4 冬花の半生と剣の修行
俺は死を自覚した瞬間、再びあの白い部屋の中に戻っていた。
それに周りは相変わらず真っ白で気持ちが悪くなるのを感じる。
すると中央の扉が再び開き、前回言葉を交わした二人が部屋に入ってきた。
しかも女神はこちらを睨みつけるとヒステリックに喚き散らしてくる。
「1日で死ぬなんて何してるのよ。なんの為にあなたを送ったか分かってるの?」
そんな事は言われなくても分かっている。
しかし、どうせ喚いている原因はお前の都合なんだからそんな事は知った事じゃない。
俺は女神を意識的に思考から追い出すと男神に声をかける。
「この剣を俺にくれたのはあんたか?」
俺は剣を鞘ごと引き抜いて男神に問いかける。
最初は女神の差し金かと思っていたけどこれには僅かな時間で何度も助けられた。
そんな素晴らしい物をくれると言うのはこの女神に出来るはずがない。
すると男神は厳つい顔でニコリと笑うと大きな頷きを返して来た。
「ああ、いきなり丸腰で送り出すのは危険と考えたからな。それに彼女に会えないのも問題があると思ってその導きの剣を与えたのだ。お前が真に望む者へ導いてくれたと思うが違ったか?」
「いや、あなたのおかげで一度死ぬだけで彼女に出会えた。とても感謝している。」
そして、俺は深く頭を下げ感謝の意を伝えた。
きっとこの剣が無ければ冬花とも出会えず、会えたとしても言葉も伝えられずに逃げられていただろう。
女神と違いこの男神に対しては感謝しか湧いてこない。
「気にするな。俺も男だから大事な者を護りたいというお前の気持ちは理解しているつもりだ。それと、その剣は導きの他に不壊属性を持っている。それでしっかり彼女を守ってやれ。」
そう言って男神は大きな手を俺の肩に置き、優しく微笑んだ。
そしてしばらくして頭を上げた俺は次に女神へと視線を移す。
「すこし聞きたいんだが冬花のこれまでの記録は見れるか?」
すると男神はそれだけで俺の真意を掴み取ったのか渋い顔を浮かべる。
しかし、これは俺にとっても重要な事だ。
今回の事で俺に足りていないのは強さだけでなく情報も必要だと教えてくれた。
このままではもう一度あの世界に行ったとしても誰の目的も果たせずに死んでしまうだろう。
しかし察しの悪い女神は面倒臭そうな表情を浮かながら口だけを動かした。
「あるけど、どうするのよ?」
「今後の参考にする。あなたもこんなに頻繁に時間を戻すのは辛いだろう。」
その言葉に女神は渋々と言った感じに首を縦に振り手を壁の一面へとかざす。
するとそこはテレビの画面のようになり、この世界に初めて訪れた冬花の姿が映し出された。
「これが一回目よ。この部屋の時間は止めてあるからいくらでも時間はあるわ。しっかり見て参考にしなさい。」
「ああ、分かった。」
そう言って俺は無言で映像を見始めた。
その姿に男神は辛い顔になり女神は逆に笑顔になる。
そして映像では冬花は魔物に遭遇する事無く町に辿り着く。
そして、門前でタグを貰いギルドに加入する。
だがしばらくすると冬花の身に事件が降りかかった。
依頼で遅くなった帰り道での事。
彼女は突然後ろから暴漢に襲われてしまった。
地面に押し倒され服を破かれもう少しで男に犯されそうになった時。
近くを偶然通りかかった兵士に発見され救われた。
しかしそこから冬花は少しずつ変わり始める。
人との接触を極力避けながら生活し、特に男を警戒し始めた。
そしてしばらくして彼女に再び不幸が訪れる。
ギルドからの強制依頼により組まれたパーティーによる依頼だ。
彼女は男3人の中に女性一人というパーティーを組まされて町を離れた。
そしてその日の夜。
男たちは冬花のテントを襲撃した。
しかし、その時は既にかなりの実力を身に着けていた彼女は男たちを皆殺しにして身を護る事には成功する。
冬花は彼らの視線や言動から最初から信用を寄せず常に警戒をしていた。
そのためテントの中で剣を握り締め、眠らずに襲撃の時を待っていたのだ。
だがこの時に初めて人を殺した冬花は茫然自失となり、その場に座り込んでしまう。
その後しばらく経つと彼女は虚ろな瞳で近くにある崖へと向かい歩き出すと谷底へと飛び込み自殺しまった。
そして次の瞬間彼女は始まりの森に記憶の無い状態で立っており同じように森を歩き始めた。
どうやら女神が時間を巻き戻したようで記憶を失った冬花は再び町へと到着する。
だがそこからしばらくは同じことの繰り返しで進展が何もない。
必ず強制依頼を受けて同行者を殺し自殺で終わるの繰り返しだ。
そして何度かそんな事が続くと始まりの森で冬花に変化がみられた。
今までは森に戻ると普通に歩きだしていた彼女はその場で立ち止まり目を見開いて涙をあふれさせた。
「ああ、これ位から彼女に記憶継承のスキルを与えたわ。同じことの繰り返しで先に進まないから記憶を参考にして先に進めるようにね。」
確かにこれを見ればコイツの言ってる事は正しい気がする。
だが、それは冬花が悪いわけじゃない。
完全にギルドの人選ミスだ。
俺はぶつける事の出来ない怒りを感じて無意識に拳を握り締めた。
だがその後も冬花には数々の事件が襲い掛かる。
するとある時を境に彼女は自分の顔を刃物で故意に切り裂き傷を作り始めた。
その数は襲われるごとに増えて行きしばらくすると俺が出会った時の冬花の顔となる。
今は既に体の手入れもやめ、見える所は傷だらけで髪の汚れが目立つようになっていた。
そして彼女の行動が大きく変わった。
最初は死なない選択をしていたのにそれを止めてしまい、いつ死んでもおかしくない仕事を中心に受け始めた。
俺はその時ジェシカと冬花が話していた依頼の事を思い出す。
たしかパーティーを組んだ方がいいと助言されていたな。
それはつまり通常は一人で行わない仕事を受けていたって事か。
「この辺から冬花は無茶をし始めたわ。それでこの子の思考を覗いたら生きる事を諦めていたのよ。でも思考の奥底で常にあなたの事ばかり考えていたわ。だからあなたを呼んだの。」
俺は女神に殺されたらしいが別に恨んでいるわけでも憎んでいるわけでもない。
ただ冬花を苦しめる原因を作ったこの女神が許せないだけだ。
俺の中では冬花は何よりも優先される。
他人の命や国、世界、もちろん俺自身の命よりもだ。
おそらく国が冬花の敵に回れば俺は迷うこと無くその国を亡ぼすだろう。
たとえそれが冬花に親を殺され恨みに燃える子供であっても。
その後も俺は拳を握り締めて映像を見続けた。
そして冬花のあまりにも多い死因に心を締め付けられ怒りが臓腑を炙る程の怒りが湧き起る。
確かに彼女は記憶を継承するようになってからは自殺を止めている。
その代わり無謀な依頼を一人でこなすようになり色々な形で死を迎えるようになった。
餓死・過労死・感電死・焼死・水死・窒息死・凍死・外傷によるショック死に失血死。
そして、俺と出会って死んだ後に冬花は自らの首を切り落として終わった。
「ありがとう。参考になったよ。」
俺は今まで知らなかった冬花の半生を見て怒りを胸に灯す。
ありがたいことにスキルの効果なのかその原因を作った相手はすべて暗記できた。
自然災害の起こる時期。
冬花を襲った相手。
その全てを頭に詰め込んで後ろの女神に視線を送る。
「あとどれくらい時間がある?」
「そうね、1週間って所かしら。」
その答えに俺は顎に手を置いて思考を加速させる
ここにいても何もする事が無いからどうするか。
無駄にするには1週間は長すぎる。
するとこの部屋にある唯一の扉が開き体感的には十数年ぶりに男神が姿を現した。
そしてよく見ればその後ろには身長140位の少女が付いて来ているようだ。
彼女は黒くて長い髪を白いリボンでポニーテールの様にまとめ、その黒い瞳は鋭い眼もとと合わさり身長は小さいのに凛々しく見える。
服は赤い袴で巫女のような服装をしている。
そして彼女を見ていると男神が俺の前までやって来て話しかけてきた。
「お前に剣の修行をさせようと思ってこいつに頼んで来てもらった。スキルがあっても鍛えないと宝の持ち腐れだからな。」
そう言って後ろの少女に視線を向けると彼女は「フン」と軽く鼻息を吐くと鋭い視線を向けて来る。
しかし、少女は男神より一歩前に出ると問答無用で剣を抜き間合いを詰めてきた。
そして勢いはそのままに剣を突き、先程まで俺の居た所を剣線が走る。
俺は突然の行動に驚きながらも、ギリギリで横に飛んで躱す事に成功する。
もしあのまま動かなければ確実に俺は頭を貫かれていただろう。
そして立ち上がりながら俺も剣を抜き少女へと構える。
だが彼女はその場で剣を何度か降って確認すると先程とは一転して落ち着いた感じに話しかけてきた。
「私は剣神カグツチという。お前は剣の経験があるのか?」
剣の経験?確か異世界に行ってオオカミを3匹倒しただけだな。
それまで剣をおろか木刀すら持ったことはないと思う。
「異世界でオオカミを3匹倒したことがあるだけだが問題あるか?」
「いや、私の予測では私の剣はお前を串刺しにするはずだったのだが見事に躱されてしまった。どうやらお前には自身も気付いていない何かがあるようだ。」
そう言うと彼女は剣を持たない方の指で輪を作り自分の目元に持って行って覗き込んだ。
「ふふふふ、そうかそれでか。」
するとカグツチは嬉しそうに笑い再び剣を構えた。
「お前、良いスキル持ってるな。これは鍛えがいがありそうだ。」
その直後、カグツチは再び俺に向かい斬り掛かってくる。
しかし今度の速度は先ほどよりも遥かに速い。
だがその攻撃を再び俺はギリギリの所で躱しきる。
そしてカグツチは止まる事のない連撃を蒼士へと放ち続けた。
その攻撃を俺は常にギリギリで躱していく。
どうやらカグツチは俺が全力を出せば躱すことが出来る速度で攻撃をし続けているようだ。
すると次第に攻撃の速度が上がり後ろで見ている二人もその速度に異常を感じ始める。
この時、女神と男神は初めて蒼士のステータスを確認し、そこにはあるはずのないスキル天才が表示されている事に驚愕する。
「何で蒼士がこのスキルを持っているんだ。お前の与えたのは才能だろ。」
「当然よ。私は確かに才能を与えたわよ。」
そして強い興味を抱いた男神は鑑定に更に力を注ぎ蒼士を見続けた。
するとある事が判明し天才のスキル魂の深い部分まで繋がり完全に馴染んでいる事が分かった。
そして表層には神の力が漂いそこに僅かに女神の力を感じる事が出来る。
「何処となく理解できた。おそらくこいつは本物の天才だ。きっと最初から天才のスキルを持っていてお前の才能のスキルを食ったんだろう。天才と言っても必ず穴はある。その穴をお前の才能が埋める事で万能の天才になったと考えれば辻褄が合う。」
その答えに女神は驚愕し内心で顔を歪める。
しかし、心の内は外へは出さず、魂の鑑定を行った男神へと慎重に問いかけた。
「もしかしてアイツはとんでもない奴になったの?」
「ああ、あいつのスキルなら神殺しすら可能かもしれない。言わなくても分ると思うが下手なちょっかいはかけるなよ。俺はあいつを護る気はあるがお前を護る気は無いからな。」
「何よそれ。酷くない。」
女神は男神を睨みつけて猛抗議をかける。
だがそんな事は何のプレッシャーも与えないのか男神は気にする事無く言い放った。
「俺はあいつを応援している。『お前』に恋人を奪われ、『お前』に殺されたあいつをな。それに二人は元々俺の世界の人間だ。決まりがあるからもう俺の世界に呼び戻すことは不可能だがこうやって奴の意をくんで鍛えてやれる。」
すると女神は怒りで顔を真っ赤にすると視線を外して部屋を出て行った。
そして2日の間、休む事なく訓練は続いたがその間に何故疲れないのかを疑問に思いカグツチに問いかけた。
「蒼士。お前気付いてないのか。今は魂だけの存在だから疲れないし傷も勝手に消える。魂を傷つけようとする時は特殊な武器かスキルがいるから覚えておけよ。」
そしてこの数日で俺達は互いの名前を呼びあうほどに仲良くなった。
言葉よりも剣を交わした時間の方が遥かに長いとしてもそこには言葉以上に伝わるものもある。
そして3日目になった時、カグツチに初めて剣を収めた。
「お前の修行は終わりだ。これ以上は私と戦っても成長しないだろうから、もしまたここに来れば他の相手を紹介してやる。」
そう言って扉へと向かうカグツチ。
だがその歩みは途中で止まりこちらへ振り返ると早足でこちらに近づいてくる。
「その剣は私が作った剣だ。」
そう言って俺の剣を指さし、次に自分の持つ剣を突き出して来た。
「だからこれもお前にやる。これはその剣と対になるようにして作った姉妹剣だ。互いに呼び合う性質があるからお前の大事な女に渡してやれ。」
そして剣を押し付けると足早に扉へと向かって行く。
だがその後ろ姿に俺は何処となく寂しさを感じ咄嗟に取は声をかけた。
「カグツチありがと。お前のおかげで俺は強くなれた。機会があればまた会おう。」
するとそれに応えるようにカグツチは後ろ向きで手を振り顔を見せずに扉から出て行った。
しかし、この数日で泣かれるほど仲良くなれるとは思わなかったな。
俺はカグツチの別れ際に流した涙に気付いていた。
だがそれを指摘するのは悪いと思い気づかないフリをしていたのだ。
だがその涙の意味までは分からない。
離れる事が寂しいのか。
それともこれから訪れる過酷な戦いを心配してくれているのか。
俺は彼女の去っていった扉を見続け最後に小さく「ありがとう」と呟きを零す。
すると再び来客なのか扉が開くとそこには一人の知らない女性が立っていた。