36 女神の失言
狭間の部屋に入りあちらの蒼士たちを覗くと丁度目的の少女と共に話をしているようである。
そして会話を聞くに百合子があちらの世界に召喚された時の事を話しているようだ。
その会話を4人は並んで聞いていたが耳を疑うようなことを話している。
彼女は神の保護もなく奴隷としてこき使われていたと話しているのだ。
そしてその悲惨な異世界生活を話し終えると彼女は泣き始めた。
その様子にスサノオと天照は顔を歪め何とか怒りを抑える。
しかし、突然カグツチが黒いオーラを纏ったためそちらへと意識を向けてしまい雷神から視線を離してしまった。
その瞬間を見計らっていたかの様に雷神は一歩前へと歩き出す。
だが歩くと言っても雷神は光の速さでもって一瞬で移動しそこにある扉を開けた。
さらに彼はその時には既に先ほどの鬼の姿へと戻り雷を体に纏っている。
そして、そこに映るのは地球ではない空間。
すなわちあちら側の神界であった。
そしてそこには突然現れた鬼に驚きながら動けないでいる女神が一人。
しかし、通常は止めなければいけない所だが先ほどの映像を見た後では助ける気は誰も起きなかった。
さらに天照までもが黒い笑顔を浮かべ扉へと歩み寄っている。
これはひと悶着有りそうだとスサノオも諦めて溜息を吐いた。
昔のスサノオならばこの争いに参加しただろうが今の彼はもしもの時のためにストッパーに回るくらいには丸くなっている。
そしてスサノオも扉を潜って部屋へと入ると腕を組んで女神を睨みつけた。
その後ではカグツチだけは冷静に待機して事の成り行きを見守っている。
ハッキリ言ってあの3人に巻き込まれては一瞬で命を落とす事が分かっているのだ。
なのでカグツチだけは扉を潜らずその場で結果が出るのを待つ事にした。
そして、扉の横に立つスサノオはゆっくりと扉を閉め完全に退路を断った。
すると3人はカティスエナの前まで歩き見下ろす様に睨み付けている。
その姿に女神は冷や汗をかきながら無言で見つめ返した。
「おい!お前がこの世界で一番上の神で合っているな?」
雷神は確認を取るように質問し、全身に雷を纏う。
その姿に彼女は言葉もなく頷き返事を返した。
その途端、雷神は轟雷のごとく声を上げ体中から雷を周囲に放ち始めた。
「貴様が元凶かーーーーー!!」
すると雷は周囲を焼きながら広がりカティスエナは必死の形相で前に手をかざしシールドを張って防ぐ。
そして後ろにいる二人は腕を組んだ状態でそよ風を受ける様に簡単に防いでいた。
その後、次第に雷神の叫びと共に雷が収まり部屋は光源を失い闇に包まれる。
すると天照が自らの力を使い明かりを作り部屋を明るく照らし出した。
そして、そこには3人がいる場所以外は全て焼け焦げただけの部屋が浮かび上がる。
特に雷神のいた場所は前回同様足元が陥没しておりもっとも被害が大きい。
そしてスサノオは扉を心配して振り返ったがその部分も無事である事を確認して胸を撫で下ろした。
どうやら天照あたりが気を利かせて障壁を張ったようである。
しかし、カティスエナも伊達にこの世界で神の頂点にいる存在ではないようだ。
雷神の手荒い挨拶に怯む事無く抗議の声を上げる。
「あんた、いきなり出てきて何してくれるの。この事はあんたらの主神にしっかり抗議させてもらうからね。そこのヒョロイあんたも見てたわよね。後でしっかり証言してもらうわよ。」
彼女は雷神に告げた後に彼らの主神である天照に告げた。
その姿に雷神もスサノオも天照に視線を向ける。
どうやら、冬花の時に対応した天照はどういう訳か自身の事を説明していなかったようだ。
そして、
天照はそんな女神に笑顔を向けると首を横へとゆっくり振った
「その必要はないよ。」
しかしその言葉に彼女は天照を強く睨みつけた。
どうやらこの事を証言せず口裏でも合わせて誤魔化そうとしていると勘違いしたようだ。
その様子にスサノオは溜息を吐き天照は鼻で笑って返した。
「何よそれ!もしかしてこんな事して許されると思ってるんじゃないでしょうね。」
すると天照はその言葉を待っていたかのようにニヤリと笑った。
そして彼女はそのあまりにも変化した雰囲気に警戒して口をつぐむ。
「私が彼らの主神の天照だ。それに許されない事をしているのは君の方だよカティスエナ。」
天照はそう言っていつも押さえている神力を開放する。
するとそのあまりに巨大な神気に部屋どころかこの神界自体が揺れ始めた。
そして、その気配をいち早く感じ取ったベルファストが部屋へと走りこんで来る。
「何事ですか、この巨大な力の波動は!?」
そして目の前に3人の神を見て驚きに言葉が止まる。
特に力を開放している天照のあまりの力の大きさに、今にも膝を付いて跪きたくなるほどの感情が込み上げて来た。
しかし、異世界の神に自分たちの主神の前で無断で膝を付くわけにはいかない。
ベルは必死の思いで感情を制御し逃げずに部屋へと入って行った。
すると天照は再び力を押さえて柔らかな笑顔を浮かべる。
その事にベルは内心でホッとし胸を撫で下ろした。
そして3人はベルを気にする事無くカティスエナに向き直り話を続ける。
「ここに来たのはちょっとした用事でね。部屋は後で修復するから話を聞いてほしい。」
言葉を向けられたカティスエナはもはや無言で頷くしかない。
既に自分との力の違いを見せつけられ反論する反抗心すら奪われていた。
「実はこちらの世界から無断で2人ほど召喚が行われた事が判明してね。」
するとその言葉に彼女は首を傾げた。
思いつくのは蒼士と冬花の二人。
しかし短慮である彼女は息を吹き返したように反論した。
「何言ってるのよ。冬花と蒼士の二人ならもう話がついてるでしょ。そんな事の為にこんな事をしたの?それに冬花の時はあなたに直接話したじゃない。」
彼女が冬花の魂を持って行く時に対応したのは天照本人なので確かに話は付いている。
そのため彼女は彼が主神と知り、許可は得ていると反論したのだ。
しかし、彼女は知らない。
別で2人、召喚によりこの世界へと連れてこられた者がいる事を。
すると天照から途端に表情が消え彼女を見下すような顔に代わる。
「私は召喚と言ったんだ。貴様の世界がさらに二人。こちらの世界から連れ去っている。召喚はその世界の主神が許可しなければ絶対に成功しない。身に覚えがないとは言わせんぞ!」
その突然の豹変に彼女は怒りよりもそれを上回る恐怖に顔を青くする。
そして過去の記憶を探りある事を思い出した。
それは1000年ほど昔。
勇者以外の人材が揃わず、苦戦を強いられることがあった。
しかし、人材はすぐには育たないため仕方なく地上で自分を強く信仰する者たちに異世界召喚の術を授けたのだ。
その時の闘いはそのおかげでなんとか勝利する事に成功したが彼女はそれを放置し、その時に呼んだ者たちにも何の対応もしなかった。
その時の召喚者たちは魔王を倒したため英雄として扱われた為に何も問題なかったが、時代が進み状況が変化した。
彼らは必要が無いのに次にも同じように召喚を行ったのだ。
その時の者達は戦いを望まず最後には奴隷として強制的に戦わされた。
そして、その次の時から召喚後、相手の意思確認をする事なく奴隷として従わせるのが習わしとなった。
女神は1000年前の事を思い出し冷や汗をかく。
今回の事は知らなかった事とは言え自分が許可を出し、その後も不用意な召喚が行われていた事は事実である。
主神だからと、いや、主神だからこそ許される事ではないのだ。
この事が周辺の世界に知られれば、もう二度と自分に協力してくれる神はいなくなるかもしれない。
しかし、彼女が主神の地位に付いて数千年。
もはや頭を下げて謝罪するという事は忘れ去られていた。
そのため彼女は一つの愚行を行ってしまう。
「そ、そんな事・・・そんな事は地上の奴らが勝手にした事よ。私は何も知らないわ。責任は全部そいつらに取らせれば良いじゃない!」
すると3人の気配が急に変わり剣呑なものになり始める。
当然であろう。
神が受けるべき罪を地上の人々に擦りつけたのだから。
しかし、その時後ろで聞いていたベルが走り出し3人の前に出るとその頭を下げて土下座をした。
3人はその姿を見て目を見張り、この世界にも土下座があるのかと微妙にズレた事を考えた。
しかし、それが功をそうしたようで3人からの気配が和らぐ。
するとベルはそれに畳掛けるように謝罪を口にした。
「この度は申し訳ありません。全てこちらの落ち度です。どうかお怒りを御鎮めください。」
その言葉に3人は顔を見合わせた。
しかし彼らの中では既にに答えは出ており、天照から見ればこれ以上ない結果である。
この世界の主神から言質は取っただけでなく許可まで得たからだ。
すなわちこれに関する事なら自分達の好きなように行動しても良い。
拡大解釈をすればカティスエナは地上の者達に責任を取らせればいいと言ったのだ。
すなわち実行犯ではなく地上の者全て。
そして言質を取った以上こちらの好きにする。
そのため3人はベルに免じてここを去ることにした。
3人の中では何故こんな奴がこの世界で主神などしているのかと疑問を感じている。
そして、この世界の仕組みについても調査をする必要があると感じ3人は部屋を出て行った。
そして気が付いた時には部屋は破壊される前の状態に戻り、格の違いを更に見せつけられる事となる。
しかし3人が出て行ったあとカティスエナはすぐに癇癪を起した。
「何よあいつら勝手に来て勝手な事して勝手に帰って。」
彼女は地団駄を踏みながら机を蹴り飛ばし書類を散らかした。
そしてその目は当然、無断で頭を下げたベルへも向けられる。
「あんたもあんたよ。何ペコペコしてるの!下があんな事したら私まで低くみられるでしょ!!」
そう言ってベルの頬を力任せに叩き八つ当たりをした。
その行いにベルは頭を下げて謝るのみで他には何もしない。
彼女はこの世界の主神である。
その主神に逆らう事は彼女を含め多くの神は出来ないのだ。
その後、ベルはそのまま部屋を出て自室に向かう。
そして部屋に入ると何故彼らが簡単に引き下がったのかを考えた。
あの掌を返したような呆気ない引き下がり方には何かがある。
そして主神同士の会話を思い出してある答えに辿り着いた。
それはカティスエナが言った地上の人々に責任を取らせればいい。
すなわち彼らはカティスエナが取らなければならない責任を全て地上の人間に与える。
それは彼女たちの言う所の神罰の執行である。
そして、今回はその規模を指定していない。
そのためそれが個人か国か大陸か世界か。
その全てに可能性があると言う事である。
ベルはそれを主神に報告しようと急いで扉に手をかけた。
しかし、その扉のノブは自分でも思いもよらない程に重く動かない。
そして先ほどからの彼女の言動を顧みてベルは報告する事を止めた。
この時、カティスエナは彼女が主神となってからの最大の部下を失う事となる。
そして、天照たちが狭間の部屋に戻るとそこには心配そうなカグツチが一人蒼士たちを見つめて立っていた。
しかしその後ろ姿はただの一人の少女に見える。
その姿に天照は先日に受けたスサノオからの相談を思い出しその事を本気で検討し始める。
実際はさっきまでならば検討しても不可能に近かった。
しかし、あの女神がやらかした今となっては実現可能となっている。
天照はスサノオに軽く笑顔で頷きその事を小声で伝えるとスサノオも笑って頷いた。
その姿はなるで二人とも世話好きな何処かの爺さんである。
そしてスサノオはカグツチに声をかけ4人で出雲へと向かおうとした。
しかし、そこで雷神が寄り道があると3人に伝え、とある神社に向かい転移した。
時刻は既に深夜となり時計も2時を指そうとしている。
そして雷神は境内の横にある家に入ると40台ほどの女性の枕元に立ち話しかけた。
その女性はその直後夢を見る。
そこは暗い先の見えない世界。
そこで19年前に消えた娘が見知らぬ部屋で無事に寝ている。
その姿は消えてしまったあの時よりも少し成長したであろうか。
そして彼女の傍で懐かしい声が聞こえた。
子供を産んで巫女の資格が娘に移ってからは聞こえなくなったあの声。
そして、その声は彼女に告げた。
「見つけた」と。
ただその一言に彼女は目から涙をこぼした。
娘が消えてから1日とて願わなかった日は無い。
そして、それまで一度として返事が無かった事に涙し、それでも祈り続けた。
しかし、今その願いが叶ったという実感がその胸に沸き起こった。
そして女性は目を覚まし周りを見回す。
しかし何の気配もなく彼女は窓際に向かい空を見上げた。
空には美しい月と星が浮かび雲の欠片もない。
しかしその時、一条の雷が庭におち境内の一部を黒く染め上げた。
それを見て彼女は今の夢が夢でなかったことを確信する。
そして彼女たちが祀る雷神が必ず娘を連れ帰ってくれる事を願い今日も祈りを捧げるのであった。




