140 管狐
俺たちは家に帰るとさっそく管狐を家族の守りに付かせるために家に向かった。
そして最初に向かったのは冬花の家である。
冬花は居間に入ると部屋の台に小振りのクッション置きそこに文目から貰った筒を置いた。
そしてその横へ並べる様に今度は俺が即席で作った筒を2本置いて準備を完了する。
冬花は準備が整うと筒に向かって「出ておいで~」と優しく声を掛けた。
これは管狐を怖がらせないためであるが出て来た管狐の姿を見て冬花は首を傾げる。
「なんだか凄く大きくなってるね。」
そう言って俺に目を向け来たので頷きを返す。
それになんと出て来た管狐は体の毛並みはそのままに俺の管狐に劣らない程の成長を遂げていた。
どうやら冬花の魔力に影響され、帰るまでに急成長を遂げた様だ。
しかし、その目は以前と変わらず円らで怖がるどころか冬花に対して頬擦りするほどである。
冬花はその姿に口元を緩めるとその毛並みを楽しむように優しく撫でた。
「この子凄くいい毛並みになってる。みんなも触ってみて。」
そして冬花に勧められるまま全員がその手触りを堪能して笑みを浮かべる。
その間も管狐は大人しくしており俺の管狐の様に気配を撒き散らし威圧的な事もなく大人しく撫でられた。
「これなら安心して任せそうだね。」
そして冬花は管狐の目をまっすく見ると管狐に指示を出した。
「アナタはここで私のお父さんとお母さんを護るのよ。あとで紹介するから二人の言う事をちゃんと聞くように。」
すると管狐は寂しそうに頬擦りすると少し離れて頷いた。
「いい子ね。あなたには私の名前にちなんで雪の名前をあげる。」
すると、名付けをした事により冬花と雪の間に繋がりが生まれ雪の思っている事が何となくわかるようになった。
そこから伝わってくるのは冬花に対する信頼と忠誠。
そして離れる事で生まれた少しの寂しさである。
どうやら冬花はここで何か新たな職業を手に入れた様だ。
冬花はステータスを表示させるとそこに書かれた名前を確認する。
するとそこには『幻獣使い』という新たな職業が追加されていた。
冬花に限らず蒼士もだが今まで生き物を飼った事が無いためこの手の職業もスキルも一切持ってはいない。
その為、職業として初めて手に入った物だが、増えたスキルは意思疎通など既に他で手に入れている物ばかりである。
ただ、使い魔のステータスも確認できるようで冬花はそれらを周りに説明しながら雪のステータスを覗いた。
するとそこには飛行、身体強化、念話、変化、空間構築などが並んでいる。
「ねえこの子、変化が使えるみたい。どんなのになれるのかな?」
「そうだなカルラ達は人化が使えると言っていたな。もしかしたら変化はその上位版じゃないのか?キツネと言えばやっぱり化けるのが定番だからな。」
冬花も俺と同じ意見の様で少しワクワクしながら頷いている。
その為、雪に何になれそうか試してもらう事となった。
「雪、変化してみて。スキルとしてあるから難しくないと思うよ。」
すると雪は頷くとまさにキツネが化ける様に「ドロン」と煙みたいな物を撒き散らしてその姿を変えた。
まず最初になったモノは猫である。
そして続けざまに犬、鷹、ネズミと姿を変え最後に子供の姿へと変わった。
その姿は元の色と同じ白髪に黒い瞳。
10歳くらいの年齢で巫女の様な赤い袴の服を着ている。
そして、変化した雪は冬花にゆっくり歩み寄ると『ポフン』とその腰に抱き着いた。
どうやら初めての変化と二足歩行なため、まだ勝手が分からないようだ。
その証拠にその手は強く冬花にしがみ付き、足は生まれたての小鹿の様に震えている。
冬花はそんな雪を抱き上げて傍のソファーに座らせその頭を優しく撫でた。
すると頬を赤く染め、目を細めて嬉しそうに撫でられていた雪が唐突に口を開いた。
「主・・・。雪、主の為に頑張る。だから絶対に迎えに来てね。」
その言葉に冬花は答えに困り手を止めてしまう。
冬花の死の運命はまだ終わってはいないのだ。
軽い気持ちで約束は出来なかった。
その感情が伝わった雪は泣きそうな顔になり目に涙を浮かべる。
すると横にいた俺が雪の頭の上にある冬花の手に自分の手を重ね優しく包み込んだ。
「分かった。俺が必ずその約束を果たさせてやる。だからここの人たちは任せたぞ。」
俺の言葉に冬花は再び笑顔を取り戻し共に雪の頭を撫でる。
それにより雪は浮かんだ涙を拭くと笑顔で俺達を見上げた。
「うん、約束だよ。」
そして丁度、冬花の両親が帰ってきたため雪を紹介して俺たちは次へと移動して行った。
ちなみに雪を紹介された二人はその可愛い姿に「「今日からお前は家の子だ。」」と大喜びして迎え入れてくれた。
何処かであったような光景だが無事に雪も馴染めそうなので良しとしよう。
そして当然、俺も早速自分の管狐に名前を付ける事にした。
まずは管狐を出して少し悩むとその名前を口にする。
「お前の名前は空にする。」
すると俺の管狐は満足した様に頷くとその姿を人へと変えた。
どうやら先ほどの冬花と雪のやり取りを聞いていたようだ。
空は迷う事無く変化するとその場に膝を付き頭を垂れた。
その姿は黒い髪に赤い瞳。
目元は鋭いが歳は雪と同じくらいの10歳程度に見える少女の姿である。
「我が主。あなたの為ならこの命を散らすとしても悔いはありません。」
すると俺は腕を組んで空を見下ろしその頭にチョップを落とした。
「あ痛い・・・。何をするのです主。」
そう言って頭を手で押さえて涙目になった空は俺を見上げて絶句する。
そこには怒りのオーラを纏った笑顔で自身を見下ろしていたからだ。
俺は怒りのオーラを炎の様に立ち上らせながら空へと口を開いた。
「空、たしかに俺はお前にここの護りを命じるが死ぬ覚悟で戦う者にここを任せる気はない。お前なら3人を護りながら自分も守れると思うから任せるんだ。もし、戦力不足なら早急に数を増やせ。最低でもお前を含めて3匹までは増やす様にしろ。いいな。」
すると空は感極まったように涙を浮かべると頭を下げる。
そしてこちらでも話がついた時、蓮華が丁度帰宅してきた。
蓮華はすぐに俺たちに気付き部屋に駆け込むように入って来ると嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「お兄ちゃんお帰り。どうしたの急に。」
そして俺の傍に膝を付いている空に気付くと首を傾げた。
「その子は誰?お兄ちゃんの新しいお友達?」
俺は空を立たせるとまずは護衛が一番必要と思われる蓮華に紹介をする。
「蓮華、こいつは空。管狐で今日からこの家でお前らを護ってくれる。まずはこいつにお前の護衛を任せるから気にせず使ってやってくれ。」
「え、お兄ちゃん。管狐ってそんなに強い妖じゃないよ。でもその子からは凄い力を感じるし・・・。もしかして突然変異でもしたの?」
そう言って首を傾げる蓮華だが彼女は見事に空の事を言い当てた。
さすが長い年月を生きた妖である。
幼く見えても彼女の中にはこれまで培ってきた知識がしっかりあるようだ。
「ああ、俺の魔力を吸って強力な管狐に進化したみたいだ。今の見た目は人だが他にもいろいろ変身できる。出かける時はこのペン状の筒を持って行けば問題ない。」
説明を受けた蓮華はペンを受け取り大事そうに胸のポケットに差し込んだ。
「ありがとうお兄ちゃん。空もこれからよろしくね。」
すると蓮華に声を掛けられた空はなんだか困ったように頷いて答えた。
その様子を不審に感じたため空に確認を取る様に問いかける。
「不満って事は無いよな。どうしたんだ?」
空は俺の問い掛けに少し悩んだ後に答えた。
「いえ、不満ではなく・・・。こういう感じの事は初めてなので少し戸惑ってしまって。恥ずかしいと言うか何と言うか・・・。文目様は術者として我々との間に明確な線引きをしている方だったので。」
すると空が説明していると今度は俺の両親が帰って来た。
そして部屋に入り空を見るなりマシンガンの様な口調で空の事を聞き始める。
俺も何処となく予想していたのか淀みなく答えていった。
「すなわち、この子は我が家のニューフェイス。」
「我が家も華やぐわね。これからまだ二人も増えるかもしれないなんて。蓮華、アナタも今日からお姉ちゃんよ。」
「そう言えばそうだな。よし、今日は記念のパーティーだ。冬花ちゃんの所も呼んで盛大に祝おうじゃないか。」
そして二人は動き出すと瞬く間に段取りを済ませてしまった。
現在、冬花の両親と雪はこちらに向かっている。
どうやらあちらは雪を見せたくてたまらないらしい。
そしてこちらは空を見せたくてたまらないようだ。
そんな中、今の状況に付いて行けていない空は忙しなく動き回る周囲に目を奪われ視線を彷徨わせている。
するとこういう時に限り戦力外通告を受けている俺はソファーに座るとその横を指差した。
「空もまだこの家になれてないんだからここに座ってろ。すぐに落ち着くから。」
そして主と同じソファーに座るかに悩んだ空だがここは素直に従う事にした。
空は初めて座るソファーに少し緊張しながら腰を下ろすと『?』を頭に浮かべて蒼士を見つめた。
「主は何もしないのですか?奥方様は皆、料理の準備などに向かいましたが。」
すると空の問いに俺は気力が抜けた目で視線を逸らした。
それを見て聞いてはいけない事を聞いたと気付いた空は慌てながら口を開いた。
「すみません主。主にも苦手な事の一つや二つありますよね。今の世の中、料理が出来なくても食べ物で溢れてますから大丈夫ですよ。」
そして、しばらくしてやっと精神を持ち直した俺は空の頭に手を置いてクシャリと撫でつけた。
「まあ、そうなんだがな。でも俺はどうも料理が出来ない体質なんだよな。だからもしそっち関係で困った時はお前を頼るかもしれない。その為にも母さんに少し料理を習っていてくれると助かる。」
すると先ほどの汚名挽回とばかりに空は拳を握って力強く頷いた。
どうやらどんな事でもいいから俺の役に立ちたいようだ。
「任せてください。きっと主のお役に立って見せます。」
そしてその後、冬花の両親と雪が到着すると宴は始まり大盛況で終了を遂げた。
後日、空は蒼士の母である月子から料理を習い仲良く料理をするほどにまで上達する。
しかし、そうなるまで蒼士は自分の力を受けた空が料理が出来るのかがとても心配であった。
もし、同じように料理が出来ずキッチンを破壊する様な事があれば、いつでも駆けつけるつもりでいたがそれは取り越し苦労に終わり、蒼士は胸を撫で下ろしたのは本人だけの秘密である。
そして数週間後、彼らにとっては平和な時間はとうとう終わりを告げた。
その日、蒼士の家に天照が現れその時が来た事を告げたのだ。
「蒼士、時がきました。明日、あの島に全員集合です。」
「カティスエナの奴、とうとう来たか。それで、相手の規模は?」
「彼女は滅んだ世界で大量の魔物を下僕として手に入れています。そのため前回のあの時とは比べ物にならない程の戦いになるでしょう。そのため今回は神々も参戦します。それほどの戦いになるとあなた達も覚悟してください。」
そして天照は帰り俺は天井を見上げた。
やっとここまで来たという思いと明日を乗り切れなければ自分の命よりも大事な者を失う。
ハッキリ言えば冬花を連れて行きたくはない。
しかし、例えその場にいなくても冬花が命の危機に晒されることに変わりはないのだ。
それなら手の届くところにいた方が安心できる。
俺は悩み葛藤し、そして淀んだ気を吐き出す様に息を吐いた。
そして顔を両手で『バチン』と張ると決意を胸に明日に備えて立ち上がる。
俺はそのまま冬花とカグツチに明日の事を話すとその日はいつもの様にのんびり過ごして眠りへと着いた。
この日も冬花はカグツチと俺に挟まれ眠りに落ちていく。
しかしその胸には消える事のない不安が渦巻いていた。