139 白崎家 会議
次の日になると蒼士たちが泊っている旅館に続々と白崎の者達が集まって来た。
どうやら百花は事前に招集を掛けていたらしく、その日の昼には全員が集まったようだ。
しかし、集まった者達には一つの決まった法則があり、全員が女性であった。
どうやら白崎家はどの家でも女系どころか女帝の家系の様だ。
百花の家も以前、聞いた限りでは重要な事は全て彼女に決定権があると話していた。
この様子からどの家でも同じことが行わているのだろう。
そして、この会議室にメンバーが集まると百花が開始の合図を送った。
「それでは、これより一族会議を始めます。この度は阿久戸の件で集まってもらいました。事前に資料を配布していますが質問はありますか?」
すると早速一人が手を上げ百花に質問をした。
「この資料には神や呪いと言う言葉が出てきますがこれは何かの隠語かしら。それとも冗談?」
その質問に百花は真面目な顔で首を横に振って答えた。
「違います。それはこの世に存在する真実よ。」
すると、集まったメンバーの数人からクスクスと笑い声が聞こえて来る。
しかし、そんな彼女達も次の瞬間には驚愕し思考は混乱をきたした。
「なに、・・・あれは!?」
「何なの。百花説明しなさい!」
彼女達の眼前では天井に光の輪が生まれ、初めて百花が神の存在を見た時の様にそこからは天照が現れた。
しかし、女性だけしかいない会議室で百花に対して苦情が湧き起こる。
「百花どういうことなの!この会議は男子禁制よ。そこに男を連れて来るなんて。」
「そうよ。あなたもどんなトリックを使ったのか知らないけど今すぐに出て行きなさい。」
百花は彼女たちの言葉も最もだろうと心の中で思った。
彼女自身も蒼士が事前にくれた情報が無ければ天照が初めて現れた時に彼女たちと同じ反応をしたかもしれない。
百花はあの時には神の存在を信じ始めていた段階で天照が現れたから素直に信じることが出来たのだ。
すると喚く者たちの前で天照は右手を広げ顔の前を左から右にゆっくりと動かした。
そして体を光が包んだかと思えばその姿を美しい女性へと変えて微笑みを浮かべる。
「女性しか参加できないと言うならこれで構いませんね。神かどうかはさて置き、力だけは示しておきましょう。」
そう言って天照は手を叩くと部屋は光に包まれ全員を一度に転移させた。
そこは極寒の地とされる北極点。
その余りの寒さに全員が肩を抱いて震え始める。
次に天照は手を叩いて灼熱の地であるサハラ砂漠へと飛んだ。
すると彼女たちは急な温度上昇で体中から汗が吹き出し温度変化に対応できない者は眩暈を感じてその場に膝を付いた。
そして次に手を叩けばそこは光の無い闇の中。
しかし、彼女たちは光の幕に包まれ目を凝らせば何か生き物がいる事に気付いた。
「これって・・・。もしかして深海の生物!?ここは深海なの!」
その言葉を示す様に彼女たちの光に誘われるように生き物たちが近寄ってくる。
その知識にはあるがグロテスクな深海の生き物たちと光の届かない闇に全員が肩を震わせる。
しかし、無情にも天照は再び手を叩き最後の場所へと転移をした。
全員が既に天照が手を叩けば移動する事に気付いている。
その為その音に恐怖を感じ始めていたが最後に訪れた場所で彼女たちは感動を味わった。
「あ、れは・・・、地球。」
天照が最後に訪れたのは地球を一望できる距離の宇宙空間。
彼女たちは初めて直に見る巨大な青い星。
地球を見て言葉を失うと同時に感動を覚えた。
今は天照の力に守られている為熱くもなく寒くもない。
そして目の前に照らし出された青い星を見て心を震わせていた。
すると、長いようで短かった時間は終わり、天照が手を叩いた音と共に全員が再び会議室へと戻って来た。
その時点で彼女たちは今味わった体験をトリックと思う者は誰もいなくなっていた。
特に最初に味わった身を切る様な寒さと、肌を焼く様な熱さの感覚は今も肌にこびり付いているように感じる。
そして、彼女たちの先ほどまでの態度は一変し、畏敬の念が籠った目を天照へと向けた。
「あなたは・・・。いえ、あなた様は本当に神なのですか?」
すると天照は小さく頷くと話しを始めた。
「私は天照。この国で主神をしています。今回は阿久戸の企みにより偶然に百花の妹の千鶴が力に目覚め私の巫女となりましてね。殺されてはたまらないので助ける流れになりました。彼女は一時ではありますが私の代理として働きます。それとあなた達にも利益のある事を今後は色々とお願いするでしょう。細かな話はこちらの百花から聞いてください。それでは機会があればまた会いましょう。」
そう言って天照は畏怖と感動と信仰を彼女たちに植え付けて消えていった。
しかし、これにより百花はかなり動きやすくなったと感じ天照に心の中でお礼を告げる。
あのままでは神の事を信じさせることは不可能に近かっただろう。
それ程に白崎の女性とは現実主義者である。
しかし、それ故に今味わった体験と感動は彼女たちを大きく変化させることになった。
白崎の女にとって現実とは見て、聞いて、感じた事を言うのだから。
その為、今後の事を話した百花に対しての反感や異論などはほとんど出ることは無かった。
もともと情報の開示をする前提で話を進めていたのもあるが、各家にもそれぞれの得意分野が存在する。
それに対して百花は適切に仕事を割り振り、利益を一切独占しなかったのが大きかったのだろう。
そして最後に最も問題のある阿久戸の処罰について話し合われる事となった。
「それで、阿久戸の処置ですがどうしますか?」
そう言って百花は一人の女性へと顔を向けた。
その人物とは白崎 茜。
阿久戸の妻である。
すると彼女は表情を崩す事なく決断を下した。
「処分でお願いします。」
その一切の容赦のない決断に周りからはざわめきが起きた。
流石にここまで思い切った決断が下されるとは殆どの者が予想していなかったのだろう。
しかし、幾人かはその決断に納得して頷いていた。
すると、百花はその決断を否定するために首を横に振った。
「これは天照様のお言葉ですが、あの方は今回に限り死人は必要ないと言われました。それである人物に相談したらこれをくれました。」
そう言って百花は首輪の様な物を取り出し机に置いた。
「これは隷属の首輪と言うらしいです。効力は名前の通り相手を従えることが出来ます。これを使い彼に制約を掛ける事でこの度は命までは取る必要はないとなりました。管理は全てあなたに任せますがそれでいいですか?」
すると茜は悩んだ様に口に手を当て考え始める。
どうやらこの恩上による代価をどうするか考えているようだ。
彼女の家は阿久戸の失敗により大きな損失を出している。
その為、夫を切り捨てる事になっても彼女が抱える者たちを優先したのだろう。
その事に気付いた百花は茜にこれからの事を伝えた。
「ちなみにこれによるあなたの家へのペナルティーは一切ありません。偶然ですが阿久戸の行為によって天照様も巫女を得ることが出来た為、今回は差し引き0だそうです。優遇もできませんが冷遇もしません。そこの所は理解してください。」
すると茜は硬い表情を崩し軽く口元を緩めると頭を下げた。
「ありがとうございますと天照様にお伝えください。今後、夫にはこちらでしっかり教育しておきます。必ずまともな人間にして皆様の役に立つようにさせます。」
そして順調に会議が終わると解散して行った。
それぞれに役割が振られている為、それでなくても忙しい者は特に時間が無い。
彼女達はこれから持てる全てのコネクションと力を使い世界規模で活動を始めるのだ。
そしてその夜。
蒼士たちが食事をしていると、そこにふらりと天照と月読が現れた。
「蒼士、この度はご苦労様でした。」
すると俺も箸を止めて言葉を返した。
「俺が好きでやった事だ。お前の為じゃない。結果としてそうなっただけだ。」
「分かっていますよ。それと大事な事を伝えに来たのですよ。」
そして、天照の言葉に全員が止まり視線を集める。
天照は千鶴に向き直ると笑顔を浮かべて告げた。
「おめでとうございます。あなたは無事に死の運命を回避することが出来ました。これからは普通の生活に戻れますよ。」
しかし、その言葉に千鶴は俺に視線を向けて今にも泣きそうな顔を浮かべる。
俺は小さなため息をついてある事を教えてやる。
「千鶴。」
「な、何よ。」
蒼士の溜息を見て千鶴は不機嫌そうに返事を返す。
どうやらまた嫌味を言われると思ったようだ。
「お前は大学何年だ?」
「入学してすぐに入院したからまだ1年よ。」
すると予想通りの答えに俺はニヤリと笑いを浮かべた。
「奇遇だな。俺達は来年から白崎学園にある大学に入学が決まったんだ。もしかしたら特別クラスらしいからまた会えるかもしれないな。」
すると、最初は理解する事が出来なかった千鶴は次第に表情を笑顔に変え、横に座る百花に顔を向けた。
「ん?言って無かったかしら。蒼士たちは来年から大学に。百合子は中等部に入学が決まってるのよ。でも、百合子はもう高校の授業はかなり終了してるみたいだから適当な理由を付けて蒼士と同じ扱いにするつもりよ。当然あなたも大学1年からやり直しをしないといけないわよね。だから大学生活を満喫しなさい。」
そして、フフフと笑う百花に千鶴は赤い顔をして俯いてしまう。
その後は再び楽しい会話や今後の事についての話を行い時間は過ぎて行った。
そして次の日の朝になると俺たちは家へと帰って行く。
しかし、ここで忘れてはいけない者が一人いた。
それは千鶴を呪った本人である木道 一である。
彼はいまだに家族3人で旅館に泊まり百花と千鶴から沙汰が下されるのを待っていた。
そして蒼士たちが帰ってすぐに一は二人に呼び出され裁かれる事となる。
「一さん。我が家の力ならアナタ一人を闇に葬るのは簡単です。しかし、それでは何の利益にもならないのであなたには今後、我が家の為に働いてもらう事になりました。」
そう言って百花は幾つかの契約書と活動計画が書かれた紙を一に渡した。
契約書は雇用契約書でそこの仕事内容にはアドバイザーとスカウトマンと書かれていた。
「このアドバイザーと言うのは何をすれば?」
そう言って首を傾げる一に百花は説明を加えた。
「もうじき私達にはあなたの知識が必要な相手との取引が日常化します。その際のアドバイスをお願いします。蒼士から聞いた話ではあなたはそっち関係では使えそうな人材だと聞いています。」
そして一は次にスカウトマンと言うのを問いかける。
「この日本にはあなた以外の術者がいるでしょ。そういう人を集めて欲しいの。私達が行って話すよりもあなたの方が礼儀を知ってるでしょ。まずは文目さんをお願い。」
すると一は自信なさげに頷いて了承を示した。
そして、百花は最も重要な役目を一に告げる。
「それとなるべく子供を見つけてきて欲しいの。分かりやすく言えばアナタの娘みたいな子よ。上手く溶け込めない子もいるでしょ。ただ私達にはその子が言ってる事が本当か嘘かが判断できないわ。だからここはあなたに期待してるの。」
一は真剣な顔になると百花の意図を理解しここで力強く頷いた。
どうやら、椿と同じ境遇の子を助けられることにやりがいを感じた様だ。
じっさい、百花も本音を言えばこれが本命である。
しかも子供を救えるうえに血筋でも才能がありそうな子供を集める事が出来るので一石二鳥でもあった。
百花はこの分野においてもあの学園で優秀な人材を一早く集める事に決めた様だ。
それに前日の一族会議でも既に協力は取り付けてあるため問題なく計画を勧められそうである。
ハッキリ言えばこんなボールが坂を転がる様には簡単に計画は進まない。
必ずどこかで軋轢が生まれ、妨害などが発生する。
そのためこの順調さが逆に百花にとっては恐怖を感じる部分でもあった。
(まあ、なる様にしかならないわね。今は神の意志と言う事で感謝しましょう)
そして恐怖を捻じ伏せ話を続ける。
「それで、あなたとの契約金はこれになるわ。これなら今の仕事をしなくても生活できるでしょ。それに住む場所も調べさせたけどあそこは親子で住むには向かないわ。学園の近くに部屋を用意するからそっちに転居しなさい。この周辺の事は文目さんの勧誘が成功すれば任せられるでしょ。」
「分かりました。どっちみち娘はこちらの学校にはもう通えません。理解ある学校に通えるならこちらも助かります。」
そして話は終わると一は部屋を出て大急ぎで妻と娘の元に走って行った。
その顔には涙と笑顔が浮かび部屋に着くなり家族の喜ぶ声が生まれる。
そして最後まで黙っていた千鶴に百花は声を掛けた。
「本当に良かったの?」
「うん、蒼士とも約束したしね。それに今回は天照様は寛容にと言ったんでしょ。なら私は怒りよりも一つの家族の幸せを優先する。それに蒼士とのせっかくの出会いの思い出が、後味の悪い物になっちゃうでしょ。」
そう言って笑うと千鶴も部屋を出て行った。
そして、最後に出た本音に百花は笑いをこぼすと次の仕事に手を伸ばすのだった。