38 百合子、奴隷解放
俺たちは王城を出た足でそのまま奴隷商へと向かう。
その間、百合子は俺と冬花に挟まれ手を繋いで3人仲良く歩いていた。
その姿は遠くから見れば仲の良い家族か兄弟の様である。
そして、奴隷商は城から近いためすぐに到着し、ジョセフが代表として前に出た。
すると前回とは違う男がこちらへと走り寄ってくる。
そして、ジョセフたちに笑顔で礼をすると門を開き館へと招き入れた。
しかし俺は案内をされながら気になった事を門番に問いかける。
「前は酷い対応されたがあの男はどうした?」
すると門番は笑顔を浮かべ足元を指さした。
「あの男なら犯罪奴隷に落とされて今はここの地下に捕らえています。時期を見て鉱山にでも送られるでしょう。もともとここの門番は私なのであの男は何処からか連れて来たチンピラだったようです。」
そしてしばらく進むと直接リーリンの部屋へと案内され扉を開けて入れてくれる。
そこでは何故か書類の山に埋もれた彼女の姿が目に入って来る。
「どうしたんだその書類の山は?」
俺が話しかけると彼女は目を吊り上げて顔を上げた。
その顔は初めて会った時の、あの怒りに満ちたものにとても似ている。
「あの屑弟子がおかしな事をいっぱいしてるからその後始末よ。計算が合わなかったりもうめちゃくちゃ。」
そう言って机に頭突きをする勢いで倒れこんだ。
当然その直後ゴンッとすごい音がするが本人は気にならないのかそのまま顔を伏せたままムンクの様な唸り声を上げている。
すると俺は机に近づき置いたままの帳簿を手に取って中を確認する。
そしてその全てをパラパラとめくり記憶すると机の上にある書類も同じように確認した。
そしてまずは帳簿に記載されている金額と合っている物と合っていない物を帳簿の順番に並べ次に数字がおかしな所を確認した。
すると、その数字に作為的な物を感じ取った俺はすぐに腰の剣を外して手離した。
すると剣は本棚の方向に倒れそこを探ると別の帳簿を発見することが出来た。
それは俗に言う裏帳簿である。
どうやら本を隠すのは本の中と言った感じだが、あの奴隷商もこんなに早く捕まるとは思っていなかったのかこんな近くに置いていたようだ。
更に帳簿の改ざんも中途半端であったため数字が合わず彼女の仕事が進まなかったようである。
それに目を通すと金額の違いと一致したため俺はそれをリーリンに渡した。
「ん?なにそれ。」
彼女は俺の行動を見ていなかったため、いまだに不機嫌な顔で裏帳簿を受け取る。
しかし、それに目を通し始めると驚きに顔を染め、書類と帳簿を見比べ始める。
すると書類も既に順番通りに並んでおり数字もそろっているため書類の山は瞬く間になくなっていった。
そして、最後の書類を確認し終わると、彼女は突然立ち上がり蒼士を指さして叫んだ。
「採用ーーー!」
その叫びに何が採用だと呆れた目をリーリンへと向ける一同。
そして、それに気付いた彼女も恥ずかしさに顔を赤らめ咳払いをして空気を入れ替えた。
俺たちも仕方なくそれに乗って表情を戻し先程の事は無かった事にして本題を伝える。
「実はこの子は訳有の奴隷なんだ。」
そう言って俺は先程から冬花と手を繋いだままの百合子に視線を向ける。
するとリーリンもその視線を追って百合子を見ると偶然視線がぶつかった。
その途端、百合子は手を離して俺の後ろに隠れてしまう。
そしてそこから少し顔を出してリーリンを覗く様に顔を出した。
「あら、可愛らしい子ね。前から思ってたけどあなたロリコンなの?ほら合法ロリの可愛いエルフも連れてたでしょ。」
するとジョセフは何を思ったのかハッと何かに気付いた様に俺へと顔を向ける。
冤罪も良い所だが流石にジョセフまで今の冗談を信じたりしないだろう。
その程度には俺達は互いを信頼しているからな。
「そうだったのか蒼士。しかしティファはまだ子供だから後3年は健全な付き合いを・・・」
そして、ジョセフが何か言いだした直後、俺は遠慮なく顔を掴んで締め上げた。
どうやらコイツに感じた信頼は俺だけの幻想だったみたいだ。
「ぎゃああー、痛い痛い。すまない冗談だから許してくれ。」
ジョセフはそう言いながらも俺の手を掴み足をバタつかせる。
更にそれは次第に激しくなり、謝罪の声も先ほどのフザケタ物から本気の様相を呈してきた。
「すまない。いや、すみません。もう言いませんからお願い離してーーー!」
俺はそこまで言わせて初めて手を離すと回復魔法をかけてやる。
しかし、手を離すのが少し遅かった様でジョセフはその場で白目をむいて倒れこんでしまう。
そして、手をバキボキ鳴らしながら次の獲物であるリーリンへとゆっくりと振り返る。
その顔には笑顔が浮いているがその背後には鬼の顔が幻視出来る。
すると彼女の頬に一筋の汗が流れ助けを求める様に冬花をチラリと見た。
しかし、冬花もニコニコしているが視線を向かた途端に横を向いて目を合させようとしない。
これは少しからかい過ぎたかと自らの失策を感じ顔を引き攣らせた。
そして俺は手を鳴らしながらゆっくりと近づいて行く。
リーリンは俺の一歩が地獄へのカウントダウンの様に感じるだろう。
そして、机を挟んで目の前まで来るとそこまで一緒に付いて来ていた百合子を前へと出した。
「先程の話の続きだが今日はこの子の奴隷紋を解除してもらいに来た。殺気も言った通りちょっと訳ありでな。その意味、あんたなら分かるだろ。」
そう言ってニヤリと笑ってみせる。
するとリーリンは百合子の前まで歩いて近寄ると彼女の前にしゃがんで視線を低くする。
「え、ええもちろんよ。それじゃ、奴隷紋を見せてくれるかしら。どういう物か確認するからね。」
百合子はその言葉に従い少し服を捲り胸元をリーリンへと見せた。
するとリーリンは奴隷紋を確認するために顔を近づける。
そして確認が終わると先ほど座っていた椅子へと戻り溜息を吐き表情を沈めた。
「どうしたんだ。何か問題があるのか?」
彼女はその問いに視線を鋭くして俺を見るが再び溜息を吐いた。
このイケイケな奴隷商がここまで渋るとは余程の理由がありそうだな。
「あんた、その子を何処で拾ったの。その奴隷紋は特殊なもので国所有である事を示してるわ。もし、私が勝手に解除したら仕事を失うだけじゃすまない。最悪死刑もあり得るのよ。」
しかし、それを聞いた俺は顔色一つ変えず、再びバキバキと手を鳴らし始める。
そして、その背後には先ほど制裁を受けたジョセフが転がっていた。
この時、彼女は先ほど揶揄った事を人生最大に後悔している事だろう。
(ちょっとヤバイわよこれは。あんな醜態を晒したと彼に知られたら100年の恋だって冷めちゃうかも。そうなったら、もうお嫁に行けない。)
そして、しばらく互いに睨み合っていると俺は何かを思い出したようにアイテムボックスから手紙を取り出した。
そしてそれを無造作にリーリンへと投げて渡し、彼女も見事に受け取って誰が書いた物かを確認する。
すると、そこには王家の紋章があり彼女はこちらへと視線を戻す。
「見ればわかると国王は言っていたぞ。それにこの事は王家が保証してくれるはずだから心配ない。」
すると彼女は今日最大の溜息を付いて机へとまた頭突きをかました。
そして顔を上げた時には額から大量の血を流して俺を睨みつける。
どうやらこの仕返しは予想以上の効果があったとリーリンに笑顔を向けて返した。
さらに当事者である百合子は怖がって俺の後ろへと再び隠れてしまい今度は覗こうともしない。
リーリンはそれを見て頭を掻きむしると脱力して再び笑顔を作った。
しかし、先ほどの行動と額から血を流しながらの笑顔では恐怖を煽るだけだ。
百合子は更に怖がり、とうとう少し離れた冬花の所まで走って逃げてしまった。
それを見て俺は声をかみ殺す様に笑い流石にそろそろ回復させようと手を伸ばした。
しかし、それより早く先ほど逃げた百合子の方から何かが飛来し、それをリーリンはキャッチすると手の中のものを見つめる。
それは綺麗な装飾がなされたブレスレットで何らかの魔力が籠っている事を彼女は感じ取った。
しかし、リーリンには鑑定のスキルが無い様で何だか分からないようだ。
そのためそれが何なのかと聞こうと百合子へと視線を向けた。
すると今は先ほどの様に少しだけ顔を出し、片目でリーリンを覗く様に見ている。
そして、そんな百合子から一方的な言葉が投げかけられた。
「あげる。早く付けないと血が止まらないよ。」
そして、冬花の後ろへと再びその姿を隠してしまった。
リーリンは仕方なくそのブレスレットを腕に嵌めてみる。
すると僅かな魔力の消費を感じるが次第に頭から痛みが消えていく。
そして彼女が鏡を出して額を確認した時には痕も残さず綺麗に治っていた。
そのためリーリンはブレスレットと今の状況で説明をしてくれそうな俺の顔を行ったり来たりしている。
俺は仕方なくブレスレットを鑑定しそれをリーリンへ伝える事にした。
「それは治癒のブレスレットだな。魔力を消費して傷を治すようだ。それと効果大と出たがこれは凄いのか?」
するとリーリンは「えっ・・・」と言って固まった。
その様子だけで分かるが凄い物のようだ。
「それが本当なら国宝クラスよ。なんで子供がこんなの持ってるの?」
今までの物と『大』という意味から良い物の予感はしていたがまさか国宝レベルとは思わなかった。
しかし俺たちはその問いに答える気が無いので笑顔を向けるだけで何も言わない。
その為の王印付きの手紙と言う事だ。
そしてリーリンも仕事柄そう言う事にはなれているのか、無駄な詮索を諦めてすぐに話題を変えた。
「そう言う事なら聞かないわ。それに国が責任を持つなら奴隷からの解放も問題ない。すぐに始めるからその子を連れて来てくれる。」
リーリンに言われ冬花は百合子の手をそっと掴むとゆっくりと歩き出した。
そして冬花に連れられリーリンの前まで行くと彼女は奴隷紋の解除に入る。
すると前回と同じように百合子の奴隷紋からは黒い霞が立ち上り始めた。
しかし、ララ達の解除はすぐに終わったのに比べ、今回はやけに時間がかかっている。
それに黒い霞もいまだに出続けており、その量はララ達の数十倍にもなっていた。
俺は視界が悪くなってきたので窓を開け風魔法で霞を部屋の外へと散らす。
そして次第にリーリンの額には玉の汗が浮かび顔を歪め始めた。
どうやらこの奴隷紋は国が管理するだけあり通常のものよりも遥かに強力なようだ。
俺はリーリンの魔力が限界に近い事を感じ取ると彼女の肩に手を乗せ神聖魔法の一つ、魔力譲渡を発動する。
その途端、リーリンは途轍もない魔力が漲り解除の出力を上げて行く。
そして、それに比例するように霞の量も増え今では黒煙の様な勢いで噴き出している。
しかし、それも時間と共に減っていき、百合子の奴隷紋が消えると同時に出なくなった。
俺は魔力譲渡を止めると、リーリンは息を荒げながらその場で膝を付く。
しかし、彼女はやり切ったという様に額から汗を垂らし笑顔を浮かべている。
「流石に国が施した奴隷紋は桁が違うわね。まさか魔力が足りなくなるとは思わなかったわ。」
そして大きく深呼吸をすると再び立ち上がった。
「でも、これで解除は終了よ。」
そう言って傍にいる百合子の頭を優しく撫でた。
百合子は驚きに強張り肩を跳ねさせるが、昔母親に撫でられた時の感覚を思い出して頬を染める。
その様子にリーリンは笑顔を浮かべ満足したのか頭から手を離した。
そして、その間に蒼士はと言うとジョセフに近寄り足で突いて起こしにかかっている。
するとジョセフはいきなり起き上がると左右を警戒するように見回して首を傾げた。
「おはよう蒼士。ところでここは何処なんだ?」
起きたジョセフは開口一番でボケた事を言い出した。
しかし、その姿にふざけている様子はない。
どうやら蒼士の制裁が強すぎて一部記憶を失ったようだ。
その様子に離れて見ていたリーリンはされなくてよかったと内心でそっと胸を撫で下ろした事は秘密である。
そして、不用意に蒼士を揶揄うのは止めておこうと誓うのであった。
蒼士たちはジョセフへと軽い説明をした後に用事は済んだと言って部屋を出て行った。
すると彼女は先ほど貰ったブレスレットに視線を落としてある事を思い出していた。
それは隣の国であるバストル聖王国でとある奴隷が逃亡したと言う物である。
あの国は昔ながらの奴隷制度が未だに残っており異教徒と見なされた多くの人種や異種族が奴隷として生活している。
その中でも異色の存在である異世界人が逃亡したと言うのだ。
そして、奴隷商には密かに発見した場合は連絡をよこす様にと伝達がされていた。
その事からリーリンは百合子の正体に気付くが連絡しようとする気は起きなかった。
彼女は最後に触れたあの髪の感触を思い出し、その手に力を入れる。
そして彼女はブレスレットを摩り遠からず母となると決意した。
次は我が子を撫でる。
その目標を胸に再び仕事に戻って行った。
実際この町で彼女を頼る者は多い。
リーリンは人材を的確に送り出すために新たな書類に目を通していくのであった。




