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42 奴隷商襲撃

百合子の奴隷紋を解除して数日。

突然俺の元に隠密の男が現れた。

今は朝食を食べており全員が揃っている。

そして、そこには当然百合子の姿もあった。


「緊急事態です。親書を持って行った者が帰ってきました。それによるともうすぐそこまでバストルの軍が接近しているようです。」


その声に食卓にいる数名に緊張が走った。

しかし、その中でカルラは気にせず食事をのんびり続けており、セラフィムに至っては全く話を聞いておらず食事に全神経を向けている。

クレアは隣でセラフィムの面倒を姉の様に見ており、俺と冬花は既に顔が笑っていた。

結局緊張しているのはジョセフ一家と百合子だけである。

それを頼もしく見るか不安に思うかは個人によって違うが真実を知る者ならばこの光景を心強く感じただろう。


特に今回は俺と冬花が全て片付けると宣言している。

国を守る者の一員としては心苦しくもあるが、彼は全て任せる事にした。


「それで数はどれくらいだ?」


俺はお天気情報を聞くような気軽さで男に話しかけた。

もちろん今は食事の途中の為、片手にパンを持っている。


「数は1000程です。ただ、召喚者については容姿が分からないため来ているかは分からないそうです。」

「それは問題ない。そっちはこちらで探す事にする。半分も切り殺せば出てくるだろう。」


俺はサラリと500人切りをすると言い、隠密は額から汗がこぼれる。

実際剣で人を切れば数人で切れなくなると言われるがそれは切れないだけで剣が鈍器に変わるだけだ。

俺の身体能力ならば切れない剣でも十分に目の前の人間を草を刈るように殺していけるだろうと確信できる。

更に俺は魔法も使え素手でも普通の兵士程度なら瞬殺できる。

おそらくは、先行して現れた兵士ならその数を殺す事も容易いだろう。


するとその時、横にいる百合子が手を上げた。


「私が確認します。私なら彼女の事を知っているので適任です。」


すると隠密の男は少し顔をしかめるが溜息をついて許可を出した。


「城壁の上からなら許可します。」


そして今のところはバストルの兵が現れれば、また連絡すると打ち合わせをして隠密の男は去って行った。


そして昼になり、ある事件が起きた。




ここは奴隷商の館。

今日もここの主であるリーリンはアルベルトと共に食事を取っていた。


「リーリン。バストルの兵士がかなり接近したそうだ。絶対ここから出ない様にしてくれ。ここの警備も昼過ぎには城から増援が来る。それまでは俺もここにいるから。」


リーリンは昨日、彼にバストルから圧力がかかっている事を話している。

すると、アルベルトは急いで王城に戻りスパイの男を拷問し聞きたい事を吐かせた。

アルベルトが短時間で戻って来た事からすでにスパイの心が折れているか、アルベルト自身が苛烈な拷問を行ったのであろう。

しかし、ここにそのスパイを心配する者は存在しない。

そして、どうやらリーリンの行動は既に相手に漏れているらしく、見過ごしていれば取り返しのつかなくなる可能性があった。

そのため、アルベルトは急いで警備の手配と自らが彼女を守ると志願したのである。

これは通常時ならば無理な事だが国王は無言で頷き許可を出してくれた。

これには次世代を育てるために隊長がいなくなってもちゃんと機能するかの確認やリーリンが顔見知りで隊長の婚約者である事が大きく影響している。


そのため、今ここには数名の護衛とアルベルト。

そして死んでも問題のない犯罪奴隷のみが滞在していた。

他の者は皆、事前に避難を行いここにはいない。

この国の奴隷は自分を売って借金などを返し、買われた先で必要金額分を稼げば一般人に戻れる仕組みになっている。

また、そういった人々に関しては国が法律により厳重に管理し、無理な命令を主人がしようものなら主人が罰せられる仕組みである。

その際には嘘をつけないように奴隷紋による制約がかかるため、余程の事が無い限り冤罪は発生しない。


そして、アルベルトが警戒をしていると不穏な気配が館へと侵入した事を感じ取った。


「リーリン。どうやら相手の方が一歩早かったらしい。」


そう言って腰の剣を抜きリーリンを背中に庇う様な位置に付いた。

そして耳をすませば下の階から争うような声が聞こえ剣を打ち合う音が耳に届きリーリンは緊張の為、扉に意識を集中させる。

すると先ほどまで聞こえていた戦いの音がぴたりと止まる。

しかし、アルベルトにはこれが敵を撃退した証でない事が感じ取れた。

その証拠に下の階から殺気を纏った複数の者達がこちらへと近づいて来るのを感じ取ることが出来る。


「どうやら、下の者達は無力化されたようだ。」


その言葉にリーリンは悲しそうに口元を手で押さえる。

この場合の無力化が殺されたと気付いたのだろう。

そして、彼女は自分が間違っていたのだろうかという疑問が心に影を落とした。

しかし、リーリンのそんな様子を見てアルベルトは言うべきことを告げる。


「リーリン。お前の行動に間違いはない。もしあの時、あの少女を見捨てていたら、どう胸を張って俺たちの子供を抱くと言うんだ。」


するとリーリンは百合子の顔を思い出した。

未だに幼く小さな少女。

彼女の頭を撫でた感覚は未だにこの手に残っている。

すると、リーリンは再び瞳に力を取り戻し前を見つめた。

それに過去は変えられない。

今大事なのはこの場を生き残る事である。


リーリンの決意が固まった直後、扉の前に敵が到着し扉がゆっくりと開いて行く。

アルベルト達はそちらを警戒し、視線を集中させた。


しかしその時、無警戒となっていた後ろの窓を破り一人の賊が侵入してきた。


「リーリン下がれ。」


アルベルトは彼女の逃げる様に叫んだ。

しかし、訓練を受けていない女性がこれに対応する事は出来ず、侵入してきた賊はナイフを片手にリーリンへと構えた。

そしてそれに合わせる様に扉からも二人の男が部屋へと飛び込み手に持つ剣をアルベルトへと向けた。

アルベルトは舌打ちをし、賊へと攻撃を仕掛けた。

すると賊はアルベルトの剣を何とか受け止め、鍔迫り合いに持ち込み足を止めさせた。

そして、もう一人の賊はその隙を狙ってアルベルトの足へと攻撃を仕掛ける。

だが、それを想定していたアルベルトは力任せに目の前の賊の剣をはじき後ろに飛んで攻撃をかわす。

そして咄嗟にリーリンの方へと目を向けるとそこには信じたくない光景が広がっていた。

そこでは丁度リーリンに賊が攻撃を仕掛ける瞬間であった。

彼女は戦闘経験も乏しく魔法は得意だが接近戦は素人に近い。

そんな彼女が賊のナイフを防ぐ手段は一つとしてなかった。

彼女は咄嗟に魔法を使い炎を賊へと浴びせる。

しかし、魔力を込めきれていない魔法では大したダメージを与えられず賊を止めるには至らなかった。

さらにこの賊たちは異常なほど動きが良く防御力も高いようだ。

そのため勝負は一瞬で決まった。

賊はリーリンの魔法を物ともせず首の頸動脈を切り裂き、胸を一突きにした。

その時の男の顔は愉悦に歪み、目は濁った色をして笑っている。

アルベルトはその光景に目の前の敵を放置して手を伸ばした。


「リーリーーーン!」


そして愛する人の名前を叫び剣を手放して駆け寄った。

そして倒れる彼女を受け止めると涙を流しながら胸と首の傷を手で覆った。


するとリーリンを刺した賊はアルベルトを見下ろしながら告げる。


「制裁は完了した。お前は自分の無力を噛みしめながら惨めに生きるがいい。はははははは。」


賊はそう言って素早く窓へ走ると飛び降りて去って行った。

そして後ろの二人の男達は。


「それにしてもこの腕輪の効力はすげえな。」


そう、小声で横の者と話ながら共に走り去っていった。

アルベルトは涙を流しながらリーリンを見下ろす。

辺りは流れ出た血で赤く染まり手には血の感触がこびりつく。

アルベルトは絶望の中で動かないリーリンを見下ろしていた。

そしてすでに血が流れ尽くしたのか出血は止まり彼女に動く気配は無かった。

しかし、彼女は突然目を開き何も無かったかのように起き上がる。

その姿にアルベルトは驚愕し、もしやアンデットになってしまったのかと彼女の胸へと再び手を当てた。

しかし、そこには確かな心臓の鼓動があり、彼女がいまだに生きてくれている証を刻んでいる。

そしてよく見ればリーリンの傷は既に塞がっているのが目に飛び込んでくる。

血糊で分かりにくいが最初に噴き出した血を除いて既に出血は無い。

首も袖で拭けば傷の痕すらなく消えていた。

アルベルトは訳が分からずリーリンを見つめる。

すると彼女はクスリと笑ってアルベルトを抱き寄せて口へと濃厚なキスを交わした。

そこからは確かな血の味を感じ、それが先ほど見た物が間違いではなかったとさらに実感させられる結果となった。

しかし、彼女の鼓動も温もりもまだ自分の腕の中にある。

アルベルトは意を決してリーリンに問いかけた。


「いったいどういう事なんだ!?君は確かに刺されて血を吹き出していた。あれは魔法による幻術か何かか?」


するとリーリンは右手の袖はまくりブレスレットを彼に見せた。

それは先日百合子から貰った治癒のブレスレットである。


「彼女・・・。百合子からの贈り物よ。治癒のブレスレットと言って効果は国宝クラス。これのおかげでなんとか助かったわ。これであなたを一人残して行かずに済んだのよ。」


そう言って彼女はブレスレットを優しく撫でた。

その言葉にアルベルトはリーリンを抱きしめ、これをくれた百合子へと最大の感謝を心の中で送る。


その後、彼らは下の護衛達の生死を確認するために部屋から廊下へと向かう。

彼らの実力から見て生存は絶望的であった。

しかしその時、下の階から何者かが上がってくる気配を感じる。

二人は緊張しながら部屋の出口から廊下を覗き込んだ。


そして二人の目には3人の兵士がこちらへと剣を構えたまま警戒をして歩いて来るのが目に入る。

するとアルベルトは慎重に部屋を出て3人の前に立ち姿を見せる。

その途端3人は緊張を解いてアルベルトへと駆け寄った。


「隊長無事でしたか。それでリーリンさんは?」


兵士の一人は最大の懸念を口にした。

他の二人も口にしていないが彼女の事を心配しているのがハッキリとわかる。

なにせ、敵と直接剣を交え、その実力を実感しており殺されていた可能性も高かったのだから。

そのうえ護衛対象を護れずに自分だけが生き残ったとなれば目の前の隊長になんと声をかければいいのか分からなかったのだ。


「彼女は無事だ。敵は彼女を殺したと勘違いして撤退した。だが、お前たちも無事だったのだな。俺はそれが嬉しいぞ。」


そう言って先頭の兵士の肩を叩き、後ろの二人を見回した。


「いえ。我々も一度はダメかと思いました。しかしここに来る前に陛下より賜ったこのペンダントのおかげで恥ずかしながら生き残ることが出来ました。」


そして兵士は胸元からペンダントを取り出した。

しかしそれには大きなひびが入り今にも壊れて落ちそうな状態になっている。

そして兵士は話を続けた。


「これはある筋から入手した身代わりのアイテムだそうです。我々が最後に止めを刺された瞬間。このペンダントがダメージを肩代わりしてくれたので生き残ることが出来ました。」


アルベルトはその意外な言葉に驚愕するがすぐに思考を再開し、その入手先の相手を思い浮かべた。

彼には既に国王から百合子がどんな存在であるかを聞いている。

そして、彼女がタダ同然で大量の身代わりのアイテムを国に納めてくれたことも。

アルベルトは天井を見上げ、今回は奇跡的に犠牲者が出なかった事を国王と百合子に感謝し一筋の涙を流した。


兵士たちもそれにより全員が無事生き残れたことに喜び涙を流す。

そして、少しすると城から追加の護衛達が到着した。

するとアルベルトはすぐに要人の遺体運搬用の馬車を用意するように指示を出す。

そしてアルベルトはリーリンと兵士の3人を棺に入れ城へと送った。

せっかく敵が彼らを殺したと勘違いしてくれているのだ。

それを利用するために4人にはしばらく死んだ事になってもらおうと考えた。

そして、守るべきリーリンを城の者達に任せ彼は蒼士たちの元へと向かった。

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