16 ドラゴンとの契約
俺たちは山頂の中央で寝そべるドラゴンへと近づいて行くが今のところ目立った反応はない。
ドラゴンはこちらに敵意がない事が分かっているのか視線は向けてはいるが感じる印象は警戒ではなく観察と言ったところだ。
なので俺たちもドラゴンの手前15メートルまで近づくと、そこで足を止めて観察を始める。
その体は遠くから見ても分かる程の輝く純白の鱗で覆われ、体の形は西洋竜に近く背中には大きな翼がある。
瞳は黄金に輝いており角度が変わるとそれに合わせて色が虹色に変化する不思議仕様だ。
大きさは15メートルほどあるが俺にはこのサイズが大きいのか判断が付かない。
するとクレアがドラゴンを見て言葉をこぼした。
「大きいわね。」
「大きいのか。」
どうやら大きい部類に入るようだ。
すると互いに観察を終えた辺りでドラゴンはその長い首を持ち上げ、その大きな瞳で俺達を見下ろしてきた。
そして、口を開くとそこから人の女性と変わらない澄んだ声が聞こえてくる。
「・・・・・・」 (何か私に御用?)
「これは古代語ね。ドラゴンが良く使う言葉なのだけど私も少ししか分からないわ。どうやら私達と対話しようとしてくれてるみたいね。」
「・・・・・・」 (あら、言葉が通じないの?)
「ダメだわ難しすぎて聞き取れない。故郷の長老なら余裕で会話するんだろうけど。困ったわね。意味が分からないと戦闘になるかもしれないわ。」
クレアは焦っているようだが俺と冬花は言ってる事が分からず首を傾げる。
古代語とか言っていたがドラゴンは最初から普通に話している様にしか聞こえて来ないからだ。
「クレア、このドラゴンは普通に喋っているがお前には別の言葉に聞こえているのか?」
俺の何気ない言葉にクレアは驚いた顔で視線を向けてくる。
もしかしてクレアから見たら俺は脳筋に見えているのか?
こう見えても冬花と並んで高校ではトップクラスの成績だったんだけどな。
「もしかして二人にはあのドラゴンの言ってる言葉が理解できるの?な、なんで!?私でも分からないのに!」
どうやらクレアの脳筋扱いは俺だけでなく冬花も含まれていたようだ。
しかし、これは恐らくスキルにある言語理解が働いているからだ。
なので良い方は悪いがスキルがあれば馬鹿でも会話が出来る。
するとクレアの言葉に冬花も苦笑いしながら頷いた。
これでどうやらドラゴンと会話が成立しないのはクレア一人のようだ。
するとクレアは仲間外れにされた子供の様な表情を浮かべ胸に手を当て視線を逸らしてしまった。
そして、クレアの様子を見て俺はフォローする様にフードの上から頭に手を置いてやる。
「まあ、少し待ってろ。今からこいつと話をしてみるが俺達も初めての経験だから上手く会話が成立するかは不明なんだ。」
そして、ドラゴンに向き直ると俺は少し高い位置にあるその顔を見上げて話しを始めた。
「お前はこいつの言葉は喋れないのか。今のままだとこいつが話に参加できないんだ。」
その途端にクレアの逸らせていた視線が前を向き、俺とドラゴンを交互に見詰め始める。
しかし、その表情はまだ嬉しそうなのか悲しそうなのか微妙な感じだ。
すると俺の言葉が理解できたのかドラゴンは魔力を発し始める。
そして高く澄んだ声で歌うように鳴くとドラゴンの体が光始め、それと同時にクレアも光り始めた。
「何?何が起きてるの?」
クレアは突然の事に自分の体を見つめて焦り始めるが光はすぐに収まり元に戻った。
するとドラゴンからも光が消え去り再びこちらに視線を向けてくる。
そして次の瞬間、ドラゴンは流暢に喋り始め俺達の度肝を抜いた。
「私はホワイトドラゴンのカルラ。人と話すのは久しぶりで言語が変わっている事に気付かなかった。エルフの少女よ許してほしい。この中で言語知識があるのはお前だけだったようで無断で知識をいただいた。」
まだ言葉使いが固いがきっと今の言語に慣れていないからだろう。
そして、カルラと名乗ったドラゴンは、突然の行動を取った事を対象であったクレアに謝る。
どうやら、カルラは穏やかなだけではなく、人の礼儀も兼ね備えているようだ。
そして、会話が可能になった事でクレアはカルラの言葉に疑問を感じた様で質問を投げかける。
「でも蒼士も冬花も私と話してるわよ。なんで知識が無いって判断されたの?」
すると俺たちは2人揃って誤魔化すようにスーっと視線を逸らした。
しかし、すでに古代語での会話が普通にできる所を見せてしまっているのを思い出し、隠しても仕方ないとクレアに自分達のスキルについて説明する。
「俺達はこの国の人間でないから言葉が喋れないんだ。でも俺たちはスキルによって会話が可能になってる。お前やカルラとも普通に話が出来るのはそのおかげだ。」
クレアは俺の説明でムスッとした表情を浮かべるがなんとか納得は出来た様だ。
それに俺も昔は英語以外にも幾つかの国の言語を勉強していた時が有ったけどかなり大変だった。
今ではそれらの知識も掠れて使い物にならなくなってるけど複数の言語を勉強する大変さは知っているつもりだ。
それに理由はそれが半分で、もう半分は色々と秘密にしているからだろう。
コイツは子供っぽい所があるので頭では分かっていても心が納得していないみたいだ。
「そんな顔するな。お前とならいつか本音で話せるときがくる。だから今はこれで勘弁してくれ。」
そして俺は苦笑を浮かべ、冬花はそんな俺達の姿を見て嬉しそうに笑っている。
クレアもそんな俺達を見て表情を笑顔に変え「それじゃ待ってるからね。」と言ってきた。
そしてこのやり取りの間、カルラは何も言わずに大人しく待ってくれている。
と言うよりも俺達3人の様子や会話を聞きながら観察していたようだ。
そして俺はそんなカルラに向き直ると会話を再開した。
「待たせてすまないな。それで、俺たちの目的はお前の調査か討伐だ。」
俺はまずカルラに自分たちの目的を伝えておく事にした。
既に雰囲気から互いに戦闘となる事は無いだろうか目的を明確にしておく事は互いにとって必要な事だ。
そして、次にクレアに視線を向け、この場合の対応はどうすれば最適なのか確認を取る事にした。
麓で話した通りならここはデリケートな判断が必要になるだろう。
しかし、この世界に来て数日の俺にはその判断基準が存在しない。
それに冬花は過去の記憶から判断し、常に見敵必殺で行動していたため今回もクレアに判断を委ねる。
討伐すれば簡単に終わるが生かすとなると報告や交渉も複雑になりそうだからな。
「この場合の対応はどうすればいい。対話できる相手でも絶対討伐が必要か?」
するとクレアは俺の言葉を聞いてこの場合に相応しい対応を考え始める。
先程は恥ずかしい姿を見せたため事もあって気合も入っているようだ。
そして、自分の経験や以前ギルドで読んだ過去の資料を思い出し、そこから最も適切な処置を教えてくれる。
「この場合は調査だけで充分よ。ホワイトドラゴンでも稀に危険な相手はいるけど、人間と対話可能ならば話は別よ。この場合はギルドも有効な関係を築くことを優先するわ。だから問答無用で討伐する方が後になって問題になってしまうわ。ドラゴンを下手に怒らせると町が滅ぶ可能性もあるのよ。」
俺とカルラはその意見に頷いて納得すると再び互いに視線を交わす。
そしてこれからの事を考えればここは俺達の暮らす王都から見えるくらいに近く危険かもしれない。
もしここに執着が無いなら平和になるまで何処かに避難しておくのも良い手かもしれないな。
「それでカルラはこれからどうするんだ?ハッキリ言ってこの国はもうすぐ荒れる可能性が高い。俺としてはしばらく避難しておく事を勧めるが。」
するとカルラは悩んでいるのかこちらを見つめたまま動きが止まる。
そして考えがまとまったのかその視線がクレアに向けられた。
「クレアと言ったか。お前には知識を貰った借りがある。」
すると、クレアは急に話しを振られたためビクリと肩を跳ねさせて驚いた。
きっとドラゴンに対して借りを作ったという意識は無かったからだろう。
そして俺と冬花に助けを求める様な視線を向けて来るが、すぐに観念した様で真っ直ぐとカルラを見詰め返した。
するとカルラもクレアと視線を交わし会話を再開させる。
「それでだ、私はしばらくお前に付いていく事にする。そしてもし助けがいるならお前を助けると誓おう。どうだ、エルフの娘クレアよ。我と契約する気はあるか?」
クレアはその提案に目を見開きエルフに伝わる伝説の一つを思い出していた。
それは勇者と共に魔王を倒す旅をしたエルフのお話。
その者は勇者の仲間として最後まで魔王と戦い契約したドラゴンを残して死んでしまった。
しかしそのおかげで魔王に隙が生まれ最後の一撃を勇者が放ち魔王の討伐に成功する。
そして、クレアの眼前には今代の勇者がいる。
クレアは自分と過去の英雄とを重ね合わせ、思考を巡らしながら必死に答えを探し求めた。
そして何故か先ほどの蒼士の苦笑した顔を思い出し悩みが完全に消え去ってしまう。
すると悩んでいたのが嘘のように頭がスッキリして決意の籠った瞳でカルラに自分の答えを告げた。
「私はアナタと契約するわ。そして蒼士と冬花と一緒に魔王を倒す旅をする。だからお願い。私に力を貸して。」
「心得た!その契約を受け、我はお前と共に歩もう。」
クレアの返答にカルラも嬉しそうに翼を広げ、空に向けて宣言をする。
そして先ほどの歌うような甲高い声で鳴き始めるとクレアとカルラが光に包まれる。
そして光が収まるとカルラはクレアに視線を戻した。
「契約は完了した。我と歩む者よ。しばらくの間よろしく頼む。」
しかし俺はカルラを見ていてフと思ったことを口にする。
「このサイズが町に入れるのか?」
その途端、クレアは思いもしなかったという顔をしてこちらを見てくる。
俺の知識では通常の飛竜は5メートルほどで、これならギルドにある獣舎でも預かってくれはずだ。
しかしカルラはその3倍の15メートルはあり、常識的に考えて絶対お断りされるサイズだろう。
するとカルラは俺達の話を聞いて首を傾げた。
「小さくなればいいのか?人の姿にもなれるがどうする。」
そしてクレアは「人でお願い」と即答し拝むように手を合わせた。
するとカルラは再び魔法を使い人の姿へと変身する。
その姿は白髪に金の瞳で体の起伏は大きく出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる。
そして服装は上から下まで白で統一され所々に青い線が走っていた。
肉体的な視点だけで見ればクレアとは正反対と言って良いだろう。
するとその姿を見てクレアは「詐欺だわ」と小声で呟いている。
だがその声はバッチリ俺達の耳にも届いているので俺を除く2人は苦笑を浮かべる。
しかし、俺はチラッとクレアに視線を向けると顔をニヤリと歪めて見せた。
それを見たクレアはトコトコと俺に近付くと足を蹴ってそっぽを向いた。
「私はまだ36歳なのよ成長はこれからなんだからね!」
しかし俺は奇しくもクレアの年齢を知る事となった。
男から聞けば失礼だと言われているが勝手に教えられるのはセーフだろう。
しかし言った本人はハッとした顔になり焦りながら言葉を付け加える。
「勘違いしないでよね!エルフにとってこの年齢は人間で言えば14歳くらいなのよ。まだ20年くらいは成長する余地があるんだからねー!」
はいはい、クレアさんから貰いたくもないツンデレを頂きましたよ。
まあ、それは置いておくとしてエルフの生態はそうなっているのか。
そうなるとクレアの年齢は人間で言えばちょうど思春期くらいなんだな。
道理で面白いけどチグハグでちょっと面倒な性格をしてると思った。
きっと知識や年齢に精神が追いついていないんだな。
それにしても大人だと言ったり子供だと言ったり忙しい奴だ。
するとクレアは冬花の許に行くと昨日の漏らした時の様に抱き着いた。
冬花はその頭をヨシヨシしながら苦笑を浮かべて慰めるが今回は内容が身体的なものなので若干のぎこちなさがある。
本人はああ言っているがもしかすると希望が余り無いのかもしれない。
俺はそんな二人から視線を外すとカルラへと向きを変えた。
「まあ、カルラの問題も解決したから町へ帰ろう。」
するとクレアも冬花から離れると近くにいた騎竜にまたがった。
それを見てカルラは首を傾げてクレアに視線を向ける。
「私に乗って行ったら早いが乗らないのか?」
その途端に全員がカルラを見てしまい、騎竜に至っては顎が外れそうな程に口を開けている。
しかしまさか乗せてくれるとは誰も思っていなかったようで驚きの表情を向ける。
「乗れるのか?」
俺はかなりワクワクしながら確認のために聞き返した。
男としては空を飛ぶのはロマンがあるため、今の俺の瞳は子供の様に輝いているだろう。
「もちろん構わない。町に直接は無理だが近くまでなら行けるだろう。」
すると再び竜の姿に戻り背中に乗りやすいようにその場に伏せてくれる。
そしてクレアは騎竜から降りるとカルラへと向かって行った。
その後ろでは騎竜が少し寂しそうに「キュルキュル」と鳴いている。
カルラはその姿に気付いているのか視線だけを騎竜へ向けた。
しかしカルラは何も言わずに俺達3人が背中に乗ると騎竜を両手に抱えて町へ向かい飛び立った。
そして空の旅はとても快適でスピードはとても速いのに風はそよ風程度しか感じない。
とても心地よい空の旅に心奪われたクレアも周りを見回し興奮している。
そして30分ほどで王都の近くまで飛んだカルラは一旦地面へと降りて人間の姿に変わる。
するとクレアは再び騎竜に乗り俺達は王都へ向けて進みだした。
そして入り口に近付くと一つの変化に気付いた。
何故か昼間だというのに門が閉められ人の流れのみが横の狭い扉から行われている。
そして数回しか通っていないが出入りのチェックが厳重になっているのが分かる。
それを見て俺だけは小さく舌打ちをして顔に渋面を浮かべる。
「クソ・・・馬鹿どもが動き出したか!」
「あなた、何か知ってるの!?」
確かに俺には今の状況に付いて思い当たる事がある。
冬花の記憶を見てある程度の未来の情報を持っているのでそれを皆にも伝える。
「今あの町では王族により武器や防具、アイテム類の強制徴収が行われている。あれは町から物を出さないための処置で俺達も例外じゃあない。」
すると冬花も自分の服を見て表情を曇らせた。
見た目が普通なので今着ている服は大丈夫だろうが防具や剣は危ないだろう
それに俺達が先日行ったばかりのあの店も・・・。
「もしかしてジョセフさんの店も・・・。」
「ああ、あれだけデカい店だ。絶対に徴収対象だろうな。」
するとそれを聞いていたクレアの顔色が目に見えて悪くなっていく。
そういえばあそこで働いているララもクレアと同じエルフだったな。
「あそこには私の姉さんが、ララ姉さんが働いているのよ!どうしよう、早く助けないと・・・。」
そして今度は俺と冬花が顔をしかめた。
クレアが言ったようにこの国が人間至上主義の国なら庇護の無くなったララは危険な状態にあるかもしれない。
「もしかしてクレアの目的はララに会う事だったのか?」
するとクレアは俯いたまま小さく頷いた。
そこにはさっきまでの楽しそうな笑顔は微塵も見られず、今にも泣き出してしまいそうだ。
「ええそうよ。もともとこの国でエルフである姉さんが働く事に家族は反対だったのよ。でも、姉さんはいつまで経っても聞いてくれなかったわ。だから私が定期的にこの町に姉さんを説得に来てたの。」
そしてクレアは次第に嗚咽を漏らして泣き始めた。
しかし俺はクレアに慰めの言葉をかけず町へと歩き始める。
そんな俺の背中にクレアの視線を感じると噛み殺した様な声が聞こえて来た。
「どうするの?」
「今がどうなっているかは見るまで分からないからないからな。もしかするとまだ間に合うかもしれないから確認に向かう。だから付いて来たいなら好きにしろ。泣いて歩みを止めていても誰も助けられないからな。」
するとクレアは俺の背中を凝視すると涙を拭いて追いかけて来る。
どうやら諦めずに前を向いて進む決心をしたようだ。
そして、その後ろを冬花とカルラも同じようについて行った。
するとクレアは俺達が門とは別の方向へ向かっている事に気付いて首を傾げる。
しかしそんな事は気にしないという感じで壁伝いに歩き続けた。
そしてある所で止まると突然クレアを抱え上げる。
直後にその場で垂直跳びを行い、魔法と壁を利用して城壁を飛び越えると地面に降り立ちクレアを下ろした。
すると冬花とカルラも横へと降り立ち俺達は王都への侵入を果たした。
だが突然の行動にクレアは俺へと食って掛かってくる。
「アンタ何するのよ!言ってくれれば自分でもこれ位は出来るわよ。」
「そうか、すまん。もしかしてまた漏らしちまったか。」
するとクレアは顔を真っ赤にして更に抗議しようとするが俺が真面目な顔に代わり口元に指を当てたので出そうとした声を飲み込んだ。
そして「シッ」と黙らせると鋭い視線を近くの路地に向ける。
すると気配と一緒にそちらから話声と鎧の擦れる音が俺達の耳に届いた。
それに気づいたクレアはフードを深く被り直し、警戒しながら移動を開始する。
そして俺達は正確な情報を得るためにギルドへと向かって行った。




