押し、前へと出させた。
百合子は急な展開に付いて行けず体を固くしている。
もし今の彼女に行進をさせれば間違いなく右手と右足を同時に出すだろう。
しかし、アルフはそんな事はお構いなしに先ほどまでの表情を引っ込め、真剣な瞳を百合子へと向けた。
そして手をちょいちょいと動かして百合子へ近くに来るように手招きをした。
「お嬢ちゃんここは子供な遊び場じゃない。それは知ってるな?」
百合子は真剣な顔で拳を肩の高さまで上げて頷いた。
「なら手を見せて見ろ。」
すると百合子は手を広げてアルフの前へと掌を開いた。
その手は蒼士の魔法により傷一つない綺麗な物になっている。
しかし、それでも彼女が積み重ねた2年が刻まれており、皮は厚くなっているがしなやかでとても14歳の子供の手とは呼べない物だった。
アルフはそれを見て一瞬悲しそうな目をするがすぐに笑顔に戻って頷いた。
そして百合子の両手を優しく包むように握る。
「お嬢ちゃん名前は?」
「百合子です。」
「そうか。お前さんの手は一人前の職人の手だ。何を作りたいかは知らないが家でよければ好きに使うといい。」
するとアルフの言葉に緊張していた百合子は僅かに笑みを浮かべる。
彼女の中でこの2年を認めてもらった事は過程を気にしないのなら嬉しい事であった。
しかし、その2年は好きで選んだ道ではない。
そのため嬉しくはあるが素直には喜べなかった。
百合子はアルフと共に奥の工房へと向かう。
そして机の前に立つとアイテムボックスから幾つもの道具を取り出した。
「百合子、今から何を作るんだ」
アルフの声はとても気楽な物で料理の献立を聞くような感じである。
しかし、彼はまだ知らない。
百合子はアイテム作成特化型の召喚者である事を。
「今から竜人の腕輪を作ります。」
「へ・・・・?」
百合子はいつもの調子で軽く返した。
しかし、アルフはその名前につい変な声で答えてしまう。
そして、彼が放心している間にも百合子は準備を進め必要なアイテムを取り出していった。
それらも今回のアイテム作成のための特別な道具である。
紙は飛竜の被膜から作った特別な皮紙にインクも竜の血から作られている。
そして百合子はフリーハンドで魔法陣を書き始めた。
だが魔法陣はとても精密で俺の目から見てとても道具を使わずに書いているような完成度ではなかった。
そこに百合子の2年の苦労がどれほどの物であったかを僅かに見た気がした。
そして彼女は数分で羊皮紙を埋め尽くすほどの魔法陣を書き上げ今回のメインとなる材料を取り出した。
「百合子、まさかと思うがそれはもしかして・・・・。」
「はい、ドラゴンの心臓と魔石です。」
アルフは職人として今から作る物の材料は知っている。
しかし、入手の難易度があまりにも高く、ある意味では今から作る物は伝説のアイテムとなっていた。
実際、誰も好き好んでドラゴンと戦ったりはしない。
また、もし倒した者が現れてもその死体は基本解体して部位ごとにオークションにかけられる。
そのため価値の高い心臓と魔石を揃える事は困難を極めるのだ。
そんな中、百合子は皿の上にドラゴンの巨大な魔石と心臓を無造作に乗せる。
そして申し訳程度に皮も乗せ準備を完了させた。
今から行われるのはアイテム作成だが錬金に近い。
これからこの3つの素材を合わせて腕輪を作るのである。
「それじゃ、始めます。私も作るのは初めてですがこれだけの素材なら大丈夫でしょう。」
そういって百合子は魔法陣に手をかざし集中し始めた。
すると魔法陣が輝き始め書かれた文字の一部が浮かび上がった。
そしてその文字は螺旋を描きながら魔石に文字を刻んでいく。
すると人の頭ほどあった魔石が次第に小さくなり5センチほどの楕円形の滑らかな赤い宝石へと変わった。
その表面には魔法陣から浮かび上がった文字が刻まれ今も光り輝いている。
そして今度は魔法陣から別の文字が浮かび心臓へと呪文のように文字が刻まれていく。
すると次第に心臓が生きているように脈打ちだし魔力を生み出し始めた。
そして宝石と心臓が次第に距離をつめて行き二つが触れ合った時、心臓が宝石へと吸い込まれるように消えてしまう。
しかし、宝石をよく見ればその中に先程の心臓があり今は宝石が魔力を発するように脈動していた。
最後にドラゴンの皮が浮かび、それと融合するように宝石がはまる。
そして、完成した腕輪は自然と百合子の元へと浮遊し、彼女はそれを手に取った。
「やっぱり、材料がいいと呪文の刻印も簡単でしたね。材料が悪かったら暴走して爆発する所です。」
そう言って最後にドラゴンの皮をベルト状にするために彼女は手作業で調整し始めた。
その様子に話しかけても大丈夫そうだと判断した俺は声をかける。
「百合子、見ていて凄いのは分かったが何をしたんだ。」
すると百合子は作業の手を止める事無く説明を始めた。
その姿は既に一流の職人を思わせ、その横に居る恐らくは一流の職人の度肝を抜いている。
「まず魔石に呪文を刻み圧縮しながら形を整え、中に疑似空間を作成しました。そうしないと竜の心臓が魔石に入りませんから。それと同時に強化の呪文も同時に刻みます。そしてドラゴンの心臓は巨大な魔力生成炉なので呪文により疑似的に活動させました。そしてこれを付けた者はドラゴンの巨大な魔力と強化を同時に手に入れることが出来ます。」
その説明を聞いて俺は「ふーん」という感じに軽く受け止めた。
俺にとってあの程度のドラゴンレベルの強化なら問題なく倒せる。
しかし、それを気楽に受け取れない者が2人いた。
アルベルトとアルフは百合子の言葉に驚愕し声も出ない。
すると百合子は竜人の腕輪を手に持ってアルベルトへと歩み寄る。
そして彼女はその手の物をアルベルトへと差し出した。
「これ、あげる。」
百合子はリーリンに治癒のブレスレットを渡した時のように無造作にアルベルトへと声を掛けた。
その姿は執着の欠片を微塵も感じさせずただ必要だから作った。
だだそれだけの感情しか感じさせない。
しかし、アルベルトはそこで初めて戸惑いを見せた。
アルベルトは確かに敵を打ち破るための力を欲した。
しかし、それをこの少女に求めるのは大きな間違いであったのではないかと心にしこりを感じる。
百合子は作り始めた時から今になるまで全く感情を感じさせていない。
その姿にアルベルトはこの少女が受けた痛みを垣間見て心を痛めた。
すると横から俺も顔を出して声を掛ける。
「あんたがいらないなら俺が貰うぞ。」
そう言って手を伸ばすと百合子は腕輪を引き戻して胸に抱える。
そして、非難する様にジト目を向けてきた。
「ダメです。これはアルベルトさんの為に作ったアイテムです。彼にはリーリンさんの仇を取ってもらわないといけません。」
百合子はそう言ってアルベルトの手に無理やり腕輪を嵌めると彼の後ろに隠れた。
その時アルベルトは心の中で
(リーリンは死んでないんだが)
と訂正したが百合子が元に戻ったので何も言わないことにした。
「アルベルトさん。一つ注意事項があります。」
するとアルベルトは真剣な顔をして百合子を見下ろした。
百合子も真剣な顔でアルベルトを見上げている。
「これはドラゴンの強化を手に入れられますが人間の体はそもそもドラゴン程強靭ではありません。そのため使いすぎれば自身を滅ぼします。その事を肝に銘じておいてください。」
「分かった。その事もふまえて大事に使わせてもらう。それとありがとよ。これで奴らと戦えそうだ。」
アルベルトはそう言って笑顔を見せた。
そしてそれに釣られるように百合子も笑顔を見せる。
そして俺達は放心したままのアルフを残してジョセフの店へと戻って行った。
その後アルフは数時間そのままで放心し、気付いた頃には夕方になっていたという。
そして店に帰って来た俺は早速アルベルトへと確認することにした。
「アルベルトはこのままここで待機するのか?」
「ああ、知らせは王城とここに同時に伝令が走る事になっている。城から出るよりもここからの方が断然早いからな。それに奴らの本体が来るのはもうじきのはずだ。それほど長い滞在にはならんだろうよ。」
そして、この時からこの場所での滞在者が一人増える事になる。
しかし、彼とジョセフは知り合いらしく問題なく滞在の許可は下りた。
そして次の日の朝、店に一人の兵士が駆け込んできた。
「バストル聖王国の軍が現れました。」
その声に朝食を取っていた俺たちは立ち上がり店頭へと出る。
そして、兵士に頷くと俺たちは城門へと向かった。
現在この国の周りには谷があるため橋を渡らなければたどり着けない。
しかし、その谷にはドラゴンが掛けた橋が一つしかないため必然的に進行ルートが一つに絞られていた。
しかし、このままでは町の出入りが不便であるため、この戦いが終われば新たにいくつかの橋を作る予定だ。
今回は相手が攻めてくるのが確定していたため橋作りを延期させていた形になる。
町の住人たちや商人には苦労をかけたが先日の戦闘で結束力が高まった町の住人からは不満の声が上がらなかった。
そして、城門に辿り着くとそこには数千人の人々が集めり、城壁の上にはなんと城にいるはずのリーリンが立っていた。
アルベルトは急ぎ城壁へ上るとリーリンへと詰め寄る。
「リーリン!どうして君がこんな前線にいるんだ。」
アルベルトは彼女の肩を掴み声を掛ける。
その顔色は悪く恐らく昨日の事を思い出しているのだろう。
しかし、リーリンはそんな事はどうでもいいようだ。
そして初めて会った時の様な怒りに染まった顔を谷の向こうの兵士たちに向けた。
「当然あいつらに仕返しするためよ。それに、私が子供を好きなの知ってるでしょ。百合子にあんな事する下衆共を生かして置けないわ。」
そして、彼女は更に足元へと視線を落とし前回の戦闘で使用した魔法陣を見た。
「それにこれがあれば皆の力を合わせて戦えるわ。」
「そう言えば彼らはどうして集まってるんだ。今回は何も招集をかけてない筈だが。」
そう言って二人は後ろの人々へと視線を移した。
そこには戦意を漲らせた人々が集まっており、前回ほどではないが相手の数を考えれば十分である。
実の所を言えば蒼士と冬花だけで過剰戦力ではあるがそれは言わないでおいた。
「彼らは私の所でお世話した事がある人達やお客さんたちよ。私が声を掛けて回ったら人伝でこんなに集まったの。」
すると、アルベルトは呆れた顔を浮かべた後に苦笑を浮かべる。
大体、彼らも自分と似たような者であると感じたからだ。
そして、彼には目の前のリーリンや後ろで待機している人々を止める言葉が見つからなかった。
すると話を聞いていた蒼士が二人へと近づいて来る。
「それなら仕方ないな。我慢は体に良くないから最初の攻撃を任せる。俺達3人は城門前で待機しているから、ある程度攻撃して気が済んだら攻撃を止めて自由に観戦でもしててくれ。」
そう言って俺は冬花と共に城壁の淵から飛び降りた。
高さとしては30メートル以上はあるが俺達にとっては問題ない高さである。
そしてアルベルトもリーリンに笑顔でサムズアップをすると下へと飛び降りて行った。
それを見てリーリンは周りへと声を掛ける。
すると前回の戦闘で慣れているのか兵士たちは滞りなく魔法陣へと誘導を開始した。
そして、リーリンは敵の兵士を睨みつけ、その胸の中に怒りの業火を燃やすのであった。




