29 開戦
ティファの話を聞いてミランダは腕を組んで悩み始める。
実際、ジョセフが何と言おうと彼を攫って行くのはミランダにとって簡単な事である。
しかし、それではジョセフの事を裏切る事になってしまうしこの国の事も見捨てる事になってしまう。
しかしミランダにとっては国を見捨てる事自体は問題とは言えない。
既に国からも避難勧告は出され、逃げようとする人々は既に逃げ出している。
それに魔物の群れが怖いのは力よりもその数にある。
どれ程の魔物が来ているかは不明だが100や200ではないだろう事は容易く想像できた。
もしかすると万を超える魔物が押し寄せて来るかも知れない。
そうなれば王都とは言っても戦力を欠いた町など容易く呑み込まれてしまう。
しかしミランダには先程から気になる事が一つあり、思考を纏め終えるとティファへと声を掛けた。
「ティファはこんな時なのに落ち着いてるのね。何か理由があるの。」
するとティファは待ってましたとニコニコしながらアイテムボックスから一つの契約書を出して広げた。
「これを見て。この契約書は父さんとララを救うために蒼士と契約した物よ。そして、この契約書には父さんとララを救出する旨が記載されてるの。それに、今回の事件はまだ終わってないからこの契約書も有効なはずよね。だから彼は絶対私達を助けてくれるわ。」
するとミランダは娘の絶対の信頼を得ている蒼士が何者なのかと疑問を感じる。
当然そこには母としても問いただしたい事が山ほどあるが、今はその事は置いておいて純粋に蒼士という男が戦士としてどれ程の物なのか質問する。
「その男はそんなに凄いの?」
するとその問いに答えたのはティファではなくジョセフであった。
彼は蒼士が行った事を全て伝え、それをティファ達も笑ったり、目を丸くしたりして聞いている。
そして、話し終わるとミランダは一つの決断を出した。
「アナタ達がそこまで信じるならその子達はこの店で大々的にバックアップしましょう。私の勘がそうするべきだと言ってるわ。」
そして、ミランダは自分の決断を3人に伝える。
しかし、これは世界や店の為だとかそう言う物ではなかった。
ミランダが感じたのは恐怖に似た危機感。
このまま彼らを放置すれば何か良くない事が起きると言う漠然とした思いが首筋から背中にかけて駆け下りた。
そして、ミランダは今度は穏やかに立ち上がりジョセフへと手を伸ばす。
「それじゃ、私達の財産を返してもらいに行きましょう。没収されただけなら返してもらえるはずよ。まあ、無理なら彼らには痛い目を見てもらうけど。」
するとジョセフは苦笑いを浮かべると今度はその手を取って立ち上がる。
事実としてミランダの強さはSランクの冒険者並みであった。
城の兵士が束になってもそう簡単には負ける事はあり得ない。
するとティファはその後ろ姿を見送り溜息を吐いた。
そして契約書を大事にアイテムボックスに仕舞い冷めてしまったお茶を一口啜る。
外に視線を向ければ何かが行われようとしているのか多くの人が走り回っているようだ。
そして彼女は夜にその光景を目の当たりにして新たに魔法のスキルを身に着ける事に成功する。
これにより彼女は一つの戦う力を手に入れた。
それは、この町の人々も変わらない。
ベルの姿を目にし、歌と踊りと少しの精神魔法で向上した信仰心は呆気ない程に町中の人間を彼女の信者にした。
これにより町の殆どの者が魔法スキルを手にする事ができ、逃走から闘争へと意識が切り替わっていく。
それにこの世界では一柱の神だけを崇めなければならない決まりはない。
国によってはそれを禁止する所もあるが、人々は複数の神を崇めても問題ないのだ。
しかし、年に一度はその神を祀る教会で祈りを捧げなければならないため主要な神以外はどうしても廃れて行ってしまう。
そして、廃れれば信仰心が薄れ、力が弱まった神は人々に恩寵を与えにくくなるという悪循環が生まれる。
それに、この世界から信者がいなくなり既に消えてしまった神も多い。
そしてそうなった神々は天界でいつかは自分達の信仰が蘇ると淡い期待を胸に待ち続けていた。
ちなみに今の主神の信者が多いのは全体的なスキルをある程度与える事が出来るためである。
そのため他の神を崇める信者が次第に減りあの女神は不動の人気を手に入れているのだ。
しかし、それには人々の知らない大きなデメリットがあった。
カティスエナの信者になれば、ある程度のスキルは手に入る。
しかし、魔導士になりたい者はベルへと祈れば確実にそのスキルが手に入るのだ。
今は力が弱まっているのでそれに時間がかかるだけである。
また、個別の神に祈った方が効力も強く成長も早い。
この世界は知らないうちに衰退を続けているのだ。
そして今回の魔法スキル習得に関しては王城でも大きな歓声が上がっている。
兵士の中には剣術のスキルは持っていても魔法のスキルを持っている者は少ない。
魔物の群れが押し寄せて来る直前に予想もしない戦力の増強と強化に全員が沸き立った。
しかし、スキルがあろうと魔法が上手く使えるかは別の話。
国王は近くの者に即座に指示を出した。
それは宮廷魔導士たちに彼らの運用方法の検討と指導を言い渡したのだ。
さらに街中にいる魔導士たちへ呼びかけ彼らにも人々の指導を依頼した。
しかしその直後、巨大な魔力の気配と突然の地震が王都を襲う。
「何事だ!」
国王のその声に答えられる者は無く、近衛兵たちも地面に腕を突いて震えていると一人の兵士が駆け込んできた。
「城の監視塔より伝令です!王都を囲むように谷が出来ているとの事です!」
その言葉に周りの兵士は硬直し国王も言葉を失う。
しかし、既にこのタイミングで事を起こす人物に心当たりがあった。
「勇者たちか!?」
そして国王は周りへと問いかけるが明確な事が分からないため答えは返って来ない。
しかし、国王の中では確信となり一人の兵士に指示を出した。
「すぐにその谷の規模を調査せよ。場合によってはこの度の魔物の侵攻に耐えきれるかもしれん!それと町に兵を送り今の地震は勇者たちがこの町を守るために行った事だと伝えろ。」
そして国王達は数時間後、その谷の規模を知って再び言葉を失う。
しかし、先程の蒼士たちの会話を思い出した国王は声を上げて笑い出した。
彼は勇者達にこの国を救ってくれと言った。
その言葉を国王は戦争を止めてくれと言う意味で言ったが彼らは戦争を止め、更に国も守ると受け取ってくれたようだ。
王は笑う。
民を無駄に死なせる心配が減ったことに。
そして彼らならこの国の民を救ってくれるのではないかと希望が湧いたことに。
そして笑いが収まり落ち着いた所で国王は決断した。
何があったとしても自分は彼らの味方であり続けようと。
そう決意した時、王は全ての悩みを捨てた。
生き残る事を最優先とした時、彼は今までにない程に思考がクリアになり指示を飛ばしていく。
まず城の宝物庫を開放し戦闘に使えそうな武器防具を兵士たちに装備させる。
宮廷魔導士たちには集団魔術の禁書を渡し、知識を与え更に装備を充実させた。
国王は背水の陣を取り勇者たちの帰還を信じることにしたのだ。
しかし国王は後日、大きな誤算を目にする。
それを知るのは開戦直後の事である。
そして次の日。
太陽が地平に沈んだ頃にそれらは現れた。
「陛下。魔物の群れを確認しました。その数1万以上。現在、森がある西側からこちらに向けて侵攻中です。」
「そうか。それで種類はどうなっておる。」
「はっ、ゴブリン、オーク、ウルフ、オーガ、を中心に3メートルを超える地龍にワイバーンなどが確認されております。」
「飛行タイプはワイバーンのみか?」
国王は谷を飛び越える手段を持つ飛行タイプを警戒して確認を取る。
ワイバーンも強敵ではあるが騎士たちならば少数の犠牲でどうにか出来ると確信があった。
「はっ、今のところ確認されているのはワイバーンのみです。しかし、その数も100に届く程です。」
兵士の言葉に王を含め、同じ部屋にいる者たちは表情を歪める。
犠牲は免れないと覚悟していたがそれだけでもこの王都を滅ぼせる規模であった。
しかし、国王は勇者たちを信じ、毅然とした態度で指示を出した。
そこにはもちろん恐怖もあり、今にも体が勝手に震え出しそうだ。
だが、ここで士気を高め、この戦いを勝利へと導くための一助となるために彼は最善を尽くすと決意する。
「儂も前に出る!民を犠牲にして自分だけが後方にいる事は出来ん。」
そして周囲からもその言葉に異を唱えるような者は現れなかった。
そのように保身を言い出す者たちは昨日の内に全員町から逃げでしていたからだ。
そのため、今この部屋に武装していない者は一人もおらず、文官ですら鎧を着こみ戦う準備をしている。
王は城を後にし戦う意思のある者を全員を引き連れ最前線へと向かって行った。
彼らは馬に乗り、魔物たちが現れた森に一番近い城壁へと向かう。
すると、そこでは魔法やアイテムで光が作り出され昼の様に明るく遠くまで目が届く様にされていた。
そして、そこに向かうと国王はその光景に心が揺さぶられる。
そこには町中から人々が戦うために集まり大きな列を作っていた。
そして国王を見ると彼らは罵声ではなく名を叫び王や周りの兵士たちを称えた。
この町の人々はいまだにこの国を見限ってはいなかったようだと胸に熱いものが湧き起ってくる。
国王は彼らが避けで出来た道を進み城壁の頂上に立つと、彼らの雄姿を目に焼き付けた。
自分を含め、もう会う事が出来ないかもしれない者たちに視線を落とし剣を天に掲げる。
その途端、彼らは巨大な歓声で王に応えた。
そして王は覚悟を決める。
死なない覚悟ではなく死なせない覚悟を。
自分が犠牲になろうとも彼らを一人でも生かして見せると。
周りを見れば宮廷魔術師達が集団魔術の準備をしていた。
原理は簡単で魔術師が前に立ちその後ろで魔術に疎い者達が数人がかりで魔力を送り魔法を行使する。
ただし、これは禁書に指定された魔術である。
足元には魔法陣が書かれ、その中にいる者たちから強制的に魔力を吸い上げ魔法を行使するのだ。
そのためやり過ぎれば送る側は命を落としてしまう。
昔はこれを戦争に使い多くの国民を犠牲にしたという歴史のもとに、この魔術は禁術とされた。
しかし、この度はそんな事はしない。
ここに集まる何万人と言う人々がいるので疲れれば変わればいいのだ。
そして、準備が出来た事を知ると王は天に掲げた剣を魔物に向かって振り下ろした。
「撃てーーーーー!」
その言葉と同時に宮廷魔術師たちは巨大な炎の玉を打ち出した。
そして数秒後、炎の玉は魔物の群れに着弾し範囲にして直径20メートルを火の海に変えてしまう。
その光景に王も含め宮廷魔術師たちも驚きに目を見開く。
そして彼らの後ろでは魔力を供給した人々が苦しそうに膝を付いた。
彼らは即座に救護班に誘導されその場を離れる。
そして誘導員により連れてこられた新たな人々が魔法陣の上に乗った。
この炎の下ではゴブリン、オーク、ウルフは即死。
オーガは何とか瀕死で生き残っている状態だ。
そして地龍は火傷はあるがほぼ無傷であった。
しかし、地龍の数は少なく今のままでは谷は絶対に越えられない。
宮廷魔術師たちは生き残るために容赦なく攻撃を続けた。
すると今の状況を不利と見たのかワイバーンたちがこちらへと向かって来る。
「ギャギャーーーー!」
そして威嚇の叫び声を上げながら魔術師たちを蹂躙しようと急降下しながら向かってくる。
数人の魔術師たちはそれらを撃ち落とそうと魔法を向けるが全て躱されワイバーンが目前に迫る。
すると彼らを護るように戦士風の者達が現れた。
その者達は魔術師たちの前に出るとワイバーンに立ちはだかり剣を構える。
ワイバーンは自分達よりも遥かに小さい者達を見て侮ったのか、まるで笑っているかのような声を上げながら真直ぐに突撃していく。
その全長は3メートル程度だがその翼は大きく正面から見れば5メートルを超える。
その威圧に負けず、戦士たちはそれぞれの標的に剣を向け戦意の漲った鋭い視線で睨みつける。
「この蜥蜴野郎が!人間を舐めるんじゃねえ!」
そして戦士たちは自分のスキルと得物を信じてワイバーンに向かって剣を振り下ろした。
すると、ある剣は炎を纏い、またある剣は水や風を纏う。
そして一刀のもとにワイバーンたちを両断し、その命を呆気なく奪った。
彼らが手にする剣は国王が貸し与えた国の宝剣。
それぞれが魔法剣という代物で魔力を流すと魔法を纏い威力が跳ね上がる。
そしてそれらを扱う騎士たちも一人でワイバーンを倒す実力のある者たちばかりだ。
その光景を目にした人々は彼らに歓声を送り騎士たちも剣を掲げてそれに答えた。
そして次第に数を減らす魔物たち。
するとある時、ワイバーンたちが一斉に動き出した。
その様は鳥の群れがひと塊となり飛ぶ様子に似ている。
すなわち、犠牲を惜しまず数で突破するつもりのようだ。
ワイバーンたちは密集隊形をとると勢いをつけるためなのか一度距離を取るために離れ始めた。
そしてある一定の距離まで離れると急旋回して突撃を開始する。
それを見て危機感を感じた文官の一人が王へと声をかけた。
「陛下ここは危険です。下に避難してください。」
「馬鹿者。ここで逃げてどうする。負ければどちらにしろ全滅だぞ。それにもし逃げるにしても私は最後だ。魔術師と国民の避難を優先しろ!」
その命令に文官は口を開こうとしたが時間が無いため行動に移した。
既にワイバーンの群れはこちらへと向かってきている。
そして全員の避難が済み、最後は王だけという所でそれは現れた。
『バサー・・バサー・・。』
その音を聞いて王は上を見上げる。
するとそこには5メートルほどの白いドラゴンが翼を広げ滞空していた。
その姿は闇夜をバックに輝いているようにすら見える。
ドラゴンは王と視線を交わすとワイバーンたちに顔を向けた。
そしてその身に宿る巨大な魔力をその口腔に集中させ始める。
王はそれをブレスの前兆だと判断し即座に距離を取るために離れその場で倒れこんだ。
「ギャアアアーーーー!」
すると次の瞬間。
絶叫ともいえる声と共に、強烈な光が放たれた。
そして光のブレスは突撃してきたワイバーンの群れを飲み込みその先の闇をも切り裂いて進み続ける。
そして、次第に光は細くなり消えていくとそこは再び夜の闇に覆われた。
国王はブレスが終わった事を確認すると立ち上がり結果を確認する為に城壁から顔を覗かせる。
するとそこには先ほどまで突撃しようとしていたワイバーンの群れは無く。
飛行する者すら存在しなくなっていた。
それによりどうやらワイバーンは完全に消滅したようだと国王は判断する。
そして、彼にはこのブレスに覚えがあった。
先日の謁見の広間で見たホワイトドラゴンのブレス。
それと酷似している事からこのドラゴンは彼女の眷属であると予想を付ける。
何より自分たちの危機を救ってくれた恩があるのだ。
この者が敵であるとは考えられなかった。
ドラゴンは仕事は終わったと言う風に翼を羽ばたかせて王城の方へと飛んで行き姿を消していく。
それを見送ると国王は下へと顔を出し再び指示を出した。
「ワイバーンの危機は消えたぞ!攻撃を再開する!」
その声に茫然と見ていた者たちは再び動き出し城壁へと昇り始める。
そして、元の位置に付くと再び魔法の攻撃が魔物へと降り注いだ。
しかし、王はこの時まで思いもしなかっただろう。
気付けば相手を蹂躙し、自分達には被害者の一人も出ていない。
そんな完全勝利が目前まで迫っていた事に。
しかし、この世界はそれほど優しい物ではない。
とうとう後ろで控えていた魔族たちが動き出したのだ。




