142 最後の決戦 ②
飛鳥と同じことがヨーロッパで戦うアリス達にも起きていたのだ。
それに最初に気付いたのはやはりノエルである。
ノエルは現在、市街地での戦闘を強いられていた。
これはメディアを利用すると言う計画において最も対処しやすい場所を選んだ結果である。
そして町の市民の避難は事前に行っている為、まるでゴーストタウンのようなありさまだ。
しかし、そんな所ではあるが戦っているのはノエルたちだけではない。
ここにはナンバーズが集結し、その周りには市街地戦を想定した軍の兵士たちがいる。
そしてノエルが気に掛けたのはその攻撃力であった。
ノエルはそれに気付くと横で魔物を仕留めているロックに声を掛ける。
「おかしいわ。兵士たちの攻撃力が上がってる。特に接近戦の練度の上達が早すぎる。」
そしてそれにはロックも気付いていたようだ。
彼も兵士に視線を向けると首を縦に振り頷いた。
「俺も気になっていた。もしかしたら既に計画が始まっているのではないか?」
そう予想を立てたロックの言葉にノエルも頷きを返す。
「そうかもしれないわね。ちょっと確認してみましょう。」
そう言ってノエルは耳に付けた無線からナンバーズの一人に声を掛ける。
「ナンバー5。試したい事があるの、以前私が見せたようにステータスと言ってみて。もしかしたら出るかもしれないわ。」
「分かった試してみる。ステータス。・・・お、出たぞノエル。」
「ありがとう。予想が当たった様ね。あまり気にはしなくていいけど手が空いてる時があったら確認してみて。」
「分かった。こちらでも検証しながら戦ってみよう。」
そう言ってナンバー5との無線が切られる。
すると今度は本部に連絡を繋ぎ今の事を全兵士に伝える様に指示を出した。
「分かりました全兵士へと伝えます。」
するとその無線を受け取った兵士たちの勢いが次第に増していった。
彼らは以前のノエルたちの戦闘を見てそれが人間の強さではないという認識を得ている。
その認識は先ほどまでは目の前で襲い掛かる魔物たちへも同様に向けられていた。
それは、恐怖となり兵士たちの士気を大きく下げている。
しかし、今の無線で自分たちも同じステージに上がれた事を知った兵士たちは嬉々としてその手に持つ武器で魔物を殲滅し始めたのだ。
特に目に見えて分かる強さの指標のレベル。
そしてそれを上げるための経験値。
それらが彼らの中から恐怖を消し去り、強くなっているという実感を目で見て確認できるようになったため今では逆に笑みさえも浮かべている。
実際にはレベルがすでに1000を超えているノエルたちに追いつくのは不可能に近いがわざわざそんな事を言って、せっかく上がった士気を下げる必要はない。
そして、それでもいまだに溢れ続ける魔物に次第に押され始めた時。
今度はオーディンが動き始めた。
「そろそろか。」
「そうね。頃合いだと思うわ。もう、殆どの兵士がステータスを手に入れているから。」
そう答えたのは兵士達を見守る様に見つめるアテナである。
彼女はまだ権能を発揮していないがここは町の中。
すなわち防衛戦となっている今ならその力を完全に発揮することが出来る。
しかし、普通の人間に掛けても効き目はそれほど良くはない。
その為兵士たちがステータスを得るのを待っていたのだ。
しかし、その前にオーディンが我慢の限界を超えたらしく立ち上がるとその逞しい腕を振り上げた。
「時が来た。バルハラに集いし英霊たちよ、我に答えよ。そして我が眼前の敵を打ち滅ぼすのだ。・・・ラグナロクの発動だーーーー。」
オーディンの叫びと共にその体から黄金の神気が天に向かって立ち昇る。
立ち昇った神気は天を照らし、そこからは『ゴーン、ゴーン』と美しくも巨大な鐘の音が響き渡った。
すると天から同じ色のオーラに包まれた者達が大量に現れ地面へと降り立ち武器を手にする。
「ふー。やっとあの地獄の訓練の成果が見せれるぜ。」
そう言ってその男は剣を抜いて魔物に突撃して行く。
そして振るった一撃は目の前にいる魔物の体を二分し、一撃で何匹もの敵を葬った。
「あら、あなたは戦士だからまだいいじゃない。私達なんて今日まで魔術の特訓が大変だったのよ。死なないからってちょっと酷いわよ。」
そう言ってローブを纏った魔女たちは呪文を唱え始める。
「精霊サラマンダー。我が身の霊力を糧としその炎を貸し与えたまえ。眼前の敵を灰塵に帰せ。ファイヤトルネード。」
するとその手からは炎の渦が生まれ魔物たちを飲み込んでいく。
そして炎が過ぎた場所には無残に焼けた死体が大量に転がっていた。
しかしそんな強力な魔術を行使した魔女の横にノエルが現れ「こんにちわ」と声を掛ける。
ノエルはとても和やかに、そして優しく声を掛けた・・・つもりだった。
しかし、目の前の戦士や魔女はノエルを見た途端に表情を引き攣らせて一歩下がる。
するとノエルは軽く首を傾げた後、自分から立ち上る闘気や魔力に気が付き苦笑を浮かべた。
「あら、ごめんなさい。戦闘中でちょっと気が高ぶってたみたい。これでどうかしら。」
すると今度はそこに誰もいないのではないかと言うぐらいに気配が薄れ戦士と魔女は顔色まで悪くし始める。
しかし、魔女は勇気を出して確認を兼ねてノエルへと問いかけた。
「アナタがもしかしてノエル?・・・なの?」
「ええそうよ。誰かから聞いてるみたいね。話が早くて助かるわ。」
そう言ってノエルはホッと胸を撫で下ろした。
そして二人も味方だと分かるとノエルに対しての警戒を解き、無意識に向けていた剣を下ろした。
「それにしてもアンタの闘気と霊力、アンタらは魔力って言うんだったか。半端ないな。正直言って味方でよかったと思うのは俺達だけじゃないだろうな。」
そして戦士は魔女に視線を向けた。
するとそちらはまだビビっているようで無言で首を縦に何度も振るばかりだ。
「そんなに驚かす気はなかったのだけどね。少し教えておこうかと思ったの。」
そう言ってノエルは魔女に視線を移す。
すると魔女はビクリと肩を跳ねさせると「何ですか?」と何故か敬語で問い返した。
「世界の仕組みが変わったから無理に呪文が要らなくなったのよ。イメージすれば出来ると思うけど・・・、ほら。」
そう言ってノエルは掌に炎を生み出すとそれを魔物に投げつけた。
すると向かっている最中に炎は渦を巻き、先ほど魔女が使った魔法と同じような形状へと変わる。
そして、魔法が通り過ぎた後も同じような惨状を作り上げた。
それを見て魔女は頭痛を感じたように頭を抱え空に向けて雄叫びを上げる。
「ハーデス様ーーー。話が違いますよーーー。何ですかこれはーーー。あのどこぞのスポコン張りの訓練は何だったのですかーーー。」
魔女は空に叫びながらつい先日までの事を思い出した。
それはオーディンが始めた事であるため魔女たちは血が滲む思い。
いや、本当に血を滲ませながら頑張った。
朝起きればまずは呪文を唱えながらのランニング。
これはオーディン曰く。
「魔女は全員体力が無さ過ぎる。それと呪文を同時に唱えれば肺活量も鍛えられて一石二鳥だ。」
そして毎朝全員で限界まで走り込んだ。
すると限界を迎えて倒れていると次は滝に打たれながらの訓練が言い渡された。
「これにより精神力を鍛え魔法の威力を上げるのだ。儂も昔はよくしたものだ。」
そう言って逞しい筋肉を隆起させポージングを決める。
確かにあの肉体なら例え上から流木や石が落ちて来ても平気そうだ。
それよりも問題はあの頭に本当にまともな脳が今も入っているのかが心配である。
そう思っていた矢先、並んで滝に打たれていた魔女の中で、上から落ちて来た石が頭にぶつかり流されて行く者が続出した。
しかし、彼女達は既に死んでいる為、しばらくすると復活し再び滝行へと並ばされる。
そして夜になれば寝ながらの睡眠学習。
どこから持って来たのかオーディンが吹き込んだカセットテープを聞きながら全員一つの部屋で雑魚寝である。
もしここでカセットテープさえなければ仲のいい者同士で会話に花を咲かせることも出来ただろう。
しかし、それはオーディンの吹き込んだ低いアルトボイスが邪魔をする。
魔女たちは眠りながらも永遠とその声を聞き続け、眠りながらも訓練を受ける夢に悩まされた。
そんな日々を耐え抜いた彼女達に、それらが全て無用だったと突きつけられれば天に唾を吐きたくもなるだろう。
すると、魔女の声に答える様に空からオーディンの声が響き渡る。
「我が弟子たちよ静まるのだ。」
しかし、戦っている最中だと言うのに戦場の彼方此方からブーイングの様な声が響き渡る。
「何が弟子だ爺。また私達を玩具にしやがって。」
「「「「そうだ、そうだーーー。」」」」
「皆聞いてたんだからね。あんたこの事知っててあんな特訓したんでしょ。何考えてんのよ。」
「「「「何考えてんだーーー。」」」」
するとその声に答える様に再びオーディンの声が地上に響き渡る。
しかし、怒る魔女たちに返された言葉は無情な物であった。
「ゴホン、今回も儂の暇つぶしに付き合ってくれた事感謝する。全員奮闘せよ。」
そして、この答えが分かっていたかのように魔女達は体から魔力を立ち上らせるとまったく同じタイミングで呪文を唱え始めた。
「「「「「火の精霊サラマンダー、風の精霊シルフ、水の精霊ウィンディーネ、土の精霊ノーム。我ら汝らをここの召喚せん。」」」」」
そう言って魔女たちは自らの長い髪を切り取りそれを握って空にかざした。
魔女の髪には強力な魔力が宿っておりそれを触媒とした召喚をするようだ。
「「「「「我らの髪をここに捧げる。顕現せよ4柱の大精霊よ。」」」」」
すると巨大な風が吹き荒れ彼女たちの手に持つ髪を空へと吸い上げていく。
そして空に巨大なサークルが生まれるとそこからは巨大な力を秘めた大精霊達が現れた。
大精霊達は戦場を見下ろし魔女たちに「何用だ」と問いかける。
「大精霊お願い。私達の敵を倒して。」
そう言って魔女たちは祈る様に手を組むと思念を大精霊達に送る。
すると大精霊達は頷いて空を見上げた。
その目には空で戦場を見下ろすオーディンの姿が映し出されている。
そして、大精霊達は地上ではなく空に向かって自身の属性で最大の攻撃を放った。
「!?」
その直後オーディンは防御態勢に入り声を張り上げた。
『リフレクトミラー』
すると大精霊の攻撃は鏡に反射されその威力を何倍にもして地上の魔物たちに向かって降り注いだ。
どうやらこの技は跳ね返すだけでなく、返す攻撃を強化するモノの様だ。
魔女たちは狙いが外れた事で悔しそうに奥歯を鳴らして歯軋りするとオーディンを指差した。
「大人しく制裁を喰らいなさい。これで何度目だと思ってるの。」
「ははは、そんなの覚えておらんよ。それよりも良いのか?今の攻撃で魔物の多くは押し返したがいまだに劣勢であるのは変わりないぞ。今は逃げぬ儂の相手よりも目の前の敵に集中したらどうだ。」
その余りにもまともな正論を受けた魔女たちは仕方なく戦線に復帰する。
それにより後方からの援護が戻った事で戦士たちは胸を撫で下ろした。
そしてせっかく大事な髪を犠牲にして呼び出した大精霊である。
魔女たちはそれを先頭に戦果を広げていくのであった。
しかし、その頃のノエルはと言えば。
「カメラ、今の所カット、カット。電波が不調とか言って切って。」
「何言ってるんですか。生放送でそんな事出来るはずないでしょ。それにあれだけの見せ場。取らなかったら一生後悔しますよ。」
そして事情を知るノエルは今の部分を配信したくなかった様だが、事情を知らない世界の人々の間では大絶賛であったと言う。
確かに理由を知らなければ魔女たちが呼び出した超常の存在が、神に力を貸して魔物の群れを吹き飛ばした様に見えない事もない。
ノエルは心の中でアウトかセーフかで考えるとギリギリセーフであると決断した。
しかし、それでもノエルの受けた心労は変わらない。
ノエルは人知れず大きな溜息をつくのであった。