40 セラフィム 人化する。
家に帰ってもクレアは目を覚ます気配がない。
なので若干心配になった俺は念のために回復魔法を強めにかけてそのままベットへと放り込んだ。
その後、冬花は苦笑と共にクレアにしっかり布団をかけて俺達は部屋を後にした。
周りはクレアの様子にどうしたのか聞いてきたが、彼らは口裏を合わせて「ドラゴンに名前を付けるのに悩みすぎて知恵熱でも出たんだろう」と答えた。
実の所は俺が脳天にチョップをしたのが原因である。
しかしそれを知らない者たちはドラゴンに名前を授ける事で付けた側に何らかの負担が発生したのだろうと勘違いしてそれ以上聞いて来る事は無かった。
そして、現在セラフィムは店の裏にある獣舎で再びカルラと向かい合い話をしていた。
「上手い具合に私の血も馴染んで無事に眷属へと成れたみたいだな。」
するとセラフィムは何度も首を縦に振り嬉しそうに答えた。
「それではお前が次にするのは人化だ。ハッキリ言って、今のままではこの店の邪魔になる。」
そう言うとカルラは獣舎の端に目を向ける。
そこにはこの店が所有している竜種や馬が怯えて縮こまっていた。
実はセラフィムは急激な成長によりいまだに自分の力を制御できておらず、体からはドラゴンの気配を大量に垂れ流している。
人間などはそういう事に鈍いため問題ないレベルではあるが、獣や竜種は人間より遥かに鋭い感覚を持っているため今のままでは彼らが限界に達するのも時間の問題であろう。
「人化はドラゴンが持つ能力の一つ。空を飛べる生き物が自然と飛べるようにお前にも既に身に付いている。だから、頭の中で思い描いてみろ。お前が成りたい人の姿を。」
するとセラフィムは目を瞑りイメージを膨らませた。
だが、思い描けるのはクレアの事ばかり。
しかし、それゆえに明確な形となり、成りたい自分が固まる。
するとセラフィムは自然と喉から声が洩れる。
それはカルラに比べればまだまだ歌とは言えないほど稚拙な物であった。
それでも、それに反応するように体が光に包まれ始める。
そしてセラフィムの体は光の中で縮んでいき最後には人の形へと変わった。
その姿は髪と服はカルラと同じような純白で身長は100センチ程度となる。
しかし、服には模様も何もなく、白い生地のみで作られていた。
これはおそらく変身時のイメージ力の違いであろう。
そして髪は肩ほどしかなく前髪も目の上で切りそろえられたボブカットのようだ。
そして瞳の色も彼女と同じ金色であるがカルラの眼光は鋭いのに比べセラフィムの目はパッチリ開き可愛らしい顔立ちである。
そして問題の顔だがそこはクレアにとても似ており、横に並べば姉妹に見える事は確実であろう。
これを見てクレアがどんな反応をするのかは予想できないが一度イメージが固まってしまえばそう簡単には変更はできない。
そのため、もしクレアが嫌がっても我慢してもらうしかないとカルラは心の中で小さく溜息をついた。
そして最大の目的であったドラゴンの気配であるが、かなり押さえられている。
しかし、いまだに少し漏れ出しており、先程よりはましになったがまだ若干怯えている。
だが、セラフィムが人の姿になれた事によりここを簡単に離れる事が出来る。
そうすれば彼らも落ち着けるだろうと判断した。
今後は訓練などでどうにかするしかないがこれはドラゴンにとっては珍しいケースである。
ドラゴンは基本こんな街中で生活しないためこんな事には気を使わない。
そしてカルラはここから離れるためにセラフィムに声をかけようとした。
すると先ほどから手足を確認するために触ったり曲げたりしていたがいきなり外へと走り出した。
しかし、その時カルラの脳裏に昔の事が思い浮かぶ。
それはまだ自分がドラゴンに進化したばかりで初めて人化した時の事。
カルラも幼くその嬉しさにはしゃいでしまい同じように走りだそうとした。
すると、体が大きく変化している事を失念してしまいその場で盛大にすっ転んだ。
その後一生懸命に歩行の練習をして走れるようになったのはしばらく経ってからの事である。
その時の恥ずかしさと惨めさがフラッシュバックしカルラの行動を一瞬遅らせた。
しかし、セラフィムは手で上手にバランスを取りながら見事に走り去っていく。
その姿にカルラは珍しく茫然とし出しかけた言葉をなんとか飲み込んだ。
そして、心の中で
(あ、あの者は元々地を行く者。それに比べ私は空を行く者なのだからこういう所で差が出るのは当然なはず。そうだ、私は飛べばいいのだからこれ位、気にしちゃダメ。そう、広い心を持つのだ。)
そう言って獣舎で密かにヒッヒッフーと深呼吸していた事は彼女と獣舎にいたモノ達だけの秘密である。
そして走り出したセラフィムだが、クレアは匂いを頼りに居場所を見つけ出して突撃を仕掛けていた。
当然、扉の開け方を知らない彼女は有り余る力を持って扉を破壊し中へと入る。
セラフィムは自分の新たな姿をクレアに見てほしい一心であったがいくら揺すっても目を覚まさない事から諦めて一緒の布団に潜り込んだ。
すると竜の時とは違い柔らかくて暖かく、安心できる匂いが伝わってくる。
そしてセラフィムはその心地よい空間に眠気が沸き起こり、そのまま眠りへとついた。
そして、その夜。
クレアはようやく目を覚まし、ゆっくりと瞳を開けると周りを見回した。
そこにあるのはここ最近で見慣れた天井と、とても寝心地のいいベット。
そして横に眠る自分い似た可愛い妹・・・?
そこでクレアの意識はしだいに覚醒し始める。
(おかしいわね。私に妹はいないははずなんだけど。でもこの愛らしく可愛い顔立ちはどう見ても幼い時の私そっくりよね)
クレアは自画自賛しながらも覚醒するにつれて冷静な判断が下せるようになる。
そして、考えていると横で寝ている少女が目を覚ましてこちらへと視線を向けた。
「クレアおはよう。やっと起きたんだね。」
そう言ってセラフィムはいつもと同じようにクレアの顔を舐めた。
その行為にクレアは思い当たる事がありセラフィムの肩を掴んで舐めるのを止めさせた。
「もしかしてあなたド〇美・・・アイタタタ。」
クレアは名前を呼ぼうとして頭を押さえ苦しみ始めた。
するとセラフィムは首を傾げて自分の名前を告げた。
「クレア、私の名前はセラフィムだよ。」
するとクレアは雷で撃たれたような衝撃を受ける。
「もしかして誰か他の人に名前を付けてもらったの。もしかして蒼士とか?」
クレアは何故だかとても焦ってセラフィムの肩に乗せた手に力を入れる。
するとセラフィムは何を言ってるんだろうと首を傾げた。
どうやらクレアには蒼士にチョップをされた後の記憶が抜け落ちているようだ。
「何言ってるのクレア。この名前はクレアがくれたんだよ。ほら。私との繋がりもちゃんと出来てる。」
(ほらこんな感じに)
そう言ってセラフィムは口を動かさずにクレアへと念話で声を伝えた。
その事実にクレアは茫然となりアレッという感じに首を傾げる。
たしかに言われてみればほんの僅かにそんな事もあったような気がする。
それに、たしかにセラフィムとの間に確かな繋がりを感じることが出来た。
それにだんだんとセラフィムと言う名前もとてもいい名前であるように感じられるようになって来る。
「そ、そうだったわね。ちょっと寝ぼけてたみたい。」
そして、結局は誤魔化す事で話題を変えることにした。
「それで、どうしてそんな姿になってるの?」
セラフィムは先ほどカルラと話した事を伝えると眠そうに瞼が下がり始める。
そして、それを聞いてクレアも納得し、無意識にセラフィムを抱きしめた。
するとクレアにもセラフィムの抱き心地の良さに眠気を覚えて再び眠りへと落ちて行く。
その様子を密かに壊れた扉の外から覗いていたカルラは問題なさそうだと自分の部屋へと帰って行った。
朝になりクレアは何処からか吹き込む風に目を覚ました。
そして、風をたどって行くと部屋から廊下が目に入る。
その時初めて扉が開いている。
いや、無い事に気付いた。
するとクレアが目を覚ました事で同じようにセラフィムも目を覚ましたため、扉がどうしてあのような状態になっているのか問いかける。
するとセラフィムは途端に目を逸らして寝たふりを始めた。
そして彼女の口からはあからさまに「スピースピー」と言う声が聞こえる。
それだけでクレアは犯人が誰かを確信し何処となくその理由も想像がついた。
そしてクレアは肩を竦めて苦笑を浮かべると仕方ないわねと声を漏らした。
「まあ、後で修理をお願いしましょ。それと家の人にゴメンナサイしないとね。」
それを聞いてセラフィムはパチリと目を開けるとクレアへと抱き着いた。
「うん。謝る。」
そして、そうしていると朝食に呼びに来たのか、それとも昨日の事で心配できたのか蒼士が部屋へと訪れた。
「クレア、朝飯だぞ。」
そう言って部屋の前から俺は声をかけた。
「おはよう蒼士。昨日は途中から記憶がないんだけどあなた達が運んでくれたの?」
「ああ、ほとんどはセラフィムが運んでくれたが最後はさすがに俺と冬花だな。」
「そうだったの、ありがとね。」
するとクレアは素直に俺とセラフィムにお礼を口にする。
その途端に俺は視線を彷徨わせながら「あ、ああ」と返した。
俺はこの時クレアがあの時にやった事を覚えていないと気付き胸に罪悪感を感じる。
そして、そこに丁度壊れた扉が目に入り俺はおもむろに手を伸ばした。
すると扉は元の場所へと戻り壊れた所は綺麗に修復される。
そして魔力は部屋全体に広がり目に見える全ての物が新品の様な状態へと修復された。
その様にクレアは部屋中を茫然と見回し視線が俺で止まる。
「ちょっと気が向いただけだ。また何か壊れたら直してやるから何かあれば言ってくれ。それと飯が出来てるから早く来いよ。」
俺はそう言って直した扉を開けて外へと出て行った。
そしてクレアもそろそろ行かないと、と考えベットから起き上がりセラフィムを連れていつも食事をしている部屋へと向かった。
食卓に着くとジョセフは驚き、ミランダとティファはセラフィムの可愛らしさに椅子から立ち上がると駆け寄って頭を撫でたりして可愛がり始める。
「誰この子可愛いわね~。」
「クレアさんに似てますがもしかして妹さんですか!?」
するとセラフィムも今まで感じた事のない心地よい感覚から顔を綻ばせてされるがままになっている。
そして、席に着いたセラフィムが一番驚いたのは食事である。
彼女は今まで基本は生の肉ばかりを食べて来た。
それでも時々彼女と共に旅をした者たちがオヤツ代わりにご飯を分けてくれた事がある。
だが、その時は竜の舌で食べたため、それほどの感動は無かった。
そして今は人の姿となり想像以上に味覚が多彩になっており、目の前の料理がとても美味しいと感じられるようになっていた。
途端にセラフィムはカルラへと視線を向ける。
どうやら味覚のあまりの変化に逆に不安を感じた様だ。
するとカルラも食事の手を止めてニッコリと笑って頷いた。
そして問題ない事を知ったセラフィムは食事の速度が次第に増していく。
するとクレアが予想した通り彼女は喉を詰まらせて苦しみ始めた。
その様子にクレアは急いで背中をさすり水を飲ませる。
しかし、この時カルラが影でニヤリと笑った事は本人だけの秘密である。
そして何とか飲み込む事に成功したセラフィムは大きく息を吐きながら肩を竦めた。
「セラフィム、人間の喉はドラゴンと違って広くないのよ。ゆっくり食べないと今みたいに詰まっちゃうから注意して。」
そしてその様子を見て俺と冬花は最強種のドラゴンが食べ物をのどに詰まらせて死亡。
という哀れな死因で発見される新聞の見出しを想像した。
それにより視線を合わせてクスリと笑い今日も平和な食事風景を楽しんだ。




